第153話 死徒VS十二魔屠
ドルムとレンナルト、両者ゆっくりと歩みを進める。距離が二メートルほどのところで示し合わせたかのように止まる。
「常勝不敗? どうせ弱者としか戦ったことがないんじゃろぅ」
ドルムは自慢の髭を弄りながらレンナルトを挑発する。対する鬼人族のレンナルトは、巨人族に負けず劣らずの立派な体格でドルムを見下ろしながら、鼻で笑った。
「お前らんところの第十二死徒、『不撓不屈』だったか? ジャーダルクの聖者に殺されたらしいじゃねえか。代わりの雑魚は見つかったのか?」
負けじと挑発するレンナルトとドルムの視線が交差し、殺気が二人を中心に拡がっていく。並の者なら恐怖で逃げ出しそうなものの、見守っているイバンなどは面白そうにはしゃいでいた。
二人が同時に動く。
最初の一撃は、武器こそ鎚と棍の違いはあるものの、奇しくも先ほどのユウ、ドルムの激突と同じ打ち合いとなる。
ドルムの緋龍の鎚とレンナルトの大雷轟の金砕棒が衝突する。空間に亀裂が走ったかと見間違うほどの激突音が、両者の武器から響き渡る。
ユウとドルムが打ち合った際、ユウの鋼竜のハンマーは砕け散り、衝撃に耐えられなかった右腕の骨は折れ、肉と皮を突き破って骨が飛び出したのだが、レンナルトの武器も腕も無傷であった。
ドルムはどこか嬉しげな表情を浮かべながらレンナルトを見る。しかし、レンナルトの表情は怒りに染まっていた。鬼人とドワーフでは種族として身体能力に大きな差がある。ドワーフ、それも年老いた老人相手に互角。レンナルトのプライドは大きく傷つく結果となった。
「鬼人の……俺が……ドワーフの爺ごときと互角だとっ!?」
「ふむ。やるではないか。儂と打ち合って無傷で済んだのじゃ。誇るがいいっ!」
レンナルトが見せた隙はわずかであった。しかし、その隙を見逃すほどドルムはお人好しではない。横薙ぎに振るわれた緋龍の鎚がレンナルトの横腹へ迫る。だが、レンナルトと緋龍の鎚の間を割り込むように肉の塊――イバンが飛び込んできた。
「ドワーフの爺さん、僕とも遊んでよ」
「邪魔するでないっ!」
ドルムは二人まとめて薙ぎ倒すつもりであった――だが、イバンの身体にめり込む緋龍の鎚から伝わる感触に驚く。鋼鉄――それも弾力をもった。
緋龍の鎚をイバンの肉が包み込むと、大地をも砕く威力を吸収する。
「なんとっ!?」
驚くドルムをよそに、イバンの掌がドルムの胸部へ優しく触れると同時に――
「がふっ!?」
凄まじい衝撃にドルムが吐血する。イバンの放った武技『浸透勁』が千年百足の甲殻鎧からドルムの身体、体内へと伝わり。体内で爆発した気がドルムの強靭な肉体へ大きなダメージをあたえたのだ。
「爺っ! 膝ついてる暇はないぜ!!」
膝を着くドルムへさらなる追撃が迫る。レンナルトの棍技『
地は裂け、二人がぶつかり合った場所はまるで爆心地のように巨大なクレーターができていた。
大地が盛り上がり土を払いのけながら立ち上がる二つの影。一人は憤怒の表情の鬼人、もう一人は楽しくて仕方がないといった表情を浮かべるドワーフ。両者共に無傷とはいかず、全身から流れる血が大地を赤く染めていた。
「爺……格下の技でっ! 俺の攻撃を防ごうとしやがったなっ!!」
レンナルトの使用した棍技『塊力』はLV7、一方ドルムが使用した槌技『號槌』はLV6である。自らの攻撃力に絶対の自信を持っているレンナルトからすれば、格下の技で迎撃できると判断したドルムに、自分を舐めていると激怒するのも当然であろう。
「くっく、くははっ! まさか日に二度使う機会が訪れるとはのぅ!」
ドルムは嗤いを堪えきれず。いや、堪えるのをやめた。アイテムポーチより紫鋼銀龍の鎚を取り出すと右手に緋龍の鎚、左手に紫鋼銀龍の鎚を持つ。それぞれが超重量の武器であるが、ドルムは鎚を二度、三度振るうと、鎚が巻き起こす風圧がレンナルトの顔を叩く。
「助けんでよいのか?」
アーゼロッテと睨み合っているヤーコプが問いかけた。アーゼロッテは不思議そうな顔をして顎に人差し指を当てる。
「どうして? あんなに楽しそうなおじいちゃん久しぶりだよ。今日はツイてるね」
「『十二魔屠』、それも二人を相手して勝てるとでも思っているのかのぅ?」
ヤーコプの背中の瘤が蠢き、足元から大量の蟲が這い出てくる。一匹一匹が猛毒を持つ蟲である。蟲たちがアーゼロッテに近づく傍から結界に阻まれ弾け散る。
「全員いれば少しは面白くなったのにねー」
「全員とな?」
「うん。『十二魔屠』が全員いればいい勝負になると思うよー」
「ふぇっふぇ。『十二魔屠』も舐められたもんじゃ。では、そろそろこちらも始めるとするかのぅ」
ヤーコプの背中の瘤が一際大きく盛り上がると、三メートルほどの巨大な蟲が次々と現れる。
巨大な蟲たちの正体は、セット共和国にあるAランク迷宮『
蠱蟲を操り敵を皆殺しにする。故に『
すでにヤーコプが召喚した蠱蟲は百はくだらない。なおも召喚し続けるヤーコプをアーゼロッテは珍しい物でも見るかのように待っていた。一匹でもBランク冒険者のパーティーであっても、油断すれば全滅するような蟲が次々と召喚されているにもかかわらず。
「僕もいるのを忘れないでね」
イバンが両手に嵌めたナックルを打ち鳴らすと火花が散った。天より降ってきた隕鉄より作りしスターダストナックルを嵌めた左拳が、ドルムの鳩尾に打ち込まれる。だが、ドルムの『鉱物操作』によって創り出されたアダマンタイトの壁が拳を阻む。アダマンタイトでできた壁に罅が入り砕け散るも、ドルムにダメージをあたえることはできなかったのだ。
「アダマンタイトを砕くとはやるのぅっ! じゃが、お主は邪魔じゃ!!」
左右から振るわれた鎚がイバンに襲いかかる。躱せぬと判断したイバンは大きく息を吸う。発動したのはイバンの持つ固有スキル『
「阿呆がっ!」
ドルムが吼えると、二鎚に身体を押し潰されたイバンの身体から骨が砕ける音が聞こえた。
「お前がなっ!」
ドルムの背後を取ったレンナルトが棍技LV6『
「さっきのは痛かったよ」
両脇腹が陥没しているイバンが歯を剥き出し嗤う。空に巻き上げられた大地の破片を蹴りながらイバンはドルムの懐に潜り込むと、武技LV7『
「ぬぅっ!」
アダマンタイトで創り出した壁に拳大の穴が空き、その隙間を縫ってドルムの急所へ拳撃が叩き込まれる。
「あはははっ! 爺さん、まだまだ続くよ!!」
雨霰のような拳撃がドルムを襲う。ドルムは攻撃を捌きながらも見失ったレンナルトを捜す。
「爺っ!! 俺ならここだっ!!」
空に舞ったレンナルトはいち早く地面へ降り立ち、ドルムを待ち構えていた。
レンナルトの上半身が異様に膨らみ、身体を捻っていく。
「これは拙いのぅ」
イバンの拳撃は容赦なくドルムの肉体にダメージを与えていた。イバンを優先すればレンナルトの攻撃をまともに喰らう羽目になり、レンナルトの攻撃を対処すればイバンの攻撃を喰らう。絶体絶命の危機にドルムの口角が上がっていく。
「死ねやっ!!」
レンナルトの棍技LV8『修羅滅殺』が、がら空きのドルムの背中目がけて放たれた。
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