第145話 正体不明
「いらっしゃーい! 今日は良い鶏肉が入ってるよ! 一本どうだい?」
「串焼きなんかより、うちのパンを食べていきなよ! スープも一緒に買えば期待を裏切らないぜ!」
「昼食にもってこいのサンドイッチはいかがですか~! 具は豚、鳥、牛のより取り見取りときたもんだ!」
都市カマーの通称屋台通りは、いつもと変わらぬ盛況であった。時間帯はお昼時、どの店も書き入れ時で少しでも売上を伸ばそうと必至に声かけをしていた。
「いい食いっぷりだね♪」
数ある屋台の内の一つ。買った物をその場で食べられる場所を設けた屋台に、ニーナの姿があった。ここ数日ユウはなにかしら精力的に動いており、ニーナの相手をする暇がなかったのだが、それでもニーナはご機嫌であった。
「ニーナちゃん、良いことでもあったのかい? そんな幸せそうに食べてくれるとこっちまで嬉しくなるよ」
「えへへ~」
ニーナは幸せそうにサンドイッチに齧りつく。実際ニーナは幸せであった。ユウが帰ってきてからは、毎日が幸せでずっとこの調子である。少し前のやつれたニーナを知っている者たちは元気になったニーナの姿に安心し、またその食欲に感心する。
「相席よろしいでしょうか?」
「ほえ?」
ニーナに相席を申し込んできたのは身なりの良い老人であった。老人の背後には護衛と思える三人の男が控えており、自然体でありながら周囲へ常に気を配ることから手練であると窺える。
「初めましてニーナさん、私は
クリスティと名乗る老人は、ニーナから相席の返事を聞かずに椅子に座ると小箱をニーナに差し出す。
クリスティはどうぞと小箱の蓋を開けると、貴重な宝石をふんだんに使われた指輪やブレスレットが所狭しと詰め込まれていた。
「お近づきのしるしにどうぞ。
実はニーナさんにお願いしたいことがございまして、サトウさんとの席を設けてほしいのです。
お恥ずかしい話ですが、以前サトウさんと接触しようとしたのですが、私自身ではなく使いの者を寄越したのが気に障ったらしく。それ以来会おうとしても機会を与えてくれないのです」
ニーナはクリスティの話になど興味はないとばかりに、紙になにやら書きこむ。
「ニーナさん、ここは少し騒がしい。よろしければもっと静かな場所で――」
ニーナはクリスティの話が終わる前に席を立つと、そのまま帰ってしまった。
「クリスティ様、よろしいので?」
「許可をいただければすぐにでも連れ戻せますが」
護衛たちに話しかけられるも、クリスティの視線は小箱から外れずにいた。ニーナが席を立つ際に、小箱の蓋を閉めていたのが気になっていたのだ。小箱の蓋を少し開け中身を確認すると、クリスティは笑みを浮かべた。
「ハーメルンへ戻りましょう」
「クリスティ様!? よ、よろしいので?」
「ウォーレン様からの命に背くことになるのでは?」
クリスティはなおも食い下がる護衛たちを引き連れ、馬車に乗り込む。
「あなたたちから見て、あのニーナという少女には勝てそうですか?」
「クリスティ様から聞いてたとおり、なかなかの使い手ですが敵ではありませんね」
「それを聞いて安心しました。それでは向かいましょうか」
馬車はそのまま都市カマーを出てハーメルンへと向かう。
「どうですか?」
「驚きましたね。本当に尾行がいましたよ」
「あなたたちほどの者でも気づかないとは、正直驚きましたね。ですが、これでニーナさんは私と手を結ぶ気があることが証明されました」
クリスティたちは現在都市カマーの地下通路入口に隠れていた。ここは元々水路を作る予定であったが廃案となり、今は誰も使うことのない場所となっていた。
馬車へ乗り込んだクリスティは小箱の中に入っている手紙を読むと、その内容に驚いた。
「まさか空から監視していたとは……」
護衛の一人が、馬車を追っていく鳥の姿が見えなくなるのを確認する。
手紙にはクリスティたちが尾行されていること、
今は使われていない地下通路をクリスティたちが進むと、指定された場所に辿り着く。錆びているが重厚な鉄の扉を開けると、中ではすでにニーナが待っていた。
「ニーナさん、お待たせしました」
「大丈夫だった?」
普段と違うニーナの口調の変化にクリスティたちが気づくことはなかった。
「ええ。手紙に書かれていたとおりに一旦馬車へ乗り込み、トンネルに入った際に護衛と共に飛び出し、その後も警戒しながらここまで来ました。私の護衛に結界が得意な者がいますので、ネズミなどの小動物の対策も大丈夫です」
「そう」
素っ気なく返事すると、ニーナは鉄の扉を閉め鍵をかける。
「こちらをどうぞ」
埃の被った机にクリスティはまたも小箱を置く。小箱の中は白金貨で埋め尽くされていた。
「私とニーナさん、長いつき合いになりそうですね。
早速ですがサトウさんについて知っていることを教えてください。交友関係、趣味、弱みなどを知っていれば助かりますね。なに、ご安心ください。ニーナさんに迷惑をかけることはありません。
私のライバルにビクトルという商人がいるのですが、すこしばかり先に行かれていまして、私もこう見えて焦っているんですよ」
「ここにいる人で全部?」
「え、ええ? 今回私が連れてきた護衛はこの三人だけです。しかし、どの者も高位冒険者に引けをとらない手練ですよ」
「ユウのことを知ってどうするの?」
「ここだけの話ですが、サトウさんには各国が注目しています。他の国が手を出す前になんとしても繋がりをもっておきたいのです。
サトウさんがこれから生み出す恩恵を、少しでもわけていただければと思いましてね」
「そのためには弱みも知っておきたい?」
「敵対したいわけではありません。ですが、知っておくにこしたことはありませんからね」
「そう。やっぱり殺そう」
「は?」
クリスティたちに背中を向けていたニーナの両手には、ダガーが握られていた。護衛たちの動きは速かった。一瞬にして二人がクリスティの前に出て、もう一人は後方を守る。
「私の聞き間違いでしょうか?」
クリスティの問いかけに、ニーナが答えることはなかった。
「やめておいた方がいいですよ。私の護衛をする者たちは、たとえ一対一でもあなたに負けることはありません」
「護衛? これのこと?」
「はぉっ!?」
クリスティから声にならない悲鳴が漏れる。振り返ったニーナの両腕に握られるダガーの先には、護衛たちの頭部が突き刺さっていたのだ。いつの間に? 絶大なる信頼を寄せていた護衛たちが、一瞬にして二人殺害されたことにクリスティは混乱する。自分の背後を守る最後の護衛に助けを求めようとするクリスティだったが、身体が動かないことに気づく。
「なん……で!? か、身体が動か……ない」
「聖技『天網恢恢・縛』だよ」
「せ、聖技!? なぜ、お……お前のような小娘が聖者の技を……!?」
クリスティの背後でごとりっ、と大きな音が聞こえ足元になにかが当たる。クリスティはなんとか視線を足元へ向けると「ひっ」という悲鳴を漏らす。足元には背後を守っていた護衛の頭部が目を見開いたまま息絶えていたのだ。
「どうして?」
「た、たふけっ……かふぅ、かふぅ」
恐怖から呼吸が乱れるクリスティの腹部へ、ニーナのダガーが抵抗もなくめり込んでいく。
「いだぁっ! やめでっ……! わ、わだじを誰だと……思ってっ!」
「どうしてユウから奪おうとするの?」
鍔元までめり込んだダガーを捻ると、クリスティは大きく息を吸い込み口をパクパクさせる。ニーナは顔を傾けてクリスティを覗き込む。激痛のあまり声を上げることすらできないクリスティをしばし観察するニーナの顔は、能面のように無表情であった。
「どうして? あっ……もう死んじゃった」
いつもの
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