第144話 警備会社
都市カマースラム街、華やかな大通りとは違い、道行く者たち
の顔は皆どこか陰が差していた。表をムッスなどの貴族が治めているのに対して、裏はいわゆるマフィアと呼ばれる暴力を主にするならず者たちが支配していた。大小様々な勢力があり、その内の一つダニエル一家のアジト内は殺気立っていた。
「お前の噂はこっちでも有名だぜ。ガキのくせに強いそうじゃねえか」
テーブルの上に足を乗せながら男は威嚇するように睨みをきかせる。男の周りには強面の男たちが連なっており、男と同じように睨みをきかせていた。
「で、
「ああ、屑だったからこっちで処分してやった」
ユウは当たり前のように言い放つと、決して狭くない室内は男たちから放たれる殺気で充満する。ユウはコレットに手を出そうとしたビヨルンたちの処理を終えたあと、そのままダニエル一家のアジトに乗り込んでいた。入口でユウを子供だと侮って止めようとした男は両腕をへし折られ、騒ぎに駆けつけたダニエル一家の者たちがユウを取り囲んだ。
男たちをかき分けて出てきたのが、今ユウと向い合って話しているダニエル一家のボスである。男は周りを一瞥し、ここでは落ち着いて話もできないと、ユウを連れてアジト内へ移動した。
「金は用意してきたんだろうな」
「金? なんのために?」
「くっく……決まってるだろう。詫びだよ詫び。お前がいくら強いといっても所詮は一冒険者。こっちはなんでもありだぞ? 個の力なんぞ知れてるんだよ。俺のとこには命を捨てる奴なんて腐るほどいる」
「どいつもこいつもバカ面だな」
「お前……今の状況がわかってんのか?」
武器に手をかけるダニエル一家の者たちなど歯牙にもかけずに、ユウは取り囲む男たちの人数を数えていく。
「ダニエル一家、構成員約百名。主な収入源はゆすりたかり、人身売買。他にも強姦、殺人など金さえもらえばなんでもやる組織」
ダニエルと周りの男たちはにやりと笑みを浮かべる。ユウの言葉を自分たちに恐れをなしていると勘違いしていたのだ。
「八十七人か……まあ、ほぼ全員だな」
ユウが立ち上がると周りの男たちはなんの真似だと疑問が湧き起こるが、ダニエルはユウがやる気だということにいち早く気づく。
「勝てると思ってんのか? 俺たちの中には元冒険者や傭兵だっている。いや、仮に勝てたとして俺が負けたままで済ますと思ってんじゃないだろうな?」
ダニエルは凄みながら腰に挿しているナタに手をかける。
「お前たちって皆同じことを言うんだな。お前たちに次があるわけないだろうが、皆殺しだ」
ユウから放たれる殺気に、一部の者たちは勝てぬと悟り逃げ出そうとするが時既に遅し。都市カマーの裏社会でも一、二位を争う組織が一夜にして崩壊した。
「頭~! 頭~!」
「うるせえ! それでなにかわかったのか?」
「それがなんの情報も入ってこないんですよ」
「そんなわけあるか! あのたちが悪いダニエル一家の連中が一晩で潰されたんだぞ! なのに誰も知らないなんてあるわけねえだろうが!」
エイナルは焦っていた。エイナル一家は都市カマースラム街のマフィアの中でいえば五、六番手ほどの組織だが、他の組織より情報収集に長けていた。そのエイナルの情報力を以てしても、ダニエル一家が何者の手によって潰されたかが、数日経っても全くわからなかったのだ。ダニエル一家が潰された理由も相手もわからない以上、自分たちに火の粉が降りかかってもおかしくはないと考えていた。
「必ずなにかあるはずだ!」
エイナルが不機嫌げにタバコを吹かしていると、部下の一人が青い顔をして入ってくる。
「か、頭、客人です」
「あん? こんな忙しいときに誰だ」
エイナルは部下にどんな奴だと聞くが、部下は青い顔をしたまま行ってもらえばわかるとしか返事をしなかった。客を待たせている部屋に入ると部下の顔が青くなる理由がエイナルにもわかった。
部屋の中には、都市カマースラム街を牛耳る各マフィアのボスや金庫番、経理などを任されている者たちがずらりと並んでいた。エイナルはタダ事ではないと判断するが、それよりも奇妙な光景に頭を傾げた。誰もが自分こそが一番と思っているような連中だ。他の組織と手を組むことなどありえない。それだけではない。ボスや幹部たちは席に座らず立っているのだ。最初は椅子の数が足りないのかと思ったエイナルだが、全員が立っているのだ。そして、ただ一人席に座っている者がいた。少年だ。特徴的な黒い髪でエイナルはすぐに気づく。
(ユウ・サトウ! こいつだ……間違いねえ! このガキがダニエル一家の件に絡んでやがるに違いねえ)
表も裏も知り尽くしているエイナルである。当然ユウのことも知っていた。
「はは、これはこれはスラム街を牛耳る皆様が今日はどういったご用件で」
エイナルはいつもどおりへりくだり、相手の反応を窺う。だが、反応がなかった。エイナルはさらに注意深く観察すると、そして気づく。個々の強さはともかく、根性や度胸は誰にも負けないと豪語する連中が緊張していることに。
「エイナル、俺たちを見たってなにもわからねえぞ。詳しい話はこっちの……こちらのサトウさんに聞いてくれ」
エイナルは驚きを隠せなかった。今、喋った男は誰よりも礼儀礼節を嫌っており、相手が貴族や大商人であろうが臆することのない男であったからだ。
「そろそろ話をしてもいいか」
「は、はい!」
自分より遥か年下の子供相手に、エイナルは言葉を選びながら話すことに違和感を覚えなかった。
「け、警備会社ですか?」
「ああ、お前ら仕事がないからくだらないことをやってるんだろ?」
ユウの言葉に少しむっ、となるエイナル。人様に胸を張っていえる仕事ではないが、それでもエイナルなりに都市カマーに貢献はしていると自負していたからだ。
「お言葉ですがね。警備会社ってようするに用心棒でしょ? それならここにいるどこの組織だってやってますよ」
「お前らがやってるのは用心棒のふりだろうが、実際にはみかじめ料だけ取ってあとはなんもしてないんじゃないのか?」
図星だったのかエイナルも含め各マフィアのボスは気まずい顔になる。
「お前らも知ってのとおり、ムッスのアホのせいでカマーの兵士は少ない。そのせいでカマー全体をカバーできるほど人員に余裕がない。夜になれば大通りくらいしか安心して歩くこともできないのが現状だ」
仮にも都市カマーを治める領主をアホ呼ばわりに、エイナルは可笑しくなって吹き出しそうになる。
「警備会社を作って、契約した店や場所を二十四時間警備するのが主な仕事だ」
「に、二十四時間!?」
スラム街で仕事に就けずに腐っている大人は数千人。女、子供も合わせれば一万人は超えるであろう。都市カマー全体を二十四時間体制で警備するとなれば、多くの雇用を生むことになる。エイナルの頭の中ではすでにソロバンを弾き始めていた。
「サトウさん、あっ、サトウさんって呼ばせていただきますよ。言ってることはでかいですが問題がありますよ。そんな金が動く話……」
「貴族が黙っちゃいないか? それも大丈夫だ。ムッスには話を通しているし、商人たちにはマゴという名の商人に頼んで話は通してある。商人たちにとっても利のある話だしな」
ムッスに話が通っていることにエイナルは驚きを隠せずにいた。ユウとムッスが懇意にしているのはもちろんエイナルも知ってはいたが、今回のように莫大な金が動くときは貴族や商人が絡んでくる。ウードン王国の法律や都市の条例などの問題もある。それらを含めて大丈夫とユウは言ったのだ。
「たまげたな……それでサトウさんには利益の何%を納めればよろしいので?」
エイナルのぶっちゃけた話に他のマフィアたちも興味津々に耳を傾ける。
「俺に金を一切納める必要はない」
「はっ……!? い、一切?」
「元々、今回のことはお前らが俺の知り合いにちょっかいをかけたのが原因だ。はっきり言って迷惑だ。まっとうな仕事を与えれば馬鹿なことをする必要もないだろう。
こいつらに聞いたら、こういったことはお前が一番得意だそうじゃないか。だからお前が全部しきって役職者、分担、分前も決めろ。ああ、断ればどうなるかはわかっているよな?」
エイナルはこのとき、部屋の中に何人か知っているマフィアのボスや幹部がいないことに気づいた。恐らくダニエル一家の者が、ユウの知り合いに手を出したために潰され。この場にいないマフィアのボスは誘いを断って痛い目に遭ったか、すでにこの世にいないのだろうと予想した。
その後、エイナルは今までの人生の中で一番働くことになる。警備を務めるのはスラム街出身者だ。言葉遣いから一般常識を叩き込み、ボロ布のような服を統一の制服で揃えた。雇った講師や制服の代金は全てユウが支払ったことに驚くエイナルであったが、なによりユウが言ったとおり貴族や商人たちの横やりは一切入ることはなかった。
この警備会社が軌道に乗ってからは、都市カマーはウードン王国内でも屈指の治安の良い都市へと変貌する。
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