第142話 晴れ時々血の雨
「ふん♪ ふん♪ ふ~ん♪」
鼻歌交りに髪を梳かすコレットを少し離れた場所から生暖かく見守るコレットの母と父。
「ふふっ」
時折幸せそうに笑い出すコレット。
昨日、勤め先の冒険者ギルドから帰ってきてから、コレットは終始この状態である。
最初は怪訝な表情で見ていた両親だが、コレットも年頃の乙女である。やっと我が家の娘にも春が来たのだと、祝杯を隠れて上げていた。
「お母さ~ん、今日はお弁当要らないからね」
「はいはい。嬉しそうに言ってくれるじゃない」
「べ、別にそんなつもりで言ったんじゃないからね」
居間では興味なさげなフリをしながら、コレットの父親がチラチラと様子を窺っていた。
コレットは気合を入れるように頬をピシャリと叩き、元気よく玄関から飛び出す。
「あ~あ~、あんなに嬉しそうにして」
待ち人のもとへ走っていくコレットを見送りながら、娘が上手くいくようにと祈るコレットの母親であった。
「おはようございます。コレットさん、遅かったでしょうか?」
「コレット姉ちゃん、おはよう!」
背中にしがみつくナマリを落ちないように支えながら、ユウがコレットへ挨拶する。後ろに控えるマリファはわずかにお辞儀し、ユウの頭の上で寝そべっているモモはまだ眠いのか眼を擦りながらあらぬ方向を見つめていた。
「遅くありませんよ! 私が我慢できなくて出てきたんです」
いつも花のような笑顔を浮かべるコレットであったが、今日は一段と眩しい笑顔を浮かべていた。服もどこかよそ行きのような格好であった。
「そうですか。それでは一度屋敷に戻ってニーナたちと合流してから出かけましょう」
「はい!」
コレットは元気よく返事すると恥ずかしそうにユウの横を歩く。
「ユウ~、おかえり~ってどうしてそんなムスッ、てしてるの?」
ユウは屋敷門前に着くなり不機嫌な顔を隠さなかった。その理由は――
「おうっ、これからピクニックに行くってのに機嫌が悪そうだな」
「ユウ、久しぶりだね」
朝からむさ苦しさ全開のジョゼフ、その巨体の後ろには隠れるようにモーラン、アプリ、メメットの三人の姿が見えた。
「お前ら、なにしに来たの?」
嫌悪感を隠さないユウの言葉にアプリはたじろいだ。空気の読めないジョゼフには効果はなく。メメットはレナの装備に興味があるのか、嫌がるレナに纏わりつく。モーランはなぜか頬を染めていた。
「飯食いに来たらピクニックに行くそうじゃねえか。俺もついていく」
「来るな」
「行く」
ユウとジョゼフのくだらないやり取りが始まる。ナマリはジョゼフを敵と認識したのかジョゼフの太腿へパンチを繰り出す。笑って耐えていたジョゼフだが、徐々に鈍い痛みが太腿に拡がっていくと躱し始める。ナマリは当初の目的も忘れて楽しそうに逃げるジョゼフを追いかけ回す。
「わ、私はあれだ。これを渡しに来たんだ」
モーランの手には、以前『妖樹園の迷宮』で置き忘れた冷風を吹き出す魔道具が持たれていた。
「本当はもっと早く渡すつもりだったんだけどな」
モーランはちらりとメメットへ視線を向けた。
このユウ自作の冷風を吹き出す魔道具だが、わずかな魔力を送り込むことで数時間に渡って冷風を吹き出し続けることが可能であった。『金月花』の中でも特に喰いついたのがベルとメメットで、ベルはこの便利な魔道具をなんとか手に入れることができないか。メメットは同じ物が作れないかと、もう少しで分解する一歩手前のところをアプリに叱られてなんとか我慢したのであった。
「ああ、そういえば忘れてたな」
「メメットが分解しようとして大変だったんだぞ」
ユウはモーランから冷風機を受け取るとそのままアイテムポーチへ仕舞う。
モーランはなにか言いたいのかずっと口をモゴモゴと動かすが、あっ、あぅ、その、だの、いつもと違い歯切れが悪い。
「今からピクニックに行くんだけど、お前らも来るか?」
ユウのその言葉を待っていたかのようにモーランは一瞬笑みを浮かべるが、すぐに口元をへの字口にする。
「あ~、そうだね。私は大丈夫だけど、アプリやメメットがね」
モーランはチラチラとアプリたちに視線を送る。素直じゃない仲間のためにアプリは一度溜息をつくと。
「そうね。せっかくだからご一緒させてもらおうかしら」
「やった! あっ……アプリがそう言うんなら仕方がない。うん、仕方がないから私も一緒に行こうかな」
屋敷の留守番をラスに任せ、ユウたちは屋敷近くの山の中へと入っていく。普通であればゴブリンやオークなどの魔物が襲ってきそうなものであるが、ユウの周りにはコロを筆頭に十数匹のブラックウルフや雲豹のランが目を光らせていた。
モモやピクシーたちは気ままなもので、ユウにじゃれついてモモに追いかけられる者、ニーナの胸の上で気持ち良さそうに寝る者、レナの帽子の中に潜り込む者、マリファの耳をつついたりしていた。モーランたちは人懐っこいピクシーを物珍しそうに眺めていた。
山中をしばらく進むと開けた場所が見えてくる。そこは花が咲き乱れ、花の甘い香りが鼻腔をくすぐった。
「オドノ様ー、ここでご飯食べるの?」
その一言がきっかけであった。ブラックウルフやピクシーたちが一斉に騒ぎ始める。
「ヴォンッ! ヴォンッ!!」
「ち、ちょっと! ご飯にするなら私は蜂蜜がいいわ!」
「私はジャムがいいな~」
「俺は酒さえあればなんでもいいぞ」
ドサクサに紛れて酒を要求するジョゼフをユウは無視する。
「ご主人様の前でなんですか。静かにしなさい」
決して大きな声ではなかったが、マリファの一言でブラックウルフたちは静まり返り、整列する。なぜかランも怯えるように列に加わっていた。
「今から作るから、お前らはナマリと遊んでな」
ユウはナマリにボールを渡す。ナマリは頬を膨らませると「俺が遊んであげるんだぞ!」と言いながら花畑に向かって走っていく。駆けていくナマリとピクシーたちについて行きたいのか、ブラックウルフたちは無言で尻尾を振りながらマリファの許可を待つ。マリファが無言で頷くと、ブラックウルフたちは一斉に駆け出す。
「ユウさん、私も手伝いますよ」
「ありがとうございます。とはいっても大した物を作るわけじゃないんですよ」
ユウは土魔法で簡易の窯と土台を作る。窯に火を入れ、屋敷で仕込んで置いたパン生地にソースを塗りベーコン、野菜、チーズをどっさり載せると窯の中へ放り込む。土台の上にはウッズに作ってもらった網を置く。網が熱くなる間にユウは鉄串に肉、野菜を交互に刺していく。あまりの手際の良さに手伝おうとしていたコレットは感心するばかりで、マリファはその間にテーブルや食器の用意をし、モーランやアプリも手伝う。ニーナは手伝うと逆に迷惑になると理解しているのか、少し離れて楽しそうにユウを見つめていた。レナは最初から手伝う気がないのか、木陰で読書をする。その横にはメメットが陣取り嫌そうな顔をするレナなどお構いなしで本を覗き込んでいた。
三十分もしない内に食事の準備が終わり、テーブルの上には食べきれない程の料理が並べられる。
「旨いな! こりゃ酒が進むぜ」
「店の売り物でもおかしくないくらい美味しいわね」
「アプリ、ユウが作ったんだ。美味しいに決まってるだろ」
ジョゼフは出来立てのピザに齧りつく。チーズが口と手の間でとろ~んと伸びる。バーベキューの方は塩とソースの二種類が用意されており、濃い味が好きなモーランはソース味をあっさりが好きなアプリは塩味ばかりを食べていた。
「ユウさん、これ……美味しいです!」
コレットはピザが気に入ったのか、ピザを食べる度に美味しいを繰り返していた。チーズと格闘するピクシーを笑うナマリの口周りはソースでベトベトだった。それに気づいたマリファがハンカチで拭う。モモはそんなナマリをお子ちゃまだと言わんばかりの目を向けるが、蜂蜜入の牛乳に顔を突っ込んだ際にモモの顔周りはナマリ以上にベトベトになっていた。
「ユウ~、これも美味しいよ。あ~ん」
「俺が作った物だろうが」
「気にしな~い気にしな~い」
その日は夕暮れまで楽しいひと時を過ごすユウたちであった。
ウードン王国国境。
「おじいちゃん、もうすぐウードン王国だね」
「うむ。で、ゴーリアの居場所はわかったのかのぅ?」
「う~んとね。こっちかな」
ドワーフの老人はアーゼロッテの指差す方向と地図を確認する。
「都市カマーの方角か。ユウ・サトウを捕らえに行ったんじゃから当然といえば当然か」
岩に座りながらアーゼロッテはつまらなさそうに足をブラブラさせていたが、その足がピタリと止まる。
「おじいちゃん、お客さんかも~」
「そのようじゃな」
二人が振り返るとそこには千を超える騎士の一団が整列していた。
騎士団の中で一際派手な鎧を着込んでいる団長らしき男が前に出てくる。
「イモータリッティー教団、第七死徒『戦鎚の翁』ドルムに第四死徒『迅雷風烈』アーゼロッテで間違いないな」
「間違いないがそれがどうかしたかのぅ?」
「私、その呼び方きら~い」
ドルム、アーゼロッテの態度に騎士団から殺気が迸るが、団長らしき男が手で制する。
「私はダノ王国第四騎士団団長、ザヴァルス・オズ・オシュム。
貴様たちにはダノ王国オゥレムス伯爵殺害並びに関係者百名の殺害で指名手配がかかっている。知らぬとは言わせぬぞ」
「はて? オゥレムス? 迅雷の覚えておるか?」
「もう! おじいちゃん、その呼び方嫌いって言ったでしょ~。
でも~いちいち殺した人のことなんて覚えてないよ」
「確かに。儂らに殺されたということはろくでもない人間じゃったんじゃろう」
ドルムの言葉に騎士たちが激昂する。
「抜かせ! 亜人の分際で言わせておけば!!」
「我ら、第四騎士団が来たからにはもはや逃げること叶わぬと思え!」
再度、団長ザヴァルスが手で騎士たちを制する。
「もはや逃げきれぬことは理解できていよう。大人しく捕縛されるがよい」
「逃げる? 儂らはこれまで逃げたことなどないがのぅ」
ザヴァルスが手を振るうと、全身をフルプレートで固めた二百の重装歩兵が前に出てくる。盾を前に構えるとまさに鋼鉄の壁と化していた。
「大層な破壊力が自慢らしいが、第四騎士団が誇る重装歩兵の前でも通じるかな?」
「ゴタゴタ言わずに早うかかってこんか」
「突撃っ!」
団長の合図を今か今かと待っていた重装歩兵は合図と同時に「オウッ!」と吠え一斉に突っ込んでいく。
ザヴァルスの後ろで控える騎士たちは、二百の重装歩兵の突撃によってドルムなど紙くずのように吹き飛ばされると誰もが思った。
だが――
「なにが起こった……!?」
ザヴァルスの言葉は後ろに控える騎士たちの心の声でもあった。土煙を上げながら突撃した重装歩兵が一瞬にして消え去ったのだ。土煙が晴れるとそこには肩に戦鎚を担いだドルムが悠然と立っていた。
「ほいっ」
殺伐とした雰囲気に似合わない声とともにアーゼロッテはフリルのついた傘をさす。その日は雲ひとつない晴天であったが、突如雨が降り注ぐ。
消えた重装歩兵に突如降りだした雨、気が動転していた騎士たちが一人、また一人気づき始める。自分たちに降り注ぐ雨が真っ赤だということに。
「なん……だ……これはっ。まさか……この雨はっ!?」
真っ赤な雨には異物が混じっていた。ザヴァルスが手の平の異物に目を凝らすと、それは肉片であった。
「ひっ!」
騎士の一人が悲鳴を漏らした。肩に着いた肉片に混じって、歯や目玉の一部と思わしき部位があったからだ。
恐怖は伝染する。ここに至って騎士たちは気づいたのだ。ドルムのたった
「ば、化け物め……」
ザヴァルスと残り八百の騎士はすでに戦意を喪失していた。そんな第四騎士団の姿にドルムは酷くがっかりした様子を浮かべる。
「もう終わりか? つまらんのぅ」
「おじいちゃん、私の服が汚れたじゃないの~」
「おおっ! それはスマンな」
「もう~プンプンだよ!」
ドルムとアーゼロッテは、真っ赤に染まった第四騎士団と大地を何事もなかったの如くあとにした。
「じゅ……屠……めろ」
「ザヴァルス団長……今なんと?」
「『
「し、しかし了承するでしょうか? 『十二魔屠』はセット共和国の最精鋭ですよ」
「ダノ王国はセット共和国の属国だ。なんのために毎年高い金を支払っていると思う。こういうときのためであろうがっ!!
あいつらはウードン王国内に入っていった。ここでウードン王国に許可を取っていては取り逃がす可能性がある。急げ!」
「は、はいっ! 行くぞついてまいれ!!」
ザヴァルスに命じられた騎士は、慌てて数名を引き連れて飛び出していく。
伝令の騎士たちの姿が見えなくなると、ザヴァルスは真っ赤に染まった拳を握り締め呟く。
「化け物同士、潰し合うがいい!」
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