第137話 力の差

 ユウの屋敷から北東に一キロほどの場所。本来であれば闇が支配する時間帯であったが、半球状の黄金に輝く結界によって周囲は照らされていた。

 明りに誘われて何匹かの動物やゴブリンなどの魔物が近寄ってくるが、中からは何も聞こえてこない。しばらくすると飽きたのか、また森の中へと姿を消していく。

 しかし、黄金の結界『神域結界』の中では激しい戦いがくりひろげられていた。


「はああああっ!!」


 激しいかけ声とともに、デリッドの盾技LV4『シールドバースト』がラスに放たれる。大型の魔物をも吹き飛ばす威力が込められている盾技なのだが、ラスの結界によって容易く受け止められてしまう。


「互角だとっ!?」

「互角? 馬鹿を言うな」


 次の瞬間、ラスの結界に付与された雷と炎がデリッドの全身を駆け巡る。すぐさまデリッドは距離を取ると、精霊魔法によって身体を癒すのだが。


「け、結界に複数の属性を付与するとはっ」

「数百年前の後衛であれば持っていて当然の技術だ。この程度で驚かれるとは――」


 強者が弱者を見下ろすように語るラスの背後から、クロの魔人の大鎚が襲う。巨大な岩同士が激しくぶつかり合ったかのような轟音が結界内に響き渡る。


「某の攻撃でも結界に罅を入れるのがやっととは」


 クロの左腕は攻撃をした際に、ラスの属性付与した結界によるダメージによって黒煙を上げる。


「ほう、わずかとはいえ我の結界に罅を入れるとは、どうやらランク7下位の魔物に匹敵する力はあるようだな。だが、勘違いするなよ? その力はマスターのおかげだということを!」


 突き出されたラスの右腕より神聖魔法第3位階『聖炎』が放たれる。聖なる炎を喰らったクロはアンデッドということもあり、大ダメージを受ける。

 ラスの攻撃はそれだけに留まらず、黒魔法第3位階『アイアンブレット』がマリファに襲いかかる。通常であれば、数発から多くて十数発の黒い弾丸を放つ魔法なのだが、ラスの展開したアイアンブレットは数百発。マリファからはまるで黒い絨毯が高速で迫ってくるように見えたであろう。

 対するマリファは黒霧羽蟻を全身に纏い黒い弾丸を受け止める。アイアンブレットと黒霧羽蟻がぶつかり火花を散らす。拮抗しているように見えた攻防であったが、ラスには絶対的な自信と余裕があった。一方、マリファにはそんな余裕などない。アイアンブレットを受け止める度に黒霧羽蟻が次々に力尽きていく。黒霧羽蟻の隙間を潜り抜けた一発のアイアンブレットがマリファの腹部に命中する。グレーターデーモンのレザージャケットの高い防御力によって、アイアンブレットが肉体を貫通するのを防ぐが、衝撃によってマリファが膝をつく。


「黙って立ち去れば命だけは見逃してやるが、どうだ?」

「ご……ご冗談を。それより自分の身を案じた方がよろしいのでは?」


 ラスが足元を見ると、無数の鈍い銀色の甲虫が這い上がってきていた。ラスは結界で全身を守っていたので、甲虫は結界を覆うように群がる。

 結界に付与された雷と炎も甲虫には効かないようで、あっという間に甲虫がラスを覆い尽くす。すると、ラスの周囲の地面が陥没する。


「その甲虫の名はオスミウム虫、その小さな身体に似合わず一匹で凡そ八十キロもの重さを持つ虫です。そのまま地中深くに埋葬されるのが嫌であれば、降伏をお勧めしますが?」


 先ほどの仕返しとばかりにマリファが問いかけるが、ラスからは返事返ってこない。群がる甲虫によってラスの姿はすでに見えなくなっていた。


「この女、こんな強力な虫をいくつ使役するんだ」


 Aランク冒険者であるデリッドから見てもマリファの力は驚愕に値するものであったが、甲虫の中から笑い声が聞こえてくる。


「クハハハハハッ! 今の使いはこの程度の使い手しかいないのか? この程度の蟲使いなど聖暦が制定された頃には腐るほどいたわ!」


 蠢く甲虫に異変が起こる。甲虫の一匹が地面に落ちると、次々と争うかのように甲虫が地面に落ちていく。そしてそのまま動かぬ骸と化した。


「ドレインかっ!」


 デリッドはエルダーリッチがスキルにドレインを持っているのを思い出した。生命力を吸い取るスキルで、強者であればさほど影響はないのだが、小さな甲虫ではひとたまりもなかったのだ。


「これほどのエルダーリッチが、なぜユウなどにつき従っている」

「蝿の分際で言葉には気をつけろ。我如き、マスターの足元にも及ばぬわっ! それと先ほどからエルダーリッチ、エルダーリッチと、いつ我がエルダーリッチと名乗った? マスターのもとで鍛え上げた今の我はノーライフキングだ」

「ノ、ノーライフキングだとっ!? 馬鹿な……」


 ノーライフキング――アンデッドの中でも最上位と言ってもいい化け物であった。以前、三クラン合同で名持ちの氷爆竜を倒したデリッドであったが、名持ちの氷爆竜に勝るとも劣らない存在がノーライフキングである。


「マリファにクロと言ったな。あの化け物を倒すために俺の指示に従え」

「お断りします。ご主人様以外の言うことなど聞く気はありません」

「某も同感だな。そもそも貴様のせいで主の怒りを買ったのを某は忘れてはいないぞ」

「馬鹿共がっ! 勝手にしろ」


 共闘ができないと判断したデリッドの行動は早かった。召喚魔法でランク5のエルダートレント、ブラッディートレントを呼び出す。この程度の魔物ではラスの足止めにしかならないのはデリッドも承知の上である。

 エルダートレント、ブラッディートレントの枝が蜘蛛の巣のように拡がり、ラスを拘束するが、ラスの放った黒魔法第6位階『獄炎』によって消し炭と化す。木々によって視界を奪われていたラスが見たのは、デリッドが放った精霊魔法第7位階『創樹竜撃槍そうじゅりゅうげきそう』。

 樹で構成された竜が放つ息吹によって、ラスの姿がかき消される。土煙が漂い、マリファは口元を手で覆いながら、ラスがいた場所を凝視する。


「やったか? 精霊魔法第7位階『創樹竜撃槍そうじゅりゅうげきそう』、いかにノーライフキングと言えど、無傷で済むはずがない」


 デリッドの淡い期待は裏切られることになる。土煙が晴れた後には平然と立っているラスが見えたからだ。


「ふむ。結界が五枚ほど破られたか。蝿にしてはやるではないか」


 ラスが無傷で立っていたことと、牢獄のように張り巡らされた『神域結界』も同様に無傷なことにデリッドは驚愕の表情を浮かべる。そしてマリファ、クロもデリッドと同じく驚きの表情を浮かべていた。それほどデリッドの放った創樹竜撃槍そうじゅりゅうげきそうの威力は凄まじく、マリファたちにラスを倒す手がないことを証明していた。


「なんだ? 『神域結界』に傷一つついていないことに驚いているのか? 対巨人族捕獲にも用いられる結界だぞ? 蝿程度の攻撃で傷などつくものか。クハハハハーッ!」


 高笑いするラスであったが、ラスの後方よりポコッ、という可愛らしい音が聞こえてくる。


「クハハハーハッハ――なんだ?」


 マリファたちの視線が自分ではなく後方を見つめていることにラスが気づく。

 ポコッ、また可愛らしい音が聞こえてくる。音の正体は『神域結界』に空けられた小さな穴であった。ポコッ、ポコッ、次々と穴が増えていき、人の顔が入るぐらいの大きさまで拡がると。


「オドノ様、いたよっ!」


 穴からナマリが顔を突き出す。ナマリはラスたちの姿を確認すると、ニコッ、と笑みを浮かべる。


「よし、そのまま続けろ」

「わかった!」


 黒い外骨格に覆われたナマリの両腕が『神域結界』を殴りつける。

 ポコポコポコ……ラッシュのように可愛らしい音が鳴り響く。人一人が通れる大きさまで拡がると、ユウがニーナたちを伴って穴を潜る。


「マ、マスターっ……ナマリ! 貴様っ」


 ラスに睨まれたナマリはユウの背後に隠れると顔だけ出してあっかんべーをする。


「ラス、俺がこんなこと頼んだか?」


 ユウの言葉にラスは跪いて意見を述べる。


「この者たちはマスターに仕えるのに相応しくありません。それにこちらのダークエルフはマスターのお目こぼしによって助かったにもかかわらず、マスターと一対一で決闘させろなどと戯言を述べるしまつ。マスターの手を煩わせるまでもなく、私が処分しようとしたまでです」


 ユウはデリッドを一瞥すると、デリッドの装備に目を奪われる。


「おっ、セット装備じゃないか」

「マスター、この程度のセット装備などいずれ私が手に入れてみせましょう!」


 セット装備とは通常武器、防具、装飾などに付与されているスキルとは別に、複数のモノを装備することでスキルが発動する装備である。有名なセット装備にウードン五騎士の一人が身に着けている聖剣エクスカリバーと鞘がある。このセット装備はたった二つでセット装備の効果を発動し、装備者に無限の再生力と絶対なる勝利を約束するというとんでもないセット効果であった。


「そうは言うけど、あんだけ迷宮探索したのに数えるほどしか手に入らなかったからな。まあいい。とりあえず帰るぞ」

「マスター、この者たちは?」

「お前だって出会った頃は弱かっただろうが。マリファたちもいずれ強くなる」


 ユウの言葉にラスはそれ以上進言することはなかった。


「マリちゃん、大丈夫?」

「……お姉ちゃんを心配させない」

「あはは。レナがお姉ちゃんだって――痛っ、なにすんだよ!」


 マリファとクロのもとへ駆け寄るニーナたちであったが、二人は重い表情であった。


「大丈夫です。ご心配をおかけしました」


 ユウたちが去ったあと、結界内に残されたデリッドは、日に二度敗れるという屈辱に身を焼かれるような思いをするのであった。




「オドノ様」

「ん?」


 屋敷に帰ったユウはナマリと風呂に入っていた。湯船に浸かるユウにもたれかかるようにナマリは身体を預けていた。ちなみにモモはユウの頭の上で少しのぼせて仰向けになっていた。


「今、国をつくってるでしょ」

「国つっても、まだ村みたいなもんだけどな。大体、俺は国なんて創る気なかったのに、お前が獣人や小人を拾ってくるからだぞ」

「だってお腹が空いててかわいそうだったもん。それでね。おババたちをね。連れてきてもいい?」

「俺は敵だらけなんだぞ? それにあいつら、人族の俺が創った国に大人しく来るか?」

「俺がみんなを守るし、ちゃんと説明するから」

「わかった。わかったから暴れるな。どうせニーナたちの成長を確かめるのに『腐界のエンリオ』へ行く予定だから、そのときでいいだろ?」

「やった! オドノ様、大好きー」


 風呂を上がり部屋に戻ったユウであったが、普段であればいない者が部屋に同席していた。


「で、どうしたいって?」

「某を主が戦っていた場所へ連れていっていただけないでしょうか」

「俺が戦っていた場所って、お前じゃ瞬殺されるだけだぞ」


 ユウに諭されるクロであったが、意思は固いようで下を向き黙ったままであった。


「『悪魔の牢獄』の三十層辺りだな」


 ユウの言葉にクロの顔に笑みが浮かぶ。


「そ、それでは某を」

「今までずっと屋敷を護ってたんだ。少しくらい好きにしたって誰も文句は言わないだろう」

「必ず。必ずっ! 強くなって帰ってきます!!」


 その後、『悪魔の牢獄』での冒険者に出くわした際のルールなどを幾つか決めると、ユウはクロを『悪魔の牢獄』へと送り出した。


「さて、俺はそろそろ寝たいんだけど」


 ユウがベッドに目を向けると決して狭くはないベッドの上には、ニーナ、レナ、ナマリ、がうつ伏せになってお喋りをしていた。モモは困った子たちねと言わんばかりにユウの頭の上で両手を上げていた。


 一方、屋敷の地下室では普段であれば食料などを保管しているのだが、今日は食料に混ざってラスが正座していた。頭の上には魔導書が幾つも載せられており、明日の朝まで反省するようにとユウに命じられていた。


「なぜ、私がこんな目に! くそっ、ナマリめっ! 覚えていろよ」

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