第136話 序列四位

「ユウと一対一で勝負させてほしい」


 デリッドの言葉にマリファたちが失笑する。

 たった三人の小娘に負けたうえ、ユウのお目こぼしによってクラン解散を免れたにもかかわらず、どの面下げて言っているのだとマリファたちの目が語っていた。

 しかし、デリッドは恥を忍んででもユウと勝負し、勝たなくてはいけない理由があった。ネームレスに負けたあと『赤き流星』からは大量の脱退者が出たのだ。その数凡そ五十名。三分の一以上が抜けてしまったのだから、団長に代わってクランを預かるデリッドが焦るのも無理はないだろう。その上、ネームレスに負けた噂はあっという間に拡がり、今では都市カマーの冒険者だけでなく、多くの市民にまで知れ渡っていた。最強、最大と自負していたクランがたった三名の少数クランに負けたのだ。こんな面白い話にカマーで暮らす者たちが喰いつかないわけがない。このまま放っておけば『赤き流星』は中堅クランに埋もれてしまうだろう。いや、下手をすれば弱小クランにまで規模を縮小する可能性すらあった。一旦落ち目になった組織が返り咲くことなど、余程のことがなければないのは誰もが知っている。

 この危機を回避するには『赤き流星』が『ネームレス』に再戦し、勝利するしかない。それも人数で圧倒したなどではなく、クランのトップ同士の一対一での勝負で勝つことによってのみ『赤き流星』が生き残る道が示されるであろう。


 ラスは暗闇の中浮かび上がるデリッドの腫れあがった顔に目がいく。


「なんだその顔は? 大方ジョゼフにでもやられたのであろう。情けない奴め」


 ユウたちが帰ったあと、ジョゼフの理不尽な暴力によって、逃げ遅れた数百人が犠牲となる。その際に傷を魔法で治した奴は再度同じ目に遭わせてやるというジョゼフの無慈悲な宣言によって、多くの冒険者や傭兵が顔を腫らしたままであった。無論、デリッドも被害を受けた一人である。恐らく明日になれば冒険者ギルドの受付嬢たちは、唯でさえむさ苦しい男たちが顔を腫らしている姿に辟易するであろう。


「アンデッド如きになにがわかる! ジョゼフの強さも知らないくせに」


 死んだあとも生にしがみつく憐れなアンデッドと見下していた相手から罵られ、思わず頼みに来た立場にもかかわらず、デリッドが吠える。


「ジョゼフの強さ? 嗤わせるな。貴様の方こそなにも知らぬであろう。

 聖暦1272年、デリム帝国弱小貴族の第一子として生を受ける。齢十の時に初陣で単身にてオークジェネラルの首級をあげる。十二歳で単身オーガの巣をオーガキング諸共壊滅させる。十三歳でデリム帝国闘技祭の中でも最大の『龍破人現祭』に初参戦で優勝。その後前人未到の五連覇。十四歳で最年少のセブンソードに抜擢。その後も数々の戦績を残し、聖暦1298年の『第三次聖魔大戦』では中心となって災厄の魔王と戦い。聖暦1300年にパンドラの勇者と共に魔王を倒す。

 他国では『セブンソード』『聖魔剣のジョゼフ』『豪腕』などの二つ名で知られてはいるが、デリム帝国では『槍天のジョゼフ』の方が有名だ。ジョゼフの全盛期を知っている者からすれば、今の堕落したジョゼフなど搾りかす同然と言うだろう」

「き、貴様……一体何者だっ!? アンデッドがなぜそこまで知っている?」

「答える必要はないな。そういえば、先ほど面白いことを言っていたな? マスターと勝負させろだと? 蝿が図に乗るなよ。丁度いいそこにいる羽虫共と一緒に相手をしてやろう」

「俺が勝てばユウと勝負させてもらうぞ」

「くっ……くっく……くはははっ! 貴様は蝿が獅子に挑んで勝てるとでも思っているのか?

 ナマリ、私がいない間のマスターの守護を任せるぞ」

「えっらそーに。ラスに言われなくてもオドノ様は俺が守るよーだ」


 ナマリは塀の上に登ると腕を組んで背中を反らす。怪訝な表情を浮かべるのはマリファとクロの二人だ。


「なんだその顔は? まさかナマリがマスターの愛玩動物だとでも思っていたのか?」


 ナマリが塀の上でなにやら叫ぶがラスは無視して話を続ける。


「マスターに対する忠誠心では誰にも負けないと自負する私だが、こと戦闘力だけで言えばナマリは私より上の序列四位だ」

「警戒して損しました」

「某も同感であるな」

「俺が一番オドノ様のことを好きなんだぞ!」


 マリファとクロの嘲笑にもラスは反応を示さず、暗闇に溶け込むように移動する。


「場所を変えるぞ。ここで戦えばマスターに気づかれる可能性がある。くくっ、もっとも戦いになればいいがな」

「ほざけっ、すぐに物言わぬ骸に還してやる」


 デリッドは聖樹から作り出したフレイルを掲げる。聖なる力を秘めたフレイルから淡い光りが漏れる。


「くっく、蝿なりに少しは自信があるようだな。こちらもお前は殺す予定だった。マスターに対して無礼な態度をとった貴様を、私が見逃すとでも思っていたのか?

 ナマリ、わかっているとは思うが、このことはマスターには伝えるな」

「わかった!」




「……ニーナ動かないで」

「えへへ、だってね? だって、えへへ~」


 ニーナは口角が上がるのが抑え切れないようで、後ろを振り返るとまたニヤニヤしてしまう。ニーナの後ろではユウがニーナの髪を梳かしており、ニーナは嬉しくて仕方がないようだ。ちなみにレナはニーナの胸を枕代わりにして魔導書をずっと読んでいた。


「ユウ、ナマリちゃんとガイコツさんがいないけど、どこに行ったのかな?」

「ガイコツさんって……ナマリは庭でコロたちと遊んでるよ。ラスは知らん」

「ふ~ん。そのラスさんってマリちゃん、クロちゃんと仲が悪いみたいだけど大丈夫かな?」

「あいつは変に俺を信仰してるからな。でもマリファたちと口喧嘩することはあっても戦ったりはしないだろう」

「もし、戦ったらどうなるのかな?」


 ニーナの質問にユウの手が止まり、明後日の方角を見ながら思案する。レナも気になるのか魔導書を閉じて振り返る。


「絶対にマリファたちが負ける。どんな手を使ってもラスには勝てないだろうな」

「ええ~、絶対に? マリちゃんもすっごく強くなったんだよ」

「それでも絶対に勝てない」

「……私なら勝てる」

「いや、お前も勝てないぞ」


 ユウの言葉にレナの旋毛のアホ毛が逆立つ。


「オドノ様~」

「ナマリ、身体中毛だらけじゃないか。風呂に入ってこい」

「オドノ様も一緒?」

「そうだな。一緒に入るか」

「俺がお風呂でもオドノ様を守るぞ!」

「ナマリのくせに偉そうに」


 ナマリは嬉しそうにユウの背中におぶさると、ユウの頭で寝ていたモモがずり落ちそうになり、ナマリの頭をペシペシと叩く。


「……私もまだお風呂に入っていない」

「あっ、レナはダメだぞ! 俺がオドノ様と一緒に入るんだからな」

「……ちびのクセに生意気」

「あははっ、レナもちっちゃいのにおっかしーの!」


 レナが杖でナマリの頭をコツンと叩くが、全然力が入っていないのでナマリは楽しそうにユウの背中にぶら下がってゆらゆらと揺する。


「そうだ。ナマリ、ラスがどこにいるか知ってるか?」

「知ってる!」




「この辺りでいいだろう」


 ラスの眼窩が青色に妖しく光る。右手に握る杖を横薙ぎに振るうと、一瞬にして半径二百メートルほどの黄金に輝く結界がラスたちを覆う。


「これは……結界か……なんて規模だっ!?」

「神聖魔法第8位階『神域結界』、貴様ら下等生物では一生お目にかかることのない高位魔法だ。これで暗闇の中だから負けたなどと、言い逃れはできなくなったな?」

「アンデッドが……神聖魔法を……し、しかも……第8位階の!?」


 デリッドが霊樹モルゴーティアの盾を構え、突撃の体勢をとる。


「お喋りはもう結構です。私から行かせていただきます。もっとも私が勝つので、あなたたちの番が来ることはないでしょうが」


 ラスから吹き荒れる魔力の奔流によってマリファのスカートがはためく。左手でスカートを押さえながら、残された右手を水平に伸ばす。右肘から先にはすでに数種類の虫が蠢き、黒い山を形成している。


「マリファ殿、某が先に」


 前に出ようとするマリファをとどめるように、クロの大地の戦斧が行く手を塞ぐ。


「くはぁっ! 貴様らが単体で挑んで私に勝てるわけがなかろう! 纏めてかかってくるがいい。さて、結界には二つの使い方がある。一つは術者の身を守る。もう一つは結界内に相手を封じる又は閉じ込める。私が展開した結界は――もちろん後者だ。自分たちがいかに矮小で蛆虫以下の存在なのかを思い知り、嘆きながら朽ち果てるがいい」

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