第131話 目印

「お前ら、なにしに来やがったっ!」


 『赤き流星』団員たちが、口々にニーナたちの後ろに控える冒険者、傭兵に向かって叫ぶ。


「うるせぇっ! お前らが数にモノを言わせて、俺のレナちゃんに卑怯な真似をしねえか監視しに来たに決まってるだろうが!!」


 どうやらレナ派、『幼●愛好家』に所属する男のようだが、俺のという言葉に他の者たちが反応し諍いが起こる。諍いに参加せず見ている者たちはニーナ派、マリファ派の面々で、「見苦しい奴らめ」や「性犯罪者が」などと、好き勝手に罵倒していた。


「おいおい、お前らの相手は俺たちだろう。

 さて、勝負の方法だが相手が降参するか動けなくなれば勝ちだ。先に二勝した方の勝ち、単純だろ? お前たちが負ければネームレスはウチのクランに入ってもらう。つまり吸収合併だな」


 デリッドの言葉に、負ければ『赤き流星』に入ることになるのだが、ニーナたちは微塵も負けるつもりはないようで誰が一番始めに出るかで揉めていた。ニーナは相手がタリムであれば順番に拘りはないと伝えるが、レナとマリファはニーナが『赤き流星』の団員たちに受けてきた仕打ちが余程腹に据えかねているのか、自分が最初に出ると譲らなかった。


「くだらん争いは止めろ。どうせウチが勝つんだ。

 それとニーナたちの後ろのいる奴ら、お前たちはウチと敵対するんだな?」

「当たり前だ! こっちは前からお前らの偉そうな態度が気に食わなかったんだよ」


 ニーナたちの後ろから、クラン『鋼』に所属するブリットが叫ぶ。よく見れば無所属のエッカルトやムーガの姿もそこにはあった。


 デリッドの脅しとも取れる言葉に、ブリット以外の者たちも同じ気持ちなのか威嚇するかのように『赤き流星』を睨む。


「そうか、それは良かった。ならニーナたちが負けた際は当然お前らもウチのクランに入ってもらう」


 デリッドの目的は二つあった。一つ目がニーナたちによって落ちたクランの格を取り戻すこと、二つ目が『赤き流星』に反抗的な冒険者、傭兵、クランなどを叩き潰し吸収することであった。

 デリッドがニーナたちのことを調べていくうちに、ニーナたちには大勢の信者とでもいうべき者たちがいることを知る。その者たちは、それぞれニーナ派、レナ派、マリファ派の三つの派閥にわかれており、驚くことに各派閥に所属している面々の中には高ランクの冒険者や実力のある傭兵に、さらには名の知れた商人と多岐に渡った。

 そこでデリッドはニーナたちを叩き潰し、背後にいる者たちも吸収することを画策する。

 今、目の前にいるのは五百名ほどだが、全ての人材を『赤き流星』に取り込めば一気に千を超える巨大なクランができあがるであろう。そうなれば『赤き流星』はウードン王国で一番大きなクランに、さらにその勢いを利用して他国にまで規模を拡大すればレーム大陸最大のクランが誕生する可能性も十二分にあった。


「ニーナたちが負ければ俺たちが『赤き流星』の傘下に入るだと? ふ、ふざけんな!!」


 今までで一番大きな怒号が飛び交い、それならば自分たちも参加させろと何人かの高ランク冒険者や傭兵たちが前にでるが。


「これはウチとニーナたちの問題だ。それなのに無関係のお前たちが出しゃばってきたんだろうが? 参加させろだと? 断るに決っているだろう。お前たちは黙ってウチとネームレスの勝負を見届けろ」


 こすい手を使ってまでニーナたちとの勝負に持ち込んだのに、高ランク冒険者たちが参加しては意味がなくなってしまう。デリッドは当然要求を却下し、その際にニーナたちの反応を窺うが、ニーナたちは最初から頼るつもりはなかったようで、すでに戦う準備を終えていた。一番手はマリファに決まったようで、横ではレナが悔しそうに頬を膨らませていた。


「はぁはぁ、ふ~、なんとか間に合ったね。盛り上がっているところ申し訳ないんだけど、この勝負止めてもらえないかな?」


 対立する二つの集団の横から現れたのはムッスであった。後ろにはヌング、ジョゼフ、それにラリットもいた。


「デリッドさん、拙いですよ。ジョ、ジョゼフがいます。ジョゼフが敵に回れば『剣舞姫』と『魔剣姫』も必ず出張って来ますよ」

「ふんっ、ムッス伯爵だろうがジョゼフだろうが邪魔はさせない。これはウチとネームレスの問題なんだからな」


 過去にジョゼフと揉めたことのあるデリッドはジョゼフを睨みつけるが、当のジョゼフはデリッドなど見てはいなかった。


「おい、ジョズ、あとで話があるから逃げんなよ」


 ムッスたちが現れると同時に人混みの中に隠れて気配を消していたジョズであったが、ジョゼフはいとも容易く見つけるとジョズの首に腕を回す。


「な、なんの話ですか?」

「お前とムッスはユウの居場所を知っていたのに俺に黙っていやがったな?」

「だ、誰がそんな嘘を言ったんですか? 僕は知りませんよ」

「クラウディアだ。あいつが俺に教えてくれたんだよ。おかげで今まであいつの買い物につき合わされて大変だったぜ」


 ジョズは心の中で「あのお喋り長耳めっ!」と毒吐くが、首に回されているジョゼフの腕に力が込められていくと、呼吸が困難になり意識を失いそうになる。


「ラリット、今までどこに行ってたんだよ! お前がいない間に大変なことになってたんだぞ」

「悪いな。つい最近帰ってきたとこなんだ。それにジョゼフの旦那を捜してたんで時間がかかっちまった。今、どうなっているのか状況を教えてくれ」

「どうもこうも、あの野郎無茶苦茶だぞ。ニーナちゃんたちが負けたら俺たちも『赤き流星』に入れって言ってきやがった」

「相変わらずあのバカは、自分のクランをでかくすることしか考えてねえな。心配するな、ここにはジョゼフの旦那がいるんだ。あの野郎の勝手にはさせねえ」


 ラリットは横目でジョゼフを見るが、ジョゼフはジョズを追い込むのに夢中のようでデリッドなど眼中にないようだ。


「だ、駄目かもしれん」

「おおーい、ラリット」


 一方デリッドとムッスの話し合いは平行線を辿っていた。


「僕がこれだけ頼んでも争いは止める気はないってことかい?」

「ええ、いくらムッス伯爵の頼みでもクランのメンツがかかっていますので、引くわけにはいきませんね」

「う~ん、困るなぁ……。『赤き流星』みたいな大きなクランがなくなると困るんだよね」

「今なんて言いました? その言い方だと、まるでウチが負けるみたいじゃないですか」

「負けるだけならいいんだよ。問題はユウがこのことを知ったら大変なことになる」

「ユウ? ユウ・サトウなら逃げ回って、とっくにカマーからいなくなっていますよ」


 ムッスはなおも食い下がるが、デリッドの考えが変わることはなかった。


「いつまでくだらない話をして待たせるのですか。こちらの準備はできています」

「Dランク如きが調子に乗るなよ。

 ムッス伯爵、話はあとでいくらでも聞きますので離れてください。

 ヴァイゴ、前に出て来い!」

「拙いぞ。ラリット、マリファの相手はCランク冒険者のヴァイゴだぞ」


 デリッドに呼ばれて出て来たのはCランク冒険者ヴァイゴ、ジョブは軽剣士、剣闘士の典型的な前衛職である。


「ヴァイゴ、相手は従魔と虫を使う。どうすればいいかはわかるな?」

「任せてください。魔物使い、虫使いとは何度か戦ったことがあります。確かに従魔や虫は強いですが、肝心の使っている奴は大したことありませんでしたよ」


 ヴァイゴの言葉にデリッドは笑みを浮かべた。

 デリッドのかけている眼鏡は魔導具で、解析LV5相当のスキルが常時発動している。眼鏡越しにマリファのステータスを確認したデリッドは、ヴァイゴであれば負けることはないと判断する。ただし、マリファの従える二匹の従魔は厄介なので、従魔の情報をヴァイゴに伝える。


「ジョゼフ、君も止めるのを手伝ってくれよ」

「あ? 気に食わないって言ってんだから好きにやり合えばいいじゃねえか。だがな、俺に隠れてコソコソ動き回ってたのは気に食わねえ。あとでジョズと一緒に相手してやる」


 ジョゼフの腕の中でジョズは半分意識を失い泡を吹いていた。


(ふんっ、誰がお前のような脳筋と正面から戦うか)


「嬢ちゃん、悪いが手加減はできねえぞ? あとで可愛がってやるから勘弁してくれよな」

「塵がなにか言っていますね。先ほど、万が一私たちが負ければあなたたちのクランに入るという話ですが、私たちが勝てばニーナさんへの謝罪と『赤き流星』は解散していただきます。あなたたちのような塵を下僕にしてもご主人様は喜ばれないでしょう」

「こ、このクソアマっ!!」


 マリファを応援する者たちがマリファの啖呵に興奮し、一部の女性は熱狂の余り倒れる者まで出る。反対にゴミ扱いされた『赤き流星』の団員たちがマリファを罵倒する。

 レナも一緒になって応援するが、横に立っている異様な装備の者に気づく。その者が身に纏っているのは、ほとんどが呪われた品々であった。顔全体を覆う兜で表情は確認できずにいたが、レナがよく知る人物であった。


「……クロも混ざりに来たの?」

「レナ殿、某は目印でござる」

「……目印? ござる?」

「あと少しすればわかるでござる」


 旋毛のアホ毛がクエスチョンマークになるレナであったが、マリファとヴァイゴの勝負が始まるので、それ以上は聞かずにマリファへ声援を送るのだった。

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