奪う者 奪われる者

第130話 三対三

　一閃――ニーナの放った電光石火のような斬撃を、タリムは自慢のダマスカス鋼で作られた盾で間一髪防いだ。

　タリムは『赤き流星』クランに所属し、長年盾職として活躍してきた。その長い経験の中でも、そうお目にかかれないほどニーナの斬撃の威力は凄まじかった。

　その証拠に――

「見ろ。タリム自慢のダマスカスの盾が斬り裂かれているぜ」

　周りで見ていた冒険者たちがその事実に驚きを隠せずにいた。ダマスカス鋼はその硬さから、Ｃランク以上の冒険者の多くに愛用者がいる。ダマスカス鋼で作られた武具がどれほど頑丈で信頼できる物かも十二分に知っていた。だからこそ、ニーナのダガーがダマスカスの盾を切り裂いたことに、野次馬の冒険者たちは信じられないモノを見たかのような目になる。

　一方ニーナの攻撃を受け止めたダマスカスの盾は、タリムの身を守ることはできたものの、受けた場所には十五センチほどの傷ができていた。

「お……俺の盾が斬り裂かれた……だとっ！？」

　タリムは自慢の盾に傷がついたことに驚いている場合ではなかった。なぜなら、黒竜・牙を振り抜いたニーナの空いている方の左手には、すでに黒竜・爪が逆手で握られており、振り抜いた勢いを利用しての突きがタリム目掛けて迫っていたからだった。

　躊躇なく次の攻撃も致命に関わる急所を狙うニーナの攻撃に気づくタリムだったが、少し遅かった。反応が間に合わずに誰もがタリムが死んだと思ったそのとき――床から生えた荊棘が黒竜・爪を受け止め、次々と生えてくる荊棘がニーナの全身を絡めとった。

「そこまでにしてもらおうか」

　精霊魔法第４位階『拘束する荊棘（ソーン・バインド）』を放ったデリッド・バグの登場に、『赤き流星』団員たちは安堵の表情を、それ以外の冒険者たちは不快な表情を浮かべた。

「冒険者ギルド内での刃傷沙汰は重大な違反行為。そちらの『ネームレス』所属のニーナが、『赤き流星』所属のタリムに攻撃をしたのは間違いない。ここにいる全員が証人だ」

「ふざけんな！　先に嫌がらせをしていたのはてめぇらだろうがっ！！」

「ちょっとでかいからって調子に乗るなよ、こらっ！」

　多くの冒険者がデリッドに噛みつき一触即発の状態になるが、デリッドが一瞥すると皆一様に黙り込んだ。二階にいる冒険者はＣランク以上にもかかわらず、一瞥するだけで騒ぎを押さえ込む力をデリッドは持っているのだ。

　沈黙する冒険者たちを掻きわけるようにジョズが飛び出す。

「デリッドさん、これはどういうことですか？　先日の話し合いで、ニーナたちと団員たちを関わらせないと約束したはずですよね」

　剣呑な雰囲気を隠さずにジョズはデリッドに近づいて行くが、デリッドは少しも悪いなどと思ってはいないとばかりに。

「確かに約束はしたが、ウチは見てのとおり大所帯だ。末端にまで連絡が行き届いていなくてもなんら不思議ではない。今は（・・）そんなことより、こいつらの処分をどうするかの方が先じゃないのか？」

　自身を拘束する荊棘を斬るニーナだったが、荊棘は切れた端から次々と生えてニーナを拘束する。レナは今にも魔法を放たんとばかりに杖を構え、マリファはすました顔をしていたが、両腕の肘から先にはすでに黒色の虫が這っており、それ以外の虫もいつでも攻撃できるように準備していた。

「今ならユウ・サトウを俺の前に連れてきて、床に頭を擦りつけて謝罪すれば許してやるがどうだ？」

「……謝るわけない」

「ご主人様に謝罪しろ？　塵芥にも劣る分際で、あなたこそ死んで詫びなさい」

「謝罪する気も反省する気もないとなると、クランとクランで戦争になるが、ククッ、そちらはリーダーのユウ・サトウが逃げて、たったの三人しかいないがいいのか？」

　デリッドの挑発にニーナたちの殺気が膨れ上がっていく。

　予定どおり事が運んでいることにまたもデリッドはほくそ笑んだ。

「ジョズ、見てのとおりだ。これはもう話し合いでは決着は着かないな。修練場だと冒険者ギルドから横槍が入る可能性がある。カマーの北門を出て１キロほどの場所に丁度いい草原地帯がある。そこで……そうだな、総力戦ならウチが弱い者イジメになるから三対三で決着をつけようじゃないか。それともカマーから尻尾を巻いて逃げるか？」

「……逃げる？　あなたたちを倒せばいいだけ」

「レナの言うとおりです。あなたたちこそ逃げずに全員連れてきてくださいね」

　デリッドは先に行って待っていると告げるとニーナの拘束を解き、『赤き流星』の団員を連れてその場をあとにする。

　ニーナは最後までなにも言葉を発することなく、果実酒塗れになったダガーを手に取ると、一本一本布で綺麗に拭き取ると胸に抱き締めた。

　ジョズは最悪の事態になったことに頭を抱えるが、まだ最悪にはほど遠いのをあとになって知ることになる。

　クラン『赤き流星』、都市カマーで最大規模のクラン。勝ち馬に乗ろうと、新人冒険者や周囲の村や町から多くの冒険者が次々と入団し、今ではその規模は二百を超えるまでになっていた。

　都市カマー北門を抜けた先にある草原地帯には、すでに『赤き流星』所属の冒険者たちが待機していた。

　しかし、この場にはシャムと従者のドッグ、サモハの姿はなかった。彼らは自分を鍛え直すと、ウードン王国にある迷宮探索に遠征していたからだ。それ以外にも、なぜか四十名ほどの『赤き流星』に所属する冒険者たちがいなかったのだが、その者たちは特にクエスト中や迷宮探索などで不在ではない。

「デリッドさん、俺はこれ以上参加しませんからね」

「タリム、汚れ仕事を頼んで悪かったな」

　タリムは元々女子供に粗暴を働くような男ではなかった。副団長のデリッドに頼まれ、已むを得ずニーナに嫌がらせをしていたのだが、だからと言って許されるはずがないのはタリム自身が一番わかっていた。だからこそ、これ以上ニーナたちになにかする気にはなれず、デリッドに断りを入れたのだ。

「デリッドさん、来ました。ですが……なんだあの人数はっ！？」

　デリッドの後ろで控えていた団員たちが、ニーナたちが引き連れてきた冒険者の数にたじろぐ。その数、およそ五百人。

「クク、予定どおりだ。あいつらを支援する理由（わけ）のわからん組織があるのは調べがついている」

　デリッドは眼鏡を中指で上げるとまたもほくそ笑んだ。

　いつもなら賑わっている都市カマー冒険者ギルドであったが、今は開店休業状態であった。

　コレットは二階での出来事を同僚から聞いており、気になって仕方がなかったのだが、責任感の強いコレットは職場を放棄することができずにいた。レベッカなどは「コレット、ここは任せた」っと言い放つと、駆け足でニーナたちを追いかけてしまったのだから薄情である。

「う～、私だってニーナさんたちが心配なのに」

　コレットが心配でめそめそしていると扉を開く音が聞こえる。気持ちを切り替えコレットは挨拶をしようとするが。

「ラ、ラリットさんですよね？　どうかされたんですか」

　幽鬼漂うラリットの姿に、思わずコレットがラリット本人かを確認するのも無理はなかった。それほどラリットの顔はげっそりしていたのだ。

「ほっといてくれ……俺なんて駄目な奴なんだ」

「それどころじゃありません！」

「ひ、ひでぇ……コレットちゃん、それはひでぇよ」

「もう！　しっかりしてください！　ニーナさんたちが大変なんですよ！」

　ニーナが大変という言葉にラリットは目を見開くと、先ほどまでの姿はなんだったのかというほど生気に満ちた顔で、コレットの話に耳を傾ける。

「ふ、ふざけやがって！　『赤き流星』の糞野郎共……ゆ、許さねぇぞ！　俺の（・・）ニーナちゃんに酷いことしやがってっ」

「と、とにかく、ジョゼフさんを探して北門の先にある草原に行ってくださいって――――ラリットさん、聞いてます？　ちょっと、ラリットさ～んっ！」

　ラリットは扉が壊れるような勢いで開けると、そのまま土煙を上げながら走って行ってしまった。

「だ、大丈夫かな……こんなときにユウさんがいれば」