第129話 ほくそ笑む男

 割に合わない仕事に暗い顔をしたジョズが部屋から退出すると、ムッスの顔が豹変する。そこにはいつもの軽薄な男の姿はなく、大貴族の威厳と風格を纏った一人の伯爵がいた。


「ヌング、僕がジョズにユウたちのことを調べさせているのが気に入らないのかい?」

「ユウ様と敵対するような行動は慎むべきと、執事の身なれど進言させていただきます」

「僕だってユウと敵対するなんてごめんさ。

 ユウの陣営にはニーナ、レナ、マリファ、エルダーリッチ、腐肉芋虫の亜種、天魔、ブルータリッティーピクシー、死霊魔法で創った高位アンデッド、それに庭で放し飼いにしているブラックウルフも何匹かはランクアップしているそうじゃないか。あとは魔人族の子供は除外してもいいかな。敵には回したくないね。なにしろあの天魔をユウがなんて言ったか覚えているかい?」

「覚えています。ユウ様はランク6で弱い・・から戦闘には向いていないと、仰っていました」

「そう。ランク6の魔物を弱いだよ。あのエルダーリッチのランクはいくつなんだろうね? 対して僕の陣営はジョゼフを筆頭に『魔剣姫ララ・トンブラー』『剣舞姫クラウディア』『薬師プリリ』『一射一殺のマーダリ』『勝利を約束する傭兵団ヤークムとローレン』『氷塊のゴンロヤ』『前衛要らずのランポゥ』『双剣のジョズ』、ジョゼフに至ってはユウと戦うことになれば敵に回る可能性すらある」

「敵に回る可能性があるのではなく、間違いなく敵に回るでしょう。ジョゼフ様はユウ様に亡くなったご子息の面影を重ねていますので。さらにジョゼフ様が敵に回れば、ララ様とクラウディア様もついて行くでしょう」


 ヌングの補足にムッスは反論できずにいた。ヌングの言うとおりジョゼフがユウにつけば、ジョゼフに惚れているララとクラウディアもついて行くのは、ムッスにも容易に想像できたからだ。


「ユウ様がムッス様の敵に回ることはないと思いますが」

「ヌング、ユウが敵に回るんじゃなく、僕が敵になる可能性があるんだよ。なにしろユウは――」

「国を創っているからですか?」


 ムッスは頷くことで肯定し、ミルクではなくワインを一気に飲み干す。以前『腐界のエンリオ』でムッスが言っていたあの件とはこのことであった。


「ウードン王国が、いや周辺国家が新たな国家の設立を認めると思うかい?」

「認めないでしょう。なにかしらの理由をつけて属国化し、ありとあらゆる資源を奪うのは間違いありません」

「あのユウがそんなことを受け入れると思うかい? 絶対に反抗するね。そうなればウードン王国と戦争になる可能性が出てくる。戦争になれば、僕は卑しくもウードン王国に名を連ねる貴族だ。王命が下れば従うことになるだろう」

「年寄りの戯言ですが、そうならないよう動くことがムッス様にならできると私は信じています」

「買いかぶり過ぎだよ。でも僕もユウのことは好きだから敵にはなりたくないな」


 ヌングと二人きりの時にしか見せないムッスの弱気な言葉に、ヌングはただ黙っていつまでも傍に立っていた。




 クラン『赤き流星』のニーナへの嫌がらせは、ジョズがムッスに言っていたとおり日に日に増していた。ジョズがいるときは目を光らせ防いではいたものの、ジョズがデリッドに嫌がらせを止めさせるよう話し合いにいった際などの隙をついて嫌がらせは続いていたのだ。

 ニーナがクエストボードに貼られている依頼書を取ろうと手を伸ばせば、依頼書の横取り。最初の頃は偶然を装ってぶつかって来ていたが、今では露骨にぶつかって来るなど、もはや体当たりと変わらなかった。ニーナが受付の列に並んでいると、前に並んでいる『赤き流星』所属の冒険者がわざと時間をかけて話し込むなど、嫌がらせは多岐に渡る。にもかかわらずニーナの様子はいつもと変わらずにいた。


「……ニーナ、なぜ怒らない」


 マリファは口にこそ出さなかったがレナと同じ気持ちであった。

 相手は大手クランだが、それこそジョゼフに相談すれば文字どおり力尽くで解決してくれそうなものだが、ニーナはジョゼフに頼ることなく我慢し続けていた。

 ニーナが我慢をしているのに、レナやマリファが『赤き流星』へ手を出してはニーナの頑張りを壊すことになると我慢し続けていたのだが、とうとう我慢ができなくなったレナが口を出したのだ。


「怒る? どうして?」


 レナとマリファはニーナの言葉に唖然とした顔を浮かべる。今までニーナは我慢し続けていると思っていたレナたちであったが、ニーナの表情からは本当に怒りなど微塵も感じていないことがわかったからだ。


「あっ……ウソウソ、本当は怒ってるよ! もうそろそろ私も我慢の限界かな~」


 レナたちの表情からなにか読み取ったのか、ニーナは慌てて誤魔化すように怒る振りをし、そのまま二階へと上がって行った。


「今のニーナさん、おかしくありませんでしたか?」

「……わからない。でも次にあいつらがニーナになにかしたら私は我慢しない」

「そうですか」


 マリファは素っ気ない返事をしたが、内心では自分も我慢できないだろうと思っていた。


 ニーナは二階に上がると隅っこの席を確保し、テーブルの上に最近ウッズから渡されたダガーを並べていく。オリハルコンのダガー、アダマンタイトのダガー、そして黒竜の牙と爪から作った二本のダガー。どれもが素晴らしい業物で、他の冒険者が見れば喉から手が出るほど欲しがる品々であった。

 しかしニーナが特に嬉しかったのは、ユウが黒竜の角から作り出した大剣を装備していることであった。今は離れ離れになっているが、同じ黒竜から作り出した武器を装備することで、どこか繋がりを感じていたのだ。


「……ニーナ、ニヤニヤしてる」

「気をつけてくださいね。高価な装備なんですから、こんな所でみだりに並べて盗まれてもしりませんよ」


 あとから二階に上がってきたレナたちは、一人ニヤニヤしているニーナを見て注意しながらも、いつもどおりのニーナの姿に先ほどのは見間違いであったと安心する。


「えへへ~、だって嬉しいんだも~ん」


 そう言ってニーナは布を取り出しダガーを磨きだす。ダガーをピカピカに磨き上げご満悦なニーナだったが、突如頭上より赤い液体が降り注ぐ。


「お~、ツイてないな? 俺が躓いた先にいるなんてよ。俺は酒が台無しになって、お前はずぶ濡れになるなんてな」


 液体の正体はタリムが飲んでいた果実酒であった。頭から果実酒をぶっかけられたニーナからは甘い匂いが漂い、乾いた果実酒が粘つき髪の毛の一部が頬に貼りつく。

 レナたちが激昂しタリムに文句を言うが、タリムはヘラヘラと笑いながら謝る。その姿が余計にレナたちの怒りに火を注いでいた。

 周りの冒険者の中にも『赤き流星』のやり方に我慢ができず、レナたちを煽る者や近くにいた『赤き流星』の団員たちに喧嘩を売る者までいた。


「ユウから貰ったダガーが――」


 ニーナは果実酒をかけられて汚れたことなど、どうでもよかった。ベタついた果実酒のせいで髪が頬に貼りついて気持ちが悪い。服と肌も同様にベタつき不快感がある。でも、そんなことは風呂に入ってしまえば綺麗になる。

 だがユウから貰った武器が、防具が、装飾が、汚れてしまった。そして次にタリムの言ったことだけは許せなかった。


「ふへへ、そんな汚い・・ダガー捨てちまえよ」


 ニーナは一瞬にしてウッズが心血を注いで作り上げた黒竜・牙を握り締めると、タリムの首目掛けて横薙ぎに振るった。

 周囲が騒然となるなか、一歩離れて見ていたデリッド・バグはほくそ笑んでいた。

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