第128話 大変なことになる

都市カマーの貴族や商人が多く住むことから市民には貴族街と呼ばれている場所の中でも一際大きな館の一室、テーブル、椅子、飾られた瓶に絵画などの調度品は素人目でも高価な物とわかるだろう。そのどれもが嫌味を感じさせない品々なのは主のセンスが余程いいのか。

 適度な反発力のソファーに座りながらムッスはジョズからの報告を受けていた。


「へぇ、ニーナはレベル40に到達しているかもしれないんだ」

「ええ、彼女たちは僕に冒険者カードを見せてはくれませんが、恐らくは40付近なのは間違いありません。レナに至ってはあの火力ですから40以上でしょう」

「でもさ、彼女たちはまだ10代だよ? レベル40と言えば、才能ある者が10年以上冒険や戦いに明け暮れてやっと到達できるはずなんだけど」

「そう仰ると思っていました。普通の冒険者は迷宮探索のうち、魔物との戦闘は大体2割ほど、残りは探索や採取に野営の準備などですが、彼女たちは全く逆です。戦闘が8割で残り2割が休憩や野営、魔物を避けるという発想がないのかわざとなのか……。それに冒険者は月に8回もクエストを受ければ多い方ですが、彼女たちは毎日ですよ。はっきり言って異常としか言えません。戦闘狂ですよ! 大体あの――あっ、これ美味しいですね」

「ミルクの中に蟻蜜を入れてるだけの飲み物なんだけど、ハマるだろう? ユウが僕に是非にってくれたのさ」


 ムッスの後ろで控えていたヌングはゴホンとわざとらしく咳払いすると。


「ムッス様が欲しい欲しいとあまりにも強請るから、ユウ様が折れてくださった蟻蜜ですね」


 ムッスとジョズの間で気まずい空気が流れ、ムッスの表情が強張るのをジョズは見逃さなかった。


「そ、それにこのミルクが冷えているのも良いですね! 最初にミルクを出されたときは馬鹿にされているのかと思いましたよ!」

「だろう! ホットミルクも良いが冷たいミルクも悪くない。このミルクはユウがくれた魔道具で冷やしているんだ」

「そうなんですか。魔法で氷を創って冷やすのはよく聞きますが、飲み物を冷やす魔道具なんて初めて聞きましたよ!」


 露骨なジョズのよいしょにムッスの気分が良くなっていく。しかし……ヌングがまたもや咳払いをする。


「試作品だというのに、くれなきゃニーナ様たちに派遣しているジョズ様を引き上げると、半ば無理やり奪った品ですね」


 ジョズは恐る恐るムッスを見ると、王都にいるガラス細工の名匠に作らせたというグラスを持つ手が小刻みに震えていた。


「じ、爺や、茶菓子が切れたようだ。新しいのを持って来てくれないかな」

「かしこまりました」


 テーブルの上には色とりどりの茶菓子がまだ十分に残っていたが、ヌングはベルを鳴らすと心地よい音が響き渡る。部屋にメイドが入って来ると予め用意していたのか、手には新しい茶菓子を載せたお盆を持っていた。

 ムッスは「ぐぬぬ」とヌングを見つめるが、ヌングはどこ吹く風とばかりに受け流していた。


「爺や、ありがとう……。

 ジョズ、ニーナたちの育成具合はどうなのかな」

「基本は全て教えていますので、もう僕の手助けは要らないでしょう。今後の成長は彼女たち次第ですね。

 あとムッス様から頼まれていた件ですが」


 ジョズの言葉にヌングの片眉がピクリと反応する。普段からヌングがムッスを弄るのは珍しいことではなかったが、今日に限って言えば少々やり過ぎであった。その理由がジョズを使ってのニーナたちの情報収集に対して良く思っていないからであった。


「ニーナは短剣以外に投擲や暗殺技、それに移動系の固有スキルを持っています。本人は上手く隠しながら使っているみたいですが、ただ……今のところ直線にしか移動していないので、それだけであれば脅威ではありません。

 レナは典型的な火力に特化した後衛です。黒魔法の特に雷と風系統を好んで使用し、白魔法も使いこなすので将来的には賢者のジョブに就くことができるかもしれません。彼女の恐ろしいところは強力な魔法を使用している最中でも結界を、それも全方位型の結界を維持しているところです。

 マリファは従魔を従えたテイマーですが、本当に怖いのは様々な能力を持っている凶悪な虫を使役することです。彼女自身の身体能力は知れていますが、ニーナ同様になにか隠していると僕は見ています。詳細はこちらの紙に記していますので、のちほど確認してください」


 ムッスはジョズから受け取った手紙を流し読みし、記載されている能力や予想に驚きを隠せなかった。


「なんとも凄まじいね……彼女たちの装備も凄いんだろ?」

「ええ、彼女たちが結果を残す度にウッズ――カマーで鍛冶屋を営んでいる者なんですが、どうやらユウから受け取った素材から作った装備や迷宮で手に入れた魔導具を渡しているみたいで、今ではBランク冒険者と比べても遜色のない装備ですよ。正直、僕自身も羨ましいと思う装備や魔導具もありました」

「ウッズ、確か腕は良いが固有スキルのせいで鍛冶屋ギルドの中では下に見られているドワーフだったかな。そうか、ユウは僕を通じてギルド長に素材を渡すだけでなく、ニーナたちの装備も作らせていたのか。他になにか報告はあるかい」

「そうですね……最初この依頼を受けたとき、彼女たちのことを若くして力を手に入れた傲慢な冒険者と思っていたんですよ。ですが彼女たち、僕からの指摘や指導を素直に受け止めて真面目に取り組むんです。レナはお子様ですが、男でもきつい剥ぎ取りなんかでも文句を言わずに最後までやり遂げるんで、今では見直しましたね」


 ジョズのニーナたちへの高い評価にヌングは我が事のように頬が思わず緩む。気が緩んだのを気取られてか、ムッスが後ろを振り返るがすでにヌングはいつもの顔に戻っていた。


「ただし、ユウの悪口を言わなければですがね。ユウのことを悪く言った瞬間に彼女たちは豹変します。特にニーナは本気の殺気を込めた攻撃を仕掛けてきますから。それさえ気をつければどこにでもいる女の子たちですね。

 今だって『赤き流星』の奴らに嫌がらせを受けていますが大人しいもんですよ」


 ジョズが何気なく呟いた言葉にムッスとヌングの顔に緊張が走る。二人の雰囲気が変わったことに、ジョズはなにか拙いことを言ったのかとムッスに謝罪するが。


「拙い……拙いよ……参ったな。僕もヌングも最近は政務が忙しくてそこまで気が回らなかったよ。ジョゼフはこのことを知っているのかい?」

「い、いえ。探索にはついて来るんですが、冒険者ギルドの中にまではついて来ないので、ジョゼフさんも知らないはずです」


 ムッスが危惧しているのは、ニーナたちになにかあればBランク・・・・冒険者のユウと『赤き流星』がぶつかる可能性があるからだろうとジョズは考える。現在『赤き流星』の団長は不在で、代わりに『赤き流星』を取り纏めているのは副団長デリッド・バグことAランク冒険者、この二人がやり合うことになれば優秀な人材を集めることが趣味の蒐集家ムッスにとっては痛手であろう。

 『赤き流星』は都市カマー最大のクランで、二つ名こそないもののBランクやCランク冒険者が多数在籍している。戦えばどうなるかは火を見るより明らかである。

 ユウを直接見たことのあるジョズは、無謀な戦いを挑むようなバカには見えなかったので争いは避けるはずだと踏んでいた。


「ムッス様、ニーナたちと『赤き流星』の件ですが、そこまで大きな話にはならないかと、『赤き流星』の嫌がらせは日に日に増していますが、手を出せばどうなるかはニーナたちも理解しているようで我慢しています。あと少しすれば沈静化しますよ」


 沈静化しますと言ったジョズだったが、気になることがあった。

 『赤き流星』は嫌がらせをする相手をニーナに絞っていた。対象を絞ることでクランを内から崩壊させるのはよくある手口だ。

 嫌がらせに対してレナは感情を抑え切れていない。マリファも傍目からはなんでもないように見えるが、中では負の感情が渦巻いているのがわかる。そしてニーナ、彼女はなにも感じてはいなかった。

 どんなに感情をコントロールしていてもなにかしらの反応が出る。ジョズがそれを見落とすわけがなかったのだが、ニーナからはなにも感じることができなかったのだ。


「ジョズ、僕は大変なことになると思うね。なにしろAランク・・・・同士が争う可能性があるんだからね」

「――――は?」


 思わずジョズの口から気の抜けた声が出る。ジョズは頭の中で再度ムッスが言ったことを繰り返した。Aランク・・・・同士、確かにムッスはそう言ったのだ。ジョズは十五歳で冒険者になり、二十年経った三十五のときにそれまでの功績を認められAランクに昇格したのだが。それが都市カマーで冒険者登録をして半年も経っていない少年がAランク冒険者。ジョズは確かめられずにはいられなかった。


「ムッス様、私の耳にはまるでユウもAランク冒険者のように聞こえたのですが、聞き間違いでしょうか?」


 ムッスとヌングはお互いに無表情で見つめ合うと、自分たちとジョズでなぜこうも危機感に差があるのか合点がいった。


「そうだよ。正式にはまだだが、ユウはAランク冒険者だ。

 そうか……ジョズが最後にユウと会ったのは『腐界のエンリオ』だったね。現在ユウがいるのは王都のAランク迷宮『悪魔の牢獄』七十七層だ」

「『悪魔の牢獄』……七十七層っ!? あり得ません! 『悪魔の牢獄』七十四層は、古の龍……『古龍マグラナルス』の縄張りで、入って来た者は誰であろうと皆殺しですよ!」

「そんなことは僕だって知っているよ。その古龍を倒したからユウはAランク冒険者になれるんじゃないか。本当ならSランクになってもおかしくはないんだけど、さすがにBランクに昇格して数週間でSランクにとはいかないようだね。モーフィスも本部への説明で大変みたいだよ」


 他人事みたいに言うムッスをよそに、ジョズの頭はパニックになっていた。『悪魔の牢獄』が見つかってから、数多の高位冒険者や英雄と呼ばれる者たちが古龍に挑戦し、そして儚く散っていったのだ。いまだに信じられないジョズだが、ギルド長モーフィスが本部に説明をしに行っているということは、なにか証明できるものがあるということだ。第三者が見て古龍を討伐したと証明できるものが……。


「まあ、ユウは『悪魔の牢獄』以外にも色々・・と行っているみたいだよ。外とかね」

「そ、外?」

「外って言われてもわからないか。僕もユウの話を聞くまで半信半疑だったからね。

 とにかくユウと『赤き流星』が争うことになれば大変なことになるからしっかり見ておいてね」


 最初ムッスからの依頼を気楽に受けたジョズだったが、いつの間にかAランクの指名依頼に匹敵する難易度にまでなっていたことに、ジョズは自分の不運を恨んだ。


 そしてムッスの嫌な予感は的中し、数日後に現実のものとなる。

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