第127話 誰が一番

 都市カマー冒険者ギルド二階では、Cランク以上の冒険者のみがクエストを受けることができる。中堅以上のいわゆるベテランや天才と呼ばれる者たちが各々のグループにわかれて、気づかれぬようにライバルたちを値踏みをする者や、威嚇するように周囲へ殺気を放つ者など、一階とはまた違った雰囲気を醸し出していた。

 ニーナたちは空いている席に座ると、早速ニーナが話し出した。


「クランを創ってからは勧誘が減ったよね」

「……やっと静かになってきた」

「確かに以前はクランに入らないかと勧誘が多かったですね」


 ニーナたちがクラン『ネームレス』を創ったのは、度重なるクランへの勧誘を断るためであった。

 都市カマーにいる冒険者の中でも、ニーナたちは若くしてC、Dランクに登りつめた優秀な冒険者と言えるであろう。にもかかわらず無所属。どこのクランだって若く将来性のある冒険者は欲しい。それがすでに優秀であればなおさらである。特にニーナたちは戦闘力だけで言えば、Cランクの中でも上位に匹敵し、冒険者としての知識、技術もジョズに師事をすることで日に日に成長していた。

 少し情報収集に長けたクランであれば、ニーナたちとジョズの関係などすぐに嗅ぎつけ、調べがついているであろう。


「……ニーナ、相談は勧誘のこと?」

「違うよ~。相談はね、ヒスイちゃんのことどう思う?」

「……どうとは?」

「ニーナさん、それではなんの話なのか全くわかりません」


 ニーナは興奮し過ぎたと反省すると、深呼吸を繰り返し逸る気持ちを落ち着かせる。


「えへへ、言葉が足りなかったね。ヒスイちゃん、初めて会った時は名前はないって言ってたのに、いつの間にかヒスイちゃんって名前がついてたんだよ。いつ名前がついたの? って聞いても、嬉しそうに身体をくねらせるだけで教えてくれないんだよ~。これって怪しいよね?」

「……怪しい。ピクシーたちもたまに様子が変。見たこともない果物や蜜を食べてた」

「そういえば……私の従魔も毛並みがやけに綺麗なときがあります。私が問いただすと目を逸らして逃げて行くので怪しいと思っていました」

「やっぱり! ヒスイちゃんはユウのいる所を知っているんだよ。だってたまにいないときがあるもん」

「……その可能性は高い」

「たとえそうだとしても簡単に教えてくれるでしょうか?」


 ニーナは自信満々のドヤ顔をするとアイテムポーチに手を突っ込む。


「え~と、どこだったかな。あった! これを渡せばヒスイちゃんもきっと教えてくれるよ」


 ニーナはアイテムポーチから取り出した物をテーブルの上に並べていく。レナとマリファは不思議そうにニーナが並べた黒曜鉄で作られたスプーンやフォークを見つめる。


「……これは?」

「ふっふっふ~、スプーンとフォークだよ」

「ニーナさん、見ればわかります」

「これはね~、ユウの使ってたスプーンとフォークだよ。私の宝物なんだよ? これをヒスイちゃんに渡せばきっとユウの居場所を教えてくれるよ~」

「……っ!? 天才……ニーナ、恐ろしい子!」

「どこがですか! これは私が責任を以て預からせていただきます」

「あぁ……マリちゃん、酷いよ……私の宝物なのに」


 マリファは有無も言わさずにスプーンとフォークを回収し、メイド服の内側に縫いつけているアイテムポーチに仕舞う。宝物を取られたニーナは涙目で返してと懇願するが、鉄の女マリファの考えは変わることはなかった。


「……では私はこれで交渉しようと提案する」


 レナがアイテムポーチから出したのは布切れであった。お世辞にも綺麗とは言えず、使い古された物であった。


「レナ、これは?」

「……私の宝物」

「なんですかこれは……っ!? パ、パンツじゃないですか! しかも男性用の! こんな物のどこが宝物なんで……ま、まさかこれはっ!?」


 レナはどうやらわかったようね? と言わんばかりにマリファにドヤ顔をする。マリファがわなわなと震えているのを感動からと勘違いしているようだ。マリファは怒りで身体を震わせていただけなのに。


「レナっ! これは回収、絶対に回収します! いいですね! 今後同じことをすればどうなるかはわかっているでしょうね!!」


 耳をビンビンに尖らせたマリファの説教に、レナの旋毛のアホ毛が怯えるように震える。


「……お、横暴。それは私の宝物、返してほしい」

「これ以上私を怒らせると、今後レナの食事は全部ピーマスにします」


 マリファの宣言にレナは絶望した顔になる。ピーマスとはピーマンに似た緑色の野菜で、栄養はあるが苦いのだ。つまり……子供にはあまり人気のない食べ物であった。

 マリファの無慈悲な宣言に、抗議していたレナは宝物の誰かのパンツを諦める。


「……マリファ、恐ろしい子」

「なにが恐ろしい子ですかっ! あなたの方が恐ろしいです」


 マリファは回収したパンツを丁寧に折りたたみ、先ほどと同じようにアイテムポーチの中へと仕舞った。


「大体、ご主人様の居場所を知ったとしてどうするんですか? いま私たちがすることはご主人様が帰ってくるのをお待ちし、そのときが来るまで私たち自身が強くなることではありませんか?」

「でも、でもでも~、ユウに会いたいよ~」

「……会いたい」


 身体全身でユウに会いたいと表現するニーナに、一見落ち着いているようだが旋毛のアホ毛が激しく左右に揺れるレナ、マリファは溜息をつく。


「マリちゃんだって会いたいでしょ? だったら――痛っ」


 ジタバタしていたニーナに巨人族の男がぶつかって・・・・・きた。


「お~、悪い悪い。見えなかったわ。だがな、お前ら煩いんだよ。最近Cランクになったばかりの新入りのクセに態度がでかくねぇか? 新入りなら新入りらしく隅っこで縮こまっておけ。大体そっちのダークエルフはDランクだろうが、ここは二階・・、Cランク以上の冒険者だけがいてもいい場所なんだぜ」


 周りの冒険者たちが騒ぎに気づき、ニーナたちに視線が集まる。相手はCランク冒険者のタリム、『赤き流星』に所属する巨人族の男だ。

 ニーナたちがどのように対応するか周りが見守るなか、ニーナは立ち上がると。


「ごめんなさい」


 タリムに対して深々と頭を下げる。喧嘩を売ったタリムは呆気に取られるが、すぐに眉間に力を込めニーナたちを睨むと。


「若手の中では優秀な冒険者って聞いていたが、とんだ見掛け倒しだな。わかったんならさっさと隅っこに移動しな!」


 ニーナたちはタリムに言い返しもせずに席を移動する。なにかひと波乱あると期待していた冒険者たちは、がっかりした顔を浮かべたがすぐに自分たちの話に戻る。

 しかし一部の者たちはタリムを睨みつけていた。


「なんだ~、あの野郎……調子に乗りやがって、俺がブチのめしてやる!」

「止めとけよ。ありゃ『赤き流星』所属のタリムだ。ニーナたちが新しくクランを創ったから、嫌がらせしてんだろ。よくある話さ」

「あのボケ……でかいだけの巨人族のクセしやがって、ニーナちゃんにわざとぶつかりやがった」

「ニーナが我慢しているのに、お前が手を出してどうすんだよ」

「けどよ……もしこれがマリファだったらどうした?」

「あぁっ!? ぶっ殺すに決まってんだろうが! 俺のマリファさんにそんな舐めた真似しようものなら許さねぇぞ」


 先ほどまでと正反対の言葉を口にする男に、ニーナ派の男が蔑んだような目で向ける。


「おい、お前に蔑まれても俺は嬉しくねぇぞ。俺はマリファさんに蔑まれたいんだ。ん? どこ行くんだよ。俺の話はまだ終わってねぇぞ」


 マリファ派の男は呆れて去って行く相棒を追いかけて行くのであった。




 ユウの屋敷には二十ほどの部屋がある。その内の一つ、マリファにあてがわれた部屋では、ご機嫌な様子のマリファがいた。


「ふふん、ふ~ん」


 普段感情をあまり表に出さないマリファが、鼻歌を歌いながら洋服ダンスのを解除する。ざざぁっ、という小波が引くかのような音と共に、小さな黒い生き物が洋服ダンスの裏に消えて行く。なにも知らぬ者が無理やり洋服ダンスを開けようものなら、その者は数分後には骨と化しているであろう。仮にこの罠を潜り抜けたとしても、これ以外にも何重にも罠は仕掛けられていた。


「まさかニーナさんとレナが隠し持っていたなんて、二人共とんだ変態さんです」


 洋服ダンスの底は二重底になっており、マリファが蓋を取ると中にはフォーク、スプーン、皿、細切れになった寝間着に誰かの髪の毛など全てが丁寧に保存されていた。


「うん、これで完璧です」


 マリファは皆が見惚れるような笑みを浮かべると、蓋を戻し過剰なまでの罠を仕掛け直す。もし一流の盗賊が過剰とも言える厳重な罠に護られた洋服ダンスを見れば、さぞ高価なお宝が隠されていると予想するだろう。そして中身を見てがっかりし、その後この世から消えることになるのだ。

 マリファ、恐ろしい子。

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