第117話 魔人族の子供 前編

 『腐界のエンリオ』五十六層、ここはレッドスケルトンナイト、ブラックスケルトンナイト、スケルトンリザードマン、錆色骸骨騎士とうのいわゆる骸骨系の魔物が蔓延る階層である。


 銀色の槍の刺突が二度、三度と繰り出される。熟練の戦士でも唸るような槍捌きを放つのは、全身を甲冑で覆われてはいるが中身は骨が剥き出しの骸骨、ランク6の魔物錆色骸骨騎士であった。

 凄まじい速度で放たれる槍が尽く空を切る。錆色骸骨騎士からは感情は読み取れず、アンデッドである故疲れを知らぬ錆色骸骨騎士の刺突は永遠に続くかと思われたのだが――


「遅い」


 ユウは一言呟くと、錆色骸骨騎士の放った刺突を躱しざまに右手に握る飛竜の槍を回転させる。槍技LV4『螺旋・剛』、螺旋の回転が飛竜の槍に尋常ではない貫通力を生み、錆色骸骨騎士の頭蓋骨をヘルムごと貫く。声もなく崩れ落ちる錆色骸骨騎士の周りには、八体もの錆色骸骨騎士が横たわっていた。どの錆色骸骨騎士も魔玉があったであろう場所に傷痕があり、ユウが一撃で仕留めたのだ。これはアンデッドの大半には痛覚がなく、少々ダメージを与えたくらいでは倒すことができないため、動けないように身体をバラバラにするか高火力の魔法や神聖魔法での浄化、もしくはユウのように魔玉を抉り取るのが正攻法だからだ。


 動かぬ骸と化した錆色骸骨騎士の周りを飛び回るモモ、ランク6の魔玉の欠片を拾い集め、両手一杯に抱えながらふらふらと不安定な状態でユウのもとまで飛んでくる。モモはユウの掌に魔玉の欠片を置くとそのままユウの頭に飛び上がり座り込む。


「モモ、ありがとう」


 ユウはモモの持ってきた魔玉の欠片を選別し小さすぎるモノをモモに渡していく。これが短期間でモモが急激にランクアップした原因である。ユウは以前クロの成長に魔玉の欠片を食べていたのが関係しているのではと睨んでいた。

 そこで『腐界のエンリオ』で倒して手に入れた魔玉の欠片の中でも小さなモノを試しにモモへ与え続ける。小さな欠片とはいえ、『腐界のエンリオ』に生息する魔物のランクは5~6、最下層に至っては魔物のランクは7にまで上がる。そんな高ランクの魔物から取れる魔玉の欠片をランク3のモモが食べ続けてきた結果、ユウの予想どおりモモは急激に成長し、現在ではランク6にまで上がっていた。


 ユウにお礼を言われたモモはユウの頭の上で両腕を組み、えっへんと言わんばかりに背を反り返らせていた。あまりに背を反るのでそのまま後ろに倒れてしまうほどだ。

 ちなみにシロがいると魔物が警戒して寄ってこないので放牧していた。シロは元々、四十八層の沼地地帯――通称『腐れ沼』で変異体として生まれたために、親から育児放棄されて死にかけていた腐肉芋虫だった。気まぐれからかユウはシロを拾いモモと同じように育てたところ、拾ったときは精々一メートルほどの体長が今では二十メートルまで成長をしていた。しかも今でも成長は続いているようで、通常の腐肉芋虫の体長が八~十メートルから考えれば、いかにシロの身体が規格外かがわかるだろう。この放牧に関しても生まれたばかりでまだまだ甘えたい盛りのシロは、触手を出してユウへいやいやと言わんばかりに駄々をこねる一幕があったりする。


 ユウが魔玉の欠片を錬金術で完全な魔玉にしていると、頭の上からくぅ~っと可愛い音が聞こえてくる。ユウからは見えないが顔を真っ赤にしたモモが恥ずかしさから飛行帽の中へ潜り込む。魔玉の欠片を食べることによって力をつけることはできるが、腹を満たすことはできないのだ。


「そろそろ昼食にするか」


 ユウの言葉に飛行帽から顔を覗かせていたモモが嬉しそうに飛び出し、ユウの周りを飛び回る。


「シロ、ご飯にするぞ」


 傍から見ればユウが独り言を言っているようにしか見えないのだが、地響きが起こり遠くで土が盛り上がっていくのが見えると、あっという間に大地を突き破ってシロが飛び出す。シロの主食は『腐界のエンリオ』の腐った土に魔物の死体である。ユウはアイテムポーチから回収しておいたライノセラスゾンビを取り出す。さすがにユウ特製のアイテムポーチでも四トン以上あるライノセラスゾンビを丸々一匹アイテムポーチに回収することはできないので、切り分けて複数のアイテムポーチへ入れていた。シロは『腐界のエンリオ』の腐った大地を食えば食事は事足りるのだが、甘えたがりのシロはユウとモモが食事をするときになると、現れて甘えてくるのだ。


「モモ、ほら食べな」


 ユウから大好きなルビーストロベリーのジャムをたっぷりと塗りたくったパンの切れ端を受け取ったモモは、嬉しそうに齧りつく。シロもブロック状の肉の塊を一飲みし、咀嚼すると骨と肉が砕ける豪快な音が鳴り響く。ユウたちより早く食事の終わったシロは触手を伸ばしてユウにちょっかいを出そうとするが、いち早く気づいたモモが触手を叩いていく。シロはモモが遊んでくれると思ったのか触手でモモを捕まえようとするが、それをモモは素早く躱していく。そんなどこかのほほんとした光景を見ながら、ユウはパンを温めていたシチューに浸して食べる。しかし、側の岩陰から何者かがこちらを窺っているのにユウは気づいていた。音に敏感なシロももちろん気づいていたのだが、警戒するまでもない相手なのかモモと遊ぶのに夢中なのか無視していた。ちなみにモモは……全く気づいていなかった。


「俺になにか用でもあんのか?」


 岩陰に隠れていた者は気づかれているとは思っていなかったのか、大袈裟とも思えるほどに身体を震わす。恐る恐る岩陰から出てきたのは、身長115~120センチほどで髪はボサボサの鉛色でデーモンを思わせる2本の巻角に背からは蝙蝠のような羽が生えていた。


「お、俺は魔人族だぞっ! どうだ参ったか!」


 魔人族の子供は背筋を伸ばして虚勢を張るが足が震えているのが丸わかりであった。魔人族とは天魔族と人の間にできた混血児で魔寄りの者を魔人族、天寄りの者を天人族と呼ばれていた。


 一生懸命虚勢を張る魔人族の子供が珍しいのか、モモが子供の周りを飛び回る。以前であれば、人見知りの激しいモモが初対面の相手に自分から近づくことなどなかったのだが、ユウと『腐界のエンリオ』に潜り始めてモモは心身共に強くなっていたのだ。


「うわっ、なんだこいつ! やめろよ~」

「なんだお前。モモが怖いのか」

「怖くないぞ! 俺は魔人族だからな! それよりお前、冒険者って奴なのか?」

「見てわかるだろう。冒険者以外のなにに見えるんだ」

「おババが言ってた! 冒険者には近づくなって」

「じゃあ、何でお前は近づいてきたんだよ」


 ユウの言葉に魔人族の子供は「うっ」と言葉を詰まらせ、ユウの手に持っているパンと鍋のシチューを凝視する。


「なんだ腹が減ってんのか」


 ユウは皿にシチューを掬って入れるとパンを添えて魔人族の子供へ手渡す。魔人族の子供は驚きの表情を浮かべながらも受け取ると、腹から大きな音が鳴り響く。


「いいの……?」

「いいも悪いも腹が減ってるんだろうが。食えよ」


 ユウの返事を聞くと同時に魔人族の子供はパンとシチューを貪り食う。あまりに慌てて食べるので喉に詰まり、ユウから受け取った水を勢いよく飲み干す。そんな姿にモモはお姉さんぶってやれやれという表情を浮かべるが、モモの口の周りはルビーストロベリーのジャム塗れになっていた。


 その後、何度もおかわりをする魔人族の子供だったが、限界まで食べたのか腹がぽっこりと膨らむ。


「おいしかった~。俺、こんなにおいしいものをお腹いっぱい食べたの初めてだ」

「そらよかったな。腹がいっぱいになったんなら帰れ」

「なんで? 俺はお前のことが好きになったから友達になるぞ! ピクシーとでっかい芋虫も気に入ったから友達だ」

「嫌だよ」


 予想外の返答だったのか魔人族の子供が悲しそうな顔になる。しかしすぐに元気を取り戻すとユウに飛びついて「なんでなんで」と抱き着く。これにはモモがお冠になり魔人族の子供の髪を引っ張るが、頑なに離れようとしなかった。


「離れろよ。俺は弱い奴が嫌いなんだよ」


 ユウに引き離された魔人族の子供は両腕を組むと「ふふんっ」とユウへ流し目を送る。なぜか魔人族の子供の横でモモも同じポーズを取っていた。


「言っとくけど、お前のことだからな」

「ええっ!? お、俺は強いぞ! おババもあと五十年もすれば一人前になるって言ってたんだぞ。いいだろう? 俺と友達になってよ。村には俺以外は大人ばっかりなんだ。そうだ! 俺の秘密の場所を教えてやるからそれならいいでしょ?」


 魔人族の子供はユウの返事も聞かずに食器を片付け始め、ユウが食器をアイテムポーチの中へ仕舞うと、手を引き強引に案内をし始める。


「おい、わかったから手を放せ」

「やった! こっちだよ」

「お前、名前は?」

「名前? ないよ。えっとね、どうせ大人になる前に死ぬだろうって、言ってた。それって変だなって思ったんだけど、今はそれより秘密基地だよ!」


 魔人族の子供の言うとおり、ユウが『異界の魔眼』でステータスを確認すると名前の欄はなし・・と表示されていた。

 ユウは先頭を元気一杯に走る魔人族の子供のあとをついて行くのであった。

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