第118話 魔人族の子供 中編
「あははっ! シロ、行け行け~」
シロの背に跨って魔人族の子供が地を駆け抜けていく。途中、レッドスケルトンナイトがシロの巨体に押し潰されるがそんなことはお構いなしであった。はしゃぐシロたちをよそに、ユウとモモは魔人族の子供のテンションについていけず歩いているのだが、先行するシロが戻ってくる。
「オドノ様、遅いよ~」
「そのオドノ様ってなんだよ」
「オドノ様はオドノ様だよ。むか~し昔に魔人と一緒にたくさんの国と戦ったすっごい強い人って、おババが言ってたよ」
ユウにはおババと言われてもわかるはずなどなかった。
そもそも魔人族の子供がユウのことをオドノ様と呼ぶようになったのは、道中でユウと魔物の戦いを見てからである。複数の骸骨系の魔物が襲いかかってくるもユウは鎧袖一触、魔人族の子供は眼をキラキラさせながらその光景を見ており、それからはずっとこの調子であった。
「まだ着かないのか?」
「ふっふっふ~、ここがそうだよ!」
「……なんにもないが」
眼前に拡がるのは草木一本生えていない腐った大地のみであった。ユウたちの反応が不満なのか、魔人族の子供はシロから飛び降りるとユウの手を引っ張る。
「よく見てよ! ほら、耕してるのがわかるでしょ? これ、俺が一人でやったんだよ!」
確かに魔人族の子供が言うとおり腐った大地には耕したと思われる跡があったが、ユウは土を一握り手に取ると異界の魔眼で土の状態を確認し、首を振る。
「止めとけ、こんな所をいくら耕しても意味がない。土は腐ってるし土の精霊もほとんどいない」
ユウの言うとおり、目の前に拡がる大地は死に絶え、土の精霊も数えるほどしかいなかった。この大地ではいくら耕し、種を蒔こうが、生命の息吹を芽吹かせることなどできないであろう。にもかかわらず、魔人族の子供は興奮しユウの背に飛びつく。
「オドノ様は精霊が見えるのか! すげぇなっ! 土の精霊がいるってことは大地は死んでないんだよ! よ~し、もっとがんばってみんなにうまいものを腹いっぱい食べさせてやるぞ~!」
魔人族の子供はよほど嬉しかったのかユウの周りを飛び跳ね回り、遊んでいると思ったのかモモも真似をしてスキップでユウの周りを跳ねていた。
「お前、俺が言ったこと理解してるのか?」
「うんっ! 俺、がんばるよ! オドノ様にもできたら食べさせてやるからな!」
「で、なにを植えているんだ」
「ん? オドノ様、なにを言ってんだ?」
「まさか……土を耕せばなにか生えてくるとでも思ってるんじゃないだろうな」
最初、ポカ~ンっとしていた魔人族の子供は、ユウの説明を聞く内に徐々に内容を理解していくと、見る間に目には涙が溜まっていく。そしてついには涙が濁流の如く激しく流れ落ちる。
「うえ~んっ……オ、オドノ、ざま、どうじよう。ごのま、まじゃ、ひっく、なんにも、うわ~ん!」
凄まじい泣き声に、音に敏感なシロは驚いて土の中へ逃げてしまい。モモは耳を手で塞ぐ。
「煩い」
「だ、だっで……う、ひっく……うわ~ん!」
泣き止まない魔人族の子供をよそに、ユウはアイテムポーチから種を取り出す。この種は『妖樹園の迷宮』で手に入れたもので、強い繁殖力があるのだが生える木になる実は食べることはできるものの、味はイマイチであった。
ユウは種を指で弾くと、種は魔人族の子供の鼻に当たり地面にぽとりと落ちる。
「オドノ様、ひっく、こ、これは?」
「それならもしかしたらなにか生えてくるかもな」
魔人族の子供は地面に落ちた種を握り締めると、先ほどとは打って変わって笑みを浮かべユウに抱き着く。
「オ、オドノ様ー!」
「うわっ、鼻水!」
涙と鼻水まみれのまま抱き着いたために、ユウの鎧が鼻水まみれになる。ユウが引き剥がす際に鎧についた鼻水が糸を引き、珍しそうにモモが触ろうとしてユウに叱られる。
ちょっとした騒動があったものの、魔人族の子供は早速ユウから貰った種を土に植えていく。全部の種を植え終えると、ユウにいつ生えてくると何度も聞き困らせる。
「いつ生えてくるかなんてわかるわけないだろう。なにも生えないかもしれないしな。
とにかく俺は忙しいから行くからな。もう冒険者を見つけても近づくんじゃないぞ」
「やだっ!」
ユウが立ち去ろうとするが背中に魔人族の子供がしがみつく。ユウの頭の上に乗っているモモがやれやれといった表情で魔人族の子供の頭をペシペシと叩く。
「俺の村に行こうよ! かんげいするから!」
「忙しいんだよ。大体、冒険者に近づかないように言われていたんなら、俺が行ったら面倒なことになるだろうが」
「大丈夫っ! オドノ様は大丈夫だから! 俺を信じて!」
あまりにもしつこい魔人族の子供にユウは渋々と魔人族の村に行くことになったのだが――
「ほらみろ。面倒なことになった」
「なにをブツブツ言っている! 早く武器を手に取れ!」
「人族風情が我ら魔人に勝てると思っているのか!」
時は少し遡る。
ユウが魔人族の子供と共に村に着くと、魔人族の女性が慌てて魔人族の子供を抱きかかえユウから離れる。気づけば、騒ぎを聞きつけた魔人族の男たちがあっという間にユウを囲んでいた。
魔人族の子供は女性の手の中で暴れ「オドノ様になにかしたら許さないからなっ!」と騒ぐが、頭に拳骨を落とされると半泣きになる。
「お前に非はないのだろうが、村の場所を知られたからにはこのまま黙って帰すわけにはいかん」
ユウを囲む魔人族の男たちの中から一人の男が出てくる。身体は特に大きいわけではないが、全身に刻まれた傷痕や他の魔人族の男たちが男に対して遠慮をしていることから、それなりの地位にいるのだと判断できた。
「帰ると言えばどうする」
「ここは迫害されし我ら魔人族がやっと手に入れた安住の地、人族の国に知られるわけにはいかない」
「安住の地? この腐った場所が? 負け犬どもが……いや、こういう場合は臆病風のゴブリンって言うんだっけ?」
「貴様っ!!」
ユウの言葉に魔人族の男たちから怒号が飛び交う。元々、天魔族のデーモンに似た容姿から忌み嫌われてきた魔人族は、謂れ無き迫害を受け続け安住の地を求めて散って行った。その一つがここにいる魔人族たちであったのだ。
迫害から逃げ続けてきた魔人族は疲弊していた。長きに渡る逃亡による心身の疲労は、魔人族から希望を奪うには十分であった。人の国から襲撃を受け、時には魔物に襲われ、徐々にではあるが魔人族の数は減っていく。どの世界でも死ぬのは弱き者からだ。赤児、子供、老人、女、次第に魔人族の間で子供を創る機会が減り、やがては誰も子供を創らなくなっていった。誰が死ぬとわかっていて子供を創るのだろうか。今ではここにいる魔人族の子供はユウと知り合った一人のみであった。
魔人族の子供に名前がないのは、過酷な環境で死ぬとわかっているからであった。また魔人族の子供の両親も、赤児の際に人の手によってこの世から去っていた。
「やめろ! オドノ様は俺の友達だ!」
「ひゃっひゃ、オドノ様ときたか」
ユウを囲む輪の外から必死に止めようとする魔人族の子供の横に、いつの間にか老婆が立っていた。
「あっ、おババ――いだっ!」
「ババ様でしょうがっ!」
魔人族の女性が拳骨を落とすと、魔人族の子供は涙目になる。
「坊、あの子は強いのかい?」
「うぅ……痛い。オドノ様は強いぞ! あんな大勢で囲む卑怯者たちに負けるもんかっ!」
「それなら少し見守っておこうかねぇ」
「き、貴様っ、もう一度言ってみろ!」
「弱虫共が煩いって言ったんだよ。さっさとかかって来い」
ユウの見た目が少年とはいえ、憎き人族に侮辱された魔人族の男たちの怒りは頂点に達していた。魔人族の男たちの手には剣、槍、斧、弓などがすでに握られている。
「お前ら弱虫に武器なんているか、何回も言わせんな」
「そこまで言うのなら遠慮なく行かせてもらおう。あとで吠え面をかくなよ!」
魔人族の男が槍を振るう。迫害され続けてきたとはいえ『腐界のエンリオ』五十六層で生きている者の放つ一撃、並みの冒険者では躱すどころか受けることさえ許さない威力が秘められていた。
しかし槍から発せられる轟音がピタリと止まる。音が聞こえなくなった原因に魔人族の男たちはすぐに気づく。ユウが左手で受け止めていたからだ。
「ば、馬鹿な、マチュピの豪槍を……片手で受け止める……だとっ!?」
次の瞬間、マチュピと呼ばれた魔人族の男の姿が消える。ユウの放った蹴撃によって、マチュピは空高く舞っていた。
どれほど高く蹴り上げられたのかマチュピはなかなか落ちてこなかったが、我に返った魔人族の男たちが慌てていまだ空高く舞うマチュピを受け止めるために飛び上がる。数人の魔人族の男によってマチュピが地面に激突することは免れたが、口からは泡を吹いており、意識を失っていた。
「もう終わりか? 帰るぞ」
「ふ、ふざけるな!」
見た目が少年と侮っていた魔人族の男たちは『腐界のエンリオ』に生息する魔物を相手取るときと同じように四方八方から攻撃を繰り出す、さらには上空に飛び上がり空からも攻撃を放つ。
殺意の込められた数多の刃が迫るが、ユウはそれらを全てを捌いていく。焦れた魔人族の一人が空より黒魔法第4位階『雷怒』を放つが、万物を貫く雷はユウの結界に阻まれる。
「結界で『雷怒』を防ぐだ――ぶべっ」
空に羽ばたいていた魔人族の男は、ユウの放った拳圧――武技LV3『空拳』によって顔を撃ち抜かれ地面に撃ち落とされる。
動揺する魔人族の男たちが立ち直る暇を与えるほどユウは甘くはなかった。武技『縮地』で一気に集団のもとへ潜り込み、武技『剛脚』『剛拳』『枷壊』『崩拳』『疾風迅雷』を次々と放っていく。
長きに渡る迫害から生き抜いてきた魔人族の剛の者たちが、為す術もなく倒されていく。
「いいぞっ! オドノ様、やれや――もがもがっ!?」
「こりゃたまげた。本当にオドノ様みたいじゃないか。
それにしてもウチの男衆は情けないねぇ、やられっぱなしじゃないか」
「ババ様、褒めている場合じゃありません。このままじゃ皆やられてしまいますよ」
魔人族の女性がユウを応援する魔人族の子供の口を塞ぐが、老婆は面白そうに魔人族の男たちが打ち倒されていく姿を眺めていた。
「カムリ、ウチの男衆を見てみぃ……あんな子供を大の男が囲んで情けない。これが誇り高き魔人族の男がすることかい? それよりあの子供の方がよっぽど魔人族らしいじゃないか。わたしゃぁ……あの子の応援をするよ」
「ババ様っ!」
数十分後にはユウの周りで立っている者は誰もいなかった。魔人族の男たちは地に伏せ、横たわる者、嘔吐する者など、戦意はすでに喪失しユウに歯向かおうとする者など残ってはいない。
「帰る」
一言そう呟くと、ユウは魔人族の村をあとにする。
魔人族の子供はユウの背に向けて手を振るが、ユウの頭に寝そべっていたモモのみが手を振り返すのみであった。
「坊、オドノ様は強いなぁ」
「だから言っただろ? 強いって。
おババ、オドノ様は俺の友達なんだぞ!」
「ババ様でしょっ!」
魔人族の子供はカムリと呼ばれた女性に頭を叩かれるも、今度は泣きべそをかかずにユウの姿が消えるまでずっと見続けるのであった。
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