第114話 竜種 前編

「防げっ!」


 きらびやかな装いの男が号令をかける。

 同じ盾、同じ鎧を纏った男たちが「オウッ!」と雄叫びを上げながら盾を構える。盾の壁に向って突っ込んで来るライノセラスゾンビの体当たりを防ごうとするが、男たちが纏めて吹き飛ばされる。

 アンデッドとはいえ『腐界のエンリオ』五十層~五十四層に生息する体長6メートル、体重は4tはあるライノセラスゾンビの巨体による体当たりをまともに喰らえば、人などひとたまりもない。ツイてないのは真正面で攻撃を受け止めようとした男だった。ライノセラスゾンビの鼻にある角で鎧ごと身体を刺し貫かれていた。


「あ~あ、ありゃ即死だな。これで死んだのは46、47人目か?

 どうすんだよピーターリットさんよ?」

「コニー、53人目だ」

「死人が出るのが嫌ならもっと安全なルートで進んでくれたまえ。あと平民が馴れ馴れしく私の名前を呼ぶな」


 訂正するように答えた男は、コニーとパーティーを組んでいるエルフ族のボニファーツ、嫌味を言った男がバリュー・ヴォルィ・ノクス財務大臣の派閥でピーターリット・モルデロン・パスレという名の貴族である。


「安全なルート? あんたたちだけだったら四十八層、四十九層の腐れ沼でとっくに全滅しているぞ。俺とボニーがいるから、ショートカットや比較的魔物の少ないルートで、この程度の被害で五十一層まで来れたんだろうが。

 大体ピーターリットさんよ。あんた貴族だが爵位を持ってないだろうが、俺とボニーはBランク冒険者、男爵の爵位と同等の扱いを国からされてるってわかってんのか? あんたこそ口の利き方には気をつけろよ」

「君こそ自分の立場をわきまえたまえ。

 バリュー・ヴォルィ・ノクス様に雇われている以上、私の要望には全力で応えるのが君たちの役目だ」


 ピーターリットの態度に元々乗り気じゃなかったにもかかわらず、バリュー財務大臣の権力で無理やり仕事を受けることになったコニーは不快感を隠さなかった。


「2人共、くだらん言い争いはやめろ。ライノセラスゾンビを倒したみたいだぞ」

「ボニファーツくんの言うとおりだな。我々の目的は黒竜を狩ることだ。それまでしっかりと案内をしてくれたまえ。なに、黒竜さえ見つければ、あとは我々が倒して見せよう」


 コニーは地面に唾をはき、兵士たちの様子を見に行ってしまう。兵士たちは被害は出したものの見事ライノセラスゾンビを倒しており、使える素材や魔玉の剥ぎ取り作業に取りかかっていた。

 ピーターリットがコニーたちを案内人として雇い『腐界のエンリオ』に潜ってからすでに十日間が経ち、連れて来た兵三百名はその数を二百四十七名にまで減らしていた。しかし、コニーたちの案内がなければわずか十日で五十一層まで来ることは不可能だっただろう。


「モルデロン様、いつでも出発できます」

「よろしい。では、ボニファーツくんたちを先頭に進みたまえ」


 ピーターリットの率いる兵士たちは、元々は傭兵や冒険者などの腕に覚えのある者を採用していた。装備はバリュー財務大臣の莫大な財力に物を言わせて高額な装備一式を揃えており、人の質、装備、数で『腐界のエンリオ』の探索を推し進めていた。

 彼らが『腐界のエンリオ』を探索することになったのは、冒険者ギルドにもたらされた一つの情報が原因だった。

 ある冒険者より『腐界のエンリオ』で竜を、それも黒竜を見たとの情報が冒険者ギルドに報告が上がったのだ。竜の素材で造った装備を身に纏うのは冒険者や傭兵たちにとってある種のステータスだ。それは貴族も同様で、爪や牙からは印鑑、眼球や鱗などからは指輪などの装飾、加工した革や髭からは服など、数え上げればきりがない。社交界でそれらを身に着けていれば自身の権力、財力を誇示することができるのだ。

 今回ピーターリットが狙っている黒竜だが、竜の中にも格がある。地竜や火竜などの比較的数が多い竜から白竜や銀竜などの数の少ない竜。バリュー財務大臣が求めているのは竜の中でも希少な黒竜、それも一番価値のある部位である角を狙っていた。


「ムカつく野郎だぜ」

「放っておけよ。俺たちは案内だけしとけば金を貰えるんだ」

「ボニーはそういうところ割り切ってるよな。ぶっちゃけ黒竜が本当にいたらあいつらで勝てると思うか?」

「んなわけないだろう。間違いなく全滅するさ。でも俺たちには関係ない。俺たちまで馬鹿な財務大臣の見栄のために命を捨てることはない」


 ボニファーツに愚痴って少しは落ち着いたコニーは、慎重に索敵をしながら進んでいく。いくら安全なルートを選んでいるとはいえ『腐界のエンリオ』はBランク迷宮だ。三十層以降は魔物のランクも6を超えてくる。順調に進んでいた探索が、名前持ちの高ランクの魔物に出会って全滅なんて話はザラにあった。


「コニー、止まれ。音が聞こえる。それも風切音だ」


 コニーの『索敵』スキルに反応はなかったが、長年パーティーを組んでいるボニファーツを信用しているコニーは、まず間違いはないだろうと後ろの兵士たちに合図を送る。

 数分後にはコニーたちにも轟音が聞こえてくる。轟音の正体は竜が羽ばたくことによって生じる音であった。


「り、竜っ! それも黒竜だ」

「く……臭い。あの黒竜腐ってやがる」


 兵士たちがあまりの異臭に鼻を押さえる。『腐界のエンリオ』は元々アンデッドの魔物が多く生息する迷宮で、常に異臭が漂い鼻が麻痺していた兵士たちですら耐えるのがキツイほどの異臭が、黒竜の羽ばたきによって生じる風に乗って鼻にまで届いたのだ。


「慌てるな! 予定どおり黒竜に会敵したにすぎん! 前衛は盾を構えよ。後衛は各種レジスト魔法と結界を切らすな!」


 ピーターリットの指示出しにより、黒竜の出現に動揺していた兵士たちが落ち着きを取り戻していく。


「見るがいい! 黒竜はアンデッド化し、皮膚や鱗は所々剥がれている。これなら剣も魔法も届く! 恐れることはない! 我らの武勇を以て黒竜討伐を見事達成し、思うままの報酬を手に入れるチャンスぞ!」


 ピーターリットの鼓舞に兵士たちが雄叫びで応え、矢と魔法が雨のように黒竜へ降り注ぐ。次々と腐って皮膚と鱗のない部位に矢と魔法が撃ち込まれ、黒竜へダメージを与えていく。


「ガア゛ア゛アアアァァァァァッ!!」

「倒せるぞ! 確実にダメージを与えている」


 黒竜の咆哮をダメージによるものと皆が思っていた。


「おい、倒せそうだぞ?」

「コニー、わかって言ってるだろう。いつでも転移石で逃げられる準備をしておけよ」


 コニーとボニファーツの手にはすでに転移石が握り締められていた。

 黒竜の胸部が膨れ上がっていく。


「気をつけろ! ブレスがくるぞ!」


 黒竜の胸部が膨れ上がったのを、ブレスの準備と判断した兵士たちが互いに注意を促す。前衛は盾技『石壁』を、後衛は『結界』と各種レジスト魔法をかけ直していく。


「ニぐい……憎い゛ッ……きょ、巨人族め゛……我を誇リ高キ黒竜の我ヲ……」


 黒竜が人語を話したことに、今まで余裕を持って指示を飛ばしていたピーターリットの額から汗が流れ落ちる。


「人語を……知恵ある竜だと……!?」

「許さンぞっ……巨人族っダドえ、我がミが朽チ果デよウトコノ恨み晴らシてみせヨウぞ……アメグラマス・バグニアータ・モルヴォノグ・ラス・テーラ――」

「ま、拙いぞ! 竜魔法・・・だっ! 受け止めるんじゃない! 全員退避いや、撤退――」


 撤退の叫び声が黒竜の放った竜魔法第5位階『竜光乱射』によって掻き消される。凄まじい熱量をもった何百の光線がレーザーのように兵士たちを貫いていく。


 ピーターリットの判断が遅かったわけではない。だが黒竜の放った竜魔法によって、二百四十七名いた兵士のうち百四名が光熱によって即死、九十三名が腕や足などの四肢が欠損、残りの五十名も満足に動ける状態ではなかった。


「ボニー、転移石で逃げられるか?」

「発動中にあの黒竜が見逃してくれるかだな」

「あんだけ憎悪の塊で俺らと巨人族の区別もついてないんじゃ無理だな。やっぱりクソ財務大臣の仕事なんて受けるんじゃなかったぜ」

「今さら言っても仕方が――しっ! なんの音だ? これは何かを引き摺る音だ。コニー、誰か来るぞ」

「こんな状況で来るなんて魔物か? どこの間抜けか拝んでやるよ」


 岩陰に身を潜めていたコニーが顔を覗かせる。

 黒竜は死体と化した兵士たちを踏みつけ、喰らい、引き裂き、なおも憎悪は一向に収まらなかった。

 その荒れ狂う黒竜に向って、少年が麻袋を引き摺りながら歩いて行く姿がコニーの目に映る。


「ありゃ……あんときのガキだ! ボニー、あんときのガキが生きてやがった」

「あんときって一ヶ月前に入口で会ったガキか?」

「ああっ! 間違いねぇ」


 ユウは麻袋を放り投げると麻袋からは呻き声が聞こえる。

 黒竜は突然の乱入者を睨みつける。腐った眼からは房水が垂れて地面に小さな水溜りを作り出す。


「巨人族メッ……まだイダのかッ! 全ての巨人族ヲ滅すルまデハ」

「ケンカ売ってんのか? 腐ったでかいだけの蜥蜴が死ね」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る