第113話 略奪者
闇が世界を覆う静寂の中を十人ほどの集団が駆けていた。
各々が布で顔を覆っており、暗視の魔法を使用しているのか暗闇の中にもかかわらず、足取りに迷いはなかった。
「こっちで間違いはないんだろうな?」
「下見してるから心配するなって」
「それならいいが……今回は大仕事だからな」
「まあ、心配するのもわかるけどよ。なにせ白金貨三百枚の大仕事だ。
それにしてもムカつくのはカマーの受付嬢や冒険者共だぜ。なっかなか情報を話しやがらねぇから苦労したぜ」
男の1人が忌々しそうにしながら顔の布を下へ引っ張りながら唾を吐く。
「よそ者には厳しいところなのかもしれねぇな。
場所はお化け屋敷で有名だったからいいじゃねぇか。それにしてもなんでカマーの貴族や盗賊ギルドは、ドライアードなんていうお宝が目の前にあるのに指を咥えたままでいるんだ? 今回の依頼人は都市サマンサの子爵なんだろ?」
「ユウって奴がカマーのムッス伯爵と懇意にしているみたいだ。それでカマーの貴族や組織も動けないみたいだぜ」
「お喋りはそろそろ止めろ。屋敷が見えてきたぞ」
暗闇の中にもかかわらず、男たちには木々で覆われた屋敷がハッキリと見えた。
「そんな気負うなって。ユウって奴は失踪して屋敷にいる仲間たちも今はボロボロで崩壊寸前らしいぜ。仮に噂のユウって奴がいようが、最近Cランクになったばかりの冒険者なんか俺たちの敵じゃねぇぜ。屋敷の中にいるのもCランク2人にEランクが1人、しかも全員女だぜ? 庭にいるブラックウルフも眠り香で眠らせちまえばいいしよ」
男は余程腕に自信があるのか、顔を覆う布の上からでも口角が上がっているのが仲間の男たちにもわかった。
「馬車の手配はできているんだろうな?」
「おいおい、心配し過ぎだぜ。ちゃんと森の中に潜ませているよ。馬の鳴き声で起きられても面倒だからな」
「止まれ」
男の1人が手で制すと男たちに緊張が走る。止まれと言った男は斥候職のジョブを持っており、今までも数多の危機を事前に察知しパーティーの全滅を防いできた男だった。
「どうした?」
「ここから草が生えてねぇ。まるで最近掘り起こされたかのような状態だ。
それに……『索敵』に反応がある」
斥候職の男の言葉に男たちは武器を手に取る。いざ戦闘になると経験の浅い者だと緊張や逆に興奮し過ぎる者などがいるが、男たちは荒事になれているのか全員が落ち着いていた。
確かに斥候職の男が言うとおり、屋敷から距離にして約百メートルほどから、それまで続いていた草原が無くなり不自然な光景が目の前に拡がっていた。
男たちは警戒しながら進んでいくと突如土が盛り上がり、中からは鉄の剣や鉄の盾を身に纏った骸骨たちが次々と這い上がってくる。
「なんだこりゃ……番人のつもりか? それにしてもボーンナイトにボーンファイターか……くくっ、話にならねぇよ」
1匹のボーンナイトが、これ以上は進むなと言わんばかりに指を都市カマーの方へ指し示す。だが、男たちが警告を無視して進むと、ボーンファイターが斬りかかる。
「魔法は使うなよ」
「ランク1のボーンファイター如きに魔法なんて使うかよ」
軽口を叩きながら、男はボーンファイターの剣を躱しざまに脳天へ剣を振り下ろす。次々とボーンナイトやボーンファイターが倒されていく。
「まっ、こんなもんよ。進もうぜ」
良い運動をしたとばかりに男たちが歩みを再開すると、また土が盛り上がり始める。
「またかよ……ってスケルトンナイトにスケルトンファイター」
「慌てるな。ランク3のスケルトンナイト如き敵じゃないだろうが」
男たちは先ほどのボーンナイトと同じようにスケルトンナイトたちも容易く片付けると、先ほどよりも警戒しながら歩みを再開する。二十メートルほど進むと、またもや土が盛り上がり始める。男たちに嫌な予感が走る。
「レッドスケルトンナイトにス……スケルトンリザードマンだとっ……!? レッドスケルトンナイトはランク4だが……スケルトンリザードマンはランク5だぞっ」
「気づいたんだが……さっきから二十メートルほど進む毎に現れる魔物が強くなってねぇか……まさか次に出てくる魔物はランク6ってことはないだろうな」
「そんなこと俺が知るわけねぇだろうがっ!」
「下見したって言ったのはてめえだろうがっ!」
「言い争っている場合じゃねぇぞっ! こいつら、連携してきやがるっ」
レッドスケルトンナイトとスケルトンリザードマンは、連携しながら襲いかかる。男たちは先ほどのように簡単には倒すことができなくなっていた。動揺も手伝って男たちが二つに分断される。
「て、撤収だ! 一旦撤収するぞ!」
「待てっ! 置いて行く気か!? クソがっ! 俺たちは進むしかねぇ。行くぞ!」
グループは都市カマーへ向って逃げる者たちと、屋敷に向って進む者たちに別れる。
「ちっ、追いかけて来やがる!」
屋敷に向って逃げる者たちの背後からはレッドスケルトンナイトたちが迫り来る。もう駄目だと誰もが思ったそのとき、レッドスケルトンナイトたちが動きを止める。
「な、なんだ。こいつら、勝手に止まりやがったぞ」
「どうやらここまでが移動範囲のようだな。へへ……俺たちの勝ちだ! 逃げた奴には分け前なんか渡さねぇからな」
戻って行くレッドスケルトンナイトたちの姿に、男たちは安心から大きな溜息をつく。屋敷の方へ振り返ると男たちに戦慄が走る。門の前にいつの間にか、右手に戦斧と左手には大鎚を握り締め黒い鎧を纏った者が立っていたからだ。
「い……いつの間にっ……いや、よく見れば図体がでかいだけのゴブリンじゃねぇか! ビビらせやがって」
門の前に立ちはだかる者がゴブリンと気づくと、男たち落ち着きを取り戻していく。なにしろランク6の魔物が出たかと思えば、最弱の魔物ゴブリンなのだから男たちに油断が生まれるのも仕方がなかった。
「ここまで来たということは死を覚悟しているのだな。
いいだろう。某もどれほど強くなったのか試したいので丁度いい」
ゴブリンが喋ったことに男たちが驚く。しかし驚いている暇などなかった。
「ゴブリンが喋っ――べぼっ」
「ひっ! 逃げ――ガフッ」
1人は戦斧によって真っ二つに、1人は大鎚によって縦に潰される。残りの男たちは立ち向かうが、わずか数合で先の男たちと同様の運命を辿ることになる。
「ふむ。弱すぎて某が強くなったのか判断がつかぬではないか」
クロはがっかりした口調で呟くが、倒した男たちはCランク冒険者として実力を認められた者たちばかりであった。
「よし。ここまで逃げりゃ大丈夫だろう。とにかく一旦、宿屋に戻って計画の立て直しだ」
都市カマーへ向かって逃げ出したグループは、門が見えてくると安堵からか笑みを浮かべ始める。
「そりゃ無理だな」
「誰だっ!」
男たちの目の前には2メートルを超える男――ジョゼフが眠そうにしながら立っていた。
「ふあぁぁ……眠いのに仕事させんなよ。お前らじゃ庭に入ることもできなかっただろ? ひぃふぅみぃ……1人いりゃ十分だな」
「誰だって言ってんだろうが!」
「待てっ! そいつはジョゼフだ!」
制止するには遅すぎた。ジョゼフは一瞬で2人の首を刎ねる。残った男は恐怖からか、震えて身動きすらできずにいた。
「言わなくてもわかってるとは思うが、逃げたら殺すぞ?」
男は首が千切れるのではないかというほど、首を縦に何度も振るった。
そこは見渡す限りの大地が拡がっていたが、土は腐り、空気は瘴気によって澱んでいた。視界を塞いで連れて来られれば、ここが迷宮だとは誰も気づかないほど広大な空間であった。
「馬鹿が……警告を無視するから死ぬんだよ」
ユウの呟きにどうしたの? っとモモが首を傾げる。
「いや、なんでもない。それにしても……お前、強くなったな」
モモの足元には『腐界のエンリオ』第四十六層に生息する魔物の死体が山のように積み重なっていた。
モモの羽は以前二枚だったが今では四枚になっており、ランクも急激に上がっていた。
モモはえっへんと言わんばかりに背を反り返させるが、名前ではなくお前と呼ばれたことに気づくと、ご立腹なのかユウの頬をペチペチと叩く。
「なんだよ。名前で呼ばなかったから怒ったのか? 悪かったよ」
ユウがモモの頬に軽くキスをするとモモは途端にご機嫌になり、ユウの頭にポスッと寝そべる。
「ここもダメだな。今じゃ俺らを見ると逃げていきやがる。もっと下に潜るぞ」
モモは右手をハ~イと挙げるとユウの頭の上でそのまま寝てしまう。モモの小さな寝息が聞こえてくると、ユウは笑みを浮かべ下層に向って進んでいくのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます