第108話 不機嫌
都市カマー冒険者ギルド2F、Cランク以上の冒険者しかクエストを受けることのできない、ある意味選ばれた者だけがいることのできる場所だ。
2Fは1Fとほぼ同じ広さなのだが、Cランクになれる冒険者は一部の才能ある者だけである。当然冒険者の数は絞られてくる。必然的に各冒険者たちの縄張りのようなスペースが生まれ、あのテーブルはクランどこどこ、あそこはどこどこのパーティー、ここのテーブルはBランク冒険者何某の場所などにわかれていく。
2Fのど真ん中、そこは一番目立ち、一番大きなテーブルが置いてあり、その場所を自分またはクランやパーティーの専用の場所にすることができれば、都市カマーで活動している数千人以上の冒険者の中で1番を名乗ってもいいと言われている場所に、1人の男がテーブルに足を載せて独占していた。
仮に二つ名を持っているBランク冒険者であろうと、たった1人で男が座っている場所を独占などしようものなら、他の冒険者たちが許さないだろう。だが、周りの冒険者たちは文句どころか男を恐れるように各々が距離をとっていた。
男の身体は鋼のような筋肉に覆われており、テーブルに立てかけられている大剣は素人目に見ても業物と思えるほど激戦の跡が所々に残っていた。
男の目は視点があっておらず、どこか虚ろであった。
2Fの一等地を独占している男はジョゼフだった。
「ジョゼフさん、メチャクチャ機嫌が悪そうじゃねぇか。最近酒も止めて機嫌が良かったのによ」
「ばかっ! 見るな。ノアのバカが空気読まずに絡んでボッコボコにされてたからな」
「嘘だろ……ノアは鬼人族だぞ? 素手の殴り合いで同じBランクのノアに勝つなんて……ありえねぇだろ」
「あれじゃカマーに来た頃と変わらねえな」
「カマーに来た頃って、確か……来た早々クラン『赤き流星』と揉めて、クラン員の半分を血祭りにあげたって話じゃないか」
「あの頃のジョゼフさんは本当におっかなくてよ。クランに誘おうとした奴らも、ビビって声すらかけられなかったからな」
遠巻きに話し合う冒険者たちの声はジョゼフの耳にまで届いていたが、そんなことはどうでもいいとばかりにジョゼフは腕を組んで天井を見ていた。
ジョゼフは都市カマーからユウが消えた日、最後にユウと会話した際のことを思い出していた。
「おうおう~ユウ、どこに行くんだ。ん? なんだそいつらは?」
ジョゼフはチー・ドゥが創り出した門から這い出て来るレッサーデーモンの対処をしていたのだが、クラン『金月花』のカミラが都市カマーまで戻って連れてきたエッダを含む結界師たちが門に結界を張り始めると、あとの処理を丸投げしてユウを探しに行っていたのだった。
ユウはジョゼフの呼びかけに一旦は歩みを止めるが、ジョゼフを一瞥すると歩みを再開する。ユウの両手には四肢を欠損したゴーリアたちが握られていた。
ジョゼフはユウの前に回り込むと、四肢の欠損したゴーリアたちをさして気にもとめていないようで、鼻の頭を照れ臭そうに掻くと。
「待てって言ってるだろうが。お前はあれだ、もっと
自分ではなく大人というところがジョゼフらしいと言えばジョゼフらしかった。
「…………大人に頼れ? 冗談で言ってるのか?」
「冗談じゃねぇ。お前はまだまだガキだ。
「ジョゼフ、親から最初に貰った物はなんだ?」
ユウの突然の質問に、はぐらかされたと思ったジョゼフは少しムスッとするが、自分が最初に親から貰った物を記憶から呼び起こす。
「5歳……いや、6歳の誕生日だったか。親から鋼の槍を貰ったよ。それがどうかしたか?」
ジョゼフは6歳の誕生日に親から鋼の槍を貰い、浮かれてそのまま外に飛び出し振るったことを思い出すと、自然と笑みを浮かべてしまう。
鋼の槍の重さは、6歳のジョゼフには抱えるのも一苦労するほどの重さで、満足に振るうことはできなかったが、鋼の槍を貰った日から毎日夢中で振るったのは、ジョゼフにとって良い思い出の一つだった。
「俺の……知ってる奴の話だけど。そいつは5歳の誕生日に貰ったのは画鋲だ。画鋲って言ってもわからないか? 紙を壁に固定する小さな針みたいなもんだ。そいつを……口の中一杯に放り込まれてぶん殴られた……そうだ」
ジョゼフの笑みが凍りつく。ユウは知っている奴の話だと言っていたが、ジョゼフはユウ自身の話だとすぐに気づいた。
「口の中に画鋲を放り込まれてぶん殴られると、痛みよりも口の中が火がついたかのように熱くなるって言ってたよ。口の中が熱くて血を吐きながら転げ回るんだよ。熱い熱いって喚きながらな。
そいつの親は部屋を汚すなって、そんなに暑いなら涼しくしてやるよって、裸にひん剥いて外に放り出すんだ。その日は雪が降っててさ、最初は寒くて震えるんだが徐々に寒いんだか痛いんだかわからなくなってくるんだ……って言ってた。そいつの親はその間どうしてたと思う? 家の中で温かい鍋を旨そうに食ってんだよ。わざわざ見えるようにな。6歳の誕生日のときは歳の数だけ爪と指の間に針を――」
「もう……いい」
「話が逸れちまったな。そいつが雪の降っているなか、裸で外に放り出された間にそりゃ沢山の
で、さっきなんて言った? 大人を頼れだったか? お前、冗談のセンスあるよ」
もうジョゼフにはユウを止めることはできなかった。
ユウはジョゼフの横を通り過ぎて行く。その姿を追うこともできずにジョゼフは力なく立ち竦んでいた。
ユウはしばらく進むと振り返り、ジョゼフに向って小さな布袋を投げた。ジョゼフは足元の布袋に目を落とし、次にユウへ視線を動かす。ユウの表情はなんとも言えない難しい顔をしており、どこか照れ臭そうにしていた先ほどのジョゼフを思わせた。
「俺はしばらくカマーを離れる。
ニーナたちがカマーに残って……まだ冒険者を続けるんなら、それとなく見守ってほしい。その布袋には報酬の金が入ってる」
ジョゼフは足元の布袋を拾うと握り締める。あまりに力を入れ過ぎて中の硬貨がヘシ曲がっていた。
「任せろ……っ」
ジョゼフは聞こえるか聞こえないかのような小さな声で返事をする。ユウはジョゼフの返事を聞くと、それ以上はなにも言わずに去って行った。残されたジョゼフはユウが見えなくなるまでその姿を見続けていた。
「ジョゼフさんっ、ジョゼフさんってば!」
物思いにふけていたジョゼフを現実に戻したのは、2F受付嬢のバルバラの呼びかける声だった。
「やっと気づいてくれた。ギルド長がお願いしたいことがあるそうで、ギルド長室まで来てくれって言ってますよ」
怖いもの知らずのバルバラの行動に周りの冒険者たちが固唾を呑んで見守る。
「無理」
「へ? 今なんて言いました?」
「無理って言ったんだよ。当分爺からの……爺だけじゃねぇな。誰の依頼だろうと受けねぇからな」
「な、なに言ってるんですか! そんなこと許されるとでも」
耳元で騒ぐバルバラを無視してジョゼフは岩石竜の大剣を掴むと、階段を降りて行ってしまう。残されたバルバラはヒステリックに声を荒らげるが、周りの冒険者たちはトバッチリが来る前にすでに退散していた。
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