奪う者 奪われる者

第103話 狼の誇り

「く、狂ってやがる。隊長っ！　あの女、狂ってますよ！」

「落ち着け。サフェル、モルド、あの女を生け捕りにしろ」

　名前を呼ばれた２人の男が、気配を消してニーナに接近するが――

「ゴア゛ア゛ァァァッ！！」

　マリファの指示でニーナの傍に潜んでいたコロが、２人へ襲いかかる。

「チッ……モルド、シャドーウルフは任せるぞ」

「わかった」

　コロの相手をモルドに任せてサフェルがニーナのもとへと向かうが、そこにゴーリアが立ち塞がる。

「オイラを仲間ハズレにしないでよ」

「亜人がっ！」

　サフェルが剣技『疾風迅雷』を放つが、高速の剣よりも速く、ゴーリアの横薙ぎに振るった鋼竜のハンマーが先に当たる。鋼竜のハンマーが通り過ぎたあとには、上半身を消失したサフェルの下半身だけが残されていた。

「あ……ありえん。や、奴の攻撃に魔力の発動は感じられなかった。ただの横殴りの攻撃が、サフェルの『疾風迅雷』より先に決まるだとっ！？」

「オイラを倒したきゃ、『戦鎚の翁』の爺様でも呼んでくるんだな」

　聖国ジャーダルクの諜報員たちが、ゴーリアの馬鹿げた戦闘力に沈黙しているなか、下半身だけとなったサフェルの股の下からニーナが飛び出し、上機嫌で笑っているゴーリアに短剣技『渦回流』を放つ。

「わはっ、面白いことするな～」

　死角からの攻撃にゴーリアは焦るどころか、嬉しそうに攻撃を捌き蹴りをニーナの鳩尾へ叩き込むと、ニーナの身体は小石でも投げるかの如く吹き飛んでいく。ケラケラ笑っているゴーリアの背後より、隙を窺っていたマリファが矢を射つ。

「ん～、悪くはないんだけどな～。まだまだかな」

　ゴーリアは背後から射たれた矢に対して、振り向くこともなく素手で矢を掴んでいた。

　掴んだ矢をマリファへ投げ返そうと振りかぶった際に、右手首に違和感を覚える。いつの間にかゴーリアの右手首にはニーナの魔力で出来た糸が巻きつけられており、糸は吹き飛んでいるニーナと繋がっていた。

　無表情のままニーナは糸を勢い良く引っ張る。ゴーリアの右手首に巻きついている糸が食い込んでいくが、ゴーリアが『闘技』で身に纏っている魔力を増大すると、それ以上糸は食い込むことができなくなる。逆にゴーリアは糸を引っ張り、吹き飛んでいるニーナがゴーリアのもとへ引き戻される。

「綺麗な花になるかな～」

　ゴーリアの右腕が膨張していく。握り締められている鋼竜のハンマーからはミシミシと悲鳴のような音が聞こえてくる。

「くっ……」

　ニーナはなんとかしようと藻掻くが、地面にはニーナの引き摺られた跡が残るのみで引っ張られる勢いは増していく。

　ゴーリアはニーナの頭に狙いを定め、鋼竜のハンマーを肩に担ぐ。ニーナの脳裏には、先ほどゴーリアに上半身を吹き飛ばされた男の姿が浮かぶ。

「スッケ！」

　マリファの命令を待っていたかのように、ゴーリアとニーナの間にスッケが割り込む。柔らかな毛がニーナを包み込み、ゴーリアの振るった鋼竜のハンマーを身を挺して受け止めるのだが――スッケの膨張した毛で受け止めたにもかかわらず、ゴーリアの振るった鋼竜のハンマーとスッケが接触した瞬間、凄まじい轟音が鳴り響く。スッケとニーナは数十メートルに渡って吹き飛ばされ、ゴーリアとニーナを繋いでいた魔力の糸も引き千切られる。

「またお前かよ。オイラと同じ狼のクセに――――らしが」

　スッケの毛に包み込まれていたニーナにダメージはほぼなかったが、直撃を喰らったスッケの真っ白な毛が真っ赤に染まっていく。

　追撃するべくゴーリアが走るが――目の前に雷が落ちると地面を抉り、吹き飛ばされた礫がゴーリアに降り注ぐ。

「……させない」

　レナは魔法の効かないゴーリアに直接当てるのではなく、魔法を牽制で使用する。邪魔をされたゴーリアは、全身の毛が徐々にだが逆立っていく。

「オイラ、イライラしてきたな」

「レナっ」

　ニーナがレナに向って掲げる右手には、指輪が握られていた。

　聖国ジャーダルクの諜報員たちの会話を盗み聞きしていたニーナが、ゴーリアと戦っている最中にスキル『盗む』で奪ったのだった。当然耳の良いマリファも、ゴーリアに魔法が効かないのが指輪の効果だと知っているので。

「レナ！　今なら魔法が効きます」

「……呼び捨て」

　年下のマリファに呼び捨てにされてレナが少しムッとするが、このチャンスを逃すほど馬鹿ではない。アイテムポーチの中から妖樹園の迷宮で手に入れた装備を取り出す。

「……パンプキンハット」

　レナは取り出した馬鹿でかいカボチャの帽子を被る。どこか巫山戯た格好だったが、本人は大真面目だった。

　魔法を展開していくレナの顔に汗が浮かぶ。空に浮かびながら魔法を使うのですら大変にもかかわらず、レナが今から放とうとしている魔法は――

「あ、あれは黒魔法第４位階『雷怒』だと……あんな少女が使える魔法じゃないぞ」

　レナの周りに展開されていた雷が、ミスリルの杖の先に集約されていく。

　パンプキンハットの持つスキルは、使用する魔法の位階を一段階上げることが可能だった。ただし消費ＭＰは十倍になり、発動する際にＭＰが足りなければ、魔法は発動されずにＭＰだけが消費されるデメリットがあった。

　パンプキンハットのスキルによって、レナの黒魔法第３位階『雷轟』は黒魔法第４位階『雷怒』になり、ゴーリアへ降り注ぐ。

　怒りに我を忘れていたゴーリアは、いつもなら自身の右手に嵌めている指輪が無いことに気づくのが遅れる。

　荒れ狂う雷がゴーリアを何度も貫いていく。ゴーリアの周辺は雷怒により無残な姿となっていた。降り注ぐ雷が地面を抉り、地面にはいくつものクレーターができる。

　『雷怒』を放ったレナの表情は余裕の欠片もない。莫大なＭＰを消費し、魔法を放ったために結界や空に浮かぶＭＰすらギリギリだった。

　雷に貫かれたゴーリアはその場に立ち尽くしていた。その隙を見逃すほど、聖国ジャーダルクの諜報員たちも甘くはなかった。一斉に四方八方から毒の塗られた刃を突き刺す。

「勝った。いかに強靭な肉体を誇ろうが、これ――」

　勝ち誇っていた男の頭部が消える。

　周りの男たちはなにが起こったのか最初はわからなかった。だが、ゴーリアの左拳についている血から、ゴーリアが振るった裏拳によって、仲間の頭部が吹き飛ばされたことに気づく。

「うん、ちょっとオイラ、怒ったかな」

「なぜだ……毒で動けないはず――ダェッ」

　次に喋っていた男の頭部も消失する。ゴーリアが無造作に引き千切った首を、正面で呆然としている男に投げつける。ゴーリアに頭部を投げつけられた男は、顔の半分が吹き飛び絶命する。

「オイラに～その程度の毒が効くわけないんだな」

　ゴーリアが残る男たちを紙でも破るかのように殺していく。

　最後に残された男は逃げることもできずに立ち竦む。

「ま、待ってくれ。わかった手を引く。ユウ・サトウから手を……やめ……でぐ……れ」

　ゴーリアを取り囲んでいた聖国ジャーダルクが誇る屈強な諜報員たちが、為す術もなく殺されていく。

　男たちを殺してゴーリアの怒りも少し収まったのか、逆立っていた毛が戻っていた。

　目の前の惨劇にニーナたちや、距離を取っていた残る聖国ジャーダルクの諜報員たちも動けずにいた。

「さて、まずはあっちの子供からだな」

　身体の所々から黒煙が出ているにもかかわらず、ゴーリアにはさしてダメージがないように見えた。ゴーリアは手頃な石を拾うと、空に浮かぶレナ目掛けて投げる。ゴーリアの手から離れた石は凄まじい速度でレナに向っていく。

　避けることができないと判断したレナは、残りわずかなＭＰを結界を維持する魔力に注ぎ込む。

　石が結界に接触すると１枚目の結界を容易く貫通し、２枚目、３枚目の結界も次々に貫通していく。最後の４枚目の結界を貫くと、石はレナの腹部にめり込みやっとその動きを止める。

　石を喰らったレナは吐血する。内臓のどこかを損傷したようだが、それでもなお魔力を維持し空中に浮かんでいたのは、地に降りれば確実な死が待っていたからだった。

「貴様っ！」

　普段はレナとケンカばかりしているマリファだったが、激昂しゴーリアに向って矢を射つ。乱雑に放たれた矢を軽々と躱すと、ゴーリアは先程ほどと同じように矢の１本を掴み取る。

「次はお前なんだな」

　ゴーリアは掴んだ矢をマリファ目掛けて全力で投げつける。ゴーリアの手を離れた矢は、マリファの目では追えない速度で心臓目掛けて一直線に飛んでくる。

「マリちゃんっ！」

　矢はマリファの胸を貫通し、マリファは右胸（・・）を押さえて地面に蹲る。マリファは目に見えない矢を音で判断し、なんとか心臓から逸らしたのだった。心臓を庇えたとはいえ、矢は右胸を貫通し、マリファは急いでポーションを飲む。

　モルドを倒し押さえつけていたコロが、慌ててマリファの傍まで駆け寄り、きゅんきゅんと鼻を鳴らす。

　コロはマリファを傷つけたゴーリアに向って、怒りに我を忘れて疾走する。

「コ、コロ……だ、め……戻、りな……さい」

　肺の損傷と口から溢れる血で、まともに声が出ないマリファの声がコロのもとまで届かない。

　シャドーウルフの戦闘方法は気配を消して、相手に気づかれずに襲いかかることにある。

　我を忘れ怒り狂ったコロは、シャドーウルフの戦闘方法ではなくただ真っ直ぐにゴーリアのもとへ疾走すると、そのまま飛びかかる。

「お前も狼の恥さらしなんだな」

　ゴーリアは鋼竜のハンマーを担ぐと、槌技ＬＶ５『暴凶破壊槌（ばくきょうはかいつい）』を放つ。

　確実な死がコロに迫っているにもかかわらず、コロは怯むことなくゴーリアへ牙を剥く。

　暴力の塊と言っても過言ではない力を纏った鋼竜のハンマーがコロに当たる瞬間――――コロが弾き飛ばされる。弾き飛ばされたコロは、自分を弾き飛ばしたのが兄であるスッケと気づく。

　時間が緩やかなになったかのような緩慢な流れの中で、スッケを呆然と見つめるコロと、弾き飛ばしたスッケ――――弟が無事なのを確認すると、その表情はどこか微笑んでいるかのように見えた。

　そしてゴーリアの槌技『暴凶破壊槌』をまともに受けたスッケの身体が四散した。