第104話 次はお前の番

 辺りに血の匂いが漂い、ゴーリアは鼻を引くつかせると満足そうに肉塊と化したそれ・・を見て口角を上げる。


「へっへ、散々オイラの邪魔をするから、こういう目に遭うんだ。

 あっ、オイラのブーツが汚れちゃったよ。汚いな~」


 ゴーリアはブーツについた血と共に、ゴミでも蹴るかのようにスッケの一部を蹴飛ばす。


「き、貴様っ!!」


 ゴーリアの行為に1番冷静にならなくてはいけないマリファが、感情を抑えきれずに傷ついた身体を押して仕掛けてしまう。マリファの矢には最初からバレットアントをつけて射っていたのだが、ゴーリアの身体を覆う針金が如き体毛と強力な『闘技』によって守られており、バレットアントの毒針では皮膚まで届かなかったのだ。

 飛来してくる矢を難なく躱すゴーリアと対照的に、マリファは無理に動いたために右胸の傷が開き、溢れる血がメイド服を真っ赤に染めていく。


「ごふっ……コ、ロ……動いては、いけ……ま、せ…………ん」


 全身の毛を逆立て、今にも兄の仇であるゴーリアに襲いかかろうとしたコロだったが、マリファの傍を離れられずにいた。憎き敵が目の前にいるにもかかわらず、怪我で動けないマリファを守らなくてはいけない葛藤に、喰いしばったコロの口から血が流れ落ちる。


「お前、あのゴミ・・の家族だろう? オイラ、匂いでわかるんだよ。自分の家族が殺されたのに、飼い主の言うことにペコペコ従って情けない奴だ」


 言葉の内容を全て理解したわけではなかったが、自分と兄が侮辱されたのを理解したコロが飛び出す。

 待ってたと言わんばかりにゴーリアがハンマーを担ぐと同時に、ニーナが懐に飛び込み、短剣技『インフィニティーブロー』を放つ。魔力が続く限り永遠に放たれるブローを、ゴーリアは難なく防いでいく。


「わはっ! 速い速いっ! でも永遠には続かないんだな。魔力が切れると同時に綺麗な華を咲かせてあげるよ~」


 インフィニティーブローの最中に、短剣技『クリティカルブロー』『デッドスタブ』を混ぜるが、ゴーリアはさして驚かずにこれを捌く。

 永遠に続くかと思われたニーナのインフィニティーブローだが、速度に陰りが見えてくる。


「最初に比べて、動きに見る影もないね。お姉さん、さようなら~」


 高速で放ち続けるブローが最早見る影もなく、ニーナの攻撃を躱したゴーリアは、鋼竜のハンマーを真上に持ち上げ、ニーナに叩きつけようとするが、雷が鋼竜のハンマーへ落ちる。雷は鋼竜のハンマーを伝い、ゴーリアへもダメージを与える。


「ぐっ……、空に浮かんでいる奴かっ!?」


 マナポーションで回復したわずかな魔力を振り絞り、黒魔法第2位階『サンダーボルト』を放ったレナは、そのまま意識を失い地へと落ちて行く。


 一瞬レナに気を取られたゴーリアは、目の前のニーナから目を逸らしてしまった。そのわずかな隙をニーナは見逃さなかった。

 左右に握るダガーに力を込め、全身の力を振り絞り、短剣技『デッドスタブ』を左右同時に放つ。


「お、前……魔力が切れたフリを――」


 ゴーリアが言葉を最後まで喋ることはできなかった――なぜなら。


「ぐあぁっ!」


 ゴーリアの首元にコロの牙が突き立てられたからだ。

 我慢に我慢を重ねた。コロはシャドーウルフ本来の戦闘方法である気配を消して、相手の隙ができるのを待ち続けたのだ。兄の仇を討つために、感情を無理やり抑えつけて、ゴーリアに隙ができるのをじっと待ち続けていたのだった。


「ぐあぁぁあぁ~、はぁ……オイラ、油断しすぎたよ。ま~た、姉さんに怒られるよ」


 ゴーリアにほとんどダメージがないことに、ニーナとコロが驚愕の表情を浮かべる。よく見ればニーナのダガーもコロの牙も、ゴーリアの身体にわずかしか突き刺さっていなかった。そんなはずはないと、手に、牙に、力を込めるニーナとコロだったが、刃と牙はその場に固定でもされたかのように、ピクリとも動かなかった。逆にゴーリアが身体に力を込めると、強靭な肉体にダガーと牙が押し返され、ニーナとコロがゴーリアから距離を取る。


「へっへ~、少しはダメージはあったから、そんなに気を落とさない方がいいよ~」


 戦いに巻き込まれないよう距離をとっていた諜報員たちが動き始める。


「今の内に落ちた少女を確保しておけ」




 チー・ドゥが満身創痍の状態でユウを睨む。一方のユウは都合が良いとばかりにチー・ドゥへ近づいていくのだが、遠くの方からジョゼフの叫び声が聞こえてくる。俺を巻き込みやがってや、本当は知らなかったんだよな? といった内容だったが、ユウは舌打ちすると黒魔法第2位階『ファイアーウォール』を展開する。高さ3メートル、幅数百メートルの炎の壁がユウとジョゼフを隔離する。


「これで邪魔者は来ない」


 ユウはチー・ドゥから『杖術』『調教』『詠唱速度強化』『消費MP減少』『毒・麻痺耐性』『騎乗』『杖技』『召喚魔法』『魔力覚醒』『従属強化』『結界』『使役』『従魔強化』を次々と奪っていく。さすがにチー・ドゥのスキルはどれもレベルが高く、激しい頭痛がユウを襲う。パッシブスキルとアクティブスキルを全て奪い、チー・ドゥの持つ2つの固有スキル『並列思考』『開門』を奪うときに――それは起きた。


「て、てめぇ……な、んで目から……血が、ま゛ぁいぃ……殺す、変わりはな、い」

 チー・ドゥの言うとおり、ユウは目から血が滴り落ちていた。

 頬を伝う血を拭うと、ユウはチー・ドゥに止めを刺そうと剣を抜くが、それよりも速くチー・ドゥが右手に握り締めたグレーターデーモンの杖をユウへ向ける。


「馬鹿がっ! 油断して近づいて来やがって!」


 チー・ドゥのグレーターデーモンの杖には2つの強力なスキルが付与されていた。その2つとは『魅了』『精神効果強化』、この2つのスキルの組み合わせとチー・ドゥ自身の魔力によって、相手を魅了状態にすることに失敗したことなど過去1度もなかった。

 

「ひっひ、これでお前も終わりだ。死にたいと思うような苦痛を与えてやるぞ」


 ユウの魅了に成功したチー・ドゥは、アイテムポーチからハイポーションを取り出し飲み干す。あとはユウを連れて、この状況からどう脱出するかを考えていると――


「なにが終わりなんだ?」

「馬鹿な! お前は魅了にかかったはずだ! なぜっ!?」

「■■? どこの言葉だ」

「レ、レジストはされていないっ。どういうことだ!? ま、まさか……俺は嵌められたのか、邪眼の魔女・・・・・め、……ステラっ! 俺を……俺を利用したなっ」


「■眼の魔■■テ■?」


 チー・ドゥの言葉に感じるはずの違和感が、ユウの中から消えていく。まるで考えてはいけないとでも言うように……。


 ユウはチー・ドゥから奪った固有スキル『並列思考』を早速使う。今までは死霊魔法で使役した小動物などは、必要なとき以外は意識を共有していなかった。なぜなら小さな動物や魔物は知能も低く、意思疎通に時間がかかり、またユウの必要としていない情報まで大量に流れ込んできたからだ。

 『並列思考』により、膨大な情報も処理できるようになったユウは、周囲に放っているアンデッドと情報を共有する。

 様々な情報や光景がユウの頭に一気に流れ込んでくる。都市カマーの表通りを歩く人々、隙あらばユウに手を出そうと考えている貴族の屋敷、路地裏でケンカをしている若者と中年の男性――――そしてゴーリアによってボロボロにされているニーナたちの姿が。


「お前ら……ニーナたちにも」

「聖女派が俺を嵌めたのか? それとも聖者派が……あ? なんだ今頃気づいたのか。お前の女たちなら今頃皆殺しに――」


 右手に込めたのは火の魔法、ユウの『魔拳』によって顔を貫かれたチー・ドゥの最期はあっけないものだった。

 死んだチー・ドゥに見向きもせずにユウは考える。


(今から走っても……いや、奪った召喚魔法で大型の鳥に乗っても間に合わない)


 戦闘中でも見せたことのないほど、ユウの表情には焦りがあった。

 ユウはチー・ドゥが創った門を見上げる。


(やるしかない。失敗すればニーナたちは……)




 全身血塗れの少女が立っていた。

 身に着けている装備はどれもボロボロで、ミスリルの額当てもとうに砕け散っていた。ニーナは奮戦した――だが、ゴーリアによって嬲るように肘関節、胸骨、胸椎、腰椎、骨盤を砕かれ、それでも立っていたのは奇跡と言えた。


「ご、ごめ~んね」


 イチかバチかの固有スキル『魔道*地』を発動するが、真正面からの攻撃にゴーリアが万が一でも対応に失敗することはなく、躱し様に左足の膝を砕かれる。


「何度も言ってるけど、オイラにそんな攻撃は通用しないって、そろそろ飽きてきたし~、もう終わりにしようかな~。とりあえず、あっちの空から好き放題魔法を打ってきた女の子からかな」


「そ……そんなことさせ、ない」

「へへ、立つのもやっとなのにどうやってオイラを止めるの?」


 足を引きずりながら、レナの方へ向かうゴーリアを追いかけるニーナだったが、それを嘲笑うかのようにゴーリアは歩き出す。


「そ、ぞんなのゆ゛るざないっ!」

「あらら、泣いちゃった? オイラ、弱い者イジメは……これは」


 ニーナを中心に魔力の糸が地面に碁盤の目状に拡がっていく。魔力の糸はゴーリアの足元まで拡がっていた。


「ごめ~んね」


 固有スキル『魔道*地』のキーワードを唱えると、ニーナの身体が魔力の糸の中へと溶け込んでいく。その姿にゴーリアの顔から笑みが消える。


 ゴーリアの斜め後ろからニーナが現れる。魔力の糸の形から予想していたとはいえ、ゴーリアの反応が遅れる。今までなら余裕を以て捌いて反撃をしていたゴーリアが、受け止めることしかできなかった。

 なおもニーナの猛攻は続く。四方八方からいつ現れるかわからない攻撃が、ゴーリアを襲い続ける。徐々にだがゴーリアの身体に傷が増えていく。

 どこから攻撃されるかわからないために、ゴーリアは常に全身に『闘技』を張り巡らせていた。その分どうしても魔力の薄い部分ができてしまうのだ。ニーナはその薄い部分を狙って攻撃を繰り返す。


(これなら……なんとか勝てる。ううん、時間だけでも稼げればきっとユウが)


「本当にムカツク奴らだな。ちまちま、ちまちま……殺すぞ」


 ゴーリアの全身が二回りも大きく膨れ上がり、重装備にもかかわらず天高く飛び上がると、縦回転しながら落ちて来る。そのまま高速回転で鋼竜のハンマーを地面に叩きつける。ゴーリアの槌技LV7『暴威鋼虐圧潰』が大地を粉々に砕いた。

 ゴーリアが放った破壊のエネルギーが地面を砕きながら拡がっていく。その破壊の痕跡は、ゴーリアから遠く離れた都市カマーをも揺るがすほどだった。


「たった……たった1人の亜人がこの惨状を起こしたというのかっ!?」

「か、勝てないっ! 毒も効かない。魔法も効かない。その上あの馬鹿げた身体能力。隊長、俺たちはこのまま無駄死にするしかないんですか……」

「最後まで諦めるな。きっとチャンスは来る。そのときまで待つんだ」




 ゴーリアの一撃によって魔力の糸が吹き飛ばされたニーナは――


「あらら、あんよがなくなっちゃったな。オイラのせいじゃないよ? ちょこまか動くお姉さんが悪いんだよ」


 ニーナは魔力の糸の中に、身体を溶け込ましていた際に直撃を受けたために、両足の太腿から先が消失していた。


「命乞いすれば、オイラが気まぐれ起こすかもしれないよ~」

「だ……だれ、が……きっと……く、る」


 ニーナの言葉にゴーリアの表情が憤然としたものになる。ゴーリアの中では自分に追いつめられた者は情けなく命乞いをし、恐怖に染まった顔をする。それを見ながら止めを刺すのが、ゴーリアの楽しみの一つであった。

 ゴーリアは鋼竜のハンマーを肩に担ぎながら、ゆっくりとニーナのもとまで歩を進める。


「そうそう。この指輪はオイラのだから返してもらうね。

 まっ……それなりに楽しめたかな。それじゃ、今度こそさようなら~」


 ニーナに止めを刺そうと振りかぶったゴーリアの背後で、ガラスが割れるような音が聞こえてくる。音はゴーリアの耳にまで届いていたが、ゴーリアの頭の中では肉塊と化したニーナのことを想像するだけで絶頂しそうになっており、音のことなど二の次になっていた。




 だから気づかなかった。自分と同じ強者が現れたことに――




 マリファがニーナの名を叫ぶのと同時――ゴーリアの鋼竜のハンマーが振り下ろされる。スッケの身体を四散させた槌技LV5『暴凶破壊槌』が、ニーナの身体を粉々に砕くかと思われた瞬間――


 凄まじい激突音が周囲に鳴り響く。

 手に来るはずの感触が来ないことに、ゴーリアが首を傾げる。


「結界……? オイラの攻撃を防ぐほどのっ!?」


 ニーナとゴーリアの鋼竜のハンマーの間には、いつの間にか結界が張られていた。ゴーリアの攻撃を防ぐなど、並みの後衛職の結界では不可能なことだろう。ゴーリア自身も十二分にそのことは理解していたので、また首を傾げる。

 不意にゴーリアは後ろを振り返る。殺気? 闘気? なぜ振り返ったのかはゴーリアにもわからなかった。ただ、振り返らなければ大変なことになる予感が身体を動かしたのだ。


「お前、誰だ?」


 そこにはゴーリアの問いかけに一切答えず、飛行帽にゴーグルを装着したユウが立っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る