第102話 魔王の装具

 夕暮れどき、都市カマーの大通りは人でごった返していた。夕飯の買い物をする中年の女性、店へ呼び込みをする少年、露店を見ている母娘、多くの人々が日が暮れる前に大急ぎで動き回っている。


「ママ~」

「ママは忙しいから待ってなさい」

「ママ~!」

「もうっ! ママは忙しいって言ってるでしょう」

「あっちにもお日様があるよ」

「なにを言ってるの。今は夕暮れよ。夕日ならあっちに――」


 自分の娘が指差す方角を見て母親が絶句する。西に沈む夕日とは別に、東にも夕日があったからだ。




「ク、クソッタレがっ!」


 チー・ドゥは門の裏側に降りると従魔の中でも防御に秀でたものを周囲へ配置し、自身は結界の展開に全魔力を注ぎ込む。


 ユウが創り出した巨大な焔の塊が地面に衝突すると焔は砕け散り、四方八方へ炎の海が数百メートルに渡って拡がっていく。

 次々とチー・ドゥの従魔が炎に飲み込まれ、抵抗も虚しく消し炭と化す。自身の周囲に壁として配置した従魔は、呼吸をする度に高温に熱された空気が肺を焼き、次々と従魔たちは力尽き地面へと横たわっていく。

 炎は容赦なくチー・ドゥへも襲いかかり、結界と炎がせめぎ合う。徐々に結界が炎に侵食されていき、結界内のチー・ドゥは自身の皮膚がゆっくりと爛れていく姿に絶望しながら、懸命に結界を展開する。


「あ、主、某の肌が焦げてるように見えるのですが」

「大丈夫だ。俺も少し熱い」


 炎の海は当然ユウ達へも襲いかかる。

 ユウは結界でクロと自身を覆うが、結界は容易く壊されていく。その都度ユウは結界を張り直していくが、完全には熱を遮断できなかった。

 結界内は高温によってユウとクロの肌がチリチリと焼け焦げる臭いが充満していた。


「おい……おいおいっこっちに来てんじゃねぇか」


 地を這いながら炎は門から離れて戦っていたジョゼフとアークデーモンに迫る。


「旦那っ、こっちだ!」


 アンスガーが召喚したロック鳥に乗ってジョゼフへ手を差し伸べる。ジョゼフがアンスガーの手を取り、ロック鳥へと跨るのを確認するとアンスガーは手綱を使って合図を送る。アンスガーと2メートルを超える重装備のジョゼフを乗せているにもかかわらず、ロック鳥は力強く羽ばたくと空高く上昇していく。


「旦那、危ないとこでしたね」

「まったくだ。ユウの野郎、俺がいるにもかかわらずなんの合図も送らずにあんな大規模な魔法を使いやがって」

「へへっ、旦那のことを信じてたんじゃないですかね。

 それにしても……とんでもない魔法ですね。アークデーモンまで呑み込んでますよ」


 アンスガーはロック鳥から身を乗り出し見下ろすと、炎は巨体を誇るアークデーモンを呑み込み、紅蓮に染まった大地からは煙が立ち昇る。


「あ~あ、下手に再生能力があるもんだから、ありゃ地獄だな」


 アークデーモンは再生能力と高い魔法耐性で耐えていたが、耐えても耐えても押し寄せてくる炎についには呑み込まれると、凄まじい絶叫を最後に息絶える。




 炎の海が消えた去った後には焦土と化した地面が拡がる。

 ユウはクロに命じて魔玉の回収を命じる。門の裏側には消し炭と化した従魔が山のように重なっていた。ユウが従魔をどかしていくと、全身を重度の火傷で覆われたチー・ドゥが現れる。


「おっ、まだ生きてる。しぶとい奴だな」

「殺……かな……殺……す」


 チー・ドゥは満身創痍にもかかわらず、なおその眼には殺気が漲っていた。




「――炎の槍よ、我が敵を貫け!『フレイムランス』」


 聖国ジャーダルクの諜報員の1人が、黒魔法第2位階『フレイムランス』をゴーリアに放つがレナの雷轟と同様に当たる瞬間に消失する。


「た、隊長」

「わかったか?」


 隊長に声をかけた男は『鑑定』『解析』に秀でた者で、ある程度遠距離からでもスキルを使用し対象を分析することができた。


「はい。魔王の装具・・・・・を装備しています」


 男の言葉に動揺が拡がる。それもそのはず『魔王の装具』とは歴代の魔王が装備していた物で、どれもが恐るべき能力を秘めていた。聖国ジャーダルクに三つある魔王の装具の一つ、魔王ボルゲノスの『漆黒のマント』は物理的なダメージを六割、魔法によるダメージを五割減らすうえに火、水、風、土、闇の五属性に対する耐性を激化させるというとんでもない代物だった。


「あの亜人が装備しているのは『魔王セーンの指輪』、効果は第5位階までの攻撃魔法を吸収し、装備者へMPを還元します。

 それだけではありません。魔王の装具だけでも脅威ですが、あの亜人のステータスが――」


「おしゃべり? オイラも混ぜてよ。

 其の身に付けるは鉄、身体を蝕むは鋼、其の重積に頭を垂れろ『鈍重』」

「距離を取れ!」


 ニーナたちと戦っていたゴーリアが、一瞬にして聖国ジャーダルクの諜報員たちがいる場所まで移動して来ていた。


「か、身体が重い!?」


 ゴーリアの付与魔法第3位階『鈍重』によって、何人かがまるで鉛でも背負わされたかのように身体が重くなる。


「へっへ、これで簡単には逃げられないよ。

 霧よ毒となり我が敵に纏わり付け『ポイズンミスト』」

「げふっ。ど、毒だ! 解毒のポーションを飲むんだ」


 毒の霧が諜報員たちを包み込む。聖国ジャーダルクの諜報員として鍛えられ、毒や麻痺などの耐性があるにもかかわらず、毒によって吐血し始める。


「な……ぜだ? 解毒、のポ……ションが効かない」

「へっへ、オイラの毒はそこらで売ってるポーションじゃ治せないよ~」


 次々と目、鼻、口から血を流しながら諜報員たちが倒れていく。


「貴様っ! 火の元素よその力、我に集え 我が手に集まるは、全てを焼き尽くす炎『轟炎』」


 諜報員の1人が放った轟炎をゴーリアは避けずに受け止める。魔王セーンの指輪の効果によって轟炎はゴーリアに当たらずに消失し、MPへ還元される。


「ごめ~んね」


 調子に乗っていたゴーリアの背後よりニーナが斬りかかるが、ゴーリアは容易く鋼竜のハンマーで受け止める。


「だ~か~ら~、いくら速くてもそんな真っ直ぐじゃ、オイラは殺れないよ」


 ニーナはアイテムポーチからユウが創った解毒のポーションを取り出すと、毒に侵されのたうち回る男たちに飲ませていく。


「無駄だよ。オイラのポイズンミストを喰らった奴がそう簡単に――」


 解毒のポーションを飲んだ男たちの出血が止まる。その様子にゴーリアの目が細まる。


「へぇ……どこで手に入れたか知らないけど、オイラの毒を治すなんてすごいじゃないか。でも治さない方がよかったんじゃないかな~。そいつらの狙いもユウ・サトウだよ」

「う、嘘だ! 亜人の言うことに騙されるな!」

「薄汚い亜人めっ。戯言で俺たちを仲違いさせるつもりか!」


 諜報員の男たちは口々にゴーリアへ罵声を浴びせる。ニーナたちは元より誰も信じてはいなかったのだが。


「そいつらはジャーダルクの犬だ。

 オイラがユウ・サトウに会いに来たのも、ジャーダルクが狙っている情報を手に入れたからだよ。ジャーダルクがどういう国か知ってるかい? エルフ、ドワーフ、小人、巨人、獣人、竜人などを亜人と称して差別し、ジャーダルク国内での扱いはゴミ以下だよ」

「亜人を差別してなにが悪い! 我ら・・、聖国ジャーダルクを侮辱するとは神罰が下るぞ!」

「お嬢さん、助かりました。

 あんな亜人の言うことに惑わされてはいけませんよ。お嬢さん? どうされ――」

「ごめ~んね」


 宙に諜報員たちの首が浮かび上がる。ニーナが両手に持っていたミスリルとダマスカスのダガーで、諜報員たちの首を刎ねたからだ。

 ニーナの突然の行動にレナやマリファも戸惑いを隠せない。


「ジャーダルクの~関係者は~全員殺すんだよ~」


 首を刎ねられた男たちの切断面から大量の血が噴き上がり、ニーナの全身を真っ赤に染める。血塗れで一切の感情を感じさせない異様なニーナの姿に、各々に恐怖という感情が心を塗りつぶしていく。唯一人、ゴーリアを除いて。

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