第101話 二つの夕日
死屍累々。まさにその言葉が相応しい有り様だった。
レッサーデーモン、単体でもDランク冒険者のパーティーであれば全滅、Cランク冒険者のパーティーであっても同時に数匹相手にすれば全滅するほど戦闘力は高い。その脅威のレッサーデーモンが十数匹も地面に横たわっていた。
レッサーデーモンの死体には1つの特徴があり、全ての死体は首が切断されていた。再生スキルを持つレッサーデーモンだが、さすがに首を切断されれば絶命は免れなかったのだ。
「モーランから強いって聞いてはいたけど、ここまで強いとはね」
アニタがチー・ドゥと睨み合うユウを見ながら呟く。
「だから言ったじゃないですか。ユウは強いって!」
モーランがまるで自分のことのように胸を張るが横からワーシャンに頭を叩かれる。
「強いって言っても限度があるでしょうが……。ワーシャンの斧技を使った攻撃でも数センチの傷をつけるのがやっとだったのに、あの子、レッサーデーモンの首を簡単に斬り落とすなんて。私たちだってアニタがいたからなんとか戦うことができたのよ。大体モーランたちと一緒にCランクに上がったばかりでしょ」
ベルがユウの強さに驚くのも無理はなかった。
そもそも『金月花』団員たちが複数のレッサーデーモンと戦うことができたのは、Bランク昇格間近のアニタという盾職がいたからだ。同じ盾職でもアプリであればとっくにレッサーデーモンの攻撃で潰され、そのまま後衛職のメメットたちも皆殺しにされていたであろう。
「俺様の名前を知らないだと? こんな田舎じゃ無理もないか。
それよりまさか、そのゴブリンはお前の従魔じゃないだろうな。ゴブリンなんて最下級の魔物を従魔にするなんて、俺なら恥ずかしくて外を歩けないな」
チー・ドゥは門の上からクロを見下ろし、さっきの仕返しとばかりにユウを煽る。
「さっきの」
「あ?」
「さっきのレッサーデーモンはお前の従魔じゃないだろうな。
あんな弱い奴らが従魔だったら、俺なら恥ずかしくて外を歩けないな」
「はあ? あんな雑魚が俺の従魔なわけないだろうがっ」
煽るつもりが逆に煽られたチー・ドゥが一瞬でキレる。
ユウとクロの背後から隙を窺っていたチー・ドゥの従魔アッハルドジャガーが襲いかかる。
ネコ科特有のしなやかな動きに気配を消しての攻撃、今までチー・ドゥと敵対する数多の人、亜人、魔物を仕留めてきたアッハルドジャガーは、今回もいつものように簡単な狩りだと思っていた。襲いかかる寸前に感じたものが、チー・ドゥの従魔になる前まであった野生の危機逃避本能だと気づかずに……。
アッハルドジャガーの牙がユウの首元へ迫るその瞬間、アッハルドジャガーの頭上より巨大な物体が降ってくる。
巨大な物体の正体はクロの持つ大地の戦斧だった。重量武器の戦斧をクロは小枝でも振るかのように片手で握り締め、アッハルドジャガーの頭へ叩き込んだのだ。あまりの速さにアッハルドジャガーは躱すどころか気づくことすらできずに、脳髄を撒き散らしながら絶命する。
「ばかな……アッハルドジャガーはランク5の魔物だぞ。ゴブリン如きが倒せる魔物じゃねぇ」
門の上で胡座をかいていたチー・ドゥが驚きの表情を浮かべる。
チー・ドゥの従魔にはスキル『従魔強化』によって強化されており、通常のアッハルドジャガーとは比べ物にならないほど能力が底上げされていたからだった。
「所詮大きなネコですな」
「おい、このネコがお前の従魔じゃないだろうな」
チー・ドゥは無言のまま立ち上がると召喚魔法の詠唱を開始する。次々とチー・ドゥの従魔が召喚され、その数は三十を超えていた。
「し、信じられない。あいつ馬鹿なんじゃないの。あんな数、ビーストテイマーの限界を超えてるわ。暴走してあいつ自身も危険だってわからないはずないのに」
アプリがいまだに召喚魔法を続けるチー・ドゥを見ながら呟く。横でメメットも同意するかのように頷く。
「普通なら使役できる数じゃないが、なんらかの固有スキルを持ってるのかもしれないね。
従魔も厄介だけど血の匂いに惹きつけられて、新手のレッサーデーモンが出てきたよ」
ワーシャンが戦斧を握る手に力を込める。
「ワーシャンさん、なに冷静に言ってるんですか! あっち見てくださいよ! もう冒険者でどうにかできるレベルじゃないですよ!」
カミラが涙目で訴える。『金月花』団員たちがカミラが涙目になる原因へ視線を向けると、そこは地形が変形し、火、雷、氷、嵐、瘴気が荒れ狂う天変地異でも起きてるかのような光景だった。
天変地異の中心ではジョゼフとアークデーモンが激しい戦闘を繰り広げていた。相変わらず決定的な場面でチー・ドゥの従魔が邪魔をし、止めを刺すことができないようでジョゼフの表情から苛立ちが伝わって来る。
「ありゃ、私たちじゃどうにもならないね」
ジョゼフとアークデーモンの人外の戦いに『金月花』の団員たちは参戦どころか援護することすらすでに諦めていた。
メメットも他の団員たち同様に「うわ~っ」と、のほほんとした声を上げていると、髪の毛を引っ張られる。
「あうっ、誰? 髪の毛引っ張らないで」
辺りを見渡すが髪の毛を引っ張れる距離には誰もいなかった。しかし――
「またっ。誰……あっ、ピクシー」
メメットの言葉に可愛い物に目がないベルが凄まじい速度で、メメットの髪の毛を引っ張るモモを見に来る。
「うわ~うわ~可愛い! なにこの子っ! 可愛すぎる~」
「ちょっと待ちな。なにか言ってるみたいだ」
モモを捕まえようとするベルを押し退けて、アニタがモモの口元へ耳を近づける。
「ね~ね~なんて言ってるの? 私も聞きたいよ~」
アニタに頭を押さえつけられているベルが藻掻くが、アニタは無視して耳に集中する。
「どうやらこの子はユウからの伝言を預かっているみたいだね」
「ユウの? なんて言ってるんですか?」
「ここから離れろってさ」
アニタたちとユウたちまで距離にして五十メートルは離れているにもかかわらず、モモはさらに離れるようにとメメットの髪の毛を引っ張る。
「あうっ、行く。行くから髪の毛引っ張らないで~」
情けない声を上げながらメメットはモモに引っ張られて行く。『金月花』団員たちもメメットのあとをついて行くが、それでもモモはまだだと言わんばかりに先導する。
「どこまで離れるのさ。もう三百メートルは歩いてるよ」
モモは一仕事終えたかのように息をつくと額の汗を拭う。その姿にベルは鼻息を荒くする。
「ここまでする理由があるんだろう。
カミラ、あんたは今の内にカマーまで行って、あの門のことを知らせに行くんだ」
「で、でもアニタさん、あの門のことを言って信じてもらえますか?」
「馬鹿正直に言う必要はないよ。自然現象の門が現れたと言えば、あとは冒険者ギルドが動くさ」
カミラは何度も頷くと転ぶような勢いでカマーへ向って走り去る。
ユウの周りにはチー・ドゥが召喚した従魔の死体が6体ほど転がっていた。全てクロが倒したのだが、無論クロも無傷ではなく身体の至る所に傷を負っていた。
「ひっひ、自慢のゴブリンもこの数の前ではいずれ死ぬぞ?
ほらほら、呑気に構えてていいのか? 門から血の匂いに惹きつけられてレッサーデーモンがまた出てきたぞ」
チー・ドゥは新たに召喚したヘルゴリラをユウに向って突っ込ませるが、クロがヘルゴリラの突進を受け止める。ヘルゴリラの膂力にクロの黒曜鉄の盾が軋む。
「なんだ。お前、ビーストテイマーじゃなくてジョ――ゴリラ使いだったのか」
ユウの言葉に遠くの方からジョゼフがなにやら叫んでいたが、ユウは無視することにした。
「ひ、ひっひ、そのムカツク余裕がどこまで持つか見てやるよ!」
チー・ドゥは先ほどと同じように、レッサーデーモンたちに魔言を使って都市カマーへ向かわせる。
門から続々現れるレッサーデーモンが、口から涎を垂らしながらユウの横を通り抜け、餌がある都市カマーへ向って走りだす。
「今度はレッサーデーモンを止められる奴はいないなぁ。どうす――」
「クロ、俺の傍に戻って来い」
クロはヘルゴリラを弾き飛ばすと、慌ててユウの元へ走り寄って来る。ユウはクロが戻るのを確認すると、自身を中心に天網恢恢を展開する。一瞬にして魔力の糸が数百メートルに渡って拡がっていく。
「馬鹿な……お前みたいなガキがなんで……『双聖の聖者』ドール・フォッドの技が使えるんだ!」
驚くチー・ドゥを無視して、ユウは魔力の糸を通じて盾技『挑発』を使う。レッサーデーモンやチー・ドゥの従魔が強制的にユウへ敵意を誘導される。
チー・ドゥはユウへ殺到する魔物たちを門の上から見ていたのだが、頭上から感じる熱量にふと空を見上げる。空には夕日が浮かんでいた。この日都市カマーからは西へ沈みゆく夕日と、東に浮かぶ夕日――いや、東に浮かぶ夕日の正体はユウの創り出した巨大な焔の塊が確認できた。
チー・ドゥは以前にも同じ光景を見たことがあった。聖国ジャーダルクとウードン王国の国境沿いで起きた小競り合いから、やがて戦争へ発展した際にかの
「ふ、ふざけるな……だ、大賢者の『焦土』だと!?」
「纏めて死ね」
空から落ちて来る太陽にチー・ドゥが絶望の表情を浮かべた。
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