第99話 地獄の門

 ニーナの固有スキル『魔導*地』、糸状に変化させた魔力に自身の身体を同化させることにより、驚異的な速度で移動することができた。初見で看破することは難しく、使われた相手は目前から敵が一瞬にして接近してくることから、まるで地面を縮めたかのように錯覚する。


「ごめ~んね」

「あはっ! 変わった技を使うなぁ。固有スキルかな? でもオイラを殺るには力不足だな」


 一瞬でゴーリアとの距離を縮めたニーナの斬撃をゴーリアは簡単に受け止める。攻撃をいとも簡単に受け止められたにもかかわらず、ニーナはすでに次の攻撃に移っていた。

 暗殺技『旋回』、通常は上腕を相手の首に叩きつけ首を圧し折る技だが、ニーナは横ではなく縦に旋回し、さらに両手の短剣でゴーリア目掛けて斬りつける複合技だった。

 ニーナの両腕から放たれる斬撃を、ゴーリアは楽しそうに鋼竜の角から作り出した鈍色に光る自慢のハンマーで捌いていく。近距離に特化した短剣と重量級の武器であるハンマー、接近戦であればどちらが有利かは比べるでもない。しかしゴーリアはニーナ以上の速度でハンマーを繰り出していく。重量級のハンマーを小枝のように振り回すゴーリアの攻撃に、徐々にニーナが攻防についていけなくなる。


「へっへ、二人目~」

「くっ」


 ゴーリアがニーナの頭目掛けてハンマーを振り下ろす。ポンッ、と可愛らしい音が周囲に鳴り響く。ゴーリアのハンマーとニーナの間に、全身の毛を膨張させたスッケが割り込みハンマーを受け止めた音だった。


「シープウルフ如きが、オイラの攻撃を受け止めるなんて生意気なんだな」


 横薙ぎに振るわれたゴーリアのハンマーを、先ほどと同じように受け止めようとするスッケだったが、ゴーリアは槌技『圧潰』を発動させていた。ミシミシ……っという鈍い音がスッケの身体と鋼竜のハンマーから発生する。スッケは「ギャンッ」と鳴き声を上げながら数十メートル吹き飛ばされ地面に叩きつけられる。


「スッケ!」


 マリファは吹き飛ばされたスッケの元へすぐにでも駆け寄りたかったが、目前にいる狼人に背中を見せるわけにはいかなかった。


「隊長、今がチャンスです。一度退くべきです」

「あの十二死徒を名乗る亜人が許さんよ。あれは戦いながらも私たちへの監視を緩めていない。

 逆にこの状況を活かすんだ。あの女たちと共闘すれば一撃くらいは攻撃を与えることができるだろう。1回、1回でも攻撃を与えれば武器に塗った毒で動きを封じることができる。さらに女たちを生け捕りにすれば、ユウ・サトウを回収することも容易い」




「……死ね」


 ミスリルの箒に乗って空中に浮かんでいたレナが、黒魔法第3位階『雷轟』を放つ。雷が空よりゴーリア目掛けて降り注ぐ。青く輝く雷がゴーリアの全身を包み込むかと思われた瞬間――『雷轟』が消失する。


「……結界? 違う、魔法が消えた」 

「へっへ、子供のくせに強力な魔法を使うじゃないか。たった1発で大分オイラのMPが回復・・したよ」


 ニーナたちはレナの魔法がゴーリアに当たる瞬間消えたことに、それほど気には止めなかったのだが、聖国ジャーダルクの諜報員たちには嫌な予感が過る。すぐに『鑑定』『解析』に長けた者に調べさせる。




 一方、チー・ドゥとジョゼフたちの戦闘は異様な雰囲気に包まれていた。

 ヘルゴリラとジョゼフが掴み合っているのを、アンスガーや『金月花』団員とチー・ドゥは観戦するかのように見守っていた。

 ヘルゴリラが自慢の筋肉をこれでもかと膨張させ、ジョゼフの首を圧し折ろうとするが……


「こらっ、お前がゴリラだと? ふ・ざ・け・ん・な!」


 自慢の膂力を以てしてもジョゼフの首はびくともしないことに、ヘルゴリラは焦る。そもそも魔物と人間では身体能力に歴然たる差がある。故に人は武器を持ち、技術を磨くことでやっと魔物と戦えるようになったのだ。それを素手で筋肉自慢の魔物と渡り合うなど正気の沙汰ではない。


 常人ではありえないことをやってのけるジョゼフに、アンスガーだけでなく『金月花』の団員たちも引いていた。

 ジョゼフはヘルゴリラの両肘に腕を添えると一気に力を込める。ヘルゴリラの腕が曲がってはいけない方向に曲がり、ヘルゴリラは苦痛の悲鳴を上げる。


「ひっひ、どっちがゴリラかわかんねぇな」

「誰がゴリラだっ!」

「まあいい。こっちも予想外の邪魔に時間を取られたが、準備ができた」


 チー・ドゥはフォレストパンサーの頭を撫でるのを止めると両の掌を合わせる。それに併せてチー・ドゥの全身を魔力が駆け巡る。


「旦那っ!! チー・ドゥは厄介な固有スキルを持っていると聞いたことがある。使う前に――」

「もう遅い――『開門』」


 チー・ドゥの魔言をキーワードに地面から歪な門が迫り上がってくる。横5メートルほど高さは10メートルはあろうかという門の出現に、アンスガーはまさかと思いつつも聞かずにはいられなかった。


「お前……ゲートを出せるのか」


 アンスガーが言った『門』とは空間に突如亀裂が走り、裂け目ができる現象のことをいう。この現象はなぜ起こるのかはいまだに原因はわかっておらず、わかっていることは空間の裂け目はまるで門の役目を果たしているかの如く、場所と場所を繋げていることであった。

 聖暦189年セット共和国で突如出現した門の先は……恐るべきことにAランク迷宮『虚ろなる箱』に繋がっていた。これに対しセット共和国は全土から兵を召集、全軍を以て裂け目より湧き出てくる魔物の討伐に当たったのだ。迅速な対応があったにもかかわらず1万人を超す死傷者を出す羽目になったのだが、それでも国民からはよくぞこの程度・・・・の被害に留めてくれたと、国の迅速な判断を称賛する言葉が飛び交った。


「この門の先がどこに繋がっていると思う? 聞いたらお前ら、絶望するかなぁ……」

「ちっ、もたいつけずにさっさと言え糞野郎が」


 苛立ちながらジョゼフはヘルゴリラの首を刎ねる。


 チー・ドゥはフォレストパンサーの背に乗り、門の上まで一気に駆け上がる。門の上に座り込むとチー・ドゥはジョゼフたちを見下ろし、笑みを浮かべながら、門の先にあるものの名を告げた。アンスガーや『金月花』の団員たちは、チー・ドゥの死刑宣告とも取れる言葉に顔が青褪めていく。


「ア、アニタ、あいつ今なんて言った? 私の聞き間違いじゃなかったら、グ、グリム城と繋がってるって? 嘘だよね? グリム城って3大魔王の覇王ドリムがいる迷宮じゃない」

「ベル、落ち着きな。ハッタリに決まってる。門は自然現象だ。人為的に起きるもんじゃない」


 落ち着けと言っているアニタ自身が1番わかっていた。チー・ドゥがハッタリなど言っていないことに。


「ひっひっひ。俺の固有スキル『開門』はよ、一度行った場所と場所を繋ぐことができるんだが、さすがにこの俺様でも城内までは行けねぇ。グリム城の外周に近づくのがやっとだったが。ひっひ、グリム城はSランク迷宮、外周を徘徊している魔物でも半端ねぇぞ? そら、地獄の門が開くぞ」


 歪な門が徐々に開いていく。『金月花』の団員たちは各々武器を構える。

 徐々に開く門を抉じ開けるかのように、真っ赤な手が門の隙間から伸びてくる。次に現れたのは山羊――のような顔だった。2メートルほどの人の身体に山羊の顔、蝙蝠の羽を生やす魔物――レッサーデーモンだ。


「ひっ!」


 『金月花』の団員でレベルの低い者たちがレッサーデーモンの放つ『恐怖』に恐慌状態に陥る。

 レッサーデーモンは『金月花』団員たちを視界に捉えると嬉しそうに目を歪め、口からは涎が垂れてくる。


「ひっひ、どうやら女をご所望のようだ。知ってると思うがレッサーデーモンのランクは6だ。まあ、精々無駄な足掻きをして俺を楽しませてくれよ」


 門からは次々とレッサーデーモンが現れる。目の前の絶望にアンスガーや『金月花』団員たちから戦意が喪失していく。


「面倒なことしやがって」


 そんななか、ジョゼフだけがいつもと変わらぬ姿でレッサーデーモンの前に立ち塞がる。


「メ゛ェ゛ェェェ」

「うるせぇっ」


 ジョゼフの大剣がレッサーデーモンを袈裟斬りする。

 肩から斜めに斬り裂かれたレッサーデーモンは、憤怒の表情を浮かべジョゼフを睨みつける。普通の魔物であれば致命傷――だが、レッサーデーモンの傷が塞がっていく。レッサーデーモンは天魔族最弱の魔物とはいえ、冒険者ギルドが危険視する三大種族の一つだけはあった。


「メ゛ェ――」

「うるせぇって言ってんだろうが」


 ジョゼフの放った剣技『瞬閃』が、レッサーデーモンの首を刎ねるとレッサーデーモンはやっと動きを止めた。


 仲間が殺されたことでレッサーデーモンたちの意識がジョゼフに集まる。この間に『金月花』団員たちはアニタを中心に陣形を整え、弱い者を後方へ配置していく。


 新たに1匹のレッサーデーモンが門から出てるのだが、その背後から巨大な腕に頭を掴まれ潰される。門から出てきた魔物は体長7メートルを超す巨体に2本の巻角、口から生える牙は1本1本が大人の手首ほどはあろうかと思えるほど大きく鋭かった。


「お前らもツイてねぇな? 外周を徘徊している中でも1番強い奴が出てきちまった」


 門から現れたのはアークデーモン――ランク7の魔物だった。

 この日、初めてジョゼフの顔から余裕が消えたのだった。

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