第98話 三つ巴
一刀両断にされた土竜蛇が全身をピクピクと痙攣させるが、やがて完全に動きを停止する。
ジョゼフは岩石竜の大剣に付いた土竜蛇の体液を、数度剣を振るうことで飛ばす。
「ジョゼフ……なんでてめえがここにいる」
「あ? 誰だお前は、馴れ馴れしく話しかけてくんじゃねぇよ」
チー・ドゥはジョゼフという自他共に認める強者が現れたにもかかわらず、余裕の態度を崩さない。一方でジョゼフもチー・ドゥのことを歯牙にもかけない態度なのは、ある意味さすがだった。
「俺はチー・ドゥだ」
「お、お前がっ!? ――って知らねぇよ」
両者の間に殺気が渦巻く。
先に焦れたチー・ドゥが動く。灼熱虎を操り、高温のブレスをジョゼフ目掛けて放つ。まともに喰らえば唯で済まないのは、喰らったアプリの状態を見て理解している『金月花』の団員たちが危ないと叫ぶが、ジョゼフは避けもせずにまともに喰らう。
「バカがっ! まともに喰らいやがった」
若干興奮した様子でチー・ドゥが声を上げるが、灼熱虎の放つ高温のブレスが途絶えたあとに現れたジョゼフはほぼ無傷であった。
ジョゼフの装備している火竜のブーツには強力な火耐性が備わっており、灼熱虎の放つ高温のブレスのほとんどが遮断されていたのだ。
「おい、俺は寒いなんて言ったか?」
「ひっひ……その余裕どこまで持つか試してやるよ。
彼の地より契約に従い、現れよ。ひっひ、こいつはアッハルドの密林に生息するヘルゴリラだ。お前にはお似合いの相手だ」
チー・ドゥの召喚魔法により現れたのはランク5の魔物ヘルゴリラ、全身を紫の体毛と巨大な肉を圧縮したかのような筋肉で身を固め、地面を突くナックルウォーキングと呼ばれるゴリラ特有の姿勢にかかわらず、それでもなおジョゼフより一回りも大きかった。
「嬢ちゃんたち、今の内に回復させるぞ。怪我人を集めてくれ」
アンスガーはジョゼフとチー・ドゥが戦っている隙に『金月花』の団員を回復させていく。
ジョゼフはチー・ドゥの召喚したヘルゴリラを見ながら、納得のいかない表情を浮かべていた。
「おい、そこの付与士」
「へ、へい、旦那どうかしやしたか?」
「あいつ、あの魔物の名前なんて言った」
先ほど名乗ったチー・ドゥの名前など、すでにジョゼフの頭の中からは消えていた。
「ヘルゴリラ、ランク5の魔物で旦那といえど、舐めると痛い目に遭いやすぜ」
「ヘル
ジョゼフはブツブツと呟きながら顔がどんどん真っ赤になっていく。
チー・ドゥに召喚されたヘルゴリラはジョゼフに向って、ドラミングと呼ばれる胸を叩く威嚇行動を示すが、ジョゼフは意に介さず。無視される形になったヘルゴリラは激昂し、ジョゼフに向って突撃する。
ユウの屋敷と都市カマーを結ぶ道沿いに、ある集団が屯っていた。
集団の構成を見れば、一見商人と雇われた護衛にしか思えないが、数十人といる護衛の正体は聖国ジャーダルクの諜報員たちで、商人は雇われただけに過ぎなかった。
「隊長、そろそろ時間です。チー・ドゥも動き始めているでしょう。
ユウ・サトウを見張っている者たちからも、マルマの森を出たと連絡がありました」
「マルマの森を出た以降の連絡がないのが気になるが、あちらも様々な勢力が監視している状況だ。おいそれと合図は出せないか……」
「でしょうね。それより今回の作戦はユウ・サトウに勘づかれることはないでしょうか」
「そのために本物の商人まで用意している。ユウ・サトウの魔眼はステータス看破だが、本物の商人がいれば護衛として私たちがいてもなんら不思議ではない。構成も斥候職よりではなく前衛職を中心に集めている」
「ほ、本当に私はいるだけでいいんだろうな」
雇われた商人が怯えた声で、先ほどから何度も確認していることを聞き直す。
「何度も言っているだろう。私たちと一緒にいるだけで金貨50枚を支払う。簡単な仕事だ。なにも心配することはない」
隊長の言葉に商人は安堵の表情を浮かべ、一緒にいるだけで金貨50枚もの大金を稼げることに笑みを浮かべる。
隊長と商人が話している間も、他の諜報員たちは準備に余念がなかった。各々が武器に毒や痺れ薬を塗っていく。今回の作戦でユウ・サトウを確保し、聖国ジャーダルクまで連れ帰ることを考えれば、行動を阻害する毒や痺れ薬を使うのは当然の選択であった。
「隊長、人が来ます」
「むっ。ユウ・サトウか?」
「いえ、どうやら亜人です」
視力の優れた諜報員の1人が、都市カマーからこちらに向かって来る人影が狼人と告げる。聖国ジャーダルクではエルフ、ドワーフ、獣人などの他種族を亜人と称し、想像を絶する差別、迫害をしている。今向かって来る狼人を亜人と伝えた理由でもあった。
諜報員たちと狼人がすれ違う瞬間に、狼人が歩みを止める。
「なにをしている。さっさと通り過ぎろ」
諜報員の1人が露骨に嫌悪感を表し、狼人をあしらう。
「あれれ~おかしいな? なんで、こんなところで、くっさいジャーダルク人の臭いがするんだろうな。オイラ気になる」
狼人にジャーダルク出身と指摘されるが、諜報員たちの誰一人として動揺はしなかった。
「私たちは
「一杯あるよ? あんたたち、武器に毒を塗ってるよね? 臭いから毒だけじゃないなぁ、どうして? 今から戦闘でも始めるの? オイラ、すっごい気になる」
「貴様っ! 亜人の分際で我らの邪魔をするか!」
亜人を下等種と強く蔑む諜報員の1人が我慢しきれなくなり、狼人に斬りかかる。隊長は止められるにもかかわらず、亜人の1人死のうがどうとでもなると傍観するが、諜報員の振るった剣が狼人の頭を叩き割ると誰もが思った瞬間――斬りかかった方の諜報員の頭部が消失していた。
全員が狼人を凝視する。狼人の右手にはいつの間にか、巨大なハンマーが握られていた。ハンマーの先に残るわずかな血痕から、狼人が目にも留まらぬ速さでハンマーを振り抜いたのであろうと推測できた。
ここにいる者たちは聖国ジャーダルクの諜報員の中でも、戦闘に特化した者たちばかり。多少腕に覚えのある冒険者など、1人で数人相手できる猛者ばかりであった。その猛者たちが見ることすら叶わぬ一撃を、狼人の男は放ったのだ。
「ひぃっ!? ひ、人殺しっ! わ、私は関係ない」
雇われた商人が腰を抜かし地面に座り込むと、染みが広がっていく。恐怖のあまり失禁したようだ。
「も~いきなり攻撃するから思わず反撃しちゃったよ。オイラ、ビックリ!
オイラ、話すのが苦手だからぶっちゃけるよ。
初めまして。オイラ、『イモータリッティー教団』十二死徒、ゴーリアって言うんだ。ヨロシクね」
人1人を殺しておいて、ゴーリアと名乗る狼人の態度に変化はなかった。それだけにより一層ゴーリアの異常性に、訓練された諜報員たちですら背中を冷たい汗が流れ落ちる。
なによりゴーリアが名乗った十二死徒、もし本物の死徒であればここにいる数十人の諜報員たちだけでは話にならない。聖国ジャーダルクが誇る『双聖の聖者』『聖槍のドグラン』『聖拳ドロス』『鉄壁のバラッシュ』『三聖女』これらの誰か1人でもいれば話は別であるが、ここは聖国ジャーダルクから遠く離れた都市カマー、そんなことは無理な相談であった。
「は、ははっ。ハッタリだ。十二死徒は『双聖の聖者』様が倒しておるわ!
大体十二死徒は『不撓不屈』の二つ名で知られる天人族のモーズナーという名だ」
乾いた笑いでゴーリアを偽物扱いするが、男はゴーリアから漂う強者のみが放つ威圧感に動揺は隠しきれなかった。
「へへ、詳しいんだな。オイラは新しい十二死徒だよ。
あんたたちの狙いはユウ・サトウだよね? オイラもユウ・サトウを狙ってるんだ。だからオイラとあんたたちで奪い合いになるね。オイラ、ワクワクしてきた」
諜報員たちとゴーリアの間で緊張感が高まっていくなか、静寂を破る者たちがいた。
「あの~ここは家の近所なんで、ケンカするなら余所でやってほしいな~なんて」
「……鬱陶しい」
「目障りです。ご主人様が来る前に消えてください」
顔が吹き飛ばされた死体があるこの状況で、ニーナの笑顔が場の雰囲気を壊していた。
「助けてください。この亜人がいきなり襲いかかって来たんです」
最悪の状況だった。ゴーリアと名乗る狼人の乱入、ニーナたちが予定どおり現れるも、肝心の対象者ユウ・サトウがいないこと、しかし隊長の男はニーナたちを巻き込むことで、少しでも自分たちに有利な状況に以ていこうとする。
「う~ん、どっちが悪いかは私にはわからないな~。それに狼人さんを亜人って呼ぶのはダメですよ?」
「よく見てください。こちらはすでに1人殺されているんですよ」
必死の演技で訴えかける隊長の男を、ゴーリアは楽しそうに見ていた。
「あなたたちが何人死のうが興味ありませんね。早く別の場所で殺し合いでもなんでも好きになさってください」
マリファの言葉に、何人かの男たちが亜人の味方をするのかと罵倒するが、マリファはダークエルフ、人間から亜人として差別を受けているので当然の態度だった。
ニーナたちを巻き込もうとするが、うまくいかないことに拙いと思いながら、隊長の男はニーナたちにとって決定的な一言を告げる。
「この亜人はユウ・サトウを出せと、意味のわからないことを言いながら襲いかかって来たんですよ」
隊長の男が言った一言は効果覿面だった。
レナは杖を握り締め魔法を展開し始める。マリファは矢を構え、矢にはバレットアントが纏わりつき、鏃を黒色に染めていた。
そしてニーナは――
「ごめ~んね」
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