第91話 蹂躙の始まり

「ユウ~、上がったよ~」


 風呂から上がったニーナが衝立の奥から出て来るが、その姿にアニタが慌てる。


「あんたっ! なんて格好で出て来るんだいっ!!」


 アニタが顔を真っ赤にして注意するが、ニーナは下着姿のままユウの元へと向かう。


「でっか……あれってアプリよりでかくない?」

「ちょっ、ベルさん! 私の胸は関係ないでしょう」


 ベルがニーナとアプリの胸を見比べるので、アプリは慌てて自身の胸を腕で隠す。


「ニーナ、ちゃんと拭いてから出て来いっていつも言ってるだろう」


 ユウはニーナの下着姿に動揺もせずに、バスタオル代わりの布でニーナの髪を拭いていく。拭き終わると魔力を調整した風の魔法で髪を乾かしていくと、ニーナは嬉しそうに目を細め身体を左右に動かす。


「えへへ~。わかってるけど、やめられないんだよね~」

「こら、動くな」


 二人のいつもどおりのやり取りにレナやマリファは特に反応しなかったのだが、アニタたちは若い女性特有の反応を示す。キャーキャー騒ぐ者、冷やかす者、不謹慎だと怒る者などにわかれたが、結局は羨ましいだけだった。


「風呂に入ってたのか。いいな。

 あたしたちなんて、もう3日も水浴びすらしてないんだぜ」


 モーランは衝立の奥にあるユウが土魔法で作成した風呂を覗き込み、羨ましそうに呟く。


「なんだ。風呂に入りたかったのか」


 ユウはニーナの髪が乾くと衝立の奥へと移動し、風呂からお湯を抜き始めると同時に風呂を大きく作り直す。

 レナの横で一緒に本を読んでいたメメットが興味をもったのか、ユウの元へと移動し始めると、金月花の他の団員も釣られて覗き込み始める。

 湯を抜くための穴を再度塞ぐと、ユウは黒魔法第1位階『ウォーターショット』と『ファイアーボール』を同時展開し、温度調整した湯を注ぎ始める。興味深げに観ていた周りの金月花団員から喜びの声が上がる。


「魔法ってのは便利だな。お湯まで簡単に出せるんだから」

「うそ……どうやって……水と火を同時にそれなら……魔力の比率は」


 モーランは脳天気に感心していたが、メメットはユウが何気なく使用している魔法の使い方に驚愕し、少しでも技術を盗めないかと凝視していた。


「ダ、ダメだよ! 迷宮内で風呂に入るなんて危ない真似はあたしが許さないからね! そ、それに……男がいるんだよ!」


 アニタはチラチラとユウへ視線を向けるが、衝立の奥ではベルがすでに装備と服を脱いで入っていた。それを見た他の団員も続けとばかりに慌てて服を脱ぎ始める。


「あんたたちっ!」

「まぁまぁ。アニタ、怒らないでよ。唯でさえ3日もお風呂に入っていないうえに、この37層は暑いうえにジメジメしてて……あれ? でもここは暑くない。それどころか涼しい?」


 ベルが風呂に浸かりながらアニタを宥めながら周りを見ると、長方形の穴が空いた箱が置いてあるのが目につく。


「ここから涼しい風が吹き出てるみたい。これって魔道具? 欲しい……これ欲しい! アニタ、買おうよ~欲しいよ~」


 周りの団員はまたベルの我儘が始まったと苦笑いするが、アニタは真剣な顔で冷風を出す箱に触れようとするが、マリファが立ち塞がる。


「行儀がなっていない方ですね。これはご主人様の持ち物です。無闇に触らないでください」

「む。別に盗ろうとしたわけじゃない。

 この魔道具はどこの魔具屋で売ってるか教えてもらえないか? 見てのとおりうちのベルが気に入ったみたいなんで、手頃な値段なら購入したい」

「売っているわけないじゃないですか」

「マリファ、飯作るから手伝ってくれ」

「ご主人様、そのようなことは私がしますのでっ」


 マリファは返事をすると慌ててユウの元へ走って行く。


「売っていない?」


 金月花全員が風呂に入り。久しぶりの風呂でさっぱりした表情を浮かべていると、良い匂いが漂って来る。


「文句言いながら、アニタも結局お風呂に入ってるし~」

「う、うるさいよ! ワーシャンたちと合流しなきゃいけないのにあたしはうぅ……」

「アニタさん、あたしたちもご飯にしましょうよ。ワーシャンさんには魔導具で連絡しておけばいいっしょ」

「モーランっ! あんたはなんでそうペラペラと大事なことを喋るんだい!」


 アニタはモーランを捕まえ、こめかみをグリグリする。通信系の魔導具は迷宮でしか手に入れることができず、その希少性から高く売買されている。冒険者の中には通信系の魔導具を盗むために、パーティーへ潜り込む者もいるほどだ。


 ユウたちの食事が出来上がり土魔法で作ったテーブルの上には、パンの上にチーズを炙って載せた物、新鮮な野菜のサラダ、メインはビッグボーの肉を分厚く切って焼いたステーキで、上にはバターが載せてあり湯気がまた食欲をそそる。飲み物はキンキンに冷えた水と果実ジュースにレナは牛乳、蜂蜜やジャムまで備えられている。

一方、金月花たちの食事は――


「やだやだ~もう硬いパンと干し肉なんてやだ~。水もヌルいよ~」

「ベルっ! 我儘言うんじゃないよ! ってモーランとメメットはなんでそっちに座ってるんだい」

「えっ? ほらあたしはユウとは友達みたいなもんなんで……ダメっすか?」

「美味しいご飯が食べたい」

「ほらっ、ほらほら~。モーランとメメットの言うとおりだよ。皆で仲良くご飯を食べようよ」


 ベルがアニタ以外の金月花全員の気持ちを代弁する。周りの団員たちもウンウンと頷く。アニタはふくれっ面をしながらも、美味そうな匂いにお腹からかわいい音が鳴る。


「……うるさい。本も落ち着いて読めない」


 レナはユウに創ってもらった、肩から下げるタイプの花がらのアイテムポーチに本を仕舞うと、当たり前のようにユウの左隣りへと座る。右隣りは当然ニーナがすでに確保していた。料理の配膳をしていたマリファが「ぐぬぬっ」とレナを睨むがときすでに遅し。


「それってアイテムポーチ? そんなかわいいデザインのアイテムポーチは初めて見た」


 ベルがレナのアイテムポーチに興味をもち見つめると、レナは隠すように背中へとアイテムポーチを移動させる。レナが肩から下げているアイテムポーチには、レナの趣味である本が大量に入っている。実はミスリルのローブの内側にもアイテムポーチが縫いつけられており。そちらにはユウが創った大量のポーション類や食料などが入れてある。万が一パーティーがバラけたとしても大丈夫なように、ユウが品物を厳選していた。因みにニーナとマリファにも同様のアイテムポーチが、装備やメイド服の内側に縫いつけられている。


「皆で食事するの楽しいね~」

「ニーナさん、ダメですよ。こういう輩は甘やかすとすぐに調子に乗るのですから」


 金月花団員の中でも目聡い者は、ユウたちの持っている冷風を出す箱や女性が好みそうなデザインのアイテムポーチが、いかに価値があるか算用している者もいたが、今は食事に集中していた。


「なんで水やジュースがこんなに冷えてるの」

「お、おお、おおお、美味しい~迷宮内でこんな美味しいご飯食べられるなんてっ!」

「この肉はビッグボーの肉でしょ? 時間が経つと硬くなるはずなのに、なんでこんなに柔らかいのっ」


 口々に賞賛の声を上げる金月花団員たちに、澄ました顔をしているマリファだったが耳だけは小刻みに動いている。


「マリちゃん、嬉しいなら表情に出していいんだよ?」

「なにを言ってるんです。私は何とも思っていません」

「……意地っ張り」


 皆が食事を楽しむなか、ユウの正面に座っていたアニタだけは真剣な表情でユウを見ていた。


「ユウって呼ばせてもらうよ。

 なんで迷宮内で風呂に入るなんて危険な真似をしてたんだい」

「お前も入ってたじゃないか」

「ぐっ……今回は入ったけどいつもは入ってないよ。

 普通の冒険者なら迷宮内で装備や服を脱ぐなんて危険な真似はしないよ」

「俺たちは2日も迷宮内にいるんだ。風呂ぐらい入るだろう」

「2日っ!? 嘘言うんじゃないよ。

 あたしたちは3日かけて37層まで来たんだ。それも18人のパーティーを2つに分けながらね。

 あんたたちは4人じゃないか。まさかたった4人のパーティーが、2日で37層まで来れるわけないね」

「37層じゃないよ~。私たちは折り返しの途中だよ~」


 ユウとアニタの会話を聞いていたニーナが何気なく言った言葉に、食事に夢中になっていた金月花団員が一斉に食事の手が止まり。ニーナへと視線が集中する。


「あんた……ニーナって呼ばれてたね。今なんて言った……」

「えっと、私たちはもうこの迷宮は攻略して帰る途中だよ。

 26層にボスはいなかったでしょ? 39層も52層も当分はボスはいないと思うよ~。転移石で帰らないのも迷宮内で泊まった経験がないから訓練なんだって」


 ニーナは淡々と迷宮攻略の話をする。切り分けたビッグボーの肉をフォークで刺すと、ユウにあ~んしようとするが横からレナが掻っ攫う。ニーナはもう~と言いながらも、再度肉を切り分けるとレナの口へと運ぶ。


 ニーナから迷宮攻略済みを聞かされた金月花団員は、先ほどまでの喧騒が嘘のように静まり返り、食事を続けるユウたちの音だけが響いた。


「は、はは……アニタさん、嘘に決まってますよ。確かにニーナさんたちは優秀な冒険者ですが、私たちの方が人数も攻略した迷宮の数も経験も上です!」

「アプリ、落ち着きな。あたしにはとても嘘を言っているようには見えないね。アプリたちからあんたたちが優秀な冒険者って聞いていたけど、想像以上だね。

 あんたたち『金月花』に入らないか? 本当は迷宮を出たあとでいいと思ったんだけどね」


 アニタの勧誘にニーナは驚きユウへと視線を向けるが、食事を終えたユウはスッケとコロにブラッシング中で興味がないようだ。続いてレナを見るが同様に興味がないのか、デザートのホットケーキに蜂蜜をこれでもかとかけて食べている。マリファだけはアニタたちを殺気を込めるかのように睨んでいる。


「あの~それってユウも?」

「それはダメだよ。あたしたちのクランは女だけで構成してるんだ。

 アプリに聞いたんだけど、あんたたちはクランに入ってないそうじゃないか。冒険者の男は女ってだけで舐めてくる奴も多い。あたしたちはそういった連中に女の有能さを証明したいのさ。

 これでも王都で『金月花』といえば知らない奴の方が少ないくらい、有名にはなってきたんだ」


 モーランとメメットが別にユウを入れてもいいよと小声で言うが、横からベルがモーランとメメットの口を塞ぐ。


「私は入りません」

「どうしてだい? 女ってだけで舐められたことがないとは言わせないよ? その胸だと男共からの不快な視線も多いだろう。

 あたしたちのクランに入るのが、今後のことを考えれば間違いのない選択だよ。レナとマリファって言ったよね。あんたたちはどうだい?」

「……興味がない」

「もういいでしょう。食事が終わったのなら帰ってください」


 ニーナたちの拒絶にもアニタは諦めきれないのか食い下がる。


「冒険者で居続けるなら男とパーティーを組んでも碌なことにはならないよ。

 金月花団員のほとんどは、元は男とパーティーを組んで酷い目にあった子たちばっかりさ。

 昨日会った『権能のリーフ』って奴らも腐った奴らばっかりで、10~16層までしか探索が進んでないくせに、あたしたちを囲ってやるだの女にしてやるだのクズばっかりだったよ」


 権能のリーフの悪口を話すアニタの目の前に少し慌てた様子でユウが立っていた。


「なんて言った」

「権能のリーフは腐った奴らって言ったんだよ」

「違う。そのあとだ」

「10~16層までしか探索が進んでない。

 あそこの盟主カロンは腐ってもBランク冒険者、実力でいえばもっと下まで探索できるのにあんな――」 


 アニタの言葉を最後まで聞かずにユウは鎧を着始める。

 その慌てぶりにアニタたちだけではなくニーナたちも驚く。


「クロっ!」


 ユウが呼ぶのを待っていたかのようにクロが跪いていた。


「ここに」

「俺は用事ができたから先に帰る。ニーナたちのことを頼む」


 ユウは準備ができると振り返らずに飛び出して行く。

 残されたニーナたちは待つような女達ではなかった。


「スッケっ! ご主人様の匂いを追いかけなさい」

「ワンっ」


 マリファが優れた嗅覚を持つスッケに指示を出し、ユウの追跡を開始する。ニーナもあとに続き、残されたクロはニーナたちを追いかけるべきかレナと一緒にいるべきかの判断に悩む。


「……クロ、置いていくよ」


 レナは箒に跨ると凄まじい速度で飛び出して行った。クロも慌ててレナのあとを追いかけて行く。

 残された金月花たちはなにが起こったのかわからず。ぽか~んとニーナたちが向かった先を眺めるばかりだった。




 14層の生い茂る草を掻き分けながら逃げ惑う1匹のピクシーと、追いかける3人の男たちがいた。男たちは醜悪な笑みを浮かべながら、ピクシーを追いかけている。

 男たちは見るからにふざけていた。ピクシーが逃げ切れるわけがないと知っていたからだ。なぜなら逃げ惑うピクシーの背には本来あるべき羽がなかった。羽があったと思われる場所には、無理やり引き千切られたかのような生々しい傷跡が見える。


「お~い、ピクシーちゃ~ん、お兄さんたちと遊ぼうよ~あれれ? 背中から血が出てるよ」

「ひゃひゃ、なにが遊ぼうよ~だ。お前が羽を毟ったんじゃねぇか」

「そうだっけ? そいつは悪いことをしたな。ごめんごめん。

 もう酷いことしないから~こっちにおいで」


 男たちはピクシーの進路を度々、塞ぎ嬲っていた。逃げ惑うピクシーをよく見ればユウに一番懐いていた人見知りの激しいピクシーだとわかる。


 羽のないピクシーの移動速度は人間の徒歩よりも遅かったが、それでも諦めずにピクシーはある人物に助けを求めるために逃げていた。


「ほ~ら捕まえた」


 男の1人がピクシーの足を掴んで逆さにする。


「それにしてもこのピクシー全然喋らないよな。他の奴らはびーびー煩かったのにな」

「それがいいんじゃねぇか。

 こういった無口な奴を、無理やり泣き叫ばせるのが興奮するんだよ。ほら俺に貸せよ」


 男はピクシーの両足を掴み顔の高さまで持ち上げる。


「ほら。泣け! 叫べ! なにか言ってみろ!」


 ピクシーは気丈にも声を漏らさなかったが、目から溢れる涙を止めることはできなかった。


「あれれ~泣いちゃったよ。どうちたのかな?」

「そろそろ飽きてきたな。

 こんな傷物のピクシーじゃ売れないだろうし。戻ろうぜ」

「え~こっからが良いところじゃねぇか……たくっ、わかったよ」


 ピクシーは男から解放されるとほっと息を吐くが、男の目は狂気に染まっており。これからなにをする気なのかが、自身の両足を掴む男の手に込められた力から想像できた。

 ピクシーは誰にも聞こえないほど小さな声で助けを求めるが、応える者など誰もいなかった。


「じゃぁ、ピクシーちゃん。良い声で鳴いてね」


 男が両の手に力を込めようとしたところで異変に気づく。周囲から音が消えていることに。

 数分前までは、煩いくらい虫や鳥などの鳴き声が響いていたにもかかわらず。今は音が一切消え、木々ですら静まり返っていた。


俺の物・・・になにしてんだ」


 3人の男が一斉に振り返ると、そこには全身を魔物たちの返り血で真っ赤に染まった少年が立っていた。

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