第92話 蹂躙継続

 それは異様な光景だった。

 Cランク迷宮『妖樹園の迷宮』14層に人間の子供が、それも全身が血塗れ。

 男たちは先ほどまで下衆な笑みを浮かべながらピクシーを嬲っていたが、いつの間にか現れた少年に今は釘づけになっていた。


「ひっひひ……なんだよ。ビビらせやがって。よく見りゃガキじゃねぇか。

 おぅっ! 俺の物がなんだって! このピクシーは俺が捕まえたんだ。俺の物になにか――」


 ピクシーを右手で掴んでいた男は、ユウに向かってピクシーを突き出しながらドスの効いた声で恫喝する。

 後ろにいる2人の男は薄笑いを浮かべていた。普段からこの男が弱者に対して同様のことをしているのを知っているのだろう。

 ユウに向かって恫喝していた男の動きが急に止まる。男の異変に後ろで見ていた男たちも気づく。


「おい、ボーラどうした? そんなガキ、いつもみたいにぶん殴っちまえよ!」

「待て。様子がおかしいぞ……。ボーラ、どうした?」


 男たちがボーラに近寄るとボーラの後頭部からなにかが生えていた。恐る恐る近寄ると後頭部から生えている物は、先端が鋭い幅15cmほどで厚みが2cmほどの真っ赤に染まった長いなにかだった。


 訝しがる男たちがボーラの前に回りこむと、長い物・・・の正体が判った。長い物の正体はボーラの口内から脳髄を貫き、硬い頭蓋骨を貫通し、後頭部へと飛び出した大剣だった。


「汚い手でこいつに触るな」


 死んだボーラの右手から力が抜け、拘束されていたピクシーが地面に向かって落下するが、ユウの左手が受け止めるとピクシーは零れ落ちる涙を拭いもせずユウを見上げる。


「ひゃっ! ボ、ボーラが死んでる!」

「この糞ガキがっ!」


 激昂した男がユウに襲いかかるが、ユウの右裏拳が男の顎を捉えると下顎が吹き飛ぶ。男は自身の身になにが起こったのか理解できずに、すでに存在しない顎を触ろうとするが空を切る。

 顎を吹き飛ばされるのを見ていた男が慌てて逃走するが、ユウの黒魔法第2位階『アースランス』が男の下腹部から上半身にかけて貫いていく。

 2人はまだ生きており、アイテムポーチからポーションを取り出し飲もうとするが、ユウがそんなことを許すはずもなく。ボーラを貫いていたスピリットソードを右手で掴むと、そのまま振り抜き男たちの頭部が切断される。

 男たちの死に顔は一様に、なぜ自分たちがこんな目に遭うのか理解できないといった表情を浮かべていた。


「急ぐぞ。今は時間が惜しい」


 ピクシーは涙を拭うと頷く。




 12層水晶の間、その横にある細い通路の先にはドライアードとピクシーたちが隠れ住んでいる花園がある。普段はピクシーたちの幻惑魔法で扉は隠されているが、扉の先は花が咲き乱れ美しいドライアードに愛くるしいピクシーたち、楽園かと見間違う光景は、幸運にも訪れることのできた冒険者たちは神に感謝するだろう。

 だが、今はその美しい場所が地獄と化していた。


「み、皆、頑張ってっ!」


 ピクシーたちが力を合わせて幻惑魔法を展開し、重厚な壁が現れる。


「ば~か、幻惑ってわかってて引っ掛かる奴がいるかよ」


 『権能のリーフ』盟主カロンが黒魔法第4位階『ハリケーン』を展開、幻惑は吹き飛ばされ、花は散り、ピクシーたちが無残にも切り裂かれていく。周りを見れば抵抗したピクシーたちの残骸が、散った花と一緒に埋もれていた。


「やめてっ! 皆も逃げてっ!」


 泣き喚くドライアードの姿に、カロンを始め30人ほどの男たちは醜悪な笑みを浮かべ、興奮していた。


「堪んねぇな……カロンさん、あのドライアードはあとで可愛がっていいんだろ?」

「バカ野郎、あのドライアードは最低価格が白金貨百枚、バリューさんは白金貨五百枚の値段をつけてくれたんだぞっ! 傷ひとつつけるんじゃねぇ。あとピクシーも金貨十枚の価値があるんだから、生きてる奴は籠にぶち込んでおけよ」

「ちぇっ……わかりましたよ」


 男は残念そうな表情を浮かべ、瀕死状態のピクシーを籠に放り込んでいく。


「ドライアードちゃんよ。そろそろ諦めて素直にこっちに来てくれよ。あんたが諦めてくれないとピクシーたちが無駄に死ぬことになるぞ?」

「言うとおりに……しますから……もう皆を傷つけないでください」

「だ、ダメよ……う゛ぅ……あ゛んな奴の言うこど聞いちゃだめ……」

「あっぁっ! 動いちゃダメっ! 血が……あぁっ……どうしよう血が止まらないよ」


 ドライアードを庇うようにピクシーたちが立ち塞がるが、どのピクシーも五体満足ではなく四肢が欠損している個体もいる。


「あ゛んたは……本当に、な、泣き虫……ね。私が、ま守っであげ……るから、待ってなさい」

「やだっ! もうやだっ! なんで皆がこんな目にっ、私がドライアードだから……誰か助けてっ!!」


 カロンが目配せすると1人の巨漢の男が、モーニングスターを肩に担ぎ前に出る。ピクシーたちは己の死期を悟ったのか、誰も逃げずにドライアードの前で手を広げる。


「カロンさん、もういいよな?」

「あぁ、ピクシーは十分集まった。そんな死にかけのピクシーなんて誰も買わねぇよ」


 巨漢の男はモーニングスターをわざとゆっくり振りかぶると、ピクシーたちを見下ろす。


「金貨10枚もするピクシーをグチャグチャにできるなんて『権能のリーフ』に入ってよかったぜ」


 ピクシーたちへとモーニングスターが振り下ろされる。

 巨大なモーニングスターがピクシーたちの顔へ影を落とす。男たちもピクシーたちも次の瞬間にどうなるか想像し、ある者は目を見開き、ある者は口を三日月に、ある者は死への恐怖から目を瞑る。


「はっは~っ! 見ろ! グシャグシャだっ! ピクシーもこうなったら汚ねぇ挽き肉じゃねぇか!」


 吹き飛んだ肉片がカロンたちのところまで飛んでくる。最初は興奮して喜んでいた『権能のリーフ』の男たちは、徐々に気づく。ピクシーにしては肉片が多すぎると。


「カ、カロンさん……これブッチの……ブッチの上半身だっ!?」


 ブッチと仲間から呼ばれていた男の上半身が吹き飛び、下半身だけがその場に残されていた。

 ブッチの残された下半身の向こう側に、ピクシーを挟んで1人の少年が立っていた。全身は血塗れ、頭には可愛らしいピクシーがしがみついているのが、逆に不気味さを増していた。


「なんだお前? どっから現れやがった? お、お前がブッチの上半身をぶっ飛ばしたのか?」

「ユ゛、ユ゛ウさんっ!」


 涙と鼻水塗れのドライアードが叫ぶ。周りのピクシーはユウが『権能のリーフ』側なのか、いまだ判断がつかない状態だったがユウの頭に乗っているピクシーに気づくと、安堵からか気を失う者までいた。


 ユウは周りの惨状を一瞥すると顔から感情が失われていく。


「奪ったな……俺から……屑共が皆殺しにしてやる……」

「てめぇっ、よくもブッチをっ!」


 状況を理解し立ち直った男たちがユウへと襲いかかる。


「待てっ! 足元を見ろっ!」


 カロンは前衛職と同じように鎧を装備しているがそれはブラフで、ジョブは『精霊術士』『魔術師』『魔導師』と生粋の後衛職だった。カロンはユウの足元からクモの巣状に広がっている魔力に気づき叫ぶがすでに遅かった。

 ユウの黒魔法第2位階『アースランス』が男たちの太腿を貫いていく。


「ぎゃあああっ!? いてぇっ!!」

「煩い。死ね」


 ユウがさらに魔力を込めると、男たちの太腿を貫いていたアースランスが枝分かれするように広がり、男たちの体内を喰い破る。体内を徐々に喰い破るアースランスの激痛に男たちは泣き叫ぶが、誰も助けることなどできない。枝分かれし、血が滴るアースランスはさながら花のようにも見えた。


「バカ共がっ、俺の言うとおりにしてれば死なずにすんだのに!」

「カロンさん、ミューズンもラワードもビィッペも死んじまったよ」


 仲間3人が瞬殺され動揺する『権能のリーフ』だったが、さすがに盟主のカロンは落ち着いていた。


「落ち着けっ! あのガキは俺と同じだ。前衛職を装っているが後衛職なのは間違いない!

 いいか? あのガキは魔力を蜘蛛の巣みてぇに広げてやがる。お前らなら落ち着いて見ればどうってことはねぇ」


 カロンの言葉に男たちは落ち着きを取り戻していく。


「へへ。タネがわかりゃ怖くもなんともねぇぜっ」


 4人の男がユウから広がる魔力の糸を避けつつ接近して行く。魔力の糸が全く動かないことが罠とも知らずに……。


「よっしゃ!」

「近づけばこっちのもんだ!」

「死ね糞ガキがっ!」

「ブッチの仇だっ!」


 4人の男が剣、斧、槍、鎚をユウの脳天目掛けて振り下ろす。

 カロンもこれで殺ったと思った次の瞬間――4人の攻撃は全て受け流され拳打で迎撃される。

 拳打を喰らった4人の男は顔の一部が吹き飛んでいた。蹲る男たちへユウは容赦なく剣を振り下ろしていく。


「カロンさん、あのガキ後衛職じゃねぇっ! い、今のは『発勁』じゃねぇか!!」

「ま、間違いねぇ。俺は何度もエルダさんの『発勁』を見てきたんだ。あのガキ接近戦もできるぞっ! カロンさん、どこが後衛職なんだよ!」

「うるせぇっ! なんであんなガキが『発勁』を使えるんだ……『発勁』は上位ジョブ重拳士のスキルだぞ。待てよ……さっきあのドライアードがユウって呼んでたな」

「ユウ? それって……」

「あのガキも生け捕りにすれば、俺は本物の貴族になれるぞ」


 瞬く間に8名の仲間が殺されたにもかかわらず、カロンは笑みを浮かべた。蹂躙する側からされる側になったとも気づかずに……。

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