第88話 使う者 使われる者
「こちらがCランクの冒険者カードになります」
ユウはコレットから銀色に輝くギルドカードを受け取るとアイテムポーチへ仕舞う。ニーナとレナは冒険者カードを受け取ると、緩む頬を抑えきれずに笑みを浮かべる。マリファはマゴの商店へポーションの納品と代金の受け取りに行っていた。
コレットはコホンッ、と態とらしく咳払いすると、深呼吸する。
「Cランクの冒険者カードの特典として、冒険者ギルドの倉庫を使用することができますよ!
特に金銭に関しては他の支部から引き出すことも可能なのでオススメです。是非、この機会にお金を冒険者ギルドに預けてみませんか。安全面に関してはご安心ください。過去、数々の犯罪者が冒険者ギルドの倉庫を狙って襲撃をするも、全て撃退している安心・安全・鉄壁の冒険者倉庫です! しかも使用料は無料です!」
コレットが熱弁するのには理由があった。Cランク冒険者ともなれば稼ぎも一般市民と比べて雲泥の差だ。一方でお金に関して無頓着な冒険者が多く、散財し冒険中の怪我が元で引退になった際に手元にはお金がなく、不幸な最期を迎えるという話も少なくない。
そういったことが起こらないように、冒険者ギルドでは積極的に冒険者へお金の預入を勧めている。もちろん、冒険者ギルド側にもメリットはある。冒険者から預かる金銭は莫大な額、そのお金を元手に金貸しや土地の売買などで得た利益を冒険者ギルドの運営に回しているのだ。
ちなみに冒険者の勧誘に成功した受付嬢には、預入された金額の1%が一定期間後ではあるが報酬として支払われる。
わずか1%と言うなかれ。こんな話がある。自由国家ハーメルンの冒険者ギルドでAランク冒険者10人を口説き落とし、その報酬を元手に大商人に成り上がった受付嬢がいるのだ。この話は根拠のない噂話や伝説などではなく、実際にあった話なのだ。このような実例を知る各支部の受付嬢からすれば憧れの存在であるだろう。
ただしコレットの目的は報酬などではなく、純粋にユウたちを心配してのものだが……。
「コレットさん、ギルドからは幾ら預入させるように指示されていますか?」
ユウが少し意地悪な質問をコレットへとする。冒険者カードを見ていたニーナとレナもコレットへと視線を向ける。
コレットはユウの質問に対して、いつもと変わらぬ笑みを浮かべると――
「幾らでも構いません。これはユウさんたちになにかあった際の保険みたいなものです。ユウさんたちが無理のない金額を預けていただければいいんですよ」
ユウはしばらくコレットを見つめる。都市カマーに来たときからコレットは変わらない。いつも他人のことを考えている。種族、容姿、性別問わず、誰に対しても分け隔てることなく。コレットが多くの冒険者から愛される理由の一つであった。
「ユ、ユウさん? そんなに見つめられるとなんだか恥ずかしいですよ」
コレットの言葉にハッ、としたユウは謝罪し、アイテムポーチから手持ちのお金を取り出そうとする。
「取り込んでいるところ申し訳ございませんが、少々よろしいでしょうか」
ユウたちが振り返ると、そこには筋骨隆々のドワーフに髭をスコッチ形に生やした中年男性が立っていた。
「ベルントさんにロプスさん、クエストの発注でしょうか? でしたら順番を守っていただかないと」
「おい、あのドワーフって鍛冶師ベルントじゃないか?」
「あっちはロプス商店の店主だ。あの二人が冒険者ギルドに来るなんてよっぽどのことだぜ」
周りの冒険者がチラチラ、ユウたちを見ながら囁き合う。内容から筋骨隆々のドワーフは鍛冶屋ギルドのギルド長も兼任している都市カマー最大手の鍛冶屋ベルント。横の髭を撫でている痩せ型の男はロプス商店の店主で、こちらも都市カマーでは大手の商店だった。
「いやいや、今日はそちらのユウさんに用事があって来たんですよ」
「ユウさんにですか」
「然様。最近、霊木の枝が冒険者ギルドから儂の店に売却があったのでな。霊木の枝は杖、弓と相性が良いのだが都市カマー周辺ではなかなか入手することができなくて困っておったところに今回の売却じゃ。
調べてみるとユウという名の冒険者が入手し、冒険者ギルドに売却したところまではわかったのでな。冒険者ギルドに顔の利くロプス殿に頼み込んで、専属の契約をしてもらおうと思っておる」
「それなら冒険者ギルドにクエストを発注していただければ」
「ふふ、我々は安定した霊木の枝の納品を求めているんですよ。霊木の枝で造られた武器、防具には精神系のスキルが付与され高額で売買されます。どこの鍛冶屋だって喉から手が出るほど手に入れたい素材の一つですよ。
今回、発見された迷宮から霊木の枝は見つかったのでしょう? 迷宮を見つけたのも、そちらのユウさんと聞いていますよ」
冒険者と商店が直接やり取りすることは問題ではないのだが、契約金の持ち逃げ、自身の実力以上の依頼を引き受けて死ぬ者、依頼主と冒険者の諍いなど過去に様々なトラブルが発生しており。間に冒険者ギルドが入ることにより、こういった問題を解決していた。
「初めまして。私はロプス商店の店主をしているロプスと申します。こちらはロプス商店に武器や防具を卸していただいている鍛冶屋ベルントさんです。当然、ご存知でしょう?
早速ですがこちらでお話をよろしいでしょうか」
ロプスはユウたちをテーブルへと先導する。わざわざ冒険者ギルドで声をかけ、別の場所や別室ではなく冒険者ギルド内のテーブルで話をする。冒険者ギルドからすれば利益と優秀な冒険者を奪いますよっと宣言されたも同然だ。実際に何人かの受付嬢やギルド職員は良い顔をしていなかった。
しかし当のロプス本人は微塵も悪いと思っていないようで、ロプスの傲慢な部分が見え隠れした。ロプスの横でベルントは軽く溜息をつくと微かに首を横に振る。
「わわ、私も同席しますっ! ユウさんたちの担当として心配なので」
ロプスは露骨に嫌そうな顔をし、ユウの表情を窺う。
「構いませんよ。冒険者ギルドとしてもトラブルが起きないように仲介したいでしょう」
「そうなんです! 他意はないんです」
ユウたちが席に着くとロプスはアイテムポーチから布袋を取り出しひっくり返す。布袋からテーブルに金貨と銀貨が音を立てながら流れ出て来る。
聞き耳を立てていた冒険者たちがその光景に目を見開き騒ぎ出すと、周囲の反応にロプスは厭らしい笑みを浮かべて満足する。ユウはそんなロプスを冷めた目で見ており、ニーナは大きな音に驚き耳を押さえ、レナは一瞥すると興味がなくなったのか本を読み始める。コレットはあわあわと慌てて、ロプスとユウの顔を交互に見ていた。
「こちらに
破格の値段だと思いますよ? 並みのDランク冒険者で月に150万マドカ稼げれば良い方。Cランク成りたての冒険者が、私の商店と専属で契約できる機会なんて今を逃せば今後ないでしょうね」
ロプスは断られるとは微塵も思っていないようで、契約書まですでに用意されていた。
「ロプスさん、お話は以上でよろしいでしょうか」
「ええ。双方にとって有益な関係を築いていきましょう」
「今回の話はお断りさせていただきます」
ユウの言葉にロプスは驚かずに不敵な笑みを浮かべる。
「ふふ、冒険者の皆さんは全員同じ反応をしますよね。
そうやってまずは断って、契約料と報酬の値段を釣り上げたいんでしょうがそうはいきませんよ。
最初に言いましたが今回の提案は破格なんです。冒険者であれば大手商店との専属は喉から手が出るほどなりたいはずです」
ロプスは両手を合わせて顎に添えると、早く契約書にサインをしろと言わんばかりにユウへ目線を送る。横にいるベルントは先ほどから黙ったまま目を瞑っている。
「ロプスさん、釣り上げる気なんてありません。それより早く帰った方がいいかと」
ユウがロプスに帰るように促したのには理由があった。ユウの天網恢恢に冒険者ギルドに向かって走って来る反応を捉えていた。走り方、体格、呼吸のリズムから誰かはユウにはわかっていた。
「ふ……ふふ、冒険者風情があまり図に乗らない方がいいのでは? 私はロプス商店の店主ですよ。そんな態度を――」
ロプスが余裕のあった表情から一転顔を赤らめ語気を強めたところで、冒険者ギルドの扉が勢いよく開く。
冒険者ギルド内の冒険者や受付嬢たちがそちらに視線を向けると、そこには1人のダークエルフの少女が立っていた。ダークエルフの少女は余程急いでいたのか髪は乱れ、額には汗が浮かび上がっていたが、髪と衣服を整えユウを見つけると微笑を浮かべる。
「ご主人様、お待たせしました」
「そんなに待っていない。急いで帰って来なくてもよかったのに……」
「そういう訳にはいきません。こちらの――あっ」
マリファは態とらしく声を上げ躓くと、
ロプスはテーブルに転がり落ちた硬貨を見ると、徐々に表情が強張り勢いよく立ち上がる。
「し、白金貨だとっ!?」
ロプスの大声と同時に、周りの冒険者からもロプスが金貨、銀貨をぶち撒けたときよりも大きな声が上がる。
「失礼いたしました。ところでこちらのはし……お金はなんでしょうか?」
ユウが溜息をつきながら、アイテムポーチからどうやったら白金貨が飛び出してくるんだよと呟く。
「ロプスさん、見てのとおりお金には困っていません。あなたからは冒険者を使ってやっていると言葉の端々から感じましたが、勘違いしないでください。冒険者が使われてやっているんです。冒険者が文字通り命懸けで集めた素材がなければ、あなたのお店も困るでしょう」
「き……詭弁だ! 私にこんな恥を……今回の件は必ず後悔することになりますよ!」
ロプスは金貨と銀貨を慌てて回収すると、逃げるように冒険者ギルドから立ち去って行く。周りの冒険者からは「ざまあみろや」「いい気味だ」などの言葉が聞こえてくる。
「ロプス殿には悪いことをしたのぅ。ユウ殿、専属の件を考えてみてくれんか」
今まで我関せずで黙っていたベルントが組んでいた腕を解き頭をさげる。
「その話はお断りしたはずですが」
「断られてからが始まりじゃろうて。ロプス殿は少々困った性分なんじゃが、悪い奴ではないんで許してやってほしい」
ベルントはロプスとは違い、最初の印象はともかく今は好々爺とした雰囲気すら感じさせていた。
「悪い話ではないと思うぞ。安定した収入に自分で言うのもなんじゃが、儂と繋がりが持てるのも大きい。欲しい武器、防具などは素材を持ち込んでくれれば優先して造ることも可能じゃ」
「専属になってほしい鍛冶屋ならいます」
「知っておるよ。ウッズか……あいつは駄目じゃ。なぜなら――」
「造った物にスキルが付かない」
ユウの言葉にベルントが驚きの表情を浮かべる。
「知っておったのか。それならなおさら、儂の専属になった方が得ではないか」
「特定の素材を使えばスキルは付きますよ。
そもそも熟練の鍛冶師でもスキルが付くかは5割あれば良い方、しかも付くスキルは最高位クラスの鍛冶師でなければ選べない。
ベルントはしばらく黙っていたかと思うと急に大笑いする。大きな笑い声に再度、ニーナは驚き、コレットも耳を塞ぐ。耳の良いマリファは平静を装っていたが、口角が微妙に上がりヒクついているのでかなり堪えたようだ。
「おぉ、すまんな。そうかそうか、確かに鍛冶屋にとって
今日は来て良かった。なにか困ったことがあれば儂の店まで来るがいい」
なにが良かったのかベルントは上機嫌で冒険者ギルドをあとにする。
「マリファ、マゴに聞いたのか?」
「申し訳ございません」
「怒っているわけじゃないが、あんまり褒められたもんじゃないぞ。あと演技が下手」
ユウの言葉に落ち込むマリファの頭をニーナが撫でる。レナは読んでいた本を閉じると。
「……コレット、いる意味あったの?」
レナの言葉にコレットを始め全員が苦笑いを浮かべた。
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