第76話 異常と異状
「鬱陶しいっ!」
モーランが愚痴をこぼしつつ、襲いかかってきたゴブリンリーダーを斬り裂く。
マルマの森まであと少しというところまでジョゼフたちは来ていたのだが、ここまでですでにゴブリン、ゴブリンリーダー、ポイズントード、ホブゴブリン、マーダースネーク、ビッグボーなどと数回に渡り戦闘を繰り広げていた。
「ゴブリン系はまだしも、ビッグボーやマーダースネークは普段、森の中で活動するのにおかしいよね」
メメットは周囲を警戒しながら、モーランに倒されたゴブリンの死体に近づくと臭いを嗅ぐ。
「う~ん、特に異常はないよね」
「やっぱりマルマの森に迷宮ができて、森から逃げてきたのかしら。
それよりメメットあれはどうにかならない? 観ていて気分の良い物じゃないわ」
アプリの視線の先ではシャムがゴブリン相手に無双していた。アプリが不快感を露わにしたのは過剰ともいえる倒し方だった。
シャムは魔法剣で剣に炎を纏わせるとゴブリンの手足から切断し、動けなくなったゴブリンの頭部へと剣を振り降ろす。
「無理。やっぱり、あたし貴族は嫌いだな」
殺されたゴブリンたちの焼け焦げた臭いが、メメットの鼻にまで届き顔を顰める。
「マリファさん、見てくれましたか、私の魔法剣。二つ名の由来にもなった『爆炎剣』を!」
シャムはここまでの道中でマリファの名前を知ってからは、何度となくマリファへ話しかけていたが全て無視されていた。
マリファは今回も全く相手をせずに、スッケとコロに指示を出してゴブリンを倒させていた。
「いや~、お前たちが優秀で俺は楽ができるわ~」
ジョゼフはずっと上機嫌でユウの背中をバシバシ叩いている。その度にクロの殺気が膨れ上がっているのだが、無視しているのか鈍感なだけなのか、気にはしていないようであった。
「確かにモーランは若いのに剣の腕は確かだな。アプリも盾職として十分な実力があるし、メメットも魔法の威力、詠唱速度共に問題ないな」
ベテランのラリットはアプリたちを女性だからといって、軽んじることなく正当な評価を下していた。寧ろあの若さですでに自分と同じCランクに挑戦するだけの実力が十分にあると判断していた。
「だ、だじかにあいづら、基本がでぎてる。ア゛プリっで女も盾の使い方がオデよりうまいな」
ユウがバシバシ叩いてくるジョゼフの腕を払いのけていると、モーランがユウの目の前に立っていた。
「あんた、さっきからなんにもしてないけど。これがCランク試験だってわかってんだろうね?
それともパーティーの女にだけ戦わせるのが、あんたのスタイルなのかい」
「お節介な女だな。競争相手に助言してどうすんだよ」
ユウの言葉にモーランの顔はみるみる赤くなっていく。
「私はね。あんたみたいに女だからって舐めてる奴が大嫌いなのさ」
「くだらない……男だろうが女だろうが冒険者に違いはないだろうが、大体いつ俺が女を舐めたんだよ」
「く、口の減らない奴だね! 冒険者なら口じゃなくこっちで勝負しな」
モーランは剣をユウに向ける。ユウの傍にいたジョゼフは面倒臭そうに頭を掻く。
しかしニーナたちは違った。ニーナは両手にダガーを握り締め、レナはいつでも魔法を放てる状態で杖をモーランへ向けている。クロも戦斧を握り締め、いつでも動ける状態で構えていた。マリファに至っては弓を構えて、矢はモーランの頭部へと狙いを定めていた。
「む、無視するんじゃないよ!」
「モーラン、いい加減にしなさいって何度言えばわかるの!」
「ハッハ、いいぞ! 私もそいつは気に入らないんだ。良ければ手を貸そうじゃないか」
モーランとユウの諍いにシャムが便乗しようとするが、モーランが一喝する。
「貴族様は引っ込んでな! これでも無視できるか試してやる!」
モーランが『闘技』を纏いながらユウへと突っ込んでいく。ユウはニーナたちに手で合図を送り踏みとどませると剣を抜く。モーランの剣術はLV4、これはCランクでも十分に通用するレベルだった――――が、今回は相手が悪かった。
ユウはモーランの放った剣撃を受け止める。これにはモーランだけでなくアプリ、メメットも驚く。なぜなら――モーランは両手で剣を握っているのに対して。
「う、嘘でしょ。モーランの剣を片手で……」
メメットは思わず呟いてしまった。
「ハッ! 馬鹿力が自慢みたいだけどこれならどうだい! 『剣圧』」
剣技LV1『剣圧』はその名のとおり、鍔迫り合いになった際に圧力をかけて押し切るスキルである。だが、ユウは微動だにしなかった。
「き、巨人族じゃあるまいし……どういう腕力してんだい!」
焦ったモーランだったが判断は速かった。鍔迫り合いから一旦間合いを取り、連撃を放つ。
最初の一撃はユウが反応できなければ、当たる寸前で止めるつもりだったが今度は違う。
「純粋な剣の腕で同じDランク、男に負けるわけにはいかないんだよ!」
次々と襲いかかる剣撃をユウは軽くいなしていく。その姿にシャムとその取り巻きたちも唖然とする。それもそのはず、シャムの剣術LVは2。モーランの剣術を見れば明らかに自分より格上にもかかわらず、ユウはモーランの猛攻を息も切らさず捌いているのだから驚くのも無理はなかった。
自身の猛攻を片手で捌くユウにモーランの焦燥感が高まっていく。少し鼻をへし折ってやろうと考えていたのだが、逆に自分の鼻をへし折られた形だ。
「冗談じゃない……私が……私がっ、私が男なんかに負けるわけにはいかないんだよっ! 『剛一閃』」
剣技LV3『剛一閃』モーランが使える最高の技で奥の手でもある。
「あのバカっ!? 本当に殺す気なのっ!」
アプリは盾技LV1『挑発』で止めようとするが、技の発動状態に入ったモーランを止めることはできなかった。
空気を斬り裂く異音と共に死の刃がユウへと打ち下ろされるが、刃がユウの頭部へ接触する瞬間に、刃自らが避けるようにユウの横を通り過ぎ地面に深々と突き刺さる。
「どう……なってんの」
後衛職のメメットではモーランの剣がなぜ、ユウを避けるように通り過ぎたのか目で追えなかった。
「あ゛では剣技『柳』だな゛。あ゛んなに見事に剣の軌道を流ずのばオデも初めで見だな。じかも魔言もなじでビッグリだな」
エッカルトの説明で、メメットもやっとなにが起こったのかが理解できた。
レナもメメット同様にほとんど見えなかったのだが、なぜか背中を反り返してどうだと言わんばかりにアプリとメメットたちを見ていた。
「気は済んだか?」
ユウは剣を鞘に戻すと、モーランの横を通り過ぎ道を進んでいく。そのまま立ち竦んでいたアプリとメメットを追い抜く。ユウを追いかけるようにニーナたちも通り過ぎて行くが、その際にレナがメメットに向かって囁くとメメットの表情が強張っていった。
一騒動があったものの、ユウとジョゼフを先頭に進んでいく。モーランはショックからか最後方で両脇をアプリとメメットがつき添っていた。
「モーラン、ショックなのはわかるけど、こういうことはこれっきりにしてよね。あなたが男を毛嫌いしている理由は知っているけど、さっきのは完全にあなたの言いがかりよ」
「あたしのことはしばらくほっといてくれよ」
「もう! 普段は強気のクセに一旦落ち込むと面倒くさいんだから。
それよりメメット、さっきすれ違った際に匂いは嗅いだんでしょ? 今の内に情報共有しましょう」
「わかった。まずジョゼフはパッシブ9、アクティブ8、固有2。ラリットはパッシブ10、アクティブ8、固有1。巨人族はパッシブ5、アクティブ3、固有0。貴族はパッシブ4、アクティブ8、固有0」
メメットは固有スキル『臭析』というスキルを持っていた。このスキルは対象の匂いを嗅ぐことでパッシブスキル・アクティブスキル・固有スキル・状態異常の数を知ることができるスキルであった。
「ふむふむ。ジョゼフは別に調べなくてもよかったんだけど、ラリットはベテランだけあってスキル数も多いし厄介ね。で、モーランの鼻をへし折ったあのユウって子は……ってメメット、顔が青いけどどうしたの?」
「アプリ、このクエスト中はユウって子のパーティーとは絶対に敵対行動を取らないって約束して」
「当たり前でしょ。私たちのCランク試験突破するための情報共有よ。別に他のパーティーとも揉める気はないわよ」
メメットは真っ青な顔のままアプリを見つめると、ニ度ほど深呼吸し、意を決したのか話し始める。
「パッシブ28、アクティブ28、固有7。これがユウって子のスキル数よ」
「う、嘘だ。そんな馬鹿げたスキル数聞いたことないっ」
メメットの発言に、落ち込んでいたモーランも思わず顔を上げ反論する。
「は、ははっ。もう~メメット、モーランを驚かすために冗談を言ったんでしょ? 本当のことを話してよ」
「嘘じゃないよ。はっきり言ってあの子は化け物よ。絶対に敵に回さないで」
メメットの真剣な表情に、アプリもやっと嘘ではなく事実だと理解すると、顔から汗が吹き出てくる。
「不味いわ……いえ不味いなんてものじゃないわよ……合計スキル数63個なんて聞いたことないわよ。そんな化け物とCランクをかけて争わなくちゃいけないなんて……。
モーラン、わかってるわね。今後、私たちはユウ率いるパーティーとは絶対に争わない。むしろ協力関係を築くように行動するように。これはリーダーとしての命令よ」
「……わかったよ。もうユウには絡まない」
「もう一つ気になるのが
「『戦技』のブレイブハートでも使ってたんじゃないの? 人間の前衛職なら戦闘中は精神向上系のスキルを使うのは基本よ」
「ふ~ん。あとレナって後衛も私と似た固有スキルを持っているかもしれないよ。さっきすれ違いざまに、次に匂いを嗅いだら許さないって警告されたよ」
「『解析』を使った可能性は?」
「それなら魔力の発動で私が気づかないはずないでしょ」
「それもそうね……」
レナはユウの匂いを嗅いだメメットが許せなかっただけなのだが、アプリたちは警告を違う意味で受け取り、ユウとは別の意味で警戒されることになるとはレナ自身思いもよらなかった。
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