第77話 内紛、人の心

 元々このクエストにあまり乗り気ではなかったユウだったが、今は本当に止めておけばよかったと後悔していた。


「おお! ユウ、見ろっ。あそこにいるのは二尾キツネの子供だぞ!」


「あんた、剣の師匠はいるのか? 私はこれでもAランク冒険者『静水』のランファさんに剣を指導してもらったこともあるんだぞ。

 ランファさんを知ってるか? 女でありながら剣1本でAランクまで上り詰めた凄腕なんだぞ!」


(う、うるさいな……)


 左側のジョゼフがどうでもいいことを延々と話し続け。右側のモーランが剣の話を延々と話し続けてくるので、ユウは心底辟易としていた。

 モーランはユウに剣の勝負を挑んで負けたあと、しばらくはへこんでいたのだが、マルマの森に入るやいなや、徐々に調子を取り戻すと自分からユウへと話しかけるようになっていた。

 シャムたちはユウとモーランの戦いを見てからは一目置くようになったのか、最初の頃みたいに絡んでくることがなくなっていた。


「ユウが人気だとニーナちゃんたちも心配だろ?」


 ラリットがニーナたちへ冗談を言うが、当のニーナたちは―― 


「皆、仲良くなってよかったね~」

「……あの女、調子が良すぎる」

「やっとご主人様の凄さを理解したようですね」


 あまり気にはしていなかった。


「もうっ! モーランったら、あれほど絡まないようにって言ったのに」

「ああいう絡み方ならいいでしょ。アプリの言ったように、友好関係を結ぼうとしているように見えるよ」


 心配するアプリをよそに、メメットは呑気なものである。


「シャム様、どうしますか?」

「どうするとは?」


 シャムの取り巻きの1人、ドッグは焦っていた。


「モーランの剣の腕もかなりのものでしたが、ユウは別格でした。今の内に手を打ってどうにかしなければ、Cランクになるのは難しくなるのでは」

「ふむ。具体的には?」

「手っ取り早いのは金銭を渡すのはいかがでしょうか。もしくは食事の際に私の持っている薬を使えば――」

「ふざけるなっ。私たち貴族が、そんな薄汚い真似をしてどうする。貴族としての誇りはないのか。

 確かにあの者たちの技量は凄まじかったが、個々で敵わないのであれば連携で上回ればいいだけだ。貴族として卑劣な考えをするんじゃない」

「か、かしこまりました。シャム様、二度と卑劣な考えなどしません」

「シャム様、先頭の様子がおかしいです」


 もう1人の取り巻きであるサモハが先頭を歩いているユウたちの異変に気づいた。


「むっ、どういうことだ。ジョゼフさんたちの歩く速度が上がっているのか?」


 シャムの言うとおり。先頭を歩くジョゼフたちの歩く速度が上がっていた。正確にはユウの歩く速度がどんどん速くなっていた。


「ちっ」


 ユウは舌打ちをすると走り始めた。森の中、悪路にもかかわらずその速度は平地で走ってるかのような速度だった。


「おいおい、どうしたどうした? 腹でも痛いのか?」


 ユウの横をジョゼフが余裕の顔でついて来ていたが、空気は読めなかった。モーランもついて行こうとするが、速すぎてどんどん離されていく。異変に気づいたニーナとラリットは、モーランを抜き去り追いかけて行く。その後ろをマリファが追いかけるが、まったくついていけないのでスッケとコロに指示を出し追いかけさせる。


「……クロは行かないの?」


 レナは身体能力的に追いつけないので、最初からあきらめて歩いていた。


「主より、レナ殿の傍についておくよう指示がありましたので」


 クロが話せることにアプリとメメットが驚いていたが、クロは気にもせずレナの傍から離れない。




 ユウたちが10分ほど走り続けると、前方200メートルほど先からこちらに走ってくる3つの影があった。


「ん? ありゃ……女と子供か」


 ジョゼフの言うとおり2つの影は女性と子供で親子と思われた。だが、もう1つの影は――


「旦那っ! 後ろから追いかけてきてるのは鋼蜘蛛だっ!」

「クソがっ!」


 ラリットが叫ぶのと同時にジョゼフの足元が爆発する。地面には大きな陥没ができ、一瞬で距離を3分の1にまで縮める。

 鋼蜘蛛から必死に逃げていた親子だったが、子供の方が抱えていた籠から草が零れ落ちていく。


「あっ、薬草が」


 子供が零れ落ちる薬草を手で掴もうとして、バランスを崩し転んでしまう。

 後ろから追いかけて来ていた、体長2メートルほどの鋼蜘蛛はすぐ後ろにまで迫っていた。母親は子供を庇うように抱きかかえる。


「ダメだっ、間に合わねぇ!」


 ジョゼフに続いて走っていたラリットだが、今にも親子に対して前足を振り下ろそうとする鋼蜘蛛から、最悪の光景が脳裏に浮かぶ。

 しかしラリットの顔の横を高速の物体が通り過ぎて行く。飛来物はそのままジョゼフも抜き去ると、鋼蜘蛛の土手っ腹を貫通し拳大の穴を穿つ。

 腹に拳大の穴を開けられた鋼蜘蛛は、ひっくり返ると痙攣しながら藻掻いていたが、ジョゼフが止めの剣を叩き込むとそのまま動かなくなった。


「ユウ、今のはお前がやったのか……」

「やっぱり石は便利だな」


 ラリットとジョゼフを追い抜いていった飛来物は、ユウが投擲した石だった。


「あの距離でよく当てられるもんだな。

 それにしてもよくあの親子が逃げてくるのがわかったな。今度、索敵のコツでも教えてくれよ」


「さすがあたしに勝っただけはあるなっ! 鋼蜘蛛はランク4の魔物だ。それを投石で倒すなんて凄いじゃないか」


 後ろから追いついてきたモーランが興奮してユウを褒める。

 ユウは転んで怪我をした子供にヒールをかけて傷を癒していた。


「ありがとうございます! ありがとうございます!」


 母親は何度もお礼を言い。泣きながら子供を抱きしめていた。


「お兄ちゃん。ありがとう」

「よせよっ! お兄ちゃんて年じゃねぇぜ」


 ジョゼフはやっぱり空気が読めなかった。


「それにしてもマルマの森で鋼蜘蛛がでるなんて聞いたことないな」

「はい。私たちも普段から薬草採集で来ていますが、ゴブリンを見ることはあっても鋼蜘蛛なんて初めてです」


 このまま親子を放っておく訳にも行かず。どうしたものかとジョゼフたちが話していると。


「俺が森の外まで送って行く」


 ユウがそう言うとドッグが嬉しそうに反応する。


「送って行くだと? ここまで何時間かかったと思っているんだ。まさかお前が戻って来るまで、俺たちに待っていろとでもいうのか?

 今はクエスト中だ。これはクエスト放棄と受け取られても仕方がない! つまりお前は昇格試験を辞退――いいや、失格だ!」

「ペラペラうるさいやつだな。待ってなくてもいい。あとから追いつくから、先に進んでいればいいだろ」


 ユウはそう言い放つと、親子に付与魔法で身体能力向上の魔法をかける。


「オデはこごでまづか、一緒にいぐべきだと思う」

「俺もエッカルトと同じ意見だ」

「あたしも男と一緒の意見なのは嫌だが、同じ考えだね」


 エッカルト、ラリット、モーランはドッグを睨みつける。


「ば、馬鹿か、お前らっ! 大体、どうやって追いつくつもりなんだ! 待つんならお前らも――」


「いや。ここは待つべきだな」

「シ、シャム様までっ! どうしてですか? これは重大な違反行為ですよ」

「貴族たる者、弱き者、民を守るべきだ。ここでユウが戻って来るまで待つ。いいなドッグ?」


 シャムにそう言われれば、ドッグも反論できず黙りこむ。


「あ~なんだ。皆もこう言ってるし、行ってこい」


 結局ユウたちが親子を森の外まで送り届ける間、待つことになる。


「メメット、ここまでの距離を魔法やスキルで索敵できる方法ってある?」

「そんなの聞いたことないよ。それにあの子、白魔法と付与魔法を使ってたよ」

「ジョブに賢者があるのかもしれないわね」




 ユウたちが親子を森の外まで送り届けると、親子は見えなくなるまで手を振りながら帰っていった。


「なぁ、ニーナ」

「ん?」

「あの親子はさっき助かったときに抱き合ってたよな」

「そうだね~。おでこにもキスもしてたね~」

「なんでキスしてたんだ?」

「それはね~。助かって嬉しかったり、愛を確かめてたんだよ~」

「おでこにキスすると愛がわかるのか?」

「愛があればね~わかるんだよ~。ユウにもしてあげようか?」

「頼む」


 その瞬間、周囲の空気が凍りついた。

 ニーナの笑顔は固まり。レナは握っていた杖が地面に倒れる。マリファは無表情を装っていたが、激しく耳が動いていた。


「ユ、ユユユッ、ユウユウユウアババババッ」

「なんだ。1回呼べばわかるよ。ダメなのか?」

「全然、いいですよっ!」


 ニーナは一瞬でユウの目前まで近づくと、頭部を両手で押さえつける。


「近っ! あと眼っ、見開き過ぎだろ。待てっ! オデコだ! 誰が唇にしろって言った」

「もうだめだかんね~! ユウが良いって言ったんだからね~。もう絶対するからねっ! もうもうもう~頂きますっ! グフッ!?」


 ユウの唇にキスをしようとしたニーナの脇腹に、レナの頭突きがメリ込む。


「……危ないところだった。さあ、お姉さんの私が教えてあげる。これは姉の役目。ドンと来いっ」

「1歳しか変わらねぇだろうが。あっ」


 レナが眼を閉じてユウに迫ろうとしたが、スッケとコロがレナに襲いかかる。正確にはジャレているだけだが、マリファの仕業だった。


「ご主人様。私は購入していただいてから、毎日お風呂に入らせていただいています。もちろん、ご飯のあとには必ず歯は磨いています。さらには誰とも口付けをしたことがありませんので新品です。

 さぁ、遠慮は要りません。どうぞ!」

「お、おう……」


 普段、口数の少ないマリファが一気に捲し立てたので、若干ユウは引いていた。

 マリファが唇を尖らせて迫ってくる。


「失礼しま――カフッ……」


 立ち直ったニーナがマリファの意識を刈り取っていた。一歩間違えれば恐ろしい……その後、スッケとコロを振り払ったレナも参戦するが決着がつかず。3人が順番にキスをすることになった。

 誰が1番にキスするかでも揉めたが、ニーナ、レナ、マリファの順に決まった。3人は順番にキスをする。ニーナは嬉しさが隠せないのか、辺りを走り回る。レナは三角帽子を深く被り顔を隠したが、真っ赤なのが丸わかりだった。マリファは耳が今までにないくらい、ビンビンになってどこか遠くを見つめていた。




 しかしそんな3人の浮かれた姿とは別に、ユウは静かに空を眺めていた。


「そっか……やっぱりか」


 その姿は悲しそうにも諦めにも受け取れた。

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