第75話 顔合わせ
聖国ジャーダルクの諜報員たちが都市カマーでの隠れ家としている小屋で、1匹の魔物が男を宙吊りにしていた。いや、正確には魔物の横にいる男が操る魔物の尾が、男の首に巻きつき持ち上げていた。
魔物の種族名はキマイラ、ライオンの頭に山羊の身体と蛇の尾を持つランク4の魔物だ。
魔物を操る男のジョブの1つは『ビーストテイマー』、動物や魔獣を調教するのに特化したジョブである。
「チー・ドゥ、いい加減にしろ!」
諜報員たちのリーダーであるマフェットが叱責する。
「あぁ? チー・ドゥ様だろうが? 様が抜けてんぞ。
俺は役立たずのお前らに活を入れてやってるんじゃねぇか。
さぁ、もう1回さっきの報告をしてみろよ」
チー・ドゥが合図を送ると、キマイラは宙吊りにしていた男を解放する。解放された男はえずきながら大きく呼吸を繰り返し、酸素を肺に送る。
「ハァハァッハァ……、な、何度言われ、ても内容はか、変わらない。
ユウ・サトウの能力はステータスを看破する解析の魔眼に、なんらかのスキルを使っての広範囲の索敵、ジョゼフと剣を斬り結ぶほどの剣術スキルを持っている」
男が捲し立てると次の瞬間、チー・ドゥの蹴りが男の顎に叩き込まれる。
「ハハハッ! なんだよなんらかのスキルって。舐めてんのか? それを調べるのがお前らの仕事だろうが。
お前らの中に身体の一部分、それこそ髪の毛1本か爪の欠片からでもステータスを調べるスキルを持っている奴がいるだろうが」
「は、はは、ははは。そんなの俺らだってわかってんだよ。
ユウ・サトウの髪の毛を入手しようとしたに決まってんだろうが!」
チー・ドゥの後ろに控えているフォレストパンサーが、唸り声を上げながら今にも男に飛びかかろうとしていた。
「ダークエルフの少女だ」
「ダークエルフの少女?」
「ユウ・サトウが最近購入した、マリファという名のダークエルフの少女がこちらに気づいているのか、ユウ・サトウの髪の毛を全て回収している。
屋敷の周りには複数の勢力が放った諜報員がいるうえに、庭には十数匹に及ぶブラックウルフたちが放し飼いにされている。迂闊に近づくこともできない。街中で近づこうにもジョゼフやムッスの子飼いの者が護っているんだ」
「お前ら、本当に聖国ジャーダルクが誇る諜報員かよ。他の勢力の諜報員? 皆殺しにしろよ。ブラックウルフ? たかがランク2の魔物だろうが皆殺しにしろ」
チー・ドゥは諜報員たちを蔑む眼で睨みつけながら、フォレストパンサーの頭を撫でる。
「もちろん強行突破をして屋敷に潜入しようとしたが、そこには恐るべき門番がいたんだ」
「門番だぁ? 1日中気を張り巡らせてるわけじゃないだろうが、寝てる間に得意の暗殺術で殺せよ」
「門番は……ゴブリンだ。しかも只のゴブリンじゃない。変異種で3日ほど監視したが、寝る素振りすらみせなかったよ。
暗殺を謀った者は全て返り討ちだ……」
その時の光景を思い出してか数人の男たちは苦い顔になる。
「で、どうすんだ? まさか俺がわざわざ聖国ジャーダルクから来たにもかかわらず、なんにも策はありませんじゃねぇだろうな?」
「策はある。1週間後に都市カマーの高位冒険者には、ウードン王国の貴族たちから指名依頼がいくことになっている。
ムッス伯爵には王都への招集が財務大臣より発令される。ムッス伯爵が王都へ行くことになれば、ムッスが抱える食客やジョゼフも一緒について行かざるを得ない」
「ほぉ~、そりゃまた都合よく起きるもんだな。どんだけ金を払ったのかは知らねぇが、よっぽど上はユウ・サトウを手に入れたいみたいだな。
それにしても都市カマーは兵士が少ない分、冒険者たちが治安の維持や魔物の駆除を行ってるのに、高位冒険者やムッスの取り巻きがいないとなると」
「そうだ。そこであんたの
男が最後まで喋り切ることはなかった。
チー・ドゥの後ろに控えていたフォレストパンサーが男に飛びかかり、首に噛みつくなり骨と肉を一緒に喰い千切る。
喰い千切られた首からは噴水のように血が吹き出し、小屋の床をあっという間に真っ赤に染めていく。
チー・ドゥが聖国ジャーダルク聖騎士師団連隊長の役職を剥奪されたのも、この残虐性が問題になってのことだった。
「
都市カマーは10万人以上はいるって話じゃねぇか? いいのかよ? そんなに殺して? ああ、早く1週間後にならねぇかな……今から興奮して眠れねぇかもしれねぇな」
ユウたちがギルド長モーフィスの呼び出しを受けてから翌日、都市カマーの東門にはユウたちを始め今回のクエスト対象者が集まっていた。
クラン『赤き流星』からはシャムとその取り巻き2名、クラン『金月花』からはモーラン、アプリ、メメットの3名、フリーの冒険者ラリットとエッカルトにユウたち。
ジョゼフは一同を見渡すと満足そうに頷く。その姿にユウとレナはイラッとしていたが、ジョゼフは気づいているのかいないのかニヤニヤしている。
「よ~し! お前ら、今回のクエストは都市カマーから東に10キロほどの森にある調査だ」
「は? 東の森って精々ランク1~2の魔物しかいないマルマの森じゃないだろうね」
ジョゼフの言葉にモーランが噛みつく。
「そうだ。そのマルマの森だ」
「バカにしてんじゃないよ! あたしたちはねDランク迷宮『ゴルゴの迷宮』に王都にあるDランク迷宮『バルロッテの園』だって攻略してんだよ!
今さらそんなレベルの低いクエストをする必要はないね。あたしたち『金月花』は参加せずにCランクにしてもらいたいね」
モーランは女性だけのクラン『金月花』がバカにされないように、同じランクの男性冒険者以上に迷宮に潜っていた。それだけにこんなレベルの低いクエストを他の男性冒険者と受けることに強い拒絶感があった。
「待て。それなら我々『赤き流星』も同様に免除していただきたい。
そもそも私のレベルは31、十分にCランクの資格がある。ジョゼフさんもそれはわかっているはずだ」
シャムが自身のレベルを言い放ったことに、モーランたちはもちろん、周囲の者たちが驚いた眼でシャムを見る。
「どうやら他の者たちも私のレベルに驚いているようだな」
シャムの冒険者として、余りにも不用心な発言に呆れているだけなのだが、シャムには驚いていると映ったようだ。
「あ~、めんどくさい奴らばっか集まりやがって。
いいか? マルマの森でランク4のイエロースライムの目撃情報が寄せられた。
普段、ランク1~2しかいないマルマの森でだぞ。これがどういうことかは言わなくてもわかるだろう」
「ジョゼフの旦那、迷宮――新しい迷宮が現れたってことかい」
ラリットの言葉に周囲は一瞬にして静まり返る。
「確定じゃないけどな。その可能性は十分にある。
もし新しい迷宮が現れたのなら、迷宮のランクは間違いなくC以上だ。
迷宮はなぜか浅い階層ほど弱い魔物が、深くなるほど強い魔物がいるからな。イエロースライムが迷宮から迷い出て来たのなら、一番浅い層でランク4の魔物がいるってことだな」
「そうならそうと言ってくれよ。それならあたしたちは文句ないね。ただし、そっちのパーティーは参加資格があるのかい」
モーランはそう言うとユウたちを指差す。
ユウは興味がないのか、目線も合わせずにスッケとコロを撫でている。ニーナはユウの髪の毛を手櫛で整えている。レナも基本人見知りなので無視しているが、マリファはユウが指差されたことに敵意を剥き出しにしている。
「どういうことでしょうか」
「どうもこうもあんたたちのレベルとジョブは? とてもあたしたちと対等とは思えないね。特にあんたの装備はなんだい? レザー1式なんて初心者丸出しじゃないか。大体なんでメイド服なのかも訳がわからないね」
マリファはモーランたちの前まで歩いて行く。
「なんだい。文句でもあるのかいお嬢ちゃん?」
「どこの冒険者が自分のレベルとジョブを、パーティー以外の冒険者に明かすのですか。そんな冒険者は3流以下です。
この装備はご主人様に買って頂いた物です。全ての装備にスキルが付いていますのでご心配なく」
マリファの言葉にシャムの顔は真っ赤になって若干震えていた。
「確かにそんな間抜けは冒険者失格だね。言わなくても嬢ちゃんのジョブは大体予想つくさ。あのワンちゃんとゴブリンは嬢ちゃんの魔物だろう? 『調教士』か『ビーストテイマー』ってところかい。
それにそのレザー1式にスキルが付いているだって? そんな初心者の装備にスキルを付与する奴は、よっぽどのモノ好きかバカだ。まさか全部迷宮で手に入れたわけじゃないだろうし。あんたのご主人様は錬金術士か?」
今回クロに関しては、ユウがたまには外に連れて行くのもいいだろうと参加させていた。
モーランがマリファの装備を見ているが、マリファはそれどころではなかった。
(私の不用意な発言でご主人様のスキルが……なんて失言を)
「モーラン、いい加減にしなさい! あんたはいつもいつも」
アプリのゲンコツがモーランの頭に落ちる。その威力に地面に蹲るが、アプリはそんなモーランを無視して跨ぐとマリファに頭を下げる。
「ごめんなさいね。いつもこうなのよ。悪気はないんだけど勝ち気な子ですぐに張り合っちゃうの。
大体、6級の装備にスキルを付与するだけでも、魔玉持ち込みで1つ金貨10枚はするわよ」
ユウはさして気にしていないようで、今はスッケの耳で遊んでいる。その横ではクロが殺気の帯びた視線を『金月花』の面々へ向けていた。
エッカルトはまだ眠いのか欠伸をしながら明後日の方向を見ている。
「皆、打ち解けたみたいだし出発するか! なんか楽しくなってきたな」
お互いの自己紹介もしていないにもかかわらず、空気の読めないジョゼフが先頭を歩いて行くと皆、そのあとを渋々ついて行く。
「モーラン、こんなところで戦闘なんて嫌だからね」
ずっと黙っていたメメットが小声でモーランに釘を刺す。
「いいじゃないか。アプリもメメットもあたしと同じ考えだろ?」
「気づいていないみたいだけど、あんたがケンカを吹っかけた時に殺気が飛んできたんだからね」
「ダークエルフの嬢ちゃんにゴブリンだろ?」
「やっぱり気づいていないみたいね。
あんたが絡んだときに、杖を持ってる方の女の子からも殺気が漏れてたんだけど、一番ヤバイのは胸のでっかい女ね。私たちを本当に殺そうとしてたわ」
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