第74話 指名依頼と狂気

 都市カマーの冒険者ギルド3Fにはギルド長の部屋がある。そこにユウとレナは呼び出されていた。

 ギルド長モーフィスは樹齢500年の樹から作られた、ご自慢の椅子に座りながら葉巻を咥える。


「……早く用件を言えハゲ」


 呼び出されたにもかかわらず、一向に用件を言わないモーフィスに苛立ったレナが暴言を放つ。


「だ、誰がハゲだ! 少し人より髪が細いだけだ!

 んんっ、お前たちを呼んだのはCランク試験についてだ。

 今回、Cランク候補にラリット、エッカルト、クラン『金月花』からはモーラン、アプリ、メメット、クラン『赤き流星』からはシャムが、そしてお前たち2名の名前が上がっている。

 ラリットとエッカルトはクランに所属しないフリーの冒険者だが、経験も実力も十分にあるのでギルドからの推薦。クラン金月花の3名は王都の冒険者ギルドからの推薦だ」

「俺たちを推薦したのは誰だ?」

「お前を推薦したのはジョゼフだ。本来であれば冒険者になって2ヶ月でCランクの試験を受けるなんてないんだが、実力は十分にあるとジョゼフからの強い推薦だ。レナに関してはゴブリンキングを倒した実績からも問題はないとギルド側が判断した。

 シャムに関してはAランク冒険者デリッドの推薦だ……」

「ふ~ん。俺は受けない」

「なぜだ! Cランクになれる機会を棒に振るのか?」

「なにをとぼけてんだ。俺はとっくにCランクの資格を得ているのは知っているんだぞ。

 大体、Cランクになるのに試験があるなんて初めて聞いた。

 受付の人たちからも、すでにクエスト回数からCランクになっているのにおかしいと聞いている。

 どうせ今回の昇格試験もジョゼフ辺りが考えたんだろう」

「ぐっ。あいつら、ギルドの情報をペラペラと喋りおって!」


 ユウの言う通り、本来Cランクになるのに試験などなかった。通常であれば、達成したクエスト回数と実力さえあれば昇格するのが普通であったのだが、それでは面白くないとジョゼフが駄々をこねたために、急遽行われることになった。その情報を聞きつけた一部の者たちが、自分たちの推薦する者をねじ込んできたのが真相であった。

 しかもユウに関しては採集から素材と、連日膨大な量のクエストを達成しており、Cランクになっていないのが不思議なくらいであった。


「じゃぁ、帰るぜ」

「……時間の無駄だった。髪も薄いが内容まで薄いとは」

「待て! お前たち、最近貴族や商人達に目をつけられているそうじゃないか。試験を受けるならギルドでなんとかしてやってもいい。あと薄くはない!」

「そっちはもう解決している」

「権力者を舐めるなよ? 彼奴らの人脈を使えば暗殺ギルドから情報屋、お前らの弱みを掴むくらい造作もないぞ」   

「こっちも情報くらい集めてる。優秀なペットがいるんだよ」


 ユウは死霊魔法でアンデッドのネズミや鳥などを使役しており、その数は数十匹になっていた。24時間休みなく都市カマーを動き回るアンデッドのネズミと鳥が、ユウに絡んで来る貴族や商人たちを監視している。

 今では貴族や商人たちの知人友人から愛人隠し子まで、ユウは把握していた。


「ぐぬぬっ……わかった。では昇格試験に参加すればニーナも一緒にCランクにしてやる」

「……私もニーナも近いうちにCランクになる。もう一声」

「ダークエルフ……マリファとかいう少女をEランクに上げてやる。これが最大限の譲歩だ」

「……Eランク。Dランクにしないのが髪と一緒でケチ臭いところ」


 モーフィスが譲歩する必要などなかったのだが、ジョゼフに借りがあるために、ユウたちが参加しないとまずいことになるモーフィスだった。




「マリファちゃん、それなに?」

「ご神体です」


 マリファはそう答えると大切そうに黒い髪の毛を布で包み込み、エプロンドレスの裏側に縫い付けているアイテムポーチへ仕舞う。

 ユウたちがギルド長に呼ばれている間、ニーナとマリファは1Fで待っていた。

 もっともマリファは連日迷宮に潜った成果で、レベルが20にまで上がっていたので、2ndジョブに就くため順番待ちもしていた。


「マリファさん、お待たせしました。転職部屋までご案内します」


 前回、マリファの転職を担当した受付嬢が案内のために呼びに来る。


「ではニーナさん、行ってきます」

「行ってらっしゃ~い」


 ニーナが1人になると、機会を窺っていた男性の冒険者たちがニーナを取り囲む。


「ニーナちゃん、今日は1人なの? よかったら一緒にクエスト受けない」

「ふざけんな! お前なんかと一緒にクエスト受けたら、なにされるかわかったもんじゃねぇ!

 それよりさ同じ斥候職の俺と一緒にクエスト受けない?」

「バッカ、なにも知らないんだな? ニーナちゃんの1stジョブはシーフだが、2ndジョブは暗殺者なんだよな~。ここは重戦士の俺と一緒に前衛の経験を深めない?」


 普段はユウという鉄壁の壁があるために、なかなか話しかける機会がない男性冒険者たちが、これ幸いにと群がるのでニーナは慌てる。


「あ、あの~ユウを待ってるんでいいです」


 慌てて手を振るう度に、ニーナの豊満な胸が動き回り男性陣の鼻の下が伸びる。

 それを周りの女性冒険者たちと受付嬢たちが冷めた眼で見ていた。


「ほんとこいつらしつこいよね? ニーナちゃんが困ってるだろうが。

 ねね、ニーナちゃんは、なんで2ndジョブを暗殺者にしたの? ニーナちゃんのイメージならシーカーかトレジャーハンターなんだけどな」

「あ~それは欲しいモノ・・があったんですよ。えへへ~」

「へ? 欲しい物? それなら、なおさらシーカーとかのほうがよかったんじゃ?」




「コレット、見なよあの男たちのだらしない顔を。あれが都市カマーの誇る冒険者だっていうんだから情けないよ」

「はは……確かにちょっとかっこ悪いですよね」

「それはそうと。コレット、あたしに隠しごとしてないかい?」


 そう言うとレベッカは、コレットの腰を掴んで逃げられないようにする。


「な、なんのこと……ですか」

「ふ~ん、そんな態度取るんだ? あんたがこの前、西門の外を歩いているのを見たんだけどね」


 レベッカの言葉にコレットの頬を汗が流れ落ちる。


「や、やだな~、私だって外壁の外を歩くことくらいありますよ」

「あんたの横を立派なブラックウルフたちが一緒に歩いていたんだけどね。あたしは最初魔物にでも襲われてるんじゃないかって心配したら、よく見りゃブラックウルフたちは首輪をしてるし、あんたは嬉しそうにブラックウルフを撫でてるしさ。

 そこでぴ~んときたんだよ。西門から少し歩けばある屋敷があるのをね。そうそう、マリファって子は調教士のジョブを持っていたわね。ギルドの外でお座りしているのも、偶然・・ブラックウルフだね?」

「は、はわわっ……レ、レベッカさん」

「なんだい? そうそう、あんた最近腹回りがふっくらしてきたんじゃないのかい?」

「じ、実はこれには事情がありまして。そう! ユウさんの屋敷の契約書を作成してお渡しするために仕方なくですね」

「へぇ~、それでなにを食べてきたんだい?」


 レベッカは笑みを浮かべていたが目が笑っていなかった。


「ホ、ホットケーキなる物を頂きました……」


 コレットからホットケーキの詳細を聞いたレベッカは、口から思わず涎が垂れそうになるのを慌てて拭った。


「このことを他の受付嬢が知ったらどうなるだろうねぇ」

「ヒッ! お、おお、お願いします! どうかこのことは」

「そりゃ、あんたの心掛け次第だね」


 後日、コレットはユウに頼み込んでホットケーキを用意するのだが、不自然なほどご機嫌なレベッカに不信を抱いた他の受付嬢の尋問というなの拷も……問い詰めに屈したレベッカが喋ってしまい。第1回コレット審問会が開かれることになる。 




「ねぇ。もう一度、考えなおさない?」


 アデーレは前回と同じ言葉をマリファに言うが、マリファの意思は鋼の如く変わることはなかった。

 今回、マリファが選んだ2ndジョブは――


「女性冒険者で『虫使い』を選ぶ人なんていないから。大体、なんで『虫使い』なんて選ぶのよ」

「ご主人様がこの前大森林に行った際に、ジャイアントビーの巣を見つけて飼育できないかと仰っていましたので」

「は? まさか……それが理由? 嘘でしょ……」


 虫使いをジョブに選ぶ者はほとんどいない。それは虫使いのジョブに就いている者が少ないうえに、数少ない虫使いたちが虫の使役方法を秘匿しており、後進が育たないのが理由であった。なにより女性のほとんどは虫が嫌いだ。


「嘘ではありません。私にとってはご主人様が最優先事項です」


 今回もアデーレが折れる形になり。マリファは無事2ndジョブに就くことができた。

 マリファがロビーへ戻ると、ニーナが男性冒険者たちに囲まれているのが見えたが、絡まれているのではなくニーナのご機嫌取りをしているだけとわかるとひとまず安心するが、ギルドの入り口から自分を見ている視線を感じて目を向けると、そこには見るからに貴族の出で立ちの3人組がいた。




 冒険者ギルドから少し離れた裏通り。人の行き交いもなく静けさが漂っていた。


「私になにか御用でしょうか」

「なんだその態度は奴隷風情が」

「サーテット、落ち着け。私たちはゴルーバード様に仕える者だ」

「ゴルーバード子爵様の騎士様ですか」


 サーテットと呼ばれた貴族は、今にもマリファに掴みかかる勢いだったが、マリファの傍にいるコロが唸り声を上げると、睨みながらもマリファから離れる。スッケはマリファの後ろに隠れていた。


「最近、ゴルーバード様の様子がおかしい。ゴルーバード様がお前の主、ユウ・サトウと接触しようとしていたのは知っているな?」

「知っていればどうしますか」


 マリファの態度にもう1人の貴族が声を荒げる。


「お前の薄汚い主が、ゴルーバード様になにかしたのはわかっているんだ! さっさとお前の主をここまで連れてこいっ!」

「ボルフィム、お前まで興奮してどうする。私たちの用件はユウ・サトウをここに連れてきてほしい。正式に会おうとしたが、度々邪魔が入るのでこのような手荒な真似をさせてもらった」  

「……い? 私……の、ご主人様が……薄汚い?」

「どうした? 聞こえているだろう」

「ベルント、もういいだろう! 私たち貴族がなぜ奴隷に願わなければいけないのだ!」


 次の瞬間、ボルフィムの目と鼻の先にマリファが立っていた。


「私のご主人様が薄汚い? 塵芥以下のゴミ共が。薄汚いだと……ゴルーバード子爵の様子がおかしい? 自業自得だ。ゴミが分もわきまえずに! 蝿が飛び回るから叩き落とされる!

 私の神を侮辱したお前は、死を願うほど苦しめてから殺してやる」


 マリファの豹変にベルントは驚いて動きが止まったが、サーテットとボルフィムは怒気に顔を染め剣を抜き放つ。マリファはすでに精霊魔法の準備をしており、コロは今にも飛びかかろうとしていた。


「ホッホ、これはこれはゴルーバード様に仕える三騎士が、こんな所にお揃いとはどうされました?」

「き、貴様、どうしてここに。まさかムッス伯爵も」

「はて。老人とは静かなところを好むものですよ? それにしても騎士ともあろう人たちが、いたいけな少女を囲んでなにをされているのでしょうか?」

「貴様には関係ない! これは我々とユウ・サトウの問題だ」


 ヌングはいつもと変わらぬ、静かな足取りで近づいて行く。


「ムッス様よりゴルーバード様には、ユウ・サトウに近づかないようお伝えし了承していただいているはずですが、これはゴルーバード様の指示なんでしょうか」

「そんな……わけないだろう、我々の独断だ」

「左様でございますか。ではお引取りを、これ以上の干渉はゴルーバード様のお立場を悪くするだけで御座いますよ」


 3人は納得がいかないようでヌングを睨んでいたが、それはマリファも同じだった。3人を誰にも気づかれることなく殺害しようとしていただけに、ヌングの登場に苦虫を噛み潰したような表情になる。


「ふむ。マリファさん、どうやらこの方たちはここを動きたくないようなので、私たちが移動しましょう。

 ユウ様もマリファさんがこのまま戻らなければ心配されるでしょう」

「……かしこまりました」


 さすがにユウの名前を出されると、マリファも逆らう訳にはいかなかったのでヌングのあとをついて行く。 




「なぜ、このタイミングでヌングが現れるんだ!」

「監視されていたのかもしれないな」

「こんな面倒なことをせずとも、力尽くでいけばよかったのだ!」

「サーテットの言うとおりだ! ユウ・サトウなど所詮は薄汚い冒険者、腕の1本でも斬り落とせば泣いて言うことを聞――――カペッ!?」


 ボルフィムの目の前にはサーテットとベルントがいたはずなのに、いま目の前にいるのは女だった。それは見覚えのある女だった。ユウ・サトウとパーティーを組んでいる――ニー……そこでボルフィムの意識は途絶えた。

 サーテットとベルントの目は、これでもかと見開かれていた。自分たちの目の前にいたボルフィムの首が一瞬でねじ折られたからだ。


「貴様っ!」


 サーテットが剣を振り降ろすが、ニーナの動きはさらに速かった。


「ごめ~んね」


 サーテットが剣を振り降ろしている途中だったが、ニーナはすでに後ろに回り込み頭を掴んでいた。次の瞬間には暗殺技LV2『廻折』で、ボルフィム同様に首をねじ折っていた。

 

「誰の……命令だ? ユウ・サトウの命令……なのか?」

「えへへ~、違うよ? だってあなたたち、ユウにひどいことする気だったでしょ?」

「こんなことをして只では済まないぞ。そ、そうだ! ユウ・サトウも貴族に手をかけた罪で極刑は免れない! わかっているのか!」


 ベルントの言葉が聞こえているのか聞こえていないのか、ニーナは無表情のまま顔を真横に傾けてベルントへ近づいて行く。その異様な光景と雰囲気にベルントは恐怖する。


「来るな! 来るんじゃない! だ、誰か! 誰かいないのかっ!?」


 人気のない通りを選んだことがベルントたちの失敗だった。ベルントの叫び声も表通りの喧騒がかき消す。

 ニーナはゆっくりベルントに近づくとベルントの眼を覗き込む。


「ユウにねぇ~、ひどいことする人たちは~、私がぜ~んぶ、消すんだよ。わかった?」

「やめ……ろ、わかった、もうユウ・サトウには……関わらない、このことも誰にも話さない……だから殺さないで。あぁ、嫌だ」


 ニーナはベルントの頭に手をかけると、ゆっくりと力を込めていく。ベルントも抵抗しようとニーナの腕を掴むが、びくともしない。ベルントのレベルは23、ジョブは1stジョブが戦士、2ndジョブが騎士の前衛職だったが、装備のスキルや装飾の鬼の腕輪と竜の腕輪で強化されているニーナの腕力には、まったく敵わなかったのだ。


「嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ。止めてぐ、ぐぐれ゛ぬ゛ぬ゛だれ゛が、だずげげ……」


 最初は鈍い音が響き渡り、最後に乾いた音が鳴り響くとベルントは動かなくなった。

 ニーナは3人の遺体をアイテムポーチへ仕舞うと、何事もなかったかのように冒険者ギルドへ向かって歩いていくのだった。

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