第71話 最強のDランク冒険者
「……ニーナ、怒ってる」
食卓で頬杖をついているニーナの顔は明らかに不機嫌だった。
その原因は――
「うまいっ! ビッグボーの肉は何回か食べたが、これは別格だな。なんて柔らかいんだ」
「ビッグボーの肉はすぐに固くなるので、ここまで新鮮な物はなかなかございませんね。これでは私が持って来た。ウードングリズリーの肉も見劣りしますね」
ムッスは絶賛しながら、ビッグボーの肉を優雅に口へ運んでいく。ヌングがそんなムッスを嬉しそうに目を細めて見ている。
そもそも、なぜムッスたちと食事を一緒にしているのか。それはユウたちが冒険者ギルドで素材を売却し屋敷へ戻ると、門の入口でムッスとヌングが待っていたからだ。
庭で放し飼いのブラックウルフたちがいるために、中には入らなかったようだ。ブラックウルフたちの反応も門の傍で尻尾を振っている者、警戒して唸り声を上げる者、興味がないのか背中を地面に擦りつける者など様々だ。
ユウたちが帰って来ると、ブラックウルフたちは一斉に嬉しそうに鳴き声を上げながら寄って来る。
「やあ、待ちかねたよ」
友人にでも話しかけるかの如く振る舞うムッスに、静かに会釈をするヌング。
「なにか用か?」
「仮にも貴族で伯爵の爵位を持っている僕に対して、そんな態度を取るのはよくないよ?」
ユウはムッスを無視して門を開けるとブラックウルフたちが群がって来る。ニーナはユウの背後に立つと、なぜかユウの臀部を守っていた。
「他の貴族たちを抑えるのは苦労したのにな~」
ムッスがユウたちに聞こえるように大きな声で独り言を言う。
「どういう意味だ?」
「ふふ、その辺は食事でもしながら話そうじゃないか」
「ユウ様、良い肉と魚が手に入りましたので食事でもどうでしょうか。こう見えても料理には少々自信があるので、期待していただいてもよろしいですよ」
ムッスとヌングは勝手に話を進めながら、当然のように門を潜り入って来る。
ブラックウルフたちはユウとマリファの顔を窺うが、マリファが目配せするとブラックウルフたちは意思疎通でもしたかのように頷き、ユウへのじゃれつきを再開する。まったく意思疎通できていなかった。
ムッスは庭で栽培している薬草や魔力草を眺めながら、どうでもいい話をしながら居間まで入って来ると、ヌングに命じて食事を作らせる。ユウの傍で待機しているブラックゴブリンのクロを見ても、少し目を見開いただけで特に気にするでもなく、ユウたちに延々と話しかけてくる。
ムッスの恐ろしいところは延々と話し続けているにもかかわらず、会話自体に不快感を覚えないことだった。気づけば最初は警戒していたニーナですら、いつの間にか普通に会話していた。
そうこうしているうちにヌングが作った食事が並べられると、ムッスは食事を始める。ヌングはムッスの横に立っており、マリファも見習うかのようにユウの横に立つ。
「いつまで食ってんだ。いい加減に話せ」
いつまで経っても肝心な話を始めないムッスにユウが苛つく。ユウだけはムッスの所持するスキルを知っているので、警戒を解かずにムッスの会話に引き込まれることはなかった。
「ふぅ~食べた食べた。
それにしてもこの家の食器はもしかしてユウの手作りかい? 今度、僕にもナイフとフォークを作ってほしいな。庭で栽培している薬草と魔力草も、普通であれば栽培に向いていないにもかかわらず見事に繁殖していたね。僕の庭でも栽培してよ。お礼に庭で栽培しているハーブをあげるからさ。
ああ、貴族の話だったよね? 簡単な話だよ。囲い込みさ。貴族であれば優秀な人材は自分の手元に集めておきたい。それがランクも低くまだ知れ渡っていないとなればなおさらにね。
冒険者ギルドは必死に隠しているみたいだけど、ゴブリンキング討伐、ポーションの販売、冒険者ギルドの受付嬢を餌付けしているって話まであったよ。今日聞いた噂だと、オーガ十数体を黒魔法第1位階の魔法で皆殺しにしたってのもあったかな。
僕が知ってるだけでもゴルーバード子爵、ペリット男爵が君の情報を
「冒険者は冒険者ギルドに所属しているが基本的に自由のはずだ」
「もちろん大小様々な国々が認めているが、実際はそう甘くない。貴族や商人が権力、金、女、物、ときには脅迫などで優秀な冒険者を手に入れるなんてざらにある話だよ。Dランクの君たちに抗う力はあるかな?」
「……サムワナ王国」
ウードングリズリーのステーキを頬張っていたレナが、ムッスと目も合わさずに呟く。
「あるBランク冒険者を力尽くで召し抱えようとして、兵千人を送り込んだが全滅した国だね」
「……冒険者に国家権力は通用しない」
「その冒険者と君たちじゃランクがまず違う。Bランクであれば男爵の地位を与えられるうえに、その話で出てくる冒険者は大手クランに所属していた。龍の旅団というAランク冒険者が7名もいる強者の集団だ」
ムッスはそこまで言い切るとユウの反応を窺った。怒り、恐れ、動揺、不快どのような状態か確認するためだったが、ユウの表情はそのどれでもなかった。
ユウは嗤っていた。
それは虚勢や傲慢といったものではなく。見るものに恐怖を与える類のものであった。
館への帰路の途中でムッスはユウのことを考えていた。
「あの表情はなにを考えてたんだろうね?」
「恐らく自信があるのでしょう」
「自信? 貴族や商人たちの圧力を跳ね返す? それとも――」
「全てでしょう。実際、ユウ様であれば先ほどのお話で出てきた『サムワナ王国の悪夢』と同じことができるでしょう」
ヌングの言葉にムッスはわずかに動揺した表情を浮かべる。
「誇張ではありません。今日、改めて身近で接しましたがジョゼフ様を思わせる威圧感。
近い将来Aランク冒険者になる逸材と思っていましたが、すでに匹敵する実力を兼ね備えている可能性があります」
「ますます欲しくなったな。ユウを手に入れて
それとあのゴブリンはどう思う? 黒いゴブリンなんて聞いたことも見たこともないんだが」
「私も初めて見る種でした。希少種か突然変異なのか。強さはランク4の中位程度と思われます」
日も落ち街道を歩く二人の周りは闇に包まれていた。
ヌングは光を放つ魔道具を掲げながらムッスを先導する。その少し先で3つの人影が現れる。
「ムッス様、少々お下がりください」
都市カマーが比較的安全なのは、周囲を囲む外壁と冒険者が日々、魔物を狩るのが主な理由であったが、夜になると話は変わってくる。魔物の活動が活発になり街道であっても、ゴブリンやオークなどが森から現れて人々へ襲いかかる。
ムッスたちの前に3匹のオークが現れたのも、人間が放つ匂いを嗅ぎ取ってのものだったが、オークたちの失敗は襲う相手を間違えたことだった。
鼻息荒く襲いかかろうとしたオークたちは、足が前に進まない違和感に気づく。違和感は足が動かないことだけではない目線がおかしい。なにしろ地面が自分の首の辺りにあるのだ。しかし首は動かないので目だけをなんとか下に向けると――そこで気づく。自分たちの首から下がないことに。
オークたちは自分たちの頭部を一瞬で
「相変わらず良い腕だね。今頃、血が吹き出してるよ」
「お恥ずかしい。稚拙な技です」
リコリスの酒場。都市カマーでもお手頃な値段と味で多くの冒険者が集う人気の酒場だ。今日も多くの冒険者が集い、各々の武勇伝を大声で語っていた。
「それにしても今日だけは死んだと思ったな」
「違いない! バポルの罠の解除に期待した俺がバカだったぜ」
「うっせ! 俺にだって失敗の一度やニ度はあるわっ。それよりブリット、ギルドで言ってた話は本当なのかよ」
「ぷはぁっ、本当だって何回も言ってるだろうがっ」
クラン『鋼』のブリットはエールを勢いよく飲み干すと捲し立てる。
「ユウって坊主が、ストーンブレットでオーガ十数体を一瞬で皆殺しにしたんだって。
いや~見せてやりたかったね。俺は死を覚悟してたんだけどよ。ユウは取り乱した様子もなく俺の横に来ると、詠唱もせずにストーンブレットを発動させたんだ。ユウの仲間も落ち着いたもんで、黙って休憩し続けてるんだからたまげるよな。
最初の1発がオーガの胸に当たると、小さな石礫が当たったとは思えないほどでけぇ風穴が空いてよ。たった一発でオーガは即死よっ! 残りのオーガも数分で皆殺しだってんだから笑えるよな」
「いやいや。笑えねぇよ! おまっ、ストーンブレットは第1位階でも初歩の魔法だぞ。そんな魔法でオーガを皆殺しって何者だよ」
「へへっ、だけど本当なんだぜ! 今回の礼に食事でも誘おうと思ってんだ。しかもクランには入ってないそうだ」
ブリットが自分の手柄のように気持ちよく喋っていると、隣の席で飲食していた冒険者の1人が鼻で笑った。運悪くブリットの耳がその嘲笑を拾ってしまう。
「おい。なにか可笑しいことでもあったのか?
ブリットは挑発するように冒険者たちに言い放つ。隣の席にいた冒険者は全て女性だった。
「ホラ吹いてんじゃないよ。そんな凄腕の後衛職がいれば、今頃貴族や商人に大手クランから引っ張りだこさ。しかもDランクだって言うじゃないか。Dランクの後衛職が1人でオーガ十数体を皆殺しなんて、誰が信じるって言うんだい」
「いや、ユウは後衛職じゃないぞ」
「っ!? は、はは、あはははははっ!! 前衛職よりでしかも魔法は後衛職以上だって言うのかい? そんな化け物がいるんなら会ってみたいものだね」
「モーラン、いい加減にしなさい。皆さん、うちのモーランが失礼いたしました。私たちはクラン『金月花』に所属する冒険者です。
普段は王都で活動しているんですが、盟主から見聞と良い経験になるからと、最近都市カマーに来たばかりなんです」
クラン『金月花』は女性だけで構成されているクランだ。盟主を務めるアニタ・ローゼル自身はCランク冒険者で若手の中でも有望株の1人である。
アプリは再度モーランを叱ると頭を下げる。
「アプリ、謝る必要なんてないよ。こいつがホラ吹くのが悪いんだよ」
「モーラン、本当に怒るわよ?」
アプリの冷たい視線を受けるとさすがにモーランも黙り込んだ。
「あ、ああ。わかってくれればいいんだよ。俺だってこんな話信じろって言う方が、無理なのはわかってるからよ。
でも本当なんだぜ? ユウはダマスカスの鎧に武器は剣だったから、後衛より前衛よりの冒険者のはずだ」
「そうですか。メメット、あなたなら同じことができる?」
一心不乱にビーフシチューを食べていたメメットは、突然話を振られて咳き込む。
「けほっけほっ、急に話を振らないでよ。オーガをストーンブレットで倒すんだっけ? 無理に決まってるでしょ。
そりゃ私だってオーガの1~2匹くらい魔法で倒せるけど。ストーンブレット限定なら無理。込める魔力の量でストーンブレットの石礫は大きくなって威力も上がるんだけど、話を聞く限り――」
「ユウのストーンブリットはどんぐり程度の大きさだったな」
「んじゃ無理。どんぐり程度のストーンブレットなんて話にならないわよ」
「ほらっ! メメットもそう言ってるじゃないか! 無理なんだよ。私は悪くないよ」
加勢を得たとばかりにモーランが勢いづくが、アプリが頭にゲンコツを落とすと大人しくなった。
「でも本当にどんぐり程度の大きさのストーンブレットで、オーガ十数体を皆殺しにしたうえに前衛職よりかぁ。しかもDランク冒険者なんだよね? Dランク限定ならウードン王国最強なんじゃないかな」
メメットの言葉に全員が沈黙し、普段は賑やかなリコリスの酒場の一角が鎮まりかえった。
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