第70話 マリファ 初迷宮④
Dランク迷宮『ゴルゴの迷宮』、219年前にCランク冒険者ゴルゴ・バッファリが発見したことからその名を付けられる。
それまで都市カマー周辺にはBランク迷宮『腐界のエンリオ』しかなく、一部の高ランク冒険者しかいなかった都市カマーの冒険者ギルドにはそれ以降、田舎から一旗揚げようと駆け出しの冒険者が集まるようになる。
Eランク冒険者で地下1F~地下9F、地下10Fのボスに挑むのは自殺行為。Dランク冒険者でも地下10Fにいる名前持ちの魔物に返り討ちになる者も多く、冒険者ギルドでは地下10F以降の攻略にはDランク冒険者かつレベル25以上で、最低でも5人パーティー以上を推奨していた。
全30層の迷宮を攻略すれば、冒険者の中でも一人前と認められる。
この日、新たにゴルゴの迷宮を最年少で攻略するパーティーが誕生する。
ゴルゴの迷宮地下30F、迷宮最深部で戦っている者たちがいた。
地下21F以降はオーク系の魔物が中心となる。必然的に地下30Fのボスもオーク系だった。
「ブオ゛オ゛オオオオオォォォッ!」
名有りのオークジェネラルがスキル『咆哮』を放つが、オーガ(亜種)から咆哮をすでに受けた経験から、レナとマリファは耳を押さえながら距離を取る。
「ごめ~んね」
ニーナが固有スキル『魔導*地』を発動させ、一気にオークジェネラルの懐まで潜り込むと、短剣技LV1『クリティカルブロー』を両手で同時に放つ。オークジェネラルの全身を覆う鋼鉄の鎧の隙間を狙ったが、オークジェネラルの分厚い皮膚と筋肉がミスリルダガーとダマスカスダガーの刃を食い止める。
「……ニーナ、どいて」
レナの声にニーナがオークジェネラルから離れようとするが、食い込んだダガーは筋肉で締めつけられ抜けないため、ダガーから手を放して距離を取る。
ニーナとオークジェネラルの距離が開くと同時に、レナの黒魔法第3位階『轟炎』が放たれる。
「グオオ゛オ゛ッ」
オークジェネラルが全身を火だるまにされるが、鼻から勢いよく空気を吸い込むとスキル『ブレス』を吐き出す。炎を吹き消すが全身から黒煙が立ち昇る。
「……しつこい」
「レナ~私の短剣を黒焦げにしないで~」
情けない声を出すニーナだったが、素手のニーナをチャンスとばかりに、取り巻きのオークソルジャーたちが襲いかかる。
雄叫びを上げながら迫り来るオークソルジャーたち目がけて、マリファが弓を放っていく。放たれた矢はスキル『強弓』と風の精霊魔法の効果もあり、オークソルジャーの皮膚に弾かれることもなく突き刺さる。
1匹のオークソルジャーが刺さる矢も気にせず、ニーナ目がけて鋼鉄の戦斧を振り下ろす。鋼鉄の戦斧の重量にオークソルジャーの膂力も相まって、轟音を出しながら迫り来る戦斧を、ニーナは素手で受け流す。
普通であれば前衛職とはいえ、シーフと暗殺者の斥候職では筋力上昇の恩恵が少ないため、力負けをし受け流すことなどできないのだが、ユウの付与魔法に、ニーナが装備している『鬼の腕輪』と『竜の腕輪』の効果により、戦士系に匹敵する膂力が今のニーナにはあった。
人間の少女に容易く戦斧を受け流され、驚愕の表情を浮かべるオークソルジャーに向かって、ニーナは首を掴むと暗殺技LV2『廻折』で首をねじ折る。オークソルジャーの首が一回転し、自身の状況を把握できないまま口から泡を吹いて倒れる。
「ブヒィ゛ィ゛ッ!」
仲間を殺られたことに激昂したオークソルジャーたちが次々に襲いかかるが、ニーナは落ち着いてアイテムポーチから予備の武器であるソードブレイカーと黒曜鉄のダガーを取り出すと、作業のように切り刻んでいく。
仲間が次々と切り刻んでいかれる姿に、恐怖を覚えたオークソルジャーが逃げ出すが、マリファの放った矢が眼球から脳髄まで達し絶命する。
「……パクリ」
「違います」
「……マネした」
「してません」
「……お姉ちゃんって呼んでもいいよ」
「呼びません」
マリファの矢に風を纏わせて放つ技は、実はレナの結界に属性を付与する姿から思いついた技だった。マリファは気遣ってくれるレナに感謝はしていたのだが、1歳しか年が変わらないレナがお姉さん振るのを受けつけずに、反発していた。
「余裕見せてる場合か。オークジェネラルはまだピンピンしてるぞ」
ユウの言うとおり、オークジェネラルはピンピンしており、取り巻きのオークソルジャーたちを殺されて怒り狂っていた。
オークジェネラルは脇腹に刺さった、ミスリルダガーとダマスカスダガーを引き抜く。傷口からは血が流れ出すが、分厚い皮膚で守られていたために出血は少なかった。
オークジェネラルは流れ出る血も気にせずに黒曜鉄の鎚を握り締めると、咆哮を上げながらニーナに突進する。
オークジェネラルは振りかぶると槌技LV3『圧潰』を発動――さすがに名有りのオークジェネラルとオークソルジャーでは膂力が違いすぎるうえに、LV3の槌技まで使われたのでニーナも受け流さずに躱して斬りつける。
黒曜鉄の鎚と地面が接触した場所を中心に、半径5メートルほどが陥没し亀裂が走っていく。その威力からニーナたちが喰らえば一溜りもないのがわかる。その証拠にニーナの額から冷たい汗が流れ落ちる。
「……ニーナ、炎や雷も皮膚を伝ってあまり大きな効果を期待できない」
レナは冷静にオークジェネラルの戦力を分析し、なにが有効かを考える。
マリファも矢を放つが、オークジェネラルの鎧や皮膚に阻まれて弾かれていた。
「レナ~、雷轟の準備してて」
ニーナはそう言うとオークジェネラルに向かって走りだす。オークジェネラルはニーナに向かって黒曜鉄の鎚を横殴りに振るが、ニーナは伏せて躱すと斬り掛かる。
近距離では黒曜鉄の鎚を満足に振ることもできないために、オークジェネラルは防戦一方になる。手数で圧倒するニーナの攻撃に、我慢できなくなったオークジェネラルが大きく振りかぶると、その隙を待っていたとばかりにオークジェネラルの脇腹の傷口目がけて、ニーナは短剣技LV2『デッドスタブ』を放つ。
同じ傷口をソードブレイカーで抉られて、オークジェネラルも堪らず叫び声を上げる。
「今だよ~」
どこか間の抜けた声だが、レナはニーナの狙いに気づきソードブレイカー目がけて、準備していた黒魔法第3位階『雷轟』を放つ。
分厚い皮膚で守られていたオークジェネラルだったが、ソードブレイカーを伝い雷轟が体内を駆け巡るのには耐えられず、仰向けに倒れる。
「グ、ガァ゛……ァァ」
「まだ生きてるのか」
ユウはオークジェネラルの眼を覗き込みながら、『槌技LV4』『身体能力強化LV3』などのスキルを奪っていくと首を刎ねる。
「うわ~ん、私の武器がドロドロだよ」
ニーナの武器はオークジェネラルの体液でドロドロに汚れていた。
「……ニーナの武器は犠牲になったのだ」
「ニーナさん、かわいそう」
「なってない。なってないからね。洗えば大丈夫だから!」
ニーナたちの会話を聞き流しつつ、ユウはオークジェネラルから素材や魔玉を剥ぎ取っていく。
「ユウ~、宝箱が出たけど私が開けていいの?」
「ああ、ニーナかレナが開けてくれ」
今日のユウは、迷宮で出る宝箱は一切開けていなかった。迷宮で現れる宝箱の中身が最初から決まっているのか。それとも開ける者によって中身が変わるのかがわからなかったので、運の1番高いニーナかレナに開けさせていた。
名有りのオークジェネラルからは、予想通りランク4の完全な魔玉が取れて、ユウがアイテムポーチに仕舞おうとすると視線を感じる。
「なんだよ」
「……ミスリルの杖にスキル」
どうやら、レナは以前ニーナの武器にだけスキルを付けたのを覚えていたようで、ユウにスキル付与を強請っているようだった。
「俺が付与できるので後衛職向けなのは魔力強化、詠唱速度上昇、消費MP減少、MP回復速度上昇、魔法耐性上昇、どれがいいんだ。
消費MP減少だと、ランク4の魔玉だから1個しか付けられないぞ。それ以外なら2個だな」
「……っ! いいの?」
ユウは以前、次に武器を買い替え完全な魔玉を入手できれば、レナの武器に付与すると決めていたので、問題はなかった。
珍しくレナが頬を赤くし、興奮して握り締めたミスリルの杖をユウへ渡す。
「……魔力強化は元々付いている。詠唱速度上昇とMP回復速度上昇」
ユウは受け取ったミスリルの杖に早速スキルを付与する。
スキルを付与されたミスリルの杖を受け取ったレナは、よっぽど嬉しかったのかその場でクルクル回る。
「……大事にする」
「高価な杖を2本も贅沢です」
マリファは分不相応な武器に嫉妬とも受け取れる態度だ。
「ユウ~、宝箱の中身は宝石だったよ~」
剥ぎ取りと宝箱の回収が終わると、ユウたちは転移石で外に出て冒険者ギルドへと向かう。
「皆さん、こんばんは! 今日はどういったご用件ですか?」
ユウたちが冒険者ギルドに着くと、すでに辺りは暗くなり始めていた。コレットはユウたちの持ち込んだ素材が多いと聞くと、いつものカウンターではなくクランなどが大量に持ち込んで来るときに使用する大部屋へと、ユウたちを案内する。その際に手伝うと言って二人の受付嬢がしれっと、ついて来た。
持ち込まれた素材の量と質に、コレットたち受付嬢の顔が徐々に強張っていった。
「サラマンダーの鱗にポイズングリズリーの爪に、こっちはオーガの皮が大量ですが酷くボロボロですね。こ、これはオーガ(亜種)の皮、こっちはオークソルジャーの皮に……な、名前付きのオークジェネラルの皮っ! まさかゴルゴの迷宮を攻略したんですかっ!?」
オーガの皮はボロボロだったので量はあったが銀貨30枚ほどだった。
「やっとですが攻略することができました」
「やっと? とんでもないですよ! ユウさんたちが都市カマーに来てから、まだ2ヶ月も経ってないんですよ? もしかしたら最年少記録かもしれません」
興奮したコレットがユウに迫るが、マリファが間に入って止める。コレットの後ろで受付嬢2人もうんうんと同意していた。
「失礼いたしました。つい興奮して……買い取り額ですがオーガの皮、オーガ(亜種)の皮、サラマンダーの鱗、ポイズングリズリーの毛皮・爪・肝、オークファイターの皮・肝、オークソルジャーの皮・肝、オークジェネラルの皮・肝、銀の短剣、最後に宝石がクリスタルが2個にアイオライトとアクアマリンが1個ずつで、金貨45枚と銀貨4枚になります」
素材の量にコレットも2人の受付嬢も汗だくになっていた。
買取額の半分は宝石だったので、この世界でも宝石の価値は高いのだとユウは思った。
汗だくになってまで鑑定をしてくれたコレットたちに、仕事といえど悪いと思ったユウは小瓶を取り出す。中身は苺で作ったお手製のジャムである。
「これよかったらどうぞ」
「こ、こ、これは?」
「苺のジャムです。パンにつけて食べてみてください。結構おいしいですよ」
ユウはお礼を伝え頭を下げると部屋を出て行く。
「ユウさん、ありがとうございます……ってなにしてるんですか! 私がいただいたんですよ」
「キャーッ! これ、もしかして大森林でしか採れないルビーストロベリーじゃない。手作りなのかしら」
「嘘っ! ルビーストロベリーのジャムなんて、モンペット商会で買えば半銀貨5枚はするわよ」
ユウたちが帰ったあとに、1瓶しかない苺ジャムを巡って3人のうら若き乙女の争いが起こっていようとは、苺ジャムを渡したユウですら思わなかった。
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