第65話 神様に忠誠を!
「まず嬢ちゃんのダガーだが、普通の鍛冶屋ならミスリルをミスリルダガーの刀身部にしか使わない。いや鍛冶屋によっちゃ黒曜鉄なんかと混ぜて使うこともあるが、このミスリルダガーは柄・刀身・柄頭・握り・鍔、全部ミスリルだ! ガハハッ、俺もこんな贅沢な使い方したのは初めてだぜっ! もちろんダマスカスダガーも同じ様に全てをダマスカス鋼で造りあげている!
次にちっちゃい嬢ちゃんの杖だ。坊主の依頼どおり造ったが、これじゃ杖ってより棍だぞ」
冒険者ギルドを出て、依頼していた武器を取りにウッズの店まで来たユウたちだったが、そこには満面の笑みで店内へ入るように手を振るウッズがいた。
店内に入ると、ところ狭しと商品が並べられており、武具の形状や材質にウッズならではの拘りが感じられる物ばかりだった。
店の奥にあるカウンターを抜けてさらに奥へ進むと、そこは作業場のようで造りかけの武器や使い込まれた鎚や金床があった。
机の上にはユウが依頼していた武器が並べられており。そこからは上記のようなウッズの薀蓄が始まった。
ユウ、レナ、マリファはウッズの言っていることを半分も理解できなかったのだが、ウッズの嬉しそうな表情から満足のいく仕事をしたと判断した。
ニーナに関しては先ほどの伯爵のことが気になるのか、う~う~唸りながらユウの周りをグルグル回っていた。
「いいんだよ。その杖はそれで完成じゃないから」
「ふむ。なにか考えがあるんだな。
次に坊主の剣だが、素材は鉱物が豊富に取れるウルミー鉱山でも少量しか採れない蒼鋼鉄で造り上げた大剣だ!
蒼鋼鉄には特殊な効果があってな。この剣は幽体系の魔物にもダメージを与えることができるぞ!
今はゴルゴの迷宮に行っているそうだが、ゴルゴの迷宮の次だと大森林の中層かBランク迷宮『腐界のエンリオ』になる。お前たちのレベルだと腐界のエンリオ上層部で狩ることになるだろうが、あそこはアンデッド系の魔物がそれこそ腐るほど出てくる。きっとこの大剣が役に立つはずだ」
「へぇ、最初からスキルが付いているのか。
おっちゃん、ありがとう。
そうだ。マリファも迷宮に潜るから武器と防具を見繕ってよ」
「こっちの嬢ちゃんは弓を使ってたな。よし待ってろ」
ウッズは店内に行きしばらくすると弓と防具を抱えて戻ってくる。
「この弓は元はエルフが使ってたんだが、買い換える際に買い取った物だ。エルフとダークエルフは犬猿の仲だが、同じ弓を得意としているだけに相性はいいはずだ。
防具は弓を使うんだから軽いレザー系の防具を持って来た。レザージャケット・レザーブーツ・レザーガントレット、初心者向けだがどれもしっかりした品だ」
ウッズは他にもロングボウ・鉄の弓・鋼鉄の弓なども持って来るが、結局ユウは最初に進められたエルヴンボウを選び、防具に関してはレザー一式を購入することにした。
「おっちゃん、それにしても相変わらず客がいないな」
「うるせぇっ、俺は客を選ぶんだよ」
「そんなに暇なら俺の専属になってよ。これからも素材持ち込みで制作依頼するからさ」
「坊主のクセに専属だと? 生意気言ってんじゃねぇぞ。まぁ時間はあるから良い素材が手に入れば持って来い」
ウッズの耳を見れば赤くなっているので、これはウッズなりのごまかし方であった。
ユウが周囲に視線を向けると、レナはミスリルの杖を凝視しながらなにやら呟いている。マリファは弓を引き、弦の強さを確かめていた。ニーナは相変わらずユウの周りで警戒しながら回っていた。
ユウがカウンターの裏側に大事そうに包まれている品に目を向けると、ウッズが気づき気まずそうに目を逸らした。
「おっちゃん、それ」
「こ、これか? これはな~あの、そのなんだ。ミスリルの鎚と金床だ」
ウッズはユウから手に入れたミスリルのフルプレートアーマーからミスリルダガー、ミスリルのローブ、ミスリルの杖を造り、残りのミスリルに関しては売却せずに自分で使う鎚と金床を造っていたのだ。
「おっちゃん……これじゃ儲けないんじゃないのか?」
「そ、そんなことはない!」
バレバレのウッズの嘘にユウはさらなる追い込みをかけ、前回購入した防具と今回の武器・防具の本当の価格を聞き出し代金を支払う。ウッズは代金を中々受け取らなかったので、最後には無理やり渡し、ユウたちは逃げるように店を出て行った。
家へ戻ると、ユウは晩御飯の準備にかかる。ニーナは食卓にうつ伏せになりながら動かない。レナはミルドの杖とミスリルの杖を持ちながら二杖流などと呟いている。マリファはユウを手伝っていた。
しばらくすると食卓までパンやスープの匂いが漂い始める。ユウとマリファが食卓へ晩御飯を並べていく。パンの上にはドリヤー商会で購入した値段の張るチーズを火で炙ってトロトロにした物を載せており、見るからに食欲をそそる。スープには肉と野菜がふんだんに使われており、どこを掬ってもスプーンの上には具が載っかる。メインディッシュは最近作り始めたビッグボーのソーセージだ。湯がいた物と焼いた物が並べられており、味付けは塩とソースの2種類が用意されていた。
「ニーナ、ご飯できたぞ」
「うぅ……ユウ~あの伯爵には気をつけた方がいいよ~」
「……今日のご飯も美味しそう」
レナがソーセージを囓るとパリッ、という軽快な音が響く。
マリファはいつもユウが食事に手をつけるまで手に取らないので待っていた。
「わかってるよ。それより早く食べろよ。
冷めたらせっかくのご飯がもったいないだろうが、マリファも待たなくていいから食べろ」
ニーナもやっとご飯を食べ始めパンに齧りつく、溶けたチーズが伸びてうまく噛み切れないようだ。
「熱っ、ムグムグッ、あのはぐひゃくはぜっだいムグッ、へんだいだよ~」
「食べるか喋るかどっちかにしろよ」
口の中一杯のパンとチーズを水で流し込むと、ニーナは涙目になりながらユウに懇願する。
「ユウ~王都、ううん、ハーメルンに移動しようよ~。あそこなら種族差別もないし、南の方なら気候もこことそう変わらないから、住むにはいいよ~」
「なに言ってんだ。この屋敷を買い取ったばっかなんだぞ。そんなもったいないことできるか」
「うぅ~だって変態が~ユウを狙ってる~」
「仮にも伯爵を変態扱いはまずいだろう。
そういえばマリファ、無詠唱ができるようになったみたいだし約束どおり傷を治すから来てくれ」
マリファはユウの前まで来ると跪く。
ユウはなにか言いたげだったが、先に治療を優先した。
マリファの首の傷跡に手をかざし、ヒールを発動させると傷跡がゆっくりとだが、徐々に消えていく。
「どうだ? 声はでるか?」
「――あ、あぁ……はい、問題ありません」
「マリちゃん、よかったね!」
「……私の方が才能はある」
ニーナは我が事のように喜び、レナは自分より早く無詠唱を使えるようになったマリファに嫉妬していた。
マリファは自分の喉をさすり傷跡がないことを確認すると、徐ろにユウの足へ口付けをしようとし、それにユウがギョッとし離れる。
「いきなりなにするんだ!」
「神様に忠誠の口付けを……なにか作法に問題がありましたか?」
「誰が神様だ!」
「マリちゃん、ユウは神様じゃないよ?」
「……ふっ、残念なダークエルフだったか」
「ニーナさんもレナもなにを言っているんです?
神聖魔法も使わずに傷跡と後遺症を治し、なおかつ無詠唱スキルを他者に取得させることができる。神様以外の何物でもありません!」
ニーナがなるほどという顔で納得しかけたので、ユウがそんなわけないと頭にチョップでツッコミを入れる。
「……なぜ私だけ呼び捨て」
マリファは立ち上がると、ニーナとレナの方へ近寄る。
レナは警戒してニーナの後ろへ隠れた。
「私が無詠唱を覚えたのは、あなたたちに言いたいことがあったからです」
「な、なにかな~? マリちゃん、顔が怖いよ」
「……よく喋る」
「あなたたちは神様に炊事・洗濯・掃除と全て押しつけて恥ずかしくはないのですか!
私がここに来て驚いたのは、毎朝・昼・晩と全て神様が食事の準備から洗濯・掃除までこなし、さらにはお風呂まで神様が用意しているではありませんか!
あなたたちがやっていることといえば食う寝るだけに飽きたらず、神様の就寝場に潜り込む。例え神様が許しても、今後は私が許しません!」
「そ、それは私たちがお手伝いすると逆に邪魔になるからで~」
「……ニーナの言うとおり。私たちが手伝わないのが1番のお手伝い」
「それだけではありません! 聞けばあなたたちは居候なのに、お金を支払っているのを見たことがありません!」
「ク、クエストの報酬は全部渡してるよ~」
ニーナの横でレナも首を縦に何度も振っている。
マリファは鼻で笑うと目をカッ、と見開き、ニーナとレナにさらに迫る。耳はビンビンに尖っていた!
「私は神様の奴隷になってまだ2週間も経っていませんが、ここでの食事がどれだけ贅沢かはわかっています。
このお屋敷だって、一般市民の収入では住むなんて夢のまた夢です。大体、どれだけの一般市民が風呂つきの家を持っているか……ニーナさんとレナはDランク冒険者ですが、一般的なDランク冒険者でこんな贅沢な暮らしをしている人なんていませんよ!
服や装備に関してもです。レナが持っているミルドの杖にゴルドバのネックレスはエルフやダークエルフなら、誰しもがいつかは手に入れたいと願っている物です。手に入れようとすれば金貨3000枚どころではありません。
今回、神様が購入した装備の値段がいくらか知っていますか? ミスリルダガー、ダマスカスダガー、ミスリルローブ、翼竜のレザージャケット、蛇竜のレザーガントレット、全て込みで白金貨20枚を支払っていました」
ニーナとレナの表情はどんどん曇っていき、ユウはいいぞもっと言ってやれとばかりに心の中でマリファを応援していた。
ずっと端っこで聞いていたクロもマリファの剣幕に驚いていた。
「クロさんもですよ!
なんですか神様の就寝場の守護を任されているにもかかわらず、毎回ニーナさんたちを通して! 神様の奴隷として恥を知ってください!」
「ガフッ」
怪我もしていないのにクロが崩れ落ちる。きっと心の傷を抉られたのであろう。
「マリファ」
「はいっ! 神様なんでしょうか」
ユウに名前を呼ばれてマリファの耳が違う意味でビンビンッになっていた。
その表情からは、どんな命令でも聞きますよというのが傍目からでもわかった。
「神様、言うな」
「はい……」
マリファの耳が、これまでにないくらい垂れ下がった。
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