第66話 下僕を増やしましょう

 空気を切り裂きながら放たれた矢が、ゴブリンソルジャーの喉元に吸い込まれるように突き刺さる。

 休む間もなく次々と矢が放たれる。

 6匹のゴブリン達はマリファに近付くこともできずに絶命していく。


「弓技『連射』、久し振りに使いましたが問題ありませんね」


 1stジョブ『調教士』テイマーに就いたマリファは、ユウからジョブに慣れるまでは好きにしていいと言われていた。

 好きにしていいと言われたもののマリファは焦っていた。

 あと17日でマリファの最初の支払い日だ。

 利子だけで金貨50枚。これがどれだけ大金なのかはマリファも十分に理解していた。

 一般的な冒険者で週に1~2回迷宮に潜る。Dランク冒険者で月に金貨10枚~15枚ほどの収入。奴隷であるマリファに迷宮で手に入れた報酬の何割を分けて貰えるのか? 不安な気持ちは少しならずともあったが、もし支払えなかった際はユウが保証人になっているのでユウに請求がいくことになる。それだけはなんとしても防がなくてはいけないと考えていた。

 そのまま購入されずに死んでいてもおかしくなかったマリファを購入し、以前は食事とはとても呼べないような――残飯と言っても過言ではない食事を吐き気を堪えながら摂っていたのだ。そのときの環境からは考えられないようなおいしい料理の数々に暖かい寝床。寒い夜を満足に寝返りさえできない檻の中で縮こまっていたのだ。

 命に代えても恩を返すと強い思いを胸に、矢を放ち続ける。

 気づけば周りには矢で貫かれたゴブリンの死体が散乱していた。


「ワンッ」 


 吠え声の方にマリファが視線を向けると、いつものブラックウルフの群れが尻尾を振りながらこちらを窺っていた。

 マリファが動作で合図を出すと嬉しそうにゴブリンの死体を食べていく。マリファはブラックウルフたちが食事している横でゴブリンの死体から、討伐の証となる耳と魔玉を剥ぎとっていく。ゴブリンの死体に価値などほとんどないのだが、耳に関しては錬金の材料になるので、冒険者ギルドは討伐の証として買い取っているのだ。

 全てのゴブリンから剥ぎ取りを終わらすと、マリファはブラックウルフたちに向けて魔力を込めた言葉――『魔言』を発する。


「待て」


 ブラックウルフたちは一瞬食事を中断しマリファの方へ顔を向けるのだが、すぐに食事を再開する。


「やっぱりダメですか……」


 調教士に就いたマリファだったが、調教士の基本にして奥義ともいえるスキル『調教』を覚えることができなかった。適性が高い者であればジョブに就いたときからジョブ特性のスキルを覚えることがある。マリファは調教士に就くことができたが、決して適性が高かったわけではなかった。調教士に就くことができたので、いずれは『調教』を覚えるのは間違いない。

 そもそもマリファが調教士を選んだのも、ユウがブラックウルフを可愛がっていたので喜ぶと思ってのことだった。


「ワンワンッ」


 食事の終わったブラックウルフの一匹が、撫でろと言わんばかりにマリファへお腹を見せて尻尾を振っている。

 マリファはブラックウルフのお腹を撫でながらどうしたものかと悩んでいると、次々と食事の終わったブラックウルフたちがマリファの周りへ集まって来る。


「こらっ、やめなさい」


 ブラックウルフたちが自分たちも撫でてほしいとマリファに頭を擦りつけてくるので、マリファのメイド服はあっという間に毛だらけになっていく。しかしマリファも本気で怒っているわけではなく、その証拠にブラックウルフたちのお腹や背を撫でている。

 マリファはブラックウルフを撫でていた手を止めると徐ろに立ち上がる。再度、魔力を込めて言葉を発する。


「私の仕えるお方は神の如き――いいえ神様です。

 私は星の数ほどいる奴隷の中でもっとも幸運な奴隷でしょう。

 あなたたちにも神様に仕える幸運を与えましょう。さあ! 神様に仕えたい者だけ私についてきなさい」




「なんだ……ありゃ」


 その日、畑を耕していた農夫のダクサは異様な光景を見ることになる。

 メイド服を着たダークエルフの少女が歩いていたのだ。都市カマーでメイドが歩いていてもなんら不思議な光景ではないのだが、ここは都市カマーから離れた農村部だ。しかもダークエルフの少女の後ろには犬が――いや、よく見ればそれが魔物のブラックウルフだと家畜を襲われたことのあるダクサは気づいた。

 ダークエルフの少女を先頭に、ブラックウルフたちがお行儀よく縦一列に並んで歩いていたのだから、ダクサが驚くのも無理はなかった。

 ダクサは農作業が終わると、急いで帰宅する。家でその日みた光景を家族に伝えたが誰も信じずに笑われ、それ以来今まで以上に寡黙になるダクサだった。







「はぁ……」


 家の門が見えてきたところでマリファが溜息をつく。これでもう3回目の溜息だった。


「どうしましょう」


 マリファの後ろには17匹のブラックウルフたちが、なにが楽しいのか尻尾を振りながらお座りをしていた。

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