第64話 あなたはだ~れ?
都市カマーで貴族や一部の商人が住む住宅街でも一際目立つ館があった。その館は他を圧倒しており、庭も含めれば広さは約16万平方メートルと某遊園地に匹敵する広さだ。
館の一室、室内は高価な装飾や骨董品が飾られている。置かれている家具も一流の職人が手がけた物とわかる。
ソファーには横柄な態度で座りながら紅茶を飲んでいる男がいた。身長は2メートルほどで、筋肉に覆われた身体は、巨人族のハーフと言われてもおかしくないほどだ。テーブルを挟んで正面に座っている男からは纏っている衣服や佇まいから、ひと目で貴族と判断できた。
「ジョゼフ、僕に言うことはないのかい?」
「あ゛あ゛ん? なんかあったか? 俺が食客になる際の条件は束縛しないってはずだが」
「僕が優秀な人材を集めているのは知っているだろう? なぜユウ・サトウのことを隠した?」
ジョゼフは残った紅茶を一気に飲むとゲップをする。
「わざと横柄な振る舞いをしても無駄だよ。ギルドの依頼ではなく君自身がユウを気に入っているから、情報を隠していたのはわかってるんだ」
「そこまで調べてんなら、俺がなにも言わないのもわかってんだろ」
ジョゼフは席を立とうとするが、タイミングを見計らったかのようにヌングが入室する。
その手にはワインボトルとグラスを載せたお盆を持っており、テーブルにグラスを置くとワインを注いでいく。
「王都の五大酒造家ブリュートが1つブリュート・モグルの30年物です。
ジョゼフ様も知ってのとおりブリュート・モグルが造るワインは年間で4,000~5,000本。その中でも極上の物をさらに30年間寝かせた物です」
「酒は控えてんだよ」
「知ってるよ。ユウに出会ってからだろ?」
ムッスはワインを一口含み、味と匂いを堪能しながらジョゼフを挑発するように話す。
「てめぇ……知ってて持って来させやがったな」
「フフ、ちょっとした冗談だよ。ジョゼフにはユウと仲良くなるためにも、これから協力してほしいんだ」
「あいつにちょっかい出すんじゃねぇよ。これ以上手を出すようなら……」
部屋に殺気が充満しジョゼフの筋肉が膨れ上がっていく。いつの間にか、ヌングはいつでも動けるようムッスの後ろに移動していた。
「本当に気に入ってるんだね。まぁ、君の境遇を考えるとわからないでもないけど。
僕に協力するかの答えを出すのは、話を聞いてからでも遅くはないだろう?
爺や、僕にした報告をジョゼフにも教えてあげてよ」
「かしこまりました。
ユウ・サトウ様はレッセル村出身で、村では髪と瞳の色から差別を受けていたようです。冒険者ギルドで登録するも、偽の冒険者カードを発行されクエスト報酬も一部、いえ、半分以上を搾取されています」
ヌングの話を黙って聞いていたジョゼフだが、怒りから目は充血していきその形相はまるで悪鬼のようだった。
「レッセル村の冒険者たちからも暴力を日常的に受けていましたが、これはどうやらレッセル村の冒険者ギルド長が指示していたようです。
ですが、ある日を境に状況が変わります。ユウ様に暴力を振るっていた冒険者たちが死亡したからです。
また、そのときにニーナ様と出会いパーティーを組むようになったようです」
「どう思う?」
「胸糞の悪くなる話だ」
「確かに胸糞の悪くなる話だけど、僕が聞いたのはそこじゃないよ。
ユウに暴力を振るっていた冒険者たちが、タイミングよく死亡するなんてありえる?
因みに死亡した冒険者たちの1人はゴブリン討伐中に、他の2人は1人目が死亡してしばらく後に村外れの道端で死亡している」
「ユウが殺したっていうのか? 今まで日常的に暴力を受けていたんだから、殺されたって仕方ないんじゃねぇのか」
「そう。日常的に暴力を受けていたんだよ。僕のユウに対する印象からは想像できないな。ユウの実力はジョゼフの方が詳しいだろう。
なにか理由があって我慢していたのか。もしくは急に冒険者たちを殺せるほどの力を身につけたのか」
ムッスの問いかけにジョゼフの表情からはなにも読み取れなかったが、ムッスはヌングに話を続けるよう目を向ける。
「その後1年ほどクエストをこなし、村を出て都市カマーに向かいます。その際に村人からは恩知らずと罵られながら旅立ったそうです。
都市カマーに向かう途中でレナ様と出会い3人パーティーに、都市カマーで冒険者登録後、10日ほどでゴブリンキングを倒し、ルーキー狩りをしていた不死の傭兵団所属『先見のゼペ・マグノート』、他2名を倒しています。いえ、1人はジョゼフ様が倒していますね。
さらに最近ではダークエルフの少女も購入し育成していることから、4人パーティーで迷宮に潜るのは間違いないでしょう」
「『先見のゼペ・マグノート』といえば、マルキア平原の戦いでセット共和国の将を単独で撃破した、それなりに有名な竜人だよ」
ジョゼフは舌打ちし、よく調べていやがると考えていた。
「ユウにご執心なのはわかったが、俺が協力する理由がないな」
「ユウ様はレッセル村では3人で暮していました。1人はニーナ様、では残りの1人は?」
「そりゃ……ユウの家族だろうが」
ヌングの問いかけに当然の如く答えるジョゼフだったが、ヌングは首を振る。
「村人は確かにユウ様が3人で村外れに住んでいたと証言していますが、3人目の名前が出てこないのです。3人目の人物がユウ様と暮していたのは間違いありませんが、村人の記憶からは
「どういうことだ……」
「村人から記憶は消えていましたが、村に訪れる行商人の記憶は消えなかった――いえ消し忘れていたといった方がよろしいでしょうね。
3人目の人物について行商人は覚えていました。ステラという名の女性です。
行商人も不思議がっていましたよ。今まで村人から聞かされていた、ステラという女性の名前が急に出なくなり尋ねてみると、誰も知らない」
「どう、僕に協力したくなってきたでしょ?」
「とりあえず協力はしてやる。その代わり、今後手に入った情報は全て教えてもらうぞ」
ジョゼフの答えに満足し、ムッスはグラスに注がれたワインを口に運ぶ。扉に向かうジョゼフに、さも今思い出したかのように声をかける。
「そうそう。まだ確信はないんだけど、ニーナって女には注意しといた方がいいよ~」
「嬢ちゃんが? ハッ、そりゃ心配し過ぎだな」
「だといいんだけどね」
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