第63話 変態と変態

「なんて言ったのかな~?」


 ニーナは身体をゆらりゆらりと揺らしながら、ムッスに近づいて行く。


「勘違いしないでほしい。僕は彼が欲しいだけなんだ」


 ムッスの発言にニーナの瞳から色が失われていく。


「ユウはねぇ~私のなんだよ?」


 誰の物でもないとユウは思いつつ、変態たちの発言に引いていた。

 レナが徐ろに立ち上がると2人の間に割って入る。ユウが期待の目でレナを見つめると、微笑を浮かべて微かに頷く。


「……2人共いい加減にしてほしい。ユウは誰の物でもない。そう、私の物」


 変態が増えただけだった。周りの野次馬たちもドン引きだったが、受付嬢たちはなぜか興奮してどっちが受け? 攻めとよくわからない内容で盛り上がっていた。

 ニーナとレナがなにに怒っているのかを理解できないムッスが、疑問顔でユウと目が合うが目を逸らされる。

 ムッスの横に立っていたヌングが、笑顔のままムッスの首に貫手をかます。


「ホッホ、ムッス様それでは勘違いされて当然です。

 皆様、失礼いたしました。ムッス様は言葉が足らずよく誤解される方なのでお許しください。

 ムッス様は優秀な人材を蒐集――囲うのが趣味でして、現在10名の人材がムッス様の館で生活しています。どなたも素晴らしい人材ですよ。

 今回ユウ様もムッス様の目に止まり、是非にと仰っています」

「ゲホッゲホッ、爺や首に貫手はやめてよ。

 まぁ僕の説明が不足していたのは認めるよ。で、どうだろう? 補足説明すると館にいる10名以外にも、食客として100人ほど囲っているよ。基本的に束縛は嫌いなんで自由にしてもらって構わない」

「なぜですかっ! そいつはムッス伯爵が目をかけるほど優秀には見えません」


 シャムが激昂しムッスに抗議する。


「優秀だよ? 少なくとも君よりは」

「っ! わ、私はシャム・ドゥ――」

「シャム・ドゥ・ブラッド、ブラッド家の次男で16歳のときに赤き流星クランに金銭を支払い所属する。財力に物を言わせ高価な装備と赤き流星クランのバックアップもあり、1年後には冒険者ランクDまで登りつめる。レベルは31、1stジョブが騎士、2ndジョブが魔法騎士、右利きで剣と魔法を組み合わせた魔法剣が得意だけど、盾の扱いが苦手で魔法剣の制御に難があり。傲慢な性格から冒険者の間では嫌われており、同じクラン内でも煙たがられている。

 う~ん、全然食指が動かないな」

「た、確かに私は少々強引な部分と家柄から一部の者たちから嫉妬されていますが、そこまで知っていてクランにも所属していない。どこの馬の骨ともわからぬガ……そこのユウとやらが私よりも優秀だと言うのですか!」

「うん、欲しいな~。それより後ろ気をつけた方がいいよ」


 シャムが後ろを振り返ると、そこにはジョブに就き終えたマリファが立っていた。

 マリファがジョブ部屋から出てくるとギルド内が騒然としており、その中心がユウたちがいる場所だったので、マリファは慌てて野次馬を押しのけて急いで向かうと、そこには顔を腫らした男が男2人に押さえつけられており、身体の大きさから巨人族の男、装飾の派手な装備を纏っている男と見るからに貴族風な男とその横には執事と思われる老人。

 派手な装備の男がユウのことを馬鹿にする発言をしていたので、マリファの耳はビンビンに跳ねていた。よく見れば、普段笑顔を絶やさないニーナも無表情でダガーを抜いており、レナも杖を握り締めていたことから只ならぬ状況と判断したのだ。


「君は……ダークエルフか。私になにか用でもあるのか? その格好からメイドか。私に仕えたいのかね?

 それにしても美しい。良ければ名前を教えてくれないか? 私の名前は――」


 シャムがマリファの容姿に見惚れていると、マリファの口がなにやら呟くように動いている。

 マリファの中でシャムはすでに敵であった。マリファは無意識の内に精霊魔法を唱えていたのだが、もちろん首の傷があるために声は出なかった――――そう、声は出なかったのだ。だが、今まで何度練習してもできなかった無詠唱が完成する。

 完成した精霊魔法はマリファが得意とする水の精霊魔法第1位階『ウォーターパレット』。あとは任意の対象へ放つだけの状態だ。


「ハハ、どうやら君は好みじゃないみたいだね」

「くっ……ユウにムーガ! 今回の件はいずれ必ず報いを受けさせてやる」 


 大勢の前で恥をかかされたと勘違いしたシャムは、顔を真っ赤にし取り巻きと一緒に飛び出すかのように冒険者ギルドから去っていく。 

 取り巻きから解放されたムーガは、額から流れてくる汗を拭いながら床に座り込む。


「ユウ、また迷惑をかけたな」

「別に大して迷惑してない」


 ユウは座り込んでいるムーガに白魔法のヒールをかけると、ムーガから事情を聞く。

 以前所属していた赤き流星を脱退し、新しい仲間たちと一からやり直していること、脱退に納得していない一部の者から執拗に戻るよう説得という名の脅迫を受けていたこと、そして強引な手口で捕まりユウたちの前まで連れていかれたというのがことのあらましだった。


「へへ、ありがとうな。今は新しい仲間とクエストを受ける日々だよ。

 仲間って言っても俺を入れて3人なんだけどな。1人はサーマットっていう奴で、もう1人は自称勇者を名乗るモーリって変な奴なんだけど。2人共、最近田舎から出てきたばかりで良い奴らなんだぜ」

「そっか、頑張ってるんだな」

「3人共前衛職なんでバランスは悪いんだけど気が合うんだ」

「冒険者なんて危険な仕事をしてるんだ。気が合う奴らと一緒の方がいいだろう。で、いつまでいるんだ……」

「返事を聞いてないよ?」


 そこには当然のようにムッスが同席しており、横にはヌングが立っていた。


「興味ないな。他の高位冒険者でも勧誘すればいい」

「フフ、君が今住んでる屋敷は僕の所有している物って知ってた? 爺や、あの屋敷の値段は幾らだっけ」

「場所が場所だけに建物と土地が広いとはいえ、3000万マドカで売りに出していました」

「確か頭金で500万マドカはギルドから受け取っていたけど、残りはどうしようかな~」


 ムッスは、ん? ん? という感じでユウの顔を覗きこんでくる。ヌングがその態度に脇腹へ貫手をかましているので、ユウの怒りもそれほどではなかった。

 ユウがアイテムポーチに手を突っ込むと机の上に金貨が流れるように出てくる。


「金貨250枚ある。数えてみるといい」


 ユウはそう言い放つと席を立つ。ムッスは思惑と違う展開に顔から汗が吹き出す。自分から言った手前、今さらお金を受け取らないとは言えなかったのだ。


「ユウ様。ムッス様も悪気はないのでどうか」


 ヌングはユウに向かってお辞儀し頭を上げるとその表情は笑顔だった。その笑顔はエッカルトとはまた違った意味で人に安心感を与え、またある人物と似ていた。


「あ、うん……気にしてない……ません」


 ユウたちは冒険者ギルドを出ると、ムーガとエッカルトと別れて屋敷へ向かう。


「ユウ」

「ん?」

「さっきのヌングさんって、ちょっと似てるよね」

「そうだな……確かに似てたかもな」




「第一印象はバッチリだね!」

「ホッホ、どこからその自信は湧いてくるのですか」

「良い悪いは別として僕のことを覚えたと思うよ」

「確かに印象だけは与えたでしょう」

「それより、ユウの爺やに対する視線どう思う?」

「そうですな。あれは私を通じてどなたかを見ていたようですな」

「フフ、とにかくもっとユウ・サトウの情報を集めてよ。あとは冒険者ギルドが情報を隠してるみたいだけど、こっちも王国にバレないようにしておいてね。

 そうそう、あとは周りを彷徨いている奴らも邪魔だね」

「情報についてはすでに手配しています。

 間者に関してもお任せください」


 ムッスはこれからのことを考えると楽しくて仕方がないように笑みを浮かべていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る