第62話 爆炎剣のシャムと変態登場

 冒険者ギルドの一室――転職をする部屋、通称ジョブ部屋で1人の受付嬢が熱弁を振るっていた。


「ねぇ。もう一度考えなおさない? エルフやダークエルフが1stジョブに選ぶのは精霊術士・魔術師・弓士がほとんどよ。

 一部の才能がある者は召喚士を選ぶこともあるけど、あなたが選んだのは調教士。あなたの種族特性を活かせないわよ」


 通常ギルドの受付嬢が、冒険者が就くジョブに関して助言することはあっても、口出しすることはない。アデーレはコレットと同じでお人好しな部分があり、度々口出しをしてはギルドマスターのモーフィスに叱られていたのだが、それでも本人に反省の色はなかった。


 アデーレの説得にマリファは首を横に振るのみで意思は固かった。


「あなたのご主人様に言われたの?」


 奴隷が就くジョブに関しては主人が決めるのが一般的であったために、アデーレはマリファがユウの命令で就くジョブを決められているのではと思ったのだが、マリファは先ほどより強く首を横に振る。


「ハァ……それなら尚の事よく考えてみて」


 アデーレは溜息をつきながら再度説得を試みるが、マリファの強い瞳から考えは変わらないと理解した。




「ユウさん、マリファさんについて行かなくてよかったんですか?」

「大丈夫ですよ」


「なるほど。就くジョブはすでに決められていたんですね。やっぱり精霊術士ですか? それとも魔術師ですか?」


 どうも話が噛み合っていないことにユウが気づく。


「就くジョブですか? マリファが就くジョブは知りませんよ。自分の就くジョブなんでマリファ自身が決めることでしょう」

「えっ、ユウさんも知らないんですか。マリファさんはユウさんの奴隷ですよね? 普通、奴隷のジョブは主が決められるので」


 ユウはそういうものなのか程度にしか気には止めなかった。後ろを振り返るとニーナとレナの姿はなく、テーブルで2人はユウの作った揚げパンを食べさせあいっこしながら、レナの寝ぐせをニーナが手櫛で整えている。


「それより、以前購入した資料に死霊魔法と時空魔法に関して載っていなかったのですが、この2つの魔法と関連するジョブについて、なにか資料があれば売っていただきたいのですが」


 コレットは慌ててユウの口を塞ぐと耳元で囁く。


「ユ、ユウさんダメですよ!」

「なにか問題でも?」

「ありありですよ! まず死霊魔法に関してはその効果から忌み嫌われています。使い手も国が管理するか隠している人がほとんどですね。

 次に時空魔法に関しては、現在使い手がいません。大昔――数百年前に黒の魔王、自らを第6の魔王と名乗っていたそうですが……ナーガって名前だったかな。その魔王が時空魔法の使い手だったそうで、各国に戦争を仕掛けたそうですよ! その力は凄まじく、仲の悪かった国同士も手を組んでやっと封印することができたそうです。それ以来、時空魔法を調べることは一切禁止されています。唯一、錬金術ギルドのみ例外ですが、アイテムポーチの作製のみ許可が降りているそうです。それでも時空魔法の使い手なんていないそうですよ」


 コレットの情報に、ユウはあてが外れて少々がっかりした。

 ニーナたちのテーブルまで移動し座ると影が差す。上を見上げると縦にも横にも大きな男が立っていた。


「エッカルトか」

「よ゛う、ユウ元気が? ラリッドのお人好じが、タダで武器にスギルをづけてもらたって言いふらしてたど」


 エッカルトと呼ばれた男は、ここ最近ユウが話すようになった巨人族の冒険者だった。都市カマーに来てから、ユウもそれなりに冒険者たちと交流を持つようになっていたのだが、なぜか男の冒険者からは避けられていた。男の冒険者でユウが話すのはジョゼフ、ラリットにこのエッカルトくらいだろう。因みにニーナとレナは男の冒険者からはよく話しかけられていた。


「っち、お喋りラリットめ。今度会ったら殴ってやる」

「オデも会ったら殴っといでやる。グシシ」


 ニーナとレナにお腹を突かれて、エッカルトが人懐っこい笑みを浮かべる。


「ん? エッカルト、尻と足の辺りが血で滲んでるぞ」

「お? 多分、ざっきウードングリズリーど戦ったどきにやられたんだな。だどもポーションもったいないがらこのままで大丈夫だ」


 ユウとレナがエッカルトにヒールをかけると傷がすぐに塞がる。元々、頑強な巨人族の身体、筋肉の壁にウードングリズリーの爪や牙では深く傷つけることができなかったのだ。


「ありがどな。儲け儲けグシシ」


 4人が談笑していると冒険者ギルドの扉が勢い良く開けられる。入ってきた冒険者の1人が辺りを見渡し、ユウと目が合うと真っ直ぐ向かってくる。


「お前がユウって冒険者だな」


 装飾の凝った鎧に身を包んだ男と取り巻きと思われる冒険者が2名、そして顔を腫らした冒険者が立っていた。


「俺の名前は『爆炎剣』のシャム! 用件はわかっているだろうな」

「バクエンケンのシャム? 変わった名前だな」

「ふ、ふざけるな! 爆炎剣は二つ名だ!」


 自分で二つ名を名乗って恥ずかしくないのだろうかと、ユウは考えながら男たちを見ると、顔を腫らした冒険者に見覚えがあった。

 以前ゴブリンジェネラル討伐クエストで、レナとパーティーを組んでいたムーガだった。気づくのが遅れたのは殴られたのか顔が腫れていたためだった。


「よう、久し振りだな。どうしたんだその顔」


 ユウの問いかけにムーガは済まなそうに返事をしようとするが、それをシャムが遮る。

うちの・・・ムーガが世話になったそうだな。以前ゴブリンジェネラル討伐で、そこの女とムーガたちがパーティーを組んだそうだが、その結果グラッツとミミムは死亡し、ムーガは片腕を切断したそうじゃないか。どうせその女が足を引っ張ったのが原因だろう!」

「ちっ違う! 何度も言ってるだろうがっ。俺たちが足を引っ張って、ユウたちは逆に助けてくれたんだ! それに俺はもう赤き流星のクランは抜けたんだ。放っておいてく――グハッ」


 ムーガが最後まで言い終わる前にシャムの裏拳が顔を打ち抜く。ムーガは鼻から大量の血を零しながらシャムに掴み掛かろうとするが、取り巻きの冒険者が押さえつける。

 周りの冒険者たちは野次馬根性丸出しで高みの見物をしている。ギルドの受付嬢たちはクラン内、クラン同士の揉め事には手を出せないが、絡まれているのがユウたちなので無視するわけにもいかず成り行きを見守っていた。


「勝手にクランを抜けられるはずないだろうが。クランに入ってもいないルーキーたちにカマー最大クランの赤き流星が恥をかかされたんだぞ? こんなことがデリッドさんに知られたら私の面目が丸潰れだ」

「おい弱虫。そこのムーガはお前たちと違って少しは根性がある奴だから手を離せ」

「私たちが弱虫だとっ!?」

「違うのか? ムーガ1人に勝てないから3人がかりなんだろう」

「よせっ! ユウ煽るんじゃないこいつは――ぐぅぅ」


 ムーガを押さえている1人が腕を捻じりあげる。


「私のレベルは31だ。1stジョブは騎士、2ndは魔法騎士だぞ。実力的にはCランクと遜色はない」


 ユウたちはシャムが自分のレベルとジョブをペラペラ話すことに呆れてしまった。取り巻きの二人はそれを諌めるでもなく、どうだと言わんばかりの顔でこちらを見ている。

 冒険者にとって自身の能力を隠すことは重要項目の1つだ。敵は魔物だけじゃない。同業者・犯罪者・情報屋・敵対クランなど、自身の能力が知られれば対処されてしまう。だからこそ冒険者は安易に冒険者カードを見せることはしない。


「お前、もしかして養殖か?」

「養殖? どういう意味だ」

「大手のクランの中には貴族や商人から金を貰って、安全に育成することがあるそうじゃないか。どうも甘々の環境で育った感じがするんだよな」


 ユウの指摘にシャムの顔は真っ赤になる。指摘されたことは事実でシャムは男爵の爵位を持つ貴族の第二子で、親が大金を支払って赤き流星の盟主に育成を頼んでいた。


「きっ、貴様!!」


 シャムがユウの胸倉を掴もうと手を伸ばすが、横からエッカルトがその腕を掴む。


「おめぇ、ユウに絡んでんのが?」

「離せっ! 馬鹿力がっ、ここにいるということは、精々Dランクだろうが! 私に勝てると思っているのかっ!!」


 エッカルトはシャムの恫喝に怯えることもなく掴んだ腕に力を込める。シャムの掴まれた腕から聞こえる音から、その膂力が窺えた。


「なんだよ。本当に養殖かよ。お前みたいな養殖じゃ、ここにいるDランク冒険者には勝てないだろうな。安全な場所でレベルだけ上がった奴と死線を潜り抜けてきた冒険者、どっちが強いかなんて明白だ」


 ユウの言葉に周りの冒険者たちから賛同の声と煽りが入る。


「そうだそうだ! 大手クランだからって調子に乗るんじゃねぇぞ」

「大体、何様のつもりなんだよ」

「お前じゃ話にならないから、デリッドを連れてこいってよ!」


 ブチ切れたシャムが腰の剣に手をかけようとしたとき、横から声がかかる。


「止めといた方がいいよ? 君じゃ負けるから」

「誰だっ!」

「僕だよ~ん」

「貴様なんぞ知ら――ム、ムッス伯爵!?」


 そこには都市カマーの支配者ムッスと執事のヌングが佇んでいた。


「初めまして。君がユウ・サトウだね。本当に黒髪、黒い瞳なんだね。早速だけど、僕の物にならないか?」


 ニーナがゆっくり立ち上がり、流れるような動きでダガーを抜き放った。

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