第60話 マリファの育成②

 台所からトントンッ、とリズミカルな音が鳴り響く。

 ユウが調理している横ではクロが正座して頭を垂れている。


「いつまでそうしてんだ? 怒ってないって言ってるだろ

「し、しかし……」


 この世界に謝罪の際に正座する習慣はなかったが、クロはユウと話している内に日本の知識をドンドン蓄えていた。


「そこにいられると邪魔だから……んで、なんでお前まで正座してんの?」


 クロの横にはマリファも同じように正座していた。奴隷である自分が主であるユウより遅く起きたことに恥を感じ、なんとなしにクロと同じ姿勢をとっていたのだ。しかしマリファの起きる時間が遅いのではなく、ユウが早く起き過ぎているだけであり、マリファには非はないのだが……。

 ユウはよくわからないといった顔で料理を作っていく。できた料理を並べ始めるとやっとマリファも正座を止め、並べるのを手伝い始めた。

 今日の朝食はフレンチトーストにコーンポタージュ、カリカリに焼いたベーコンにサラダ、飲み物はポンというオレンジジュースに似た飲み物だ。

 匂いに釣られてニーナとレナも起きたようで、眼を擦りながら席に着く。


「おはよ~」

「……よぅ」


 マリファは2人を見てなにか言いたそうに口をパクパクするが、傷のせいで声が出ないのでやがて諦めて席に着く。


「今日もマリファと大森林に行くから、昼ご飯は作り置きしておく」

「私も行くよ~」

「……行く」

「なんで?」

「「暇だから」」


 暇なら町で買い物でもすればいいと思うユウだったが、ニーナとレナは魔物を倒して入手した素材を売却する際に、手に入った代金を渡そうとしても受け取らないので、お小遣いと称して無理やりお金を渡しているのだがあまり使わなかった。それもそのはず、装備・食材・服など全てユウが購入していたので、2人は特に欲しい物があまりなかった。

 さらにユウがマリファとクロに構っているのも理由だった。2人は気づいていなかったが、小さいながらも嫉妬をしているのだ。




 ユウたちは朝食を食べて大森林に着くと、昨日と同じようにまずはゴブリンを1匹殺して死霊魔法で蘇らせる。あとは蘇らせたゴブリンに仲間を連れてこさせて、昨日と同じようにマリファに弓の練習をさせていた。

 ニーナはクロに『闘技』を教えている。アンデッドであるクロは肉体を鍛えても意味がないので技術を教えているのだ。武器も鉄の剣から大地の戦斧を持たせている。レナはユウの横で魔法の練習をしながら思いついたことや気になることをその都度、ユウに話しかけている。普段は無口だが魔法のことになると饒舌になるので、ユウは少々驚きながらも答えていく。ユウはユウで死霊魔法の練習とポーションを大量に錬金していた。


「クロちゃん、そうじゃないよ~こう! 魔力をね~循環させるんだよ~」

「む。ニーナ殿、こうですか?」


「……複数の魔法を展開するのは慣れてきた。複数の魔法を展開しながら結界を維持するのはコツがある?」

「俺も魔法を使いながら結界は使いこなせていないからな。前衛よりの俺は『結界』より『闘技』に魔力を注いでるから、同じように魔法を使いながら『結界』も使いこなせるはずだ。複数魔法を展開できるんなら、その1つを結界に回せばいいんじゃないのか」

「……ふむ、結局は展開できる魔法の数を増やすのが近道」


 死霊魔法で30体目のゴブリンを蘇らせる。マリファも慣れてきたのかゴブリンが3~4匹現れても次々と屠っていく。


「マリファ」


 ユウが呼びかけると、肩で息をしていたマリファが振り向き小走りでユウの前まで来て跪く。


「いや、そういうのいいから。弓も大分勘を取り戻してきたんじゃないのか? ちゃんと考えながら動いているしな」


 俯いているが、ユウに褒められてマリファの耳がピクピク動いているので喜んでいるのは丸わかりだった。


「無詠唱で魔法の練習もしてみろ。できるようになったら前に言っていたとおり首の傷を治すから」


 首の傷を治すという言葉にマリファが顔を上げる。


「おっ、やる気満々だな。約束は守るから安心しろ。無詠唱が出来るようになれば次は弓と混ぜて魔法を使う練習な」


 マリファは無詠唱をどうしても覚えたいわけではなかった。無論、無詠唱は魅力的な技術だったが、それよりも大事なことがあった……。


「確かレナが無詠唱を覚えるのに1ヶ月はかからなかったと思うから、1ヶ月を目安にするか」

「……天才の私と比較するのは可哀想」

「っ!?」


 レナの言葉にマリファが見下ろす形で睨む。レナも負けじと睨み返すが、レナは小さいので背伸びしながら張り合っている。よく見ると足元がプルプルしていた。つま先立ちしているのだ。

 ユウがめんどくさいと溜息をつきながらニーナたちを見ると、あっちはうまくやっているようで、キャッキャ言いながら『闘技』の練習をしている。


「そろそろ昼ご飯にするか。その前に片づけだな」


 ユウがそう言うと、レナとマリファも睨み合いを止めた。ユウたちの周りはゴブリン、ビッグボー、ホーンラビットの死体が散乱していたので、ゴブリンは死霊魔法で遠くへ移動させ、ビッグボーとホーンラビットは血抜きして売れる部位を剥ぎとっていく。今日の昼ご飯は外でも手軽に食べられるようにサンドイッチだ。

 中身は新鮮な野菜と味付けしたベーコンやタマゴなどで、ニーナとレナのお腹からは可愛い音が鳴っていた。

 マリファは絨毯を敷きクロは食事の必要がないので、大地の戦斧を使いこなす練習をしながら周囲を警戒していた。


「あぁ~このベーコンの濃い味付けってパンと合うね♪ 美味しい~」


 ニーナが絶賛しながら齧りついている。レナは口が小さいのか小動物みたいに野菜のサンドイッチを食べている。

 マリファは食事をしながらユウのコップが空になると水を注ぐなど甲斐甲斐しく世話をする。


「マリファ、そんなことしなくていいから食事をしろ。これは休憩も兼ねているんだから疲れるだけだぞ」


 ユウがそう言うと、マリファは首を横に振り大丈夫ですとアピールする。

 何度か伝えているがマリファの態度が変わらないので、ユウも強くは言わないようにしていた。

 食事をしていると周りにブラックウルフが集まって来る。目当てはユウたちが倒した魔物の死体だった。向こうも力量の差は分かっているようで、遠巻きにユウたちを見ながらゴブリンの死体を食べている。




 昼食を食べて午後の練習を再開するが、結局その日にマリファが無詠唱を使いこなすことはできなかった。


「俺は町に買い物に行くから先に家に帰っていいぞ」

「は~い」

「……わかった。大人しく晩御飯を待っている」


 クロがついて行こうとするがユウに止められる。


「クロ、首輪をしていない魔物は町に入れないからダメだな。買い物ついでに首輪を用意するから今日は諦めろ。マリファは服を買うの忘れてたからついて来い」

「か、かしこまりました……」


 項垂れるクロの横でマリファの表情は喜々としていた。


 マゴの店舗に着くと、ユウはマリファを外で待たせてマゴにポーションを納品する。次に金物屋に向かい工具を購入し、大通りの食材屋で晩御飯の食材を購入していく。

 マリファが荷物を持とうとするが、アイテムポーチがあるからいいと断られオロオロする一幕もあった。


「よし、あとは服だけだな」


 服屋に着くとユウはアイテムポーチから金貨を5枚出すとマリファへ渡す。


「服だけじゃなく、下着と顔や身体を拭く布も忘れるなよ」


「っぁ゛、ぃぃ゛っ」


 マリファが慌てるがそれもそのはずだった。田舎の村であれば金貨1枚で1ヶ月は生活できる。物価の高い都市カマーでも金貨2枚もあれば十分食べていける。


「なんだよ。この店はコレットさんに教えてもらったオススメの服屋だから品揃えも良いはずだぞ。それに金貨5枚もあれば十分足りると思うぞ」


 また違った意味で受け取られてしまったが、ユウが店に入り店員と話し始めたのでマリファもついて行く。


「この娘にあった服を選んでいけばいいのね」

「はい、あと下着や布も一緒に」

「任せて! コレットの紹介なんだから奮発するわよ。それに綺麗なダークエルフの女の子だからやりがいがあるわ!」


 女性の店員は舐め回すようにマリファを見ると奥へ連れていく。ユウは外で待つことにしたが、マリファが出てきたのは3時間後だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る