第59話 マリファの育成①

 トスッ! 軽い音とともに矢が木に刺さる。的にされた木を見ると複数の矢が刺さっているが、それ以上に刺さらず地面に落ちている矢が目立つ。

 矢を打ち終えたマリファが肩で息をする。

 ユウたちはショートボウを購入したあと、大森林に移動しマリファの弓の腕を確認していた。ユウは満足な食事も与えられずやせ細っているマリファに力がないのは仕方ないとして『弓術LV1』があるにもかかわらず命中率が低いのに疑問をもっていたのだが、マリファの左目が潰れていることを忘れていた。


「こっちに来い」


 ユウに怒られると勘違いしたマリファが、ビクッ、と身体を震わせ長耳は下に垂れている。トボトボとユウの元まで来ると俯きながらユウを見上げる。


「別に怒ってるわけじゃない。お前の目が片方しかないの忘れてたから治すわ」


 治すという言葉にマリファが驚きの表情でユウを見つめる。傷跡・後遺症・部位欠損などは、白魔法で治癒することはできず、高位の神聖魔法の使い手に多額の寄付をすることでしか治癒できないことは、誰でも知っている常識であった。

 困惑しているマリファを気にするでもなく、ユウはマリファの左目に手を置くと白魔法のヒールを注いでいく。事前・・に治せることは確認しているので、マリファの左目は徐々に修復されていく。


「ちゃんと見えているか?」


 ユウの問いかけにマリファが勢い良く首を縦に振る。マリファはユウが無詠唱で白魔法を使用したことにも驚いたのだが、白魔法のヒールで目を治癒したことに驚きっぱなしだった。

 目の治療を終えると弓の練習を再開するのだが、ガリガリのマリファではショートボウの弦ですら引くのに苦労していたので、ユウは付与魔法で強化する。

 付与魔法の効果と目も治ったことで、マリファの放つ矢が勢い良く木に刺さっていく。音もトスッ、からドスッ、と力強い音に変わっている。

 動かない的であればほぼ外すことはないことを確認できたので、次は動く的――ゴブリンを狙わせる。『天網恢恢』や『索敵』スキルを持つユウならば、ゴブリンを見つけ出すこと容易である。手頃なゴブリンを見つけると、ユウはマリファに指示を出す。


「ギギッ!?」


 1射目はわざと外させこちらに向かってくるゴブリンを狙わせる。涎を撒き散らしながら迫ってくるゴブリンに嫌悪感を表しつつも、急いで2射目を放つがゴブリンも手に持っている錆びたショートソードで弾く。慌てて3射目の準備に入るが、ゴブリンはマリファのすぐ手前まで接近しており錆びたショートソードを振り下ろす。


「ギャッ!」


 振り下ろされた錆びたショートソードはマリファに当たる前に、ユウの黒魔法第1位階ウインドブレードでゴブリンの首と一緒に切断される。


「もっと考えて弓を放て。ただ放つだけならバカでもできる」


 元々、エルフやダークエルフにとって弓は気づかれる前に放つ物だ。相手に気づかせるなんて意味があるのだろうかとマリファは考えていた。それに首の傷で声さえ失っていなければ精霊魔法か弓技で、ゴブリン程度なんとでもなるのにとも考えていた。


「お前、気づかれる前に射てばいいと思っているだろう?

 なんのための練習だと思ってんだ? 迷宮の中は身を隠す場所がない階層だって珍しくない。相手が気づく前に弓を射つ方が楽だなんて、誰だってわかってんだよ」


 ダメ出しをされてマリファの耳は本当にダークエルフか? というくらい下に垂れ下がっていた。ショートボウを持たされたときに薄々気づいていたのだが、ユウの身の回りの世話ではなく戦闘用に購入されたと理解するのだった。

 マリファは気持ちを切り替えゴブリンに矢を射ち続ける。ただ漠然と射つのではなく、足を狙ったり移動しながら射つなど工夫するようにした。ユウの方を見ると死んだゴブリンに死霊魔法をかける。これは死霊魔法のレベルを上げるのと、新たなゴブリンを連れて来させるためのものであった。因みに死霊魔法を見てマリファは自身の主が白魔法・付与魔法・黒魔法・死霊魔法と複数の魔法を使うことから賢者なのかと勘違いしていた。


「やっぱり死霊魔法で蘇った魔物は知能が低いな……」


 ユウがゴブリンを使って死霊魔法を練習をしてわかったことだが、蘇ったゴブリンは元々低い知能がさらに下がっていたのと、必ず成功するわけではなく失敗して灰になることがあった。死霊魔法のレベルが上がれば知能の減少が抑えられるのか? それとも灰になる確率が減るのかはまだまだ検証する必要があると考えていた。


「ブォーブォー!」


 ゴブリンを射ち続けていたマリファの前に、突如ビッグボーが現れる。体長3メートルほどで体重は500~550キログラムはありそうな猪の魔物だ。さすがに今のマリファにショートボウで射ち殺せというのは酷な話なので、ユウが庇うようにマリファの前に出る。マリファは心配そうにユウの背中を見ている。

 ビッグボーが鼻息を荒く突っ込んでくる。

 ユウが黒魔法第1位階『ウインドブレード』を放とうとしたその瞬間、両者の間に割って入る者がいた。


「分をわきまえろ。獣風情が」


 そう呟くと鉄の剣がビッグボーの頭部を一刀両断する。頭部を割られたビッグボーは脳漿を撒き散らし、地面に頭を擦りつけながら走り続ける。木に打つかると、自分がすでに死んでいたことを認識したかのように動きを停止させた。

 ビッグボーの頭を叩き割ったのは黒いゴブリンだった。通常のゴブリンは1メートルから1.4メートルもあれば良い方だが、この黒いゴブリンは1.8メートルはあるだろう。黒いゴブリンはゆっくりユウの方へ歩み寄ってくる。マリファは黒いゴブリンの大きさと言葉を話したことからランクの高い魔物だと判断し、怯えてユウの袖を気づかず掴んでいた。

 黒いゴブリンがユウの目の前まで来ると跪き頭を垂れた。

 ユウがステータスを見ると。




名前 :イ゛ア゛ヴン

種族 :ブラックゴブリン(アンデッド)

ランク:4

LV :31

HP :1342

MP :378

力  :478

敏捷 :298

体力 :∞

知力 :32

魔力 :193

運  :1


パッシブスキル

剣術LV3

腕力上昇LV2

威圧LV1

闇耐性LV1


アクティブスキル

剣技LV2

闘技LV2


固有スキル

なし


装備

武器:鉄の剣(6級):なし

防具:なし

装飾:なし



「お前……俺が蘇らせたゴブリンキングか?」


 魔力を通じて情報の共有はしていたが、以前とは見た目が明らかに変わっていた。種族もブラックゴブリンに変化しスキルも増えていた。


「王よ、ご命令を」

「誰が王だ!」


 ユウは思わずブラックゴブリンにチョップをしていた。


「し、しかし王はゴブリンキングであった私を倒したので新たな王では……?」


 話し方まで滑らかになってやがると思いつつも、ユウはブラックゴブリンから大森林の報告を聞くことにした。大森林の情報は大まかに聞いていたが、それ以外にも魔物を24時間狩っていたようで、ランク1~2の完全な魔玉を8個も渡してきたことに、どんだけ狩ってたんだよとユウも若干驚いていた。欠片などの不完全な魔玉は自分で食べていたそうで、もしかしたら魔物のランクアップの条件は、魔玉を取り込むことにあるのかもしれないとユウは予想する。


「大体わかった。これからは家に来て住んでもらうから」

「お――主の住まいに……よろしいので?」

「お前には大事な仕事がある……あと魔玉の礼に使ってない装備渡すけど他になにか欲しい物あるか?」

「名を頂けないでしょうか」


 名前ならイ゛ア゛ヴンっていう呼び難いのがあると思ったが、あんまりにも目をキラキラさせながら見てくるのユウも断れなかった。


「……んじゃ、クロ」

「ありがとうございます!」


 あんまりにも安易な名前に、マリファはブラックゴブリンのことが少し可哀想になった。

 その後、ビッグボーを解体してアイテムポーチへ回収し、マリファとクロを連れて家に着くと、2人は貴族が住むような大きな家に口が開いていた。


「ただいま」


 中に入るとニーナとレナがこちらに向かってくるなり。


「おかえり~お腹空いたよ~」

「……早く晩ご飯を……誰?」

「こっちのゴブリンは前に蘇らせたゴブリンキングで名前はクロだ。主に家の番をしてもらう。

 こっちのダークエルフはマリファって名前で年は俺と一緒で13歳だ。今後は一緒に迷宮に潜ってもらう」

「よろしくね~」

「……私の方が1歳年上、敬うがいい」

「こっちの2人はニーナにレナ、居候だな」


 居候と聞きマリファはニーナの胸と自分の胸を見比べる。戦力の差を感じ取ったのか素直に頭を下げる。そして……レナの胸と自分の胸を見比べるとフッ、と笑みを浮かべる。


「……どういう意味」




 マリファとクロを部屋に案内する。元々、部屋は余りに余っているので2人に1部屋ずつ与えてもまだまだ余裕があるのだ。

 部屋を与えられたことにマリファは戸惑いを隠せなかったが、その姿にユウは不満があるのかと勘違いした。


「言っておくけど、俺の部屋も同じくらいの広さだぞ」


 マリファは慌てて身振り手振りで誤解だと弁明した。言葉で伝えたかったが、ユウからは無詠唱で魔法が使えるようになるまでは、首の傷は治さないと言われているのでどうしようもなかった。

 クロは森に住んでいたので人間の住居が珍しいようで、周囲をキョロキョロと見渡している。


「んじゃ、ご飯でも作るか」


 台所に向かうユウの後ろをついて行くと、机の前で先ほど紹介されたニーナとレナが今か今かと情けない顔をしていた。クロはアンデッドなので食事の必要がないので部屋で待機していた。

 ユウが先ほど解体したビッグボーの肉を使ってステーキを焼いていく。手際よくサラダやスープなどの準備もしていくので、マリファは手伝うことがほとんどなかったほどだ。

 ニーナとレナが食事を手伝わないのも、手伝うと逆に迷惑をかけることを理解しているからであったのだが、事情を知らないマリファは顔を真っ赤にして耳もビンビンに尖らしていた。


「なに怒ってんだ? あっ! 言っておくけどスキルに料理はないけど毎日作ってるから味は悪くないはずだぞ」


 またユウに勘違いされて違う意味でマリファの顔が真っ赤になる。

 晩ご飯も当然のように一緒の机で摂ることになっており、塩・胡椒だけでも十分なうまさのビッグボーのステーキには、さらにユウお手製のソースがかかっており食欲を誘う。

 奴隷にもかかわらず特に命令をされるわけでもなく、その日は風呂にまで入れてもらい就寝する。待遇の良さに怖くなるほどだ。




「お任せ下さい」


 ユウの前に跪いたクロがそう宣言する。その表情からは自分の命にかけても主の命を遂行する騎士の姿とも取れた。


「頼んだぞ。お前の仕事は俺のベッド……部屋に侵入してくる奴ら・・を防ぐことだ。この仕事は睡眠を必要としないお前にしか任せられない」


 クロは部屋の扉の前に仁王立ちで、蟻一匹も通さないと言わんばかりの構えだ。

 30分ほどすると、先ほど主から紹介されたニーナとレナという少女が現れたのでクロが問いただす。


「なんの用だ? ここは我が主の就寝場、早々に立ち去られよ」

「通してほしいな~」

「……私は誰がなんと言おうと通る」 


 ユウはベッドの中でクロなら……ランク4のクロなら大丈夫のはずと、信じてもいない神に祈る気持ちで頭から布団を被る。






























「ぐああああぁぁぁああああああぁぁ」


 駄目でした。

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