第58話 暗躍

 都市カマー東地区。いわゆる貧民街と呼ばれ税を納めることもできない最下層の住民が住んでいる地区である。

 犯罪者が隠れるのに持って来いの場所で、多くの犯罪者や他国の諜報員が潜伏していた。

 時刻は深夜、多くの住民は既に就寝しており住居から明かりは消えていたが、その中でわずかであるが明かりが漏れている掘っ建て小屋があった。小屋の中では男たちがなにやら話し合っている。身に纏っているのは最下層住民が着るボロ布であったが、見え隠れする身体からは細身だが鋼のような筋肉で覆われており只者でないことが窺えた。


「例の付与士がどこの国の者かはわかったのか?」

「いまだにどこの諜報員かはわかっていない」

「付与士を追跡してた奴はなにをやってんだ!」


 男たちは苛立っていた。それもこれも任務が全くと言っていいほどうまくいっていないからであった。


「モスなら死んだ」

「ジョゼフか!?」

「いや、ムッスの手の者だ」  

蒐集家・・・ムッス・ゴッファ・バフか……あいつの囲っている冒険者や傭兵の多くはBランク以上の実力があるぞ。これ以上、面倒なことになれば、最悪本国への撤退も視野に入れなければ全滅もありえるぞ」


 全滅、男が言ったことはなにも大袈裟なことではなかった。この1ヶ月で男たちの仲間である諜報員が8人も、殺害や捕縛からの情報漏洩を防ぐために自害していた。その内4人はジョゼフの手によるものだった。


「落ち着け――この任務に失敗による撤退はない。成功による帰還しか認められていない。なにしろこの任務は暗部上層部からではなく教国大司教様からだ」

「そもそもなぜ本国の大司教が動くんだ? あの黒髪のユウって子供にどんな秘密があるのかも、いまだに知らされていないんだぜ?」


 男たちの中でリーダー格と思われる男がゆっくりであるが口を開く。


「俺も詳しくは聞かされていないが災厄の種になる可能性があるそうだ。もしかしたらだが、ハーメルンの悪夢が再現されるかもしれない」

「魔王が……第五の魔王が顕現……いや認定・・されるっていうのか? その予想が当たっていれば俺たちだけじゃ明らかに戦力不足だ。そもそもなんで捕獲なんだ!? パンドラの勇者でも連れてきて滅ぼすべき案件だろうが」


 現在、人類が魔王と認定・・している魔物、聖国ジャーダルクの西に存在するSランクダンジョングリム城城主『覇王ドリム』、自由国家ハーメルン北に聳える極寒の山脈を支配する悪魔『無のサデム』、デリム帝国の南、砂漠の奥深くに拠点を構えている轟焔龍『焔のムース』、そして既に滅ぼされた存在だが自由国家ハーメルンの小さな村パンドラで出現した『災厄の魔王』。

 各々が単独で国家を滅ぼせる存在である。人類側から余計な手を出さなければ大きな争いもなく膠着状態であったのだが、ハーメルンの小さな農村パンドラで起きた魔王顕現は今までとは違った。顕現した魔王はたった1人の生存者を除いてパンドラの村を喰い尽くし、その勢いのままデリム帝国でも猛威を振るった。デリム帝国が総力を結集して撃退するも滅ぼすまでには至らず、パンドラの『勇者』と聖国ジャーダルクの『聖女』、デリム帝国が誇る最強の『セブンソード』、ウードン王国の『大賢者』が討伐するまでの被害はハーメルンとデリムだけで数十万、小国や農村も合わせれば100万人を超えるものであった。


「確定したわけではない。標的であるユウ・サトウも決して捕獲できない相手ではない」


 リーダー格の男の発言に周りの男たちが興奮して反論する。


「本気で言ってんのか? あの・・ジョゼフが四六時中護衛しているうえに、今じゃ蒐集家ムッスの取り巻きもいるんだぞ!」

「それだけじゃない……。ユウ・サトウ単体の能力も脅威だ。事前の情報ではステータスを看破する魔眼しかスキルは持っていないはずだったが、索敵の範囲が異常だ。街中ならまだ人混みに紛れて近づけるが、外なら1km距離をとっていても気づかれる時がある。高低によって索敵能力に変化があることから、索敵以外のスキルを持っているはずだ」

「付与士を見張っていたモスからは、ジョゼフと打ち合っていたと報告があった。13歳の子供がだぞ?」

「なにが言いたい……」

「ステラ様からの情報に著しく相違がある。ありえない話だが――」

「言葉に気をつけろ。ステラ様は『双聖の聖者』様の血を引くお方だ。お亡くなりになられたからといって貶めるような発言は許さない。それとも死にたいのか?」


 リーダー格の男の手にはいつの間にか短剣が握られていた。


「…………悪かった……言葉を撤回する。俺たちが悪かったよ……興奮し過ぎて言葉が過ぎた」

「お前たちが焦る気持ちもわかる。本国にはすでに支援を要請して、先ほど返答があった。諜報員の補充と元連隊長のチー・ドゥがこちらに向かっている。ひと月後には都市カマーに着く予定だ」

「チー・ドゥってあのチー・ドゥか? 本国はウードンと戦争でも始める気なのか!? 都市カマーの住民もタダじゃ済まないぞ?」

「ウードン王国では国教がない。そのため多くの宗教が入り交じっているが、イリガミット教以外の宗教など邪教以外の何物でもない。邪教を信じる者たちが幾ら死のうが問題があるのか?」




「こいつぁ~ひどくやられたもんだな」


 ウッズは黒曜鉄で出来た大剣と黒曜鉄のガントレットを見ながら、どこか感心した様子だった。

 ユウとマリファは風見鶏亭で食事をしたあと、そのままウッズの鍛冶屋に足を運んでいた。ユウは壊れた武具の修復を依頼したが破損の状況がひどく、直すくらいなら新しく買った方がいいというのがウッズの返答だった。


「やっぱり無理か……。おっちゃん、その大剣とガントレットから剥ぎ取り用のナイフ2本と金具を造って欲しい」

「そりゃ造れと言われば造るが……。ふむ、嬢ちゃんの硬革のジャケットとガントレットもダメだな……話には聞いていたがルーキー狩り相手によく死なずに済んだな」

「ちゃんと武具を壊された分は殺して仕返ししといたから」

「お、おぅ」

「壊れた武具は買い取りで、あとルーキー狩りから回収した装備の買い取りと武具も造って欲しいんだけど」


 ユウはアイテムポーチからミスリルのフルプレートアーマー・ダマスカスヘルム・魔法の盾を出す。


「こ、こいつはミスリル製のフルプレートアーマーか! それにダマスカスヘルムにそっちの岩がこびりついている盾は魔法の盾か」

「こっちのフルプレートアーマーから短剣・ローブ・杖を、ダマスカスヘルムからは短剣を造って欲しい。魔法の盾は溶けた岩がこびりついているから磨いてよ。残った材料は買い取りで」

「こいつは……買い取れねぇ。大通りにあるロプス商店へ持って行け」


 ロプス商店は大通りに店を構えており、提携している鍛冶屋も都市カマーでも1、2を争うほどの大手だった。


「なんで?」 

「ミスリルなんて数えるほどしか扱ったことがない。買い取りたくてもこれほどの逸品を買い取る金がねぇな、ガッハッハッ。俺に売るよりロプス商店で売って装備の作製依頼した方がいい……」

「はは、おっちゃんに金がないのなんてこの店見ればわかってるよ。金も困ってないから依頼した装備から適当に引いておいてよ。足りない分はあとで払うから」

「適当にって……余った素材を売るだけでも俺は大儲けなんだぞ。バカな奴だ……わかった! 俺の持てる限りの技術で最高の物を造ってやる!」

「期待してるよ。ついでにニーナの防具とこいつの武器を買いたいんだけど」

「おぉ、そっちの嬢ちゃんは新しい仲間か? ん? なるほど……奴隷を購入したからには、お前には嬢ちゃんの衣食住を提供する責任があるんだぞ」


 マリファがウッズの視線から隠れるようにユウの後ろに下がる。


「わかってるよ。それより1番安い弓と矢を見せてよ」


 ウッズは店の奥に行くと弓と木の矢をいくつか持って来る。


「ここら辺りが1番安い弓と矢だが、そっちの嬢ちゃんはガリガリだが引けるのか?」


 ユウは弓の弦を引きながら確かめていく。その中で一番弱い力で引けるショートボウを選ぶ。


「このショートボウを3張と矢はあるだけ全部頂戴」

「全部!? そんなにどうすんだ? それにショートボウを同じの3張も?」


 ウッズはそう言いながらも、同じショートボウを3張と木の矢を何度も往復して積み上げていく。

 ユウは木筒にアイテムポーチを押しこみ、入り口付近を紐で縛ると木の矢を仕舞っていく。


「なるほど、考えたな。しかしアイテムポーチを矢を入れるだけに使うなんて贅沢な使い方だな」


 ユウはマリファにショートボウと矢筒を背負わせると、ウッズに代金を支払う。


「武器の製作と嬢ちゃんの防具は少し時間をくれ。そうだな1週間もあれば防具は良いのが用意できる。それはそうとダークエルフの嬢ちゃんの防具はいいのか?」

「おっちゃん、なに言ってんだ。俺なんて最初は石を投げてゴブリンを倒してたんだぞ。武器があるだけ十分恵まれているよ」


 ユウはそのまま行ってしまった。マリファはウッズに頭を下げるとユウの背中を追いかけて走って行く。


「い、石でゴブリン倒してたのか……」


 ウッズはそう呟くと早速、装備の作製に取りかかるために炉に火を入れるのであった。

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