第57話 ダークエルフとお食事

 ダークエルフの少女マリファ・ナグツは、昨日までは死を覚悟していた。

 なにしろ身体に傷があるだけで女奴隷の価値は著しく下がる。そのうえ喉の傷が原因で言葉も話せない。幾らダークエルフの奴隷価値があろうと、売り物にはならないと言われていたのだ。

 そもそも奴隷になったのも森の奥で静かに暮していたところを、魔物の大群に襲われ命からがら逃げ出したところを、人族の奴隷狩りに捕まえられたからだ。

 その際に片目を失い、喉と背中にも大怪我を負った。奴隷狩りの中に白魔法の使い手がいたのは不幸中の幸いだろう。そうでなければ今頃、出血多量で死んでいただろう。

 奴隷商館での暮らしは、最底辺よりなお下があると思い知らされた。売り物にならない奴隷を世話するモノ好きなどいない。価値のある奴隷は日に三度の食事に部屋も与えられる者もいるが、価値の低い者には日に一度の食事、その食事もドロドロの煮崩れしたクズ野菜のスープに残飯のようなパンがひとつだけ。


「なに見てんだ?」


 ユウに問いかけられ、慌ててマリファは目を逸らす。目は逸らしているがユウへ意識を向けているのが、先ほどからピクピク動いている耳で丸わかりだった。

 応接室からマゴがお供を引き連れて出てくる。最初に後ろにいた護衛とは別の3人組だった。


「ホッホ、お待たせしましたな」

「話し合いは済んだか」


 マゴは表情を変えなかったが内心では冷や汗を流していた。このユウという冒険者には油断せず、こちらの弱みは一切見せてはいけないと警鐘がなっていた。


「なんのことですかな。それでは早速、奴隷契約を始めましょうか」


 奴隷を購入した際に奴隷には首輪が嵌められる。首輪には契約魔法が込められた魔玉が埋め込まれており、そこに魔力を込めれば誰でも奴隷契約の魔法を使うことができるのだ。


「奴隷契約か……別にしなくていい」

「バカなことを仰らないでください。どこに奴隷を購入して奴隷契約をしない者がいるのですか。いいですか? 奴隷の多くは隙あらば逃げようとする者、主を殺そうとする者、金品を奪おうと考える者など、クズばかりですぞ。そんなクズが反抗しない、逃げ出さないために奴隷契約があるのです」


「その割には嬉しそうだな」

「ホッホ、これはこれは顔に出ていましたかな。わかっていると思いますが――万が一、ユウ様の奴隷が逃げ出した際には金貨500枚の支払いは……」

「金貨500枚くらい払ってやるよ。逃げたときはその程度の奴だってだけだ」


 マゴにとってマリファが代金を支払い切る可能性は絶対にないと決めつけていた。その際、マリファは再度奴隷商館に戻ってくる。マリファが戻って来てもマゴには一銭の得にもならない。それよりは逃げ出すか死んでくれればユウに残りの代金を支払わせることができる。


「しかし奴隷が首輪もなしに街中を歩くことはできませんので、首輪と魔玉に似せたガラス玉でも嵌めこませていただきます。奴隷の名前はどうしますか?」

「名前? そいつには既に名前があるだろうが」

「ホッホ、『解析』スキルもお持ちでしたか。確かにその奴隷にはマリファ・ナグツという名前があります」


 抜け目のないいマゴに感心しつつ奴隷商館を出て行く。

 大通りを歩くユウの後ろをふらつきながらマリファがついて行く。なにしろ満足な食事もせずに檻の中で運動も出来なかったために、マリファの身体能力は著しく落ちていた。


「ぅ゛?」


 突然、立ち止まったユウの背中にマリファがぶつかった。


「よし、飯にしよう。もう少し歩けば風見鶏亭という名の宿屋がある。そこは食事だけでも利用できるし飯もうまい。変な人がいるが気にするな」


 ユウの食事宣言にマリファのお腹がくぅ~と可愛い返事をした。マリファは真っ赤な顔で俯いているが、自分もなにかお零れをもらえるかもしれないと考えていた。

 風見鶏亭の中に入ると食事時ではないにもかかわらず、席は7割ほど埋まっていた。


「いらっしゃいっ! 泊まりかい? それとも食事かい?」


 風見鶏亭の看板娘ことメリッサが元気な声で挨拶してくる。


「おや、あんたは……それに後ろの子は、はは~ん。そかそか」


 なにを勘違いしているのかメリッサはニヤニヤしていたが、ユウは気にせず席に座る。


「食事だね。後ろの子はどうするんだい?」

「どうするとは?」


 一般的に奴隷が主人と同じ席で食事することなどない。立ったままでいるか外で待っているのが普通であったが、ユウはそんなことなど当然知らなかったので一緒に食事するつもりだったのだ。

 ユウの返答から、奴隷も一緒に食事すると受け取ったメリッサは嬉しそうに話しかけてくる。


「嫌いな物はあるか?」


 ユウの質問にマリファは首を勢い良く横に振る。お零れどころか食事をさせてくれるとは思っていなかったので、マリファは興奮していた。


「今日のオススメは?」

「クフッ、今日のオススメは走り鳥の香草焼きに風見鶏亭特製ドリアだね!」

「オススメを2人前ずつお願いします」

「あいよっ!」


 メリッサはスキップしながら厨房へ向かった。マリファは先ほどからそわそわしていて落ち着きがない。

 食堂には良い匂いが充満しているのだから、仕方がないとユウは考えていた。

 隣の席にいた冒険者か傭兵風の2人組が、マリファの首輪を見ると露骨に嫌そうな顔をしていた。

 メリッサが食事を持って来たが、勢いが良すぎて皿がテーブルで跳ねる。


「お待たせっ~、今日の走り鳥は特に良いのが入ったからうまいよ!」


 確かに走り鳥からは、香草と鳥の皮が焦げた匂いが合わさったなんともいえない匂いと湯気が出ていた。


「おいおい、ここはいつから奴隷なんかが来れる店になったんだ!」

「本当だぜ。せっかくのうまい飯がまずくなるぜ」


 隣の2人組がわざとこちらに聞こえる大きな声で話す。ユウがマリファの顔を見ると、悔しさと恥ずかしさからか俯いていた。


「この宿では奴隷は一緒の席で食事をすることは駄目なんですか?」


 ユウの問い掛けにメリッサは無表情で隣の2人組を見ている。


「もし駄目だと言ったら?」

「代金を支払って出ていきます」


 奴隷を立たせない。宿の外にも出さないというユウの返答にメリッサの口から声が漏れる。


「クフフッ……。この宿では貴族だろうが奴隷であろうが同じ物しか出さないし、同じ場所で食べてもらうよ! 気に入らないんだったら代金はいらないから出て行きな」


 食堂が静まり返る。普段、愛想もよく元気一杯なメリッサの冷たい宣言に2人組は慌て始める。


「メ、メリッサそりゃないぜ」

「そういう意味で言ったんじゃないんだ」

「あ~あ~うるさいうるさい。今日は顔を洗って出直してきな」


 周りの視線に耐え切れなくなった2人組は、逃げるように出て行った。静まり返った食堂が一斉に喝采を送る。


「いいぞ~! メリッサ最高~っ!」

「それでこそメリッサだ! 風見鶏亭の看板娘だぜ~!!」

「メリッサっ、嫁に来てくれ!」


 メリッサは周りにどもどもと挨拶しながら戻って来る。


「さあ、遠慮せず食べてよ」

「ありがとうございます。この店を選んで良かった」

「好きになりそう?」

「そうですね。(この宿は)好きですよ」

「ひゃっ……わた、私は、あぁ厨房に行かなきゃ」


 ユウとメリッサの会話が行き違いし、メリッサは厨房へ走っていったが途中で転んでしまった。

 俯いていたマリファがユウを見つめていたのにユウが気づく。


「なにをしている。食事が冷める前に食べろ」

「ぅ゛ぅ゛……」


 マリファは温かい食事を泣きながら食べる。熱々のドリアの湯気で鼻水まで出ているが、ユウは泣くほどうまいのかと若干引きながら食べるのであった。

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