第56話 奴隷商人との交渉③
奴隷商人マゴ・ピエット、1代で都市カマーに奴隷商館2店舗・アイテムショップ8店舗・魔具店3店舗を構える。最近では王都にまで出店している。
彼がここまで成功したのは偏に『鑑定眼』のお陰だ。この固有スキルは『鑑定』よりも詳細に物について識ることが出来る。
マゴ・ピエットは誰よりも走り回り、誰よりも商品を吟味し物を売り続けた。気づけば都市カマーでも指折りの大商人になっていた。
「グ、ググゥ……」
誰よりも物を見ることにかけては自信のあるマゴ・ピエットが唸っていた。その理由は――
ポーション(6級):回復効果がある(小)
ポーション(6級):回復効果がある(小)
ポーション(6級):回復効果がある(微小)
テーブルに置かれた3本のポーションにあった。他の者が鑑定スキルで見ればなんの変哲もないポーションであったが『観察眼』を持っているマゴ・ピエットでは見え方が違った。
ポーション(6級):回復効果がある(30)
ポーション(6級):回復効果がある(45)
ポーション(6級):回復効果がある(10)
製作者が違えば同じ物でも効果に影響が出るのは、錬金術士・鍛冶士・商人の間では当然の常識だったが、このポーションに関しては異常だった。
マゴ・ピエットの店が錬金術ギルドから仕入れているポーション(6級)の効果は概ね30前後だ。つまり1本目のポーションがいつも扱っているポーションである。
そして2本目が問題だった。効果が45、自分の店で扱っているポーションの1.5倍の効果だ。仮にこのポーションが自分の店で扱っているポーションと同じ値段――銀貨1枚で市場に出回ってしまえば大変なことになる。
3本目に関しては頭を捻ってしまう。市販のポーションの3分の1しか効果のないポーションなど出して何の意味があるのか。
「――っこ、このポーションはどこから仕入れられたのですか?」
「その反応、気づいたみたいだな。1本目のポーションは爺さんの店で扱っているポーション、残りの2本のポーションを爺さんの店で扱ってほしい。
効果の高いポーションを週に2,000本、効果の低い方は5,000本――」
「ば、馬鹿な……そんなことをすれば錬金術ギルドを敵に回してしまいます。
それに効果の高いポーションはともかく、効果の低いポーションなど売れません」
「錬金術ギルドには、馬鹿な奴が同じ値段で売れと言ってきたので身のほどを知らすために、あえて錬金術ギルド産ポーションの横に陳列したとでも言えばいい。
錬金術ギルドはプライドが高いと聞いているから、それ以上はなにも言ってこないだろう」
マゴの中では仕入れる方に傾いていた。もし断って違う商店にでもこの話をもって行かれれば、その損害は計りしれなかった。
あとはいかに安く仕入れるかを考えていた。
「少し考えさせてください。ただし、仕入れるとしても効果の高いポーションのみです」
「考える振りなんてしても無駄だ。お前はこの話を断るなんてできないんだからな。
爺さんが錬金術ギルドから仕入れているポーションの仕入れ値は1本8,000マドカだろ? 俺の扱う効果の高いポーションは5,000マドカ、低い方のポーションは500マドカでいい」
「5,000!?」
ユウがポーションの仕入れ値を知っていたことに驚くマゴだったが、頭の中では利益と安く販売すれば、都市カマーでのポーション販売を独占出来るかもしれないと計算をしていた。
効果の低いポーションも仕入れ値が500であれば十分利益を出すことができる。
「効果の高いポーションは、錬金術ギルドから仕入れているポーションと同じ売値10,000マドカで販売しろ。ヘタに安く販売すれば難癖つけてくるかもしれないからな。
あと口の固い奴を数名雇って、口コミで俺から仕入れるポーションは効果が高いと広めてもらえば、あとは勝手に冒険者や傭兵たちが群がって買いに来るさ」
「な、なるほどあえて同じ値段で販売し、効果の真偽に関しては冒険者や傭兵たちが勝手に広めてくれると。
では効果の低いポーションもなにか考えが?」
「ポーションを購入する客はどんな奴が多い?」
「それは決まっています。まずは冒険者が1番購入していきますな。続いて傭兵・騎士団・旅人などですかな」
「市民は?」
「ホッホ、10,000マドカ、銀貨で1枚もするポーションを購入する市民などほとんどいませんよ。
先ほど申し上げた以外で言えば商人・貴族などの富裕層ですな」
「わかってるじゃないか。銀貨1枚もするポーションなんて市民には手が出せない。
だが半銀貨1枚ならどうだ? 効果が低いとはいえ、もしものときのために半銀貨1枚のポーションなら購入すると思わないか」
「っ!? 確かに半銀貨1枚なら……購入する可能性が……いえ間違いなく購入するでしょう」
「都市カマーの冒険者が多いといっても数千人だろう。市民はその何倍、何十倍もいる」
マゴは目玉が飛び出そうになるほど見開きながら、ユウを凝視している。
今まで特定の層にしか売れなかった物が、今後は全ての層が購入するかもしれないのだ。マゴが興奮してしまっても仕方のないことだった。
その後、納品の日程や細かな決め事を調整していき、本来であれば何日にも及ぶ交渉がわずか数十分で決まってしまった。
「ホッホ、お互いに有益な取引になりよかったですな。
しかしユウ様は少々甘いですな」
「俺が甘い?」
「この話をなぜ私のところに持ってきたのですか?
それはあのダークエルフが関係しているのではないですか?
実はあのダークエルフがあなたと接触をしていることは、事前に報告を受けていました。私ならこんなうまい話は、王都でも最大手のベルーン商会にでも持っていきますね」
「俺がこの話を爺さんのところにもって来たのは偶然じゃない」
マゴはそうでしょうそうでしょうと満足気に頷く。
「爺さんが落ち目だからさ」
「私が落ち……目? なにを言っているのですか、これでも都市カマーでは大商人の1人と自負しています」
「爺さんは1代で後ろ盾もなくここまで店を大きくした。そこまではよかったがそのあとがよくなかったな。
最近王都に出店しただろう? いや、
王都へ出店した話が出てきて内心驚くマゴだったが、それと今回の話がどう繋がるのかがわからなかった。
「さっき王都のベルーン商店の名前を出していたが、最近都市カマーにも進出して来ているそうじゃないか。
ベルーン商会の後ろにはウードン王国の財務大臣がいるのは商人の間じゃ有名だ。
王都で十分やっていけるベルーン商会が、こっちに進出して来たのはなんでだろうな?」
「それ……は、商人であれば…………都市カマーも魅力的な場所だから……ではないでしょうか」
「冗談言うなよ。王都にはまだまだ出店する場所も需要もあるのに、わざわざ都市カマーに出店するか? ありえないだろう。
爺さんは大臣に出店を黙認する代わりに、金銭を要求されて突っぱねたんじゃないのか? その仕返しにベルーン商会は都市カマーに出店して来た。
その証拠にベルーン商店が出店している場所は、全部爺さんの店の近くじゃないか」
ユウの予想はほぼ全て当たっていた。実際は金銭を贈ろうとしたが、大臣が要求する金額が桁外れだった。それはマゴ商会の屋台骨を揺るがすほどに……。
今回ユウの提案はマゴにとって、利益面はもちろん押され気味のアイテムショップ8店舗を復活させるチャンスでもあった。
「ホッホ、そこまで調べてましたか。
確かに現在私の経営するアイテムショップはベルーン商会に押されています」
先ほどまで商人としての顔をしていたマゴはおらず、今は吹っ切れた顔をしている年齢に見合う老人がそこにはいた。
「よかったな爺さん。これからは俺が爺さん側につくから、負けることはないよ」
急に歳相応の話し方をするユウにマゴは少し驚いたが、今後の戦略を考えるので頭が一杯だった。
ユウの話では、最初は徐々に納品する量を増やしていき都市カマーでの需要と供給が満たされれば、王都の店にも納品するというものだった。
それだけの量のポーションを誰が創っているのか、どうやって王都まで納品するのかは最後まで教えてもらえなかった。
ただ、最後にユウは軌道に乗れば商品の種類を増やしていくと言っていたので、腹を括るしかないとマゴは決めていた。
そうこうしている内にダークエルフの準備ができたと報告があったので、ユウには先に行ってくださいと伝えると、マゴは部屋を出ていく。
マゴが向かった先はユウが見ていた方の扉の先にある部屋だった。その部屋には普段からマゴを護衛している本当の護衛者が3名待機していた。3名共、元はCランクの冒険者だ。
「あのユウという冒険者はどうでした?」
「正直、無事に取引が終わってよかったですよ」
細身の男がそう応えた。細身だがその引き締まった筋肉と身体中にある傷跡が、歴戦の冒険者を想像させた。
「ホッホ、あなたたちでも手こずるほどの冒険者でしたか」
「もし……戦闘になっていれば、マゴさんをなんとか逃して私たちは死んでいたでしょうね」
「っ!? あなたたちが負けるというのですか!?」
マゴが驚くのも無理はなかった。元といえど3名はあと少しでBランクになれると言われた冒険者だったからだ。その実力者が3名もいてDランクになりたての冒険者に勝てないと言ったからだ。
「あの少年は唯のDランク冒険者ではありませんよ。
最近ルーキー狩りと称して新人を殺して回っていた亜人共を倒したそうです。
その中の亜人の1人は竜人のゼペ・マグノートですよ」
「不死の傭兵団……先見のゼペ・マグノートですか……」
マゴは心底あのときに争わない選択をした自分の判断に安堵した。
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