第53話 カマーの支配者

 都市カマーはムッス・ゴッファ・バフという名の貴族が治めている。

 爵位は伯爵――いわゆる上位貴族であるのだが、このムッスには困った性癖があった。


「はあ~ぁぁ~、暇だな~ぁぁぁぁ」


 ムッスはそう言いながら紅茶を飲む。目の前の机には、書類が山のように積もり積もっている。


「ムッス様、そう言わずに仕事をしてください」


 執事の姿の温和そうな老人が静かに窘める。


「爺や、そうは言うけどね。最近は面白い冒険者も見かけないし、暇で暇で~生きてる気がしないよ!」


 ムッスは机の書類を押し除けながらそのまま伏せてしまった。ヌングはいつものことなので、床に散らばった書類を拾っていく。


「クラン『赤き流星』のなんとか剣のジャム? という冒険者が若いのに優秀と聞きますよ」

「『爆炎剣』のシャムでしょ――あんなの養殖された貴族の冒険者じゃないか……高レベルの冒険者に守られながらレベルだけ上がったところで、魅力なんて欠片も感じないよ」


「ホッホ、手厳しい。ではゴブリンキングを倒したEランク冒険者などはいかがです?」

「Eランク冒険者がゴブリンキングを倒した? 初耳だけど」

「ムッス様お気に入りのジョゼフ様と冒険者ギルドが情報を隠蔽していたようで、私も最近知ったばかりです」


 ムッスは顔を勢い良く起こすと、先ほどの気怠げな表情から生気に満ちた表情に変わっていた。


「ジョゼフが隠していた!? そもそもEランク冒険者がどうやってゴブリンキングを倒せるんだよ? 名前は? 性別は? 年齢は? 出身地は? ジョブは? レベルは? スキルは? 装備は? クランは? ステータスは?」


 矢継ぎ早にされるムッスの質問にヌングは落ち着いて答えていく。


「なんでもその冒険者は、第4位階のエクスプロージョンを使いこなすそうです。ゴブリンキングが倒された場所には、いくつもクレーターができていたそうなので、まずその少年が倒したのは間違いないでしょう。名前はユウ・サトウ、年齢は10~13歳といったところでしょうか。レッセル村という山奥の田舎から、つい最近都市カマーの冒険者ギルドで冒険者登録――ジョブは1stジョブが魔法戦士、2ndジョブが付与士、レベル・スキル・ステータスは不明。装備はEランクながら黒曜鉄系で固めています。最後にクランには未所属です」

「き……きた……久しぶりに食指が動いたよ!! 10~13歳? そんな少年がゴブリンキングを倒すなんて! クランに未所属なのも良いね!! 是非、僕のコレクションに加えたいな! ――ん? スキルとステータスはなんで不明なんだ? 解析持ちに調べさせなかったのかい」

「難しいですね。まず冒険者カードを一切使わない徹底ぶりと、シスハのペンダントで解析対策をしています。もちろん解析LV4以上の者であれば解るでしょうが、止めておいたほうがよろしいでしょう。一度、接近を試みましたが全て気づかれています」

「へぇ、爺やがそこまで言うなんて。冒険者カードを使わないってことは、カードの秘密を知っているんだろうね。そんなに優秀だと冒険者ギルドが僕に隠したがるのもわかるなぁ」


 ムッスの性癖とは優秀な人材を囲いたがるところであった。都市カマーの都民は20万人以上、不法に居着いているお尋ね者や税を納めることのできない浮浪者・亜人なども含めるとさらに増えるだろうが、治安を守るべき兵士の数はわずか100人ていど、犯罪者や魔物からカマーを守るには圧倒的に人員が足りていなかったが、これにはムッスなりの考えや様々な理由があるのだが、一番の理由はムッスが優秀な人材にしか興味を示さないためであった。代わりに冒険者ギルドには多額の寄付をして、少しでも優秀な冒険者が集まるように優遇までしていた。その結果、都市カマーは王都に匹敵するほど冒険者が集まり、クエストを受けた冒険者が犯罪者・魔物を倒し治安が辛うじて守られていた。


「興味を以ていただいて幸いです。さて、ムッス様。そのユウ・サトウですが、現在進行形でジョゼフ様と戦闘を繰り広げていると報告が入っています」


「ええええええっ!? なんで? なんで戦ってるの? 超気になるっ! あっ! さっきからニヤニヤしていると思ったら、爺やだけ魔導具で部下から実況中継を聞いているな? ちょっ、ちょっと貸して僕にも貸してよ」

「それはなりません。伯爵の爵位を持つムッス様に、盗聴まがいのことをさせるわけにはいきません。報告は私がのちほどさせていただきます」

「えぇぇぇぇぇ、り……理不尽だ」


 しょぼんとするムッスを横に、ヌングは部下からの実況中継に耳を傾けるが、その内容に耳を疑いそうになった。なぜならユウ・サトウは近接戦闘でジョゼフと戦っているからだ。あのジョゼフと近接戦闘――ユウ・サトウがエクスプロージョンを使いこなすことから、遠距離を得意とした後衛職よりの魔法戦士と考えていたが、部下からの怯えを含んだ声から遠近共に優れた戦士と判断できる。




「クソゴリラがっ」

「褒めてもなにもでねぇぞ? そろそろ頼り甲斐のあるお兄さんに甘えてもいいんだぞ?」


 先ほどから全力で攻撃しているが、ジョゼフの本気を引き出すことができない。俺の攻撃は本気で捌いているようだが、使用してるのは剣技のみで聖剣技・暗黒剣を使ってこない。

 何よりこいつの奥の手は剣ではなく槍のはずだ。ステータスを見た際に剣より槍のほうが高かったので間違いないはずだ。

 スキルはレベルが高くなるほど上がりにくくなることから、剣術LV8と槍術LV11には大きな差があることがわかる。

 それにしても、さっきからジョゼフの攻撃が全て尋常じゃない威力だ。剣技を使っているわけでもないのに、全ての通常攻撃がまるでクリティカル攻撃だ。運がいいにも――運? ジョゼフの運は100、まさか……。


「まさか自由にクリティカル攻撃を出せるんじゃないだろうな」

「ふっ、ふふっ、ふははははっ! やっと気づいたか? 俺様クラスになるとクリティカルも自由自在なんだぜ? 惚れるなよ?」

「きもい……調子に乗るなよ」

「きもっ!? ひでぇ、俺みたいに頼りになる奴はいないんだぞ!」


 いい年したおっさんが涙浮かべてみっともない。


「なるほど普段はドスケベでピンチのときに助けに現れるおっさんか。

 確かにガキからしたら理想の親父・・かもしれないな。だけど俺には必要ないがな」


 むっ、ジョゼフの様子がおかしい隙だらけだ。なにかの誘いか? 表情も普段のふざけた表情ではなく素の表情だ。


「おぉ…………もう1回言ってくれねぇか」

「は? なに言ってんだ」


 ジョゼフの変わり様に拍子抜けした。殺る気が削がれたので帰るが、ジョゼフはその場から動こうともしない。なにか変な物でも食べたのだろうか。

 家に帰るとニーナが駆け寄ってきた。


「おかえり~」

「レナの様子は?」

「う、うん大丈夫だよっ。今日は疲れたからって先に寝てるよ~」


 ニーナがなぜか動揺しているのが気になるが、食事を作る。今日は疲れたのでパンと作り置きしていたシチューと簡単なサラダで済ませる。

 久しぶりのニーナと2人だけの食事だが、レナがいないと静かなもんだ。

 その後、風呂の用意をする。用意と言っても火と水の魔法を同時展開して、温度調節したお湯を入れていくだけだが。

 風呂に入ろうと服を脱いでいるとニーナが入ってくる。


「どうした?」

「お風呂に入るんだよ~」

「……終わったら呼んでくれ」

「ユウの言っている意味がわからないよ」


 意味がわからないのは俺のほうだ。


「ニーナと一緒に入ったらお湯が溢れるから嫌なんだよ」

「そんなことないよ~。だってこれは浮くしお湯は溢れないよっ!」


 そう言いながら胸を両手で抱えるが、胸のことを言っているのではなく、一緒に湯船に浸かろうとするから、お湯が溢れると言いたかったんだがまあいいか。

 根負けして一緒に入るが、湯船で引っついてくるのは止めてほしい。

 一緒にお風呂に入ったので満足したのか、風呂から上がるとニーナもすぐに寝ると言って部屋に戻った。ニーナも今日は疲れていたんだろう。


「なんでいる」


 部屋に戻ると俺のベッドに、ニーナとレナが寝ていた。年頃の女が涎を垂らしながら爆睡しているのはどうなんだ?

 俺は早速、今日剥ぎとったベナントスの胃袋を机に広げて、ウェストポーチ・肩掛け鞄・リュックタイプの寸法に切り取って作成していく。

 さすがに俺も今日は疲れたので、ほどほどで切り上げてその日は床に就いた。

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