第50話 ルーキー狩り⑦

「なんだと……?」


 セーヤはジョゼフの言った言葉を理解していても、聞き返さずにはいられなかった。


「おんなじことを何回も言わせるな。

 今から1回だけ魔法を使わせてやる。だが効かなかったらどうなるかはわかっているだろうな?」

「ふ……ふふ、驕りが過ぎるぞっ! 詠唱時間を気にせず唱えられるならば、例えセブンソードが相手だろうが勝てる!」

「はいはい、わかったからさっさと唱えろ」


 ジョゼフの挑発に長い耳まで真っ赤にさせつつも、セーヤは詠唱に入る。


「水の上位精霊よ、我が魔力を糧にその力、昏き世界より――」


 普段であれば詠唱が長すぎて使うことのない、水の上位精霊の力を借りた精霊魔法第6位階『グレイト・フォールズ』。

 仮にこの魔法が効かなくても圧倒的な水の水量に押し流され、逃げる機会ができるとセーヤは考えていた。


「まだかよ……」


 ジョゼフは欠伸をしながらそう呟く。


「っ!? 古の契約により顕現し我が敵に」


 セーヤの詠唱が完了する。時間を気にせず、自分の込められるだけの魔力を込めて完成させた第6位階の精霊魔法。相手がデリム帝国が誇る最強の戦士『セブンソード』でも通じると確信する。


「死ネッ!! 『グレイト・フォールズ』」


 水の上位精霊の力を借りた水の瀑布が、ジョゼフ目掛けて襲いかかる。




「あなた……許さない」

「グハハ、もう少しであのガキの腕を切断できたんじゃがな」

「……して……やる、バラバ……してあげる」


 ニーナがボルに襲いかかる。左腕を覆う鎧と盾がないとはいえ、他の部位はミスリルのフルプレートアーマーで覆われている。

 注意するのは顔と左腕、そしてあの妙なスキルだけとボルは考えていた。おそらく、あの言葉が魔言であり唱えると同時に発動、時間差もなく移動をしているのだろう。

 間違いなく固有スキル。しかも使いこなせれば強力な。


「いかに強力なスキルを持っていようが、使いこなせなければ意味がないわ! 不意打ちならともかく、儂と貴様ではレベルが違い過ぎるっ!」


 ニーナはボルの言葉など聞こえていないと言わんばかりの連撃を繰り返す。


「グハ、中々の連撃じゃがそんな攻撃がいつまでも――」


 しかし、ニーナの連撃は止まらない。


「むっ……これはただの連撃ではない。短剣技『インフィニティーブロー』、馬鹿がっ! 確かに無限の攻撃が続くじゃろうな、MPが続く限り」


 短剣技LV4『インフィニティーブロー』はMPが続く限り連撃を繰り返せる技だが、ボルのように全身を鎧で覆われている相手とは相性が悪かった。


「無駄というのが……ぐっ!?」


 ボルは違和感に気づく。いかにインフィニティブローを使われているとはいえ相手はルーキー、自分の実力であれば攻撃を捌きつつ反撃をすることも容易なはずなのに、今は防戦一方だ。

 それだけではない。インフィニティーブローを使用している最中なのに、ニーナは他の短剣技も混ぜてきている。


「馬鹿なっ! ふ……複数の短剣技を同時使用じゃと!?」


 すでにボルの顔には余裕などなく、全身から汗がどっと吹き出す。大地の戦斧を振るうがいつものキレがない。


(おかしいっ、戦斧が、儂の戦斧が別物のように重く感じるぞ!? 今は大地の戦斧のスキル重力操作でなんとか振るってはいるが、これではスキルでも封じられたようじゃっ)


 その間もニーナの連撃は続く。ボルはなりふり構わず攻撃を受けながら戦斧を振り下ろすが、ニーナは簡単にその攻撃を回避する。だが、これでやっと永遠とも思える連撃が止まったとボルは安堵するが、ニーナの表情を見て血の気が引いて行くのを感じる。

 ニーナは微笑んでいたのだ。その笑顔は殺し合いをしている最中だというのに、見惚れてしまうほどであっただけに一層恐怖を煽った。


「1本目~」


 ニーナがそう言うと右腕を後方へ引っ張った。まるでなにかを引っ張るかのように、そしてボルは自分の左腕に魔力で出来た糸が巻きついていることに気づく。


「待てっ!!」




 レナの治療が終わったが、肝心のレナはそのまま気絶してしまった。ユウは自分の右腕にヒールをかけようとしたが、焦げ臭い匂いに振り返るとゼペが立っていた。


「ひどいな~僕じゃなかったら大火傷だよ?」


 軽い口調だが全身から煙が立ち上っている。このままレナに近づかせたくないので、ゼペに自分から近寄っていく。


「もう少しでトカゲの丸焼きができたのにな。それよりいいのか?」


 ユウは最初の戦闘から感じていたことを質問した。


「ん? あぁ、目を合わせていること? 警戒する必要がないってわかったからね」

「やっぱり、俺が魔眼持ちって知っていたのか」


 ゼペとボルはユウと戦っている最中に、1度も目を合わせることがなかった。それは徹底されていて、仮に一方の目が合いそうになるともう一方が邪魔をする。


「セーヤも魔眼持ちだからね。それに僕たちは戦場で魔眼持ちと何度も戦ったことがあるから、なんとなくわかるんだよね~。もちろん相手の目なんかみなくても全身の動きからあるていどは予想できるから、戦闘にはさほど支障はないしね」

「なるほどな、だけど俺の魔眼の効果はわからなかったみたいだな」 

「ふふ、大体予想はついているよ。ずばり解析系でしょ? さっきボルが興奮して目を合わせていたけど、なにも起こらなかったし。

 ミラージュの指輪で僕のステータスは隠蔽していたんだけど、君には僕のステータスが見えてたんじゃないのかな? 最初に会った際の警戒も、解析系の魔眼を持っていたのなら納得できるしね。

 それに君は僕とボルを相手するって言っていたけど、こちらも最初から二人で相手するつもりだったんだよ? もし混乱・魅了・幻覚系の魔眼を持っていたら厄介だったからね」


 ユウはペラペラ喋るゼペの話を黙って聞いていた。


「さぁ、そろそろ君の左手を潰させてもらおうかな。

 セーヤの援護に向かわないと、乱入してきた男はかなり手練のようだしね」

「お前らがあのおっさんに勝てると思っているのか?」

「例え相手がBランク――いやAランクの冒険者が相手だろうと、僕たち3人の力があれば勝てるよ~。対人戦は得意なんだ」


 ゼペは右手に力を込めると槍技LV4『螺旋・剛』を放つ。槍に凄まじい螺旋の回転が加わり、ユウの左腕を貫通し3分の1ほど進んで止まる。


「ふふ~、これで自分で回復魔法を使うことも出来なくなったね? それにしても驚いたな。

 ボルが君の腕を切断できなくておかしいなって思ってたんだけど、君は『闘技』が使えないんじゃなくて、体内で『闘技』を使用していたんだね。

 どおりで硬いわけだよ。気づいてないと思うけど、それは上位冒険者でもほとんど使い手のいない技術だよ」


 ユウは傷ついていないほうの右腕・・・・・・・・・・・・で槍を掴む。


「無駄な抵抗はやめなよ? あの男を殺したらすぐに戻ってくるからさ。

 あれ、右腕……さっきまで――――いつ治したの?」

「お前はあのエルフの援護には行けないよ? ここで死ぬんだからな」

「ふはは、冗談にしては笑えないね。いい加減に槍から手を離してもらえるかな?」


 竜人のゼペが力を込める。亜人の中でも竜人は特に身体能力に特化している種族である。しかしユウが握っている槍はビクともしない。やがて両者の力に槍がしなっていく。


「僕と力で互角だと……っ!?」

「互角? さっきまでならお前のほうが上だったんだけどな、今は・・俺のほうが上だな」


 ユウは左腕に刺さっている槍を引き抜くと、魔拳で左腕に火の魔法を込めてゼペの左脇腹に貫手を決める。


「ググゥっ! な、何度、やってもこのていどの傷は……再生…………しないっ!? どういうことだ! それに――なぜ君の左腕が回復……いや再生している!?」


 ゼペの質問に答えず、ユウは黒魔法第2位階『アースランス』をゼペの脚目掛けて放つ。ゼペの両足を貫いたアースランスは、レナのアースランス同様に返しがついていて、ゼペが引き抜こうとしても容易くは抜けなかった。

 倒れたゼペに馬乗りになると、ユウは覗き込むようにゼペの瞳を見る。


「ふは……ふははっ、僕たちの負けでいいよ。僕たちはギルドから賞金がかけられているはずだか――――」


 ユウはゼペが話し終わる前に拳を振り下ろす。




 ジョゼフに自身の使える最高の魔法を放ったセーヤは震えていた。

 放たれた水の大瀑布はジョゼフが左手の魔剣を一振りしただけで、ジョゼフに届く前に全て凍らされていたからだ。


「今のショボイ魔法が最高の魔法か?」


 セーヤの目と鼻の先にジョゼフが立っていた。セーヤはジョゼフとの実力差と自身の未来を想像すると絶望し、身動きできずに震えることしかできなかった。


「わ……私に手を出せば不死の傭兵団・・・・・・が、許さないぞ」

「不死の傭兵団だろうが団長の『赤手空拳』のメリットだろうが、誰でも連れて来いや」

「まっ、待ってく――かはっ」


 セーヤの背中から真っ赤な剣が生えている。ジョゼフはそのままゆっくり・・・・と剣を上げていく。


「ぎゃあああああっ!! い、痛い痛い痛い痛いっ!! やめてくれっ!! あああ゛あ゛、悪かったっ! もうルーキー狩りなんてしないからや゛め゛てぐれっ!!」


 剣は高熱を帯びているのか、ゆっくり腹から胸に向けて切り裂かれているが、血は思ったよりも出ずに肉の焦げた匂いが辺りに充満する。


「お前らはやめてくれって言った冒険者を許したのか?」

「あ゛あ゛~嫌だっ、死ぬ゛……ゴブッ…………ないっやだよ゛っ」

「うるせぇ奴だな」


 そう言うとジョゼフは剣を一気に振り上げる。腹部から頭頂まで真っ二つになり、セーヤは絶命した。

 さらに高い物理・魔法耐性を誇るグレーターデーモンの皮で作られたローブが、紙のように切り裂かれ火が点く。




「あぁ~儂の腕が……脚が……返してくれ」


 ニーナに左腕を切断されたあとは、一方的な蹂躙がボルを待っていた。

 左腕のあとに鎧の隙間から右脚を切断され、その次は左脚を切断されたのだ。


「反省した~?」


 右腕しかないボルは懸命にバラバラにされた手足を集めようとするが、目の前のニーナが許さなかった。


「するっ! 反省するっ! いや、反省した!! だから早くっ! 儂の、わじの手足を返してくれぇっ!!」


「だ~め」


 ニーナの返事にボルは口が開いたままだ。


「だって、まだ一本残ってるよ~? 最後の1本だから時間かけてやるね~」


 右腕の鎧を剥がされるがボルに抵抗など出来ない。


「悪かったっ、儂が悪かった! だから許してくれっ!!」


 ボルは涙と涎を垂らしながらニーナに謝る。そんな姿を見ながらニーナは微笑んでいた。


「えへへ、許さないよ? じゃぁ始めるね~」

「嫌じゃっ! 誰かっ、誰か助け……ぐああぁぁぁぁっ!! 儂の腕がぁ゛ぁ゛ぁぁっっあっあっぁぁっ!!」




「お前の仲間は負けたみたいだぞ?」


 ユウの拳を両腕で防いだゼペだが、放たれる拳撃の威力にゼペの両腕は潰れていた。


「な……なぜだ、あの男の冒険者ならわかるが、女の……ルーキーの冒険者にまでボルが負けるなんて」

「それにしてもお前らには手こずったわ」

「僕たちは……不死の傭兵団に所属している、こんなことをしてどうなるかわか――」

「お前さ、俺の魔眼が解析って言ってたけど半分だけ正解だな」

「――いるの……半分?」


 ゼペの話を遮ってユウは話し始める。


「解析は目を合わせなくても使えるんだけどな。もう1個の方は使えるんだが条件があってさ」

「半分……正解? もう1個?」

「距離は1メートルくらいまで近づいて、対象と目を合わせて集中しないといけないしな。それに相手のスキルレベルが高いと時間がかかるから、今回は参ったわ」

「まさ……か、君の魔眼の……能力はっ」


 ユウが再度拳を振り下ろす。両腕が潰れているゼペは防ぐこともできずに、顔面で拳を受け止める。


「ガハッ、待て、殺さっ……」


 拳が振り下ろされる。


「いいや、お前は俺に殺してくれって言うね」

「ガ、グギギィ……ぞん、なこと……言うわけ」

「お前ら、最近噂のルーキー狩りだろ? 恨んでる奴らも多いんだろうな。そんな憎い相手に、スキルがないってわかったらどうなるんだろうな?」 

「あ、あ゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛……助け……て」


 ゼペは恐怖のあまり失禁をしていた。


「それに誰にも話していない、俺の秘密をなんで話したと思う?」


 拳が振り下ろされる。


「ギャ……グァァゥゥゥゥ゛……カヒュッ」


 拳が振り下ろされる。


「ヒュッヒュッ……」 


 ゼペの顔は悲惨なことになっていた。

 前歯は全て砕け、鼻を中心に陥没している。眼球も半ば飛び出ていた。


「まぁ、こんなところで許してやるか」


 朦朧とする意識の中で、ゼペは「あ゛……あひが……どう」と呟く。だが、ユウはそう言うと右拳に魔拳で火の魔法を込めて最後の一撃を振り下ろした。

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