第37話 ゴブリンキング①
ゴブリンキングのランクは4、Dランクゴルゴの迷宮でも下層へ行けばランク4の魔物はいるが、ゴブリンキングはランク4にもかかわらず、討伐クエストではBランク冒険者3パーティー以上が推奨されている。これはゴブリンキングの持っているスキル『眷属従属』が関係している。
ウードン王国にある王都国立図書館に残っている記録では、聖暦267年デリム帝国でゴブリンキング率いる3,000匹にもおよぶゴブリンが攻めて来るが、デリム帝国が誇る獅子の騎士団5,000人によって殲滅する――――だが、その被害は少なくなかったとされている。また聖暦302年自由国家ハーメルンに現れたゴブリンキングは、驚くことに1万匹以上のゴブリンを支配下に置き、攻めたとされている。
ゴブリンキングが単独ならともかく、スキル『眷属従属』を発動させているならば、冒険者ではなく災害認定として国家規模の対応が必要だろう。
「ぎゃああああっ! お、俺の腕がっ!!」
ムーガの技よりあとに出した、ゴブリンキングの剣技が先に決まった。その速さはまさに閃光だった。
「ば、馬鹿なっ。今のは剣技『閃光』。ゴブリンがLV4の剣技を使いこなすだとっ!?」
グラッツが驚くのは無理もない。一般的に魔物と人では身体能力に差があり、その差を埋めるために人は技術を磨くのである。魔物が人と同じ技術を持っているとすればどうなるかは明白である。
「火の元素よその力、我に集え」
ミミムがムーガを助けるために、自身が使える最高の黒魔法『轟炎』の詠唱を始める。
「我が手に集まるは、全てを焼き尽くす炎」
ミミムの詠唱を観ていたゴブリンキングが、
「火の元素よその力、我に集え 我が手に集まるは、全てを焼き尽くす炎」
(馬鹿な! ゴブリンが第3位階の黒魔法を!?)
そしてお互いの詠唱が完了する。
「「轟炎!!」」
互いの轟炎がぶつかり、辺りを高温の空気が包み込む。幸い同じ魔法・威力だったため、周りの木々に燃え移ることはなく済んだ。
「わ、私の最高の魔法が……嘘だっ」
「グゲグゲ」
ゴブリンキングは嗤う。そして後方に下がると、ゴブリンたちに指示を出し始める。
ゴブリン、ゴブリンナイト、ゴブリンソルジャー、ゴブリンシャーマンなど十数匹が前に出てくる。
レナはこの隙に、ムーガの切断された腕にヒールを唱え止血をする。レナの白魔法ではとてもじゃないが、切れた腕を繋げることなどできない。
「レナの嬢ちゃんがどこにいるかもわからないのに、どんどん進んで大丈夫か?」
「大丈夫だ。こっちであってる」
ラリットが心配するのも当然だが、ユウの『天網恢恢』は魔力を蜘蛛の巣状に広げる魔法だ。今回ユウは天網恢恢を円ではなく、扇状に展開することでより遠くまで索敵、探知しながら進んでいた。
ユウが大森林を迷わずに進んでいるのは、糸に通常では考えられない数の感知がある場所へ向かっているからである。
「レナ、大丈夫かな」
「それにしても、今日の大森林はやけに静かで不気味だな」
ラリットはそう呟いてユウのほうを見る。大森林の入り口付近ではブラックウルフやビッグボーなどがいたのだが、その後は魔物に遭遇することはなかった。
大森林は魔物の宝庫である。それこそ歩けば5分に1回は魔物に遭遇するほどに……。
そんな大森林をすでに1時間ほど進んでいるが、魔物にまったく出くわさない。
ユウが迷いなく進んでいくのはなにか確信があるのだろうと、ラリットもそれ以上は口を出さなかったが、それとは別にラリットはユウの強さに内心では驚いていた。
入り口付近で出会ったブラックウルフ、ビッグボーを出会って10秒もかからず秒殺である。その剣術はすでにBクラスでもおかしくないと思えるほどであった。
「まあ、俺の索敵にはなにも引っ掛からないからどんどん進もうぜ」
「ラリットまでつき合う必要はないのに、本当にお人好しだな」
「お人好し言うなっ。まあニーナちゃんの頼みだしな」
「ラリットさん、ありがとうね~」
「借りはいずれ返すよ」
ラリットはダマスカスダガーを手に取りながら、なにやら難しい顔をしている。
「こんなことで貸しとは思わないが、もし腕の良い錬金術師の知り合いでもできたら紹介でもしてくれや」
ラリットのダマスカスダガーには、すでに攻撃時に一定確率で毒になるスキルが付与されていたはずだ。スキルを付与することはできないのではと、ユウは思う。
「そのダガーにはスキルがついてないのか?」
「ん? 一定確率で毒にするスキルがついてるぜ」
ますますわからなくなった。1度、錬金術でスキル付与した武器・防具などには、追加でスキル付与はできないんじゃないのか。
「スキルが付いてる武器にスキル付与ができるのか?」
「はは~ん、そういうことか」
ラリットは俺が言いたい事がわかったようだ。ラリットの説明によると、ラリットの持っているダマスカスダガーは、迷宮の宝箱から手に入れたそうで、最初からスキルがついていたそうだ。
迷宮で手に入る武器や防具などには、希に最初からスキルが付いている物があり、そういった物には錬金術でスキルを追加で付与することができるそうだ。
また特殊な素材などで物を造った際にも、スキルが付与されることがあり、こちらも追加でスキルを付与することができるそうだ。
ラリットが錬金術士を探していたのは、ダマスカスダガーに攻撃時に『HP吸収』か『MP吸収』のスキルをつけたいためだった。魔玉は用意できたそうだが、上記のスキルをつけるには錬金術士の上位ジョブ、錬金術師でなければできないそうだ。またそういった錬金術師は、ありえないほどの金額を要求してくるそうだ。
「勉強になったよ。錬金術師の方は見つければ教えるよ」
「期待してないが頼むわ」
レナのいる場所まであと少しだ。とんでもない数の魔物が天網恢恢に反応していた。ラリットも気づいたようで、普段のふざけた表情から厳しい表情になる。
「ニーナ、もうすぐレナのいる場所に着くが、大量の魔物の気配がする。離れるなよ」
「わかった」
ニーナも遅れて気づいたようで、武器を両手に装備する。
あれからどのくらいの時間が経ったのだろうか。ムーガの腕を止血したあと、片腕にもかかわらず頑張って戦っているが限界が近い。
私もミミムもMPが切れそうだ。グラッツも自分の身を守るのに精一杯で、先ほどから盾としての役割を果たせていない。
「くそったれがっ! わざと弱い奴からだしてきやがって!!」
「も…………もうMPも底が……尽きそうです……」
ゴブリンキングは、わざとランクの低いゴブリンから出してきていた。数も私たちがギリギリ倒せる数に調整しながらである。自分の配下のゴブリンが死んでもなんとも思っていないようで、むしろこちらが少しずつ弱っている姿を観ながら、楽しそうに嗤っている。
「嬲り殺しにするつもりか……クソがっ」
とうとうムーガが立つのもままならずに、地面に座り込む。そしてミミムが信じられないことを提案する。
「ムーガはもう限界です。私とレナさんで魔法を放って、そこから逃走しましょう」
「……今のムーガに逃走するだけの体力はない」
「ええ、ですから囮になってもらいましょう」
横にいるグラッツを見ると、ミミムの提案に反対する所か頷いている。
「お、お前たち……本……気で……言ってるのか?」
「……嫌」
パーティーメンバーを見捨てるなど、私にはできない。そんなことをすればユウとニーナは私を軽蔑するだろう。
私が拒絶すると、グラッツが私の胸倉を掴んできた。
「ガキみてえなこと言ってんじゃねえっ!
俺たちが助かるにはそれしか方法はないんだよっ!!」
「……嫌……放して」
「レナさん、大人しく言うことを聞いて下さい」
「グラッツ、その手を離せっ!」
私たちが言い争っている間も、ゴブリンたちからの攻撃はない。周りのゴブリンたちを見ると、私たちが仲違いしている姿が楽しくて仕方がないように哂っていた。
「いいか? 今からミミムと同時に魔法を放つんだ。あとは俺が壁の薄くなったところを切り開くからな」
「……絶対に……嫌……っ」
「てめえっ!!」
拒絶するとグラッツが私の胸倉を掴んだまま、殴りつけてくる。
身体を持ち上げられた状態で、なすすべもなく殴られ続ける。
こんなところで、私は死ぬわけにはいかない。私は賢者になる夢がある。ユウ、ニーナと一緒にこれからも冒険を続けたい……意識が……遠の…………いて……い……く…………
「グラッツ! こうなったら私たちだけでや――」
ミミムがグラッツに、自分たちだけで逃げる提案をしようとしたそのとき――爆風が起こる。
凄まじい爆風だ。その威力は数十匹のゴブリンを吹き飛ばすほどである。自分たちを囲んでいたゴブリンの壁にぽっかり空いた場所には人影があった。
少年に少女、中年の男性。見た目から冒険者とすぐにわかった。
少女はなぜか怒った顔だ。中年の男性は険しい表情でこちらを見ている。
そして少年は――
「お前ら、なにやってくれてんだ」
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