第2話失踪の果てに
「あれ、お前確か食事ってのはとんでもなく無駄な行為とかなんとか言ってなかったっけ?」
会社の社員食堂で旨そうにカレーを平らげている十文字を見かけ、僕は彼の両肩に手を置いてからかうように言った。
「いや、ここのカレーは旨いな。そんじょそこらの専門店より旨いよ!」
以前の彼ならば決して出ない台詞だ。人間は結婚するとこうも考え方が変わるものだろうかと不思議に思う位だ。
「十文字、お前少し太ったんじゃないのか?」
「そうかなぁ…瑞樹、ああ見えてなかなか料理が上手いんだよ」
だから食べ過ぎて太ったと言う事なのだろう。こうやって仲のいい友人の前で恥ずかし気もなく平然と妻の事を
酷い事故だった。横断歩道を渡っていた瑞樹にはなにも過失は無い。これは前方不注意で左折をしたダンプカーの完全な過失だが、そのダンプカーに巻き込まれて瑞樹は命を失った。事故の後ですぐに救急搬送され、病院まではまだ息があったそうだ。しかし、連絡を受けた十文字が病院に駆け付けた時にはもう、瑞樹は息を引き取っていた。本当にすぐにでも目を醒ましそうな彼女の手を取った時の、まだ完全に冷たくなっていない瑞樹の掌の感触が、脳裏に焼き付いて離れないのだと十文字は言っていた。
それから一週間もしないうちに、十文字は会社を辞めてしまった。辞めてしまったというより失踪して会社から籍を抜かれたという方が正確だろう。
その十文字から再び連絡があったのは、それから三年の月日が経った頃だった。
「お前いったい今まで何してたんだよ!」
「そんな事は今はどうでもいい。実はお前に見せたいものがあるんだ。これから会わないか?」
「会う?それは構わないけど、お前今、どこにいるんだよ…」
「じゃあ、今地図を送るから…」
十文字から送られてきた地図を車のナビに登録して、彼の家へと向かうとそこにはひとりで住むには少々広すぎる、恐らく中古物件と思われる平屋の家があった。
玄関の呼鈴を鳴らすと、十文字から「入ってこい」と返事がある。
その返事の通りに玄関のドアを開けた時、僕は心臓が止まるかと思うほど驚いた。
そこには、瑞樹がいた。
いや…瑞樹がいる訳がない。長年この仕事をしている僕だから判る。とても精工に造られた瑞樹そっくりのアンドロイドがいた。
「これ、お前が造ったのか?」
「ああ、ここまで仕上げるのに3年掛かったよ」
やっぱり十文字は天才だと思った。今のウチの会社にこれ以上のアンドロイドを造れる人間が果たしているだろうか?それくらい僕の目の前にいるこの瑞樹のアンドロイドは完璧だった。
「なあ、十文字。お前、またウチの会社に帰ってこいよ!失踪の件なら僕も一緒に謝ってやるからさ」
「いや、仕事なら既にリモートで出来る仕事を探してあるんだ。俺はこれからここでずっと瑞樹と一緒に暮らそうと思っている」
「別にリモートじゃなくたっていいだろ。ウチの会社ならお前の才能を十分に活かせると…」
「いいんだ、もう…」
「いいって、どうして」
「俺、もうそんなに長く生きられないんだ」
十文字は膵臓の末期癌で余命は三か月と医者に宣告されたらしい。だから、残りの余命はこの家で瑞樹にそっくりなこのアンドロイドと最後まで一緒に過ごそうと決めたのだそうだ。
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