内村さんは潤いが足りない
たい焼き。
ささくれ予防には保湿が大切なんです
「んな〜」
「あっ、そこはダメだよ!」
あぁ……借りたアパートに付いていた猫のミーコが、私の買った爪とぎを無視して部屋の壁でガリガリと爪を研ぐ。
コレ、退去の時に請求されるのかな……。
ミーコは自由気ままだ。
甘えたい時にこちらへ甘えて、放っといて欲しい時は一切近寄ってこない。
「いいね、ミーコは自分のペースで生きられて」
頭を撫でようとミーコへ手を伸ばすと、するりとかわされてしまった。
行き場をなくした自分の手をジッと眺めると、人差し指に小さなささくれがあるのを見つけた。
季節はもうすぐ暖かくなる前の最後の冷える時期。
今までは自分の手なんて見向きもしなかったけど、ささくれ立ったガサガサの手で撫でられてもミーコは気持ちよくないかな……?
「ミーコはガサガサの手で撫でられるはイヤ?」
「にゃ」
短く返事をしたミーコはぺろぺろと自身を丁寧に毛繕いし始めた。
猫っていつも毛繕いして結構キレイにしてるよね。私も見習うべきか?
「よし!ミーコを見習って私も女子力をあげよう!」
ミーコが冷めた目で見ている、ような気がした。
***
肌の保湿には何がいいのかよく分からなかったので、家から電車で30分ほどのところにあるファッションビルへ向かった。
地下一階から10階まであるビルの中なら、きっとそういう事に特化したお店もあるでしょ!
一応、持ってる中で1番おしゃれに見える服に身を包み、普段よりも少し濃いめのメイクをしてこの場に浮かないように気を付けて来た。
普段、スキンケアやおしゃれなどを疎かにしていた事を心の中で反省する。
こういう普段よりも敷居が高い所に行くには普段着では無理だよなー……。
心なしかここに来ている買い物客たちもみんなキラキラしてるし、私とは違う世界にいる人たちなんだろうな〜……。
周りの空気に圧倒されながらも、私でも入れそうなお店を探す。
「こんにちは〜、何かお探しですか?」
「へぇぁ?!」
突然、横から声をかけられびっくりして変な声が出てしまった。
恥ずかしい。
声のした方に顔を向けると、明らかに私とは住む世界の違うキラキラしたオーラをまとったイケメンが笑顔で少し首を傾げていた。
「へぇぁって……お姉さん、ずいぶん面白い反応されるんですね」
「あ、あ、ちが、あ……す、すみません」
イケメンのキラキラオーラと恥ずかしさでぺこりと頭を下げたまま私は動くことが出来ない。
今、顔をあげたらキラキラオーラにきっと
頭からイケメンの柔らかく笑う声が降ってくる。
「大丈夫です、お顔をあげてください。良かったら、お探しのものを一緒にお探しますよ」
お店の人だったのか……。
ゆっくりと顔は上げたもののイケメンの顔は直視できない。きっと見たら目がびっくりしてしまう。
イケメン店員さんの喉あたりに焦点を合わせて、しどろもどろになりながら相談してみることにした。
「あ、えっと……ハ、ハンドクリームを探してて……」
「そうなんですね、今日はお気に入りのお店に……?」
思わず、ブンブンと首を勢いよく横に振る。
今までハンドクリームなんて特に使ったことがないので、お気に入りも何も無い。
「良かった。それならうちの店でもケア用品を取り扱っているので、良かったらご案内させて下さい」
店員さんはキラキラした雰囲気を崩すことなく、視線を少し下げている私にも見えるように手で店内へと案内する。
さすが、イケメン店員と言うべきか、ケア用品店の店員というべきか。
「どうぞ〜」と案内する手はしっとりツヤツヤで、私の手とは大違いだ。
自分の女子力の低さが露呈したようでますます背中を丸めて小さくなってしまう。
そんな私の挙動など気にすることもなく、店員さんが早速営業を始めた。
「うちにはハンドクリームだけじゃなく、いろいろなスキンケア商品がありますよ。お客様はどのような香りが好きですか?」
匂い……かぁ……。
「……えっと、猫を飼っているのであんまりキツイ匂いはちょっと……」
「え! 猫ちゃん飼ってるんですね! 可愛いですよね〜。名前は何て言うんですか?」
思わずミーコの話題で盛り上がってしまった。
店員さんもかなりの猫好きなようで、最初のキラキラオーラから今はすっかりただの猫好きイケメンとなり、ミーコの話題のおかげで私もかなり話しやすくなった。
「……そんなわけで、ガサガサの手じゃミーコも嫌かもって思いまして……」
「なるほどです。うちでは実際いろいろ試しながらお買い物できますので、よければミーコちゃんにも気に入られるようなものを見つけましょうね」
そのまま店員さんに案内されて、大きな洗面台があるところまできた。
店員さんはそこまで私を案内しながら、いくつかの商品を手に持っていた。
「失礼しますね〜」と店員さんが私の手をとり、手の甲をマジマジと観察される。
は、恥ずかしい!
店員さんのしっとり艶肌の手に私のガサガサ肌の手が乗せられて、色んな意味で顔から火が出そうになる。
「今までハンドクリームだけでの保湿ではきちんと保湿しきれなかったのではないですか?」
「え、えっと……」
「時々でいいので、簡単に肌の古い角質を取り除いてあげるとクリームの保湿効果が高まりますよ」
店員さんはそういうと、保湿クリームの他に角質を落とすためのスクラブクリームも持ってきた。
私に一言断ると、私の右手を大事そうに支えながら洗面台で濡らす。
「こちらは砂糖で作られたスクラブですので、ミーコちゃんがイタズラしても大丈夫なものです」
私の右手に店員さんはスクラブクリームをたっぷりと乗せて、そのまま店員さんの手が直接スクラブクリームを手の甲から指先まで一本一本丁寧に広げる。
そのまま両手で私の手を包み込むようにしながら、優しくクルクルとマッサージしてくれる。
指も一本ずつ丁寧にマッサージしてくれる。
イケメンに手を丁寧に扱われているだけで、気分は夢の国のお姫様になったようだ。
「それでは流しますね」
ふわふわとどこかに飛びそうになった意識を一気に引き戻した。
水で洗い流す時も優しく丁寧にしてくれる。
スクラブクリームが流れ落ちると、直に店員さんの手の感触が伝わって心拍数があがる。
しっとした見た目と違って、少しゴツゴツした手が壊れものでも扱うかのように私の手に触れる。
「まだ保湿クリームは塗っていませんが、スクラブだけでもだいぶモチモチしたお肌になりましたよ」
真っ白なタオルでそっと抑えられ拭いてくれた私の手を「触ってみてください」と促される。
おそるおそる左手で右の手の甲に触れると、今までになかったしっとり感とモチモチと肌に吸い付くような感触に驚く。
「え、これ……すごい……」
「しっとりモチモチで気持ち良いですよね〜。でもこのままだとまた乾燥しちゃうので、保湿クリームを塗らせていただきますね」
店員さんが今度は別の瓶からクリームを掬いとり、自身の両手を合わせてクリームを塗り広げている。
同じようにやれって事かな?
店員さんの動きをジッと見ていると、店員さんの両手にまたもや私の右手が包まれる。
店員さんの手の中で温められた保湿クリームを、私の手に移すようにやわやわと揉み込まれる。
私より体温が高い店員さんの手に包み込まれていると、ドキドキして私まで体温があがってしまう。
「これで保湿もしましたので、乾燥にも負けません」
「触ってみてください」と言われ、また自分で触るとしっとりしつつも保湿クリームのベタベタ感はない。
ここに来るまでに感じていた私の場違い感もすっかりどこかへ行ってしまった。
外見が変わったわけではないけど、丁寧に扱われたことで私の中で何か変わったのかもしれない。
その後、店員さんに勧められるままにスクラブクリームと保湿クリームを購入。
「よかったら、次来たときはミーコちゃんのお写真も見せてくださいね」
「あ、は、はい……!」
ただ接客してもらっただけなのに。
ドキドキしているのは、きっと早足で歩いているから。
でも。
このスクラブと保湿クリームがなくなったら、また会いに行きたい。
買った商品だけでなく、まだ言葉にならない気持ちの種を胸に抱えてミーコの待つ家へ急ぐのだった。
内村さんは潤いが足りない たい焼き。 @natsu8u
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