絆創膏

奈那美

第1話

 「お!残っているのは、安藤に遠藤か。他のやつらは?」

突然、教室の入口から声をかけられた。

声の主は、担任の森口先生だ。

 

 「たぶん、帰ったり部活だったりだと思います」

遠藤君が答える。

「お前たちふたりじゃあな……いや、いいか。ふたりともヒマか?ヒマだよな?ちょっと先生の手伝いをしてくれないか?」

 

 いや……たしかに何かすることがあって残っていたわけではないけれど。

頭ごなしにヒマ扱いされるのも、ちょっとムカツク。

遠藤君には悪いけれど、忙しいフリして先生の手伝いはすっぽかそう。

先生に恨みはないけれど、ついさっき遠藤君に告られて断ったばかりだし。

ふたりで先生の手伝いだなんて……なんだか気まずい。

 

 「わかりました。安藤さんも、大丈夫だよね?」

遠藤君が先回りして了承してしまった。

「あ……うん」

「よかった。じゃあ、ふたりとも着いてきてくれるか?」

 

 先生に連れていかれた先は、体育館の中の倉庫だった。

ボールだったり体育マットだったりは、別の場所──用具室に置いてあるから、倉庫の中は別のもの、体育館で行事が行われるときに使うものが入れてある……いろんなものが雑然と入れられていて、なにがどこにあるのかさっぱりわからない。

 

 「いや、そろそろ卒業式だろう?立て看板とか色々準備しないといけないんだが、俺一人ではなかなか時間が取れなくってね」

……そうだよね。

私たちのクラス担任のうえに国語の授業を受け持って、おまけに部活の顧問もしているんだもの、雑用に割ける時間が少ないのも無理はないわ……私は教師にはなりたくないな。

 

 「それで、ぼくたちは何をしたらいいんですか?」

「立て看板を探し出してほしいんだ」

「看板ですか?」

「そう。おまえたちの入学式の時にも、校門に立ってただろう?」

 

 私も思い出した。

背の高さよりもちょっと高いくらいの、木でできた看板。

「先生は右側を探すから、お前たちは左側を頼む」

「先生」

遠藤君が口をはさんだ。

「なんだ?」

 

 「ただ探すよりも、倉庫の中を片づけながら探した方が、のちのち便利じゃないですか?」

先生はちらっと時計を見て少し考えて言った。

「そうだな。その方がよさそうだな」

 

 中のものを運び出しながら、種類別に分けて置いていく。

重いものは少ないし、単純作業をこなしていくだけだから気まずい思いも少なくていい。

そして最後のひとつを運ぼうと、持ち上げた。

 

 「っ」

思わず声が出た。

指を見ると、ポツッと小さく赤いモノが見えた。

最後に持った木枠のささくれで指を怪我したみたいだ。

──サイアク。

やっぱり手伝わなきゃ、よかった。

 

 「どうした?安藤」

「安藤さん、大丈夫?」

ふたりが声をかけてくれる。

「あ~木枠のささくれで指をつついたみたいで。でも、大したことないです」

 

 「ケガ、したんだ。ちょっと見せて」

「え?いや、いいよ」

「よくないよ。指、出して」

指を見せると、遠藤君はパスケースから絆創膏を取りだして、器用にくるっと巻いてくれた。

 

 「ありがとう」

「どういたしまして」

メガネの奥の細い目がにっこりと笑う。

「帰ったら、ちゃんと消毒してね」

「うん」

 

 片づけも終わり、当初の目的だった看板を見つけた時には下校時刻をすぎていた。

「ふたりとも、世話になったな。助かったよ、ありがとう。もう暗いから安藤くらいは送ってやりたいんだが、このあと会議があるんだ。申し訳ない」

「駅までくらい、ぼくが送りますよ」

「悪いな、遠藤」

 

 「いや、私はひとりで大丈夫だよ」

「大丈夫でも、一緒に帰ろう?同じ駅使っているんだし」

そういえば、そうだ。

「……うん」

 

 カバンを持って、駅までの道を二人で歩く。

なにもおしゃべりしなくてもいいんだろうけれど。

「……さっきは、ありがとう」

「なにが?」

「絆創膏。いつも持ってるの?」

 

 「うん。一緒に住んでる兄ちゃんに子どもがいるんだけど、まだ小さいからすぐ転んで足とかすりむくんだよ。だから、いつも持ってるんだ」

「いつも遊んであげてるの?」

「兄ちゃんもお嫁さんも仕事が忙しいからね。保育園の送り迎えなんかは母さんがやってるよ」

「そうなんだ」

 

 それからは特に話すこともなく、駅に着いた。

「ぼく向こうのホームだから。じゃあね、また明日」

「うん。ありがとう、また明日」

自然と、そう言っていた。

遠藤君がこ線橋を登り始めた時、私のホームに列車が入ってきた。

私は遠藤君の後ろ姿に小さく手を振って乗り込んだ。

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絆創膏 奈那美 @mike7691

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