第36話 エピローグ
ジュゴンとウミケムシを足して二で割ったような見た目のラフワムート族は一体全体で何体いるのだろうか。
海溝の中腹当たりの崖町を覆いつくさんばかりの魔族が、穴という穴からこちらを見下ろしている。
うむ、壮観だ。よくぞ、この景色に慣れたぞ、俺。とりあえず、半分くらいとは挨拶できた自信もある。
だから、別に良いのだが――。
「これより、大魔王様とセブンスの婚姻の儀を執り行う」
いや、はえーから!
なんで、こうなってるの!?
『日の高いうちから、日が暮れるまで男女がその身体を重ねる行為はラフワムート族の間では、プロポーズとその受諾という意味合いがあるのよ』
『知らなかったらノーカンだろ!?』
魔族たちがすごく目を輝かせている。すでに何体か泣いてるし。
あぁ、お義母さまも……うぅ……なんだか俺ももらい泣き――って、すでに俺も周囲に流され始めてる!?
『私と……結婚するの嫌?』
黒いドレスに黒いベールを身に着けたノイルは、現在、完全体の姿をしている。でも、そのしなやかな背に、流麗な肢体、そしてどこか恥じらうような佇まいを目にして生唾を飲んでしまう。
いや、抗えないわ。
『嫌じゃない……です』
『そっ……そう。まぁ、あんたが嫌だって言うなら、別に破棄してもらってもよかったのだけど』
そういいつつも胸を撫でおろす彼女。
まったく情けないな。俺は。
『ちょっ⁉』
『へたれの汚名返上だ』
二人がけの玉座から降りて、俺はノイルの前で片膝をつく。そして、彼女の手を取り、レースの手袋に口づけした。
『~~~!?』
歓声が沸き立つ。
そして式はサクサク進行してゆく。
いや、本当にサクサク進行した。
え、俺……もう既婚者?
まじ?
で、色々とあって初夜ですわ。
いや、本当にファスト映画かよ。
「さて、それじゃあ……やるわよ」
『そんなムードという概念の存在しない村の生まれのような……てか、ノイルさん。どうして人間の姿に?』
式の時とは異なり、彼女は寝台で半人半魔の姿となっている。黒いドレスを纏っており、その深淵部分は隠されているため、ただの美少女だ。
ちなみに、ラフワムート族が使う寝台はくらげのような透明な物体だ。ウォーターベッドみたいな、ね。やだ、ハレンチ!
「……お互い、初めてなんだし、相手の好みの外見の方がいいんじゃないかなって」
『お……おう』
鼓動がうるさい。覚悟を決めるしかない。
彼女の肩に触れて、ゆっくりと押し倒す。
「ぁっ……」
その小さな身体が寝台に沈み、蕩けた目でこちらを見つめている。
やばい。理性が溶ける。
『その、キスして……いい?』
「そういうのは言葉にしないで、ムードで察してよ」
『ごめん』
いや、君もさっき大概だったよ?
とはいえ、気を取りなおして、フジツボみたいな凹凸まみれの口元を彼女の薄く形のよい唇に重ねる。
「んっ……ぁっ……」
俺が持っている予備知識なんてとても実践に即したものではない。ただ、思うまま彼女と身体を重ねてゆく。それだけでも、まじりあってゆく感覚に頭は溺れていってしまった。
「ねぇ……そろそろ」
長い愛撫を経て、彼女の言葉に何かがはじけ飛んだ。
そうだ。ついに悲願が成就するときが来たのである。
『あぁ……』
ムード満天。これはもういくしかないですよ。
ここからは「大人になるまで待てないよVer」になるので、肝心な部分はカットさせていただくことになるかもしれないが、全国のキッズは文句言わないでくれよな!
『あれ? そういえば、俺のあそこってどこにあるんだ?』
「なに? 分からないの? はぁ、仕方ないなぁ」
『済まんて』
クソ!
どうして肝心なことを忘れていたんだ。いまだに俺は自分の身体の機能を理解しきっていない。食事も排泄も、なんなら呼吸もそんなに必要じゃない身体だ。知らないことだらけだ。
「ちょっと失礼するわよ」
そう言うや、ノイルはカラスの羽根のようなスカート部分をめくり、俺の股下に小さな体を滑り込ませる。
『んっ! ノイルさん!? 女の子がそんな場所に入っちゃ……あぁ‼ なんか、新しい扉開きそうだからっ――そんなとこ、まさぐっちゃ、らめぇ‼』
「うるさいわね。男の子なんだから堂々としていなさいよ」
『うぅ……差別だ。もうお婿さんに行けない』
「これから行くのよ」
あぁ……ノイルが俺の身体に入ってゆく。雪山で鎧の中に入られたときとはまた異なる感覚だ。
「あれ?」
『ん? どうしたの?』
ノイルが俺の中から再び出てきた。
「ない」
『は?』
「その……あんたの男の子の部分ね……あるはずの場所を探したんだけど……………無かった」
『……………………無かった?』
嘘でしょぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお‼
一度は諦めかけた童貞卒業の夢。それが達成直前でこれ⁉
使う前に無くなっちゃったとか、どこぞの魔導王だよ!?
ノイルもひたいに手をやっている。いや、これマジなやつだ。
「やっぱり魔王の胞胚を中途半端に取り込んじゃったからかしら」
『ちょっとノイルさん⁉ これ、どうすればいいの⁉』
「うろたえないで。とりあえず、手はまだあるわ。コルマハラにいる
『なんか、嫌な予感がする! きっとトリアみたいなろくでもないやつでしょ!?』
麻薬、人体実験、環境破壊、社会的不公正に続き、ついに遺伝子操作かい。
てか、遺伝子って概念がこっちの世界にもあるのかよ。
「じゃあ、このまま無いままでいいの?」
『それもやだぁ……』
「なら行くわよ。どうせ、目的地に変更はないのだから何も問題はないわ」
くそう、くそう。
とりあえず寝て起きたら生えてるとかないのかな……ぐすん。
落ち込んでいると正座したノイルが太ももをポンポンしていた。
「その……今日はもうここまでだけど……ここ貸してあげる……」
『……ノイルぅ』
甘えるようにその白く、すらっとした腿に頭を乗せる。
以前のような妄信的な顔ではなく、恥じらう乙女のような表情に見下ろされ、どこかくすぐったかった。その頬を赤らめた顔はとても可愛くて愛おしい。
美少女の膝枕。あぁ、そうだ。俺はもしかしたらこの時のために生まれてきたのかもしれない。これまでの艱難辛苦とこれからの艱難辛苦。すべてはこの時のために必要なものだったのだ。
ニーチェっぽく、そう思うことにする。
「大丈夫。私はどこにも行かないから」
そんな彼女の言葉に、玉無し竿無しの俺でも応えられることはあるだろう。
『そっくりお返しするよ。その言葉』
「なんか、生意気……」
そんなことを言ったらひたいを軽く叩かれた。
なんでじゃ。
深い海の底で、夜に耳を澄ますとわずかな潮のさざめきが聞こえてくる。
人間をやめて……いや卒業して、俺は魔族として、そして大魔王としてここにいる。
魔族の倫理観やあり方はまだ理解しきれていない。
人間の醜い部分ともまだ向き合いきれていない。
それでも、魔族側にも人間側にも俺を受け入れてくれた人たちがいた。
俺にできることは何だろう?
それをノイルやハンズたちと探していけたらいいな。
ただ、ひとまずのところは――早く倅を取り戻して童貞を卒業したい……。
(了)
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