第35話 人間じゃないから
結論。
予想通り、自ら鐘に変形して音を鳴らしたのはエールだった。
今はレッドが逃げ回るエールたちを次々と襲い、ぼりぼりと噛み砕いている。それを見てトリアは蓋をアホみたいに速く開閉させている。多分、大爆笑しているのだろう。
ほどほどにね。
「……くそ……舐めやがって」
起き上がった勇者の目は血走り「最早お前が魔王だろ」と言いたくなるような形相をしている。
『レッド。それくらいにしておきなさい。トリアも臨戦態勢』
すぐさまハンズたちが持ち場に着く。レッドは水盆に戻って俺の頭上へ。トリアはノイルの斜め前方に控えた。
ちょっと、うちの彼女めっちゃクールじゃない?
俺とか……まだ、恋人が出来た余韻に脳みそがふわふわしてるんですけど。
いやぁ、これ通っちゃうなぁ。彼女できちゃったから、これ普通に攻撃が通っちゃうなぁ! まじ、勇者の攻撃怖ぇわ。
はっ⁉
エール殿が! また死んでおるぞ‼
メイン盾のくせに何やってんだよ、まじで。
「おい、お前ら」
勇者は足を引きずりながら、すでに戦意を喪失しているパーティーメンバーのもとへ行くと、盗賊娘の頭を鷲づかみにする。
「っ⁉」
「俺の力になれ」
「いっ――嫌ぁっ⁉」
瞬間、少女の身体がザクロのように赤々と弾けた。
「きゃあああああっ⁉」
「ゆっ……勇者様!? どうか……お慈悲を……」
勇者は残された二人の細い首を同時に掴み上げる。
「あああああああああああああああ!」
「いっ――いやぁあああああああああああ‼」
嫌な水音と共に、二人の魔術師もその黒と白のローブを残して肉の塊となった。
「ははっ。肉奴隷は若い女なら金貨30枚はくだらない。なら、スキル持ちの女で作る武器はどの程度の強さになるかなぁ。なぁ、魔王様よぉ? これで女はいないぜ? ちったぁ童貞様の嫉妬も和らいで、ダメージが通るようになるんじゃねえか?」
血走った目は狂気で濁っている。
こちらに首だけで見返る勇者の周囲に三本の血柱が立った。やがて、その中から一本ずつ、赤黒く歪な形をした槍が姿を現す。
「殺してやるよっ‼」
勇者は槍を一本持ち、残りの槍は意思を持つかのようにそのそばに控える。
『魔力も補給できたし、私が潰そうか? あのクズ』
『あいつは、おたくが手を汚すほどの値打ちもない』
『つまり、あなたじゃなくて私がやるってことでいいのよね? あんた、オタクでしょ?』
『あっ、ごめん。ちょっと元ネタを後で説明するから、ここは俺に任せ――って、勇者がもう襲ってきたぁああああああ!?』
ノイルを突き飛ばして勇者の前に立つ。それと同時に、赤黒い槍によって腹部が貫かれた。
本日、何度目よと思った瞬間、口から赤黒く生ぬるい血が噴き出た。
『……がっ!』
「ははっ。効きやがったな!」
きつい。
何だ、この痛み。めっちゃしんどい。
魔王の血も赤いんだな。
泰平の世の、平和ボケした島国出身のシティボーイにこんな痛み、耐えられるわけがない。
意識を切り離した方が楽だ。全身がそう告げていた。
だが、それに従うわけにはいかない。
『お前馬鹿だろ。あの子たちを武器にしなくても、もう俺にはダメージが通るって言うのによぉ』
「なに言ってやがる」
先ほどのやり取り見てなかったのかよ。まぁ、見られてても恥ずかしいのだけど。
勇者の槍がさらに二本、この身を貫く。
槍が刺さった場所以外がなぜか痛い。まるで全身で痛みを分かち合い、負担を患部に集中させないようにしているようだ。
大丈夫だ。まだ、やれる。
『もう、お前みたいな野郎を羨まなくて済むご身分になったってことだよ』
槍を持つ勇者の手を掴む。
そして、腹を突き破った槍を振り上げ、タイミングよく相手の手を放すと勇者の身体が宙を舞った。
「なっ!?」
『ボスだろうがなんだろうが、空中に浮いた敵にはコンボを叩き込むのが基本だろ?』
正直、コンボは稼げない。なぜなら一撃で仕留めるからだ。
気弾は強力だ。けれど、威力が強すぎて人を殺してしまう。場合によっては遥か地の果てまで飛んで、無関係な生命に被害が及ぶかもしれない。
ヒーローの超常な力や技の影響で、作中では描かれないけど絶対一般市民が何人か死んでるよね、と疑問に思うことはないかい?
俺はある。
めっちゃ速く走れるヒーローが街角でボーイフレンドと話していた女の子と衝突して、その子をミンチにしたりとか、そういう風なことが絶対起こりえるよね。
世界を救った英雄の戦闘の余波で、どれだけ何者でもない民間人が死傷しているのか。数えることはできるだろうか?
ヒーローが救った命の数を数えられないのと同様に、ヒーローが殺めた命の数もまた数えられないのではないか?
だから俺は気弾を全力では放たない。地面に向かって水平には――。
『喜べよ、勇者。俺の初めてを二つ、お前に捧げてやる! 一つは全力の気弾。そしてもう一つは――殺人童貞をなっ‼』
お空にいる鳥さんたちは黄色い線の内側まで全力でお下がりしてくれ。
エネルギーが集約され、両足が地面にめり込む。やばい。これ、足場が崩れるやつ。
馬車につながれた馬が逃げられずにいたよな、確か。
『馬は任せて!』
崩れ行く足場において、ノイルが冷静に動いてくれる。
ありがたい。なんて、聡明で美しいんだ。あ、あの子、実は俺の彼女なんですよ~と空想上の誰かに自慢をしておく。
これで心置きなくぶっ放せるぜ。
「やめろぉおおおお!」
いつまで高い高ーいしてるんだよ。
ママからの説教は効果がいまひとつのようだったからな。次はパパの番だ。悪い子にはお仕置きが必要だろ?
これこそ全国のお父さんたちがやるべき、本来のパパ活だ!
『必殺。ウラノスアタァァァァック‼』
気弾を天に向けて放った。超大な瀑布を下から上へと突き上げるような勢いで、光の奔流が空を落ち行く勇者へと向かう。
そして足場は崩壊し、俺もまた落下する。
『あぁああああああああああああああああああああああああああ‼』
魔王でも、高いところ怖ぁぁぁぁぁぁああああい‼
背に強い衝撃を受け、全身が雨に打たれる。でも、それは雨ではなく宙に跳ね上げられていた川の水であった。
疼痛を覚える。川の半分を塞ぐ巨石の上に運よく落ちたため、川流れすることなく済んだ。
改めて見上げると山肌が大きくえぐれてしまい、もう崖路は影も形もなくなっていた。
いかん、環境破壊だ。レッドとルーザに殺される。後で直せるかな?
やっぱり人間をやめるとろくなことがない。強すぎる力とか害悪でしかないだろ。
というかノイルは大丈夫か?
『あんた、周りをよく見なさいよ……』
空に影が降り立つ。そこには翼を生やしたノイルと影に包まれて宙に浮かんでいる馬が二頭いた。
『はぁ……飛ぶのって魔力使うのよね。回復できてなかったら無理だったわ』
ふっと力が霧散してノイルが落ちてくる。
『ぶっ!』
『何よ……その重たいものが降ってきたような反応は?』
魔族の女の子も体重気にするんですね……。
なお、馬は丁寧に着地させてあげていた。まったく、この子は本当に優しい。けど、自分のことをもっと大事にしてほしくもなる。
『ありがとう。フォローしてくれて』
『あんたは、不器用だからね』
そんな憎まれ口もくすぐったい。
はっ!?
完全な魔族の姿とはいえ、ノイルは俺の胸元にすっぽり収まるように横たわっている。
美少女が胸の中って……結構、夢見たシチュエーションなんですが!
う~ん。時よ止まれ。
これってあれかなぁ?
手をこう、ノイルの背に回しちゃったりしても……いいのかな?
しちゃったり、あるいはしちゃったりしても……いいのかな?
でも意気地のないこの腕。宝石が無数に埋め込まれ、蛆が這いまわる腕は宙をさ迷うばかり。
ふと横を向くと岩陰に三つの輝きがあった。それぞれ黒、桜、赤と輝いている。
たく、出歯亀集団め。
俺はノイルの背に腕を回した。その身体が魔族であっても細くしなやかであった。
『そういえば、勇者を殺さなかったのね』
『あぁ、まあな』
川の中に、岩と岩の間に挟まった倒木がある。そこに、気を失った勇者が引っかかっていた。
そこから金色の宝石が飛び立ち、出歯亀に加わる。
『人を殺すのはいつだって人間だからな。俺はもう人間じゃない』
どうやら、また童貞を卒業し損ねたようだ。でも、殺人童貞なんて一生卒業できなくていい。
『魔族は誰も殺さないんだろ? なるべくは』
『ふふっ。そうね』
その優しい囁きに耳がくすぐられる。
ほんのりとノイルが俺の胸に顔をこすりつけ始めた。その甘える仕草に、彼女を抱く俺の腕にも力がこもる。
多分、二人とも集落に戻れる体力くらいは残っていたと思う。
それでも日が暮れるまでずっとそうしていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます