第34話 リア充勇者VS童貞大魔王
こいつエスパーか?
「はっ! なるほど。それだけ頑丈なのに、この槍でダメージが与えられない理由が分かったぜ。まったく酷い時代に生まれ落ちちまった。勇者になったってのに、肝心の魔王が童貞かよ。そりゃあ、この槍も弱者認定するわな」
『なにぃ!? 女子とも喋ることはおろか、目もろくに合わせることができず、ちょっとエッチな写真やイラストを見ただけでギンギンになっちゃうようなチェリー君だから弱者認定されているだとぉ!?』
「……そこまで言ってねえよ」
あー、終わったぁ。俺おしまいだぁ!
「なぁ、魔王。取引しようぜ。このままじゃお前が一方的に有利だ。ここは男らしく、公平に勝負できるようにしないか? 社会的不平等は正さないといけないだろ?」
『公平って、どうするんだよ……』
「お前が弱者認定されている理由がチェリー君であるならよ、今すぐ女を抱ければいいんだろ? どうせ、お前くらいの魔族なら固体にもなれるはずだ。今から、好きなやつとヤラしてやるよ。何なら三人全員でもいいぞ」
『はえっ⁉』
勇者の発言に、女の子たちが一斉に後ずさった。
ちょっと待ってくれ………………この勇者…………もしかしてめちゃくちゃいい奴なのか?
『ぶっ⁉』
上からレッドがたらいの如く落ちて来た。
冗談ですって……。
でも、人間の女の子……しかも全員かわいい……こんな機会、もう二度と訪れないかもしれない。これは、いかなくては……否、イケなくては男が廃るというやつでは!?
よぉし、ここは――。
『ふんっ!』
「……は?」
山肌に頭を打ち付け始めた俺に、素っ頓狂な声を勇者が上げる。
気化しているからこの行為にさして意味はない。気持ちの問題だ。
何度も何度も、俺は頭を打ち付ける。
悪魔よ去れ!
煩悩よ去れ!
――俺は正気に戻った。
『ふぅ……見くびるなよ、リア充。俺が欲しいのはな、女体じゃねぇんだよ』
そうだ。恐れるな。
そして、つかみ取れ‼
『俺が欲しいのは愛のあるにょた――ぶっ⁉』
強い衝撃が走り、気付くと俺は山肌へと叩きつけられていた。
この戦闘で初めて痛みを覚えたが大したことはない。ただ圧迫感や全身をかきまぜられるような感覚に意識が遠のきかける。
「気持ち悪ぃんだよ、お前」
勇者の周りにはどこから出て来たのやら、六本の槍が地面に対して垂直に立った状態で浮かんでいる。代わりに、足元に積み上げられていた金品が消え失せていた。
そして、どうやら自分は相手が手に持った七本目の槍によって弾き飛ばされたようだ。
「ダメージは減ったとしてもゼロにはならねえ。だから、死ぬまでいたぶり続けて楽に死ねた方がマシだったと思わせてやる!」
勇者が手を前に出すと三本の槍が水平になり、こちらめがけて放たれた。
直撃しかけたその時、目の前が黒で覆われる。槍が弾かれる音が耳をつんざいた。エールが傘になり、防いでくれたようだ。二撃目が来たのか再び傘越しに衝撃が伝わる。
『さて、どうするか』
相手の攻撃が緩まる気配はない。
「おら、お前も反撃して来いよ」
気化状態の魔族だとはバレている。それなら、相手は何かしら対応策を検討しているだろう。それならこうだ。
『耳の穴に腕入れて、奥歯がたがた言わせたる』
これ、気体状態で相手の耳に手を突っ込んで固体化したらできるな。いや、流石にやらないけど。
まずは気化状態のまま鎧から脱し、エールも通り抜けて勇者へと接近。
すると勇者は槍をぶん回して衝撃波を発生させてくる。やはり気体を散らす術を用意していた。でも、その時にはもう俺は気体じゃない。
その程度の圧では、このラスボスフォルムの俺はびくともしない。勇者の頭上で固体化した俺はそのまま勇者へと落下して取り押さえた。
「なっ!?」
『直接、固体になれるとは思わなかったか?』
ノイルは俺の変形スピードについて異常だと評し、気体から固体に直接移行できるのは稀だとも以前に言っていた。ノイルが驚くほどであるから、この勇者ならなおのことだろう。
気体から液体を経ずに瞬時に固体に変化。そして、その姿は禍々しいラスボス形態。虚を突かれないはずがなかった。
『歯を食いしばれ、リア充。必殺、ガイアパウンドォオオオオ!!』
馬乗りになった状態でその綺麗な顔目掛けて拳を振り下ろした。
地面が崩れることを考慮して手加減したが、その威力は強烈で地面はひび割れ、勇者は身体を大の字にして地面にめり込まれた。
幸いにも山崩れが生じることはなかった。
「かっ……」
『たまには女とじゃなくママと寝やがれ。そんで、女を軽々しく扱ったことを叱られてろ』
あぁ、マザーアース。このふしだらで自分本位な青年をどうか更生させたまえ。
ふと勇者パーティーの方を見やると三人とも膝から崩れ落ち、驚愕に目を見開いていた。
勇者が負けたらそりゃあ、びびるよね。
「終わりだ……」
「どうしてあんな生き物がいるのよ」
「もう、やだぁ……」
あ、これは俺の固形の姿に恐れをなしているパターンか。
まぁ、本人ですら気絶するほどの姿形だからな。無理もない。
勇者はまだまだやれそうな感じだが、ここでトドメを刺してはいけない。このチャンスを俺は逃さないぞ。
『あー。なんというか虚しいな。これで勝っても結局、俺は弱者判定されたままってことだろ。うわぁーどうしよー。今すぐ恋人を見つければ、このチャラ男と対等になれるっていうのにー』
本当に、どうして俺はこうも取り繕ってばかりいるのだろう。
情けないにもほどがある。
「社会は公平で公正であるべきだよなー」
それは理想的な社会に必要なことでもありつつ、一歩間違えれば危険思想にもなりうるだろう。
本当に難しいね。今、それは関係ないか。
ひとまず、俺はトリアのもとへ向かう。ノイルは大分良くなったようで、棺から出てきていた。トリガーを引いたままの、完全なる魔族としての姿である。
『ノイル』
『……何よ』
『俺がこっちの世界に来て、初めて気を失ったときのこと覚えているか?』
『あんたが布団にくるまって自分の腕を見て気絶したときのこと?』
『その前だよ。ノイルが夜に膝枕をしてくれていたとき』
『――っ!? あんた、覚えていたの!?』
やっぱり、あの悪夢だと思っていたのは現実で、彼女はトリガーを引いた状態で膝枕してくれていたんだ。
本物の魔王であれば記憶が戻り、その美的価値観もまた魔族のそれに戻っていたことだろう。ノイルは覚醒を待つ魔王のために、精一杯めかしこんで待っていてくれたのだ。
だけど、本物の魔王じゃなかった。
まがい物の魔王はそんな彼女の姿を、あろうことか悪夢と誤認して再び気絶した。心底がっかりしたことだろう。
そしてまだ魔王の記憶が戻らず、人間の感性のままであると判断した彼女はトリガーを引いた状態を解除した。
ルーザのケモ耳娘の姿と同様に、ノイルの少女のような姿もまた、魔族の価値観においては美しくないと捉えられるのだろう。
間違いなくノイルはトリガーを引いた状態で過ごしたいに決まっている。それなのにも関わらず、びびりの偽魔王のために人間の姿のまま過ごすことを決めてくれたんだ。ご丁寧に自分はトリガーを引けないと嘘をついてまで。
『ごめん。俺は分かってたんだよ。ノイルが素敵な女の子だって。言っておくけど容姿だけじゃないぞ。でも、だから……怖かった。こっちの本気が伝わることが、怖くてしょうがなかった。だって、魔王じゃないって分かってノイルと対等な立場になった後、思ったんだよ。ノイルが俺のことを好きになる要素なんて無いって……』
『馬鹿』
ノイルが手を上げると、それにつられるように巨大なヤスデが伸びて俺の胸を叩いた。
『私だって……怖かったんだから。地球であんたを見つけて、仲間外れができないように立ち回るあんたのこと、もう好きになっちゃってたのに……本当の姿を見せたら気絶されて……あの後あんた、ずっとうなされてて……』
『ごめん』
『魔族を紹介しても怖がってばっかだし。みんな大切な友達なんだから……』
『本当によくなかったと思ってる』
『人間の女を見ただけで気持ち悪いくらいに興奮するし、変な動きをして過呼吸になるし』
『反省してる』
『謝ってばかりいないで、しゃんとして!』
『――っ!』
その細い手を掴む。
腐敗した天使の死体?
そんな風に思わない。だって、触れるとこんなに温かいのだから。
『このくすんだエメラルドの肌だってノイルのものだと思うと、すごくきれいだと思える』
『……ばか』
『まだ俺は魔族の見かけを無条件では好きになれないと思う。でも、きっと少しずつ受け入れられる。あいつらが優しいってことくらい、もう十分すぎるほど分かったから』
もう、逃げるなよ。
もう、誤魔化すなよ。
『ノイルなら、たとえどんな姿になっても綺麗だと思える。人間のノイルも、魔族のノイルも綺麗だ。俺は――ノイルのことが好きなんだ‼』
無理に張り上げた声は意外と高い空には響かなかった。いいんだ。彼女にだけ宛てた声なのだから。
『俺と……付き合って……ください』
『…………私も、好きです』
生まれて初めて嬉しくて泣いた。彼女の頬にこぼしてしまった雫を一つ拭ってやると、どこか遠くで鐘が鳴る。
きっと幻聴だ。
それでも俺たちの間に交わされた思いは絶対に実在する。
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